2003年3月号(通巻168号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

FTの新経営戦略/日本のADSL戦争

 先月号では、過去2年間不況の中で体力を消耗した米国の通信産業にようやく曙光がさし始めたように思われるが、回復が軌道に乗るためには克服すべき課題も多いこことを指摘した。今月は、業績回復に苦闘する欧州やアジアの通信会社の取り組みを紹介する。

フランス・テレコムの新CEO、矢継ぎ早の改革で株価3倍に

 フランス・テレコム(56%の株を政府が所有、以下FTと省略)は、第3世代携帯電話の免許取得や積極的な海外事業の買収で多額の借金をし、680億ユーロ(2002年末)の有利子負債を抱えるに至った。これは2002年の連結売上高(450億ユーロ)の1.5倍の規模であり、債務の償還に不安があると取り沙汰され、同社の長期債の格付けはジャンク債の一つ上のレベルまで下がって、2000年3月に212ドルをつけた株価は2002年10月には8ドルまで下げた(ニューヨーク証券取引所)。結局、ボン前CEOが責任をとって退任し、後任に家電大手のトムソン・マルチメディアのCEOだったブルトン氏(48歳、コンピュータの専門家で余暇にはサイエンス・フィクションを書く)が2002年10月に就任した。同氏は、韓国の大宇財閥に1フランで売却される予定だった(最後の段階でこの取引はご破算になった)トムソンのCEOに1997年に指名され、僅か1年で黒字に転換させた再建の手腕を高く評価されてスカウトされた。

(注)欧州第2の携帯電話会社オレンジのCEOに選ばれたのは、同社の取締役(米国の地域電話会社USウエストが2000年にQwestに合併されまで同社のCEO)であるTrujillo氏(米国人)だった。

 ブルトン新CEOは、就任後直ちに、FTの上場子会社であるオレンジ(携帯電話事業)とワナドゥー(インターネット・サービス・プロバイダー)のトップを更迭して信頼できる人物を送り込み(注)、全社3,000人の上級管理職の業績を半年毎に評価して給与にリンクさせるように改めた。「新経営陣は利益の確保に注力しており、目標も明確だ。」とアナリストからも評価されている。去る1月29日に発表された2002年の売上高は8%増加(対前年比)して450億ユーロとなり、税引き前利益もアナリストの予想である1,400万ユーロを上回ると見られている。FTの株価も新CEO就任時の3倍の25.6ドルまで戻し(2月19日現在)、市場の期待が高まっている。

 ブルトン新CEOは、設備投資と運営経費の削減及び試算の売却を促進し、今後3年間で330億ユーロの債務削減と、150億ドルの経費削減を公約した。さらに最近では、90億ドルの新規債券の発行を行い、フランス政府からの96億ドルの融資枠を確保し(この融資は2003年春に同社が予定している増資の際に株式に転換される見込み)債務償還に備えている。政府の支援があるとはいえ、このような短期間に債務を半分近くに減らすことは、トムソンでの成功体験があるとしても至難の挑戦である。

 さらに彼は、FTを解体することなく再建することを宣言した。この方針は、資産の売却によって現在の窮状をなんとか乗り切ろうとする他の欧州の大手通信会社(BTグループやドイツ・テレコムなど)と異なっている。ブルトンCEOは、ユーテルサットの株式やオレンジがスイスやスエーデンで行なう携帯電話事業などのノンコア事業の売却を予定しているが、オレンジ、ワナドゥーおよび企業向け国際データ通信のイークアントなどの成長が見込める事業は売却しないことを明らかにした。

 顧客はフル・レンジの通信サービスを求めており、これらの事業の統合を維持していくことが今後の成長に不可欠というのが彼の主張で、統合によるメリットの追求も新たな挑戦課題とした。

 また、人員の削減は減耗不補充によって実現可能な22,000人(今後3年間、総人員の15%)にとどめる計画で、人員削減は再建計画の切り札にはしとしている。彼は研究所を訪問し、研究開発費についても削減の対象とするが、技術者の仕事を危険に陥れるようなことはしないと安心させた。「FTのような企業の本当のパワーは、イノーベーションを可能にしていくこニから始まる。」と研究所が開発した最新のハイテク機器を試しに使うことが好きなブルトンCEOは語っている。

 しかし、フル・サービス企業を目指すとするFTの方針は、リスクが大き過ぎるとして疑念を持つ向きも少なくない。主力の固定通信事業は毎年7%の減収を続けており、FTが新たな収益源として期待する魅力的なサービス、例えば企業向け光ネットワークや消費者向けワイヤレス・コンテントなどは、業務領域を絞り込んで新規参入したコンプルテル・ヨーロッパやヤフー!との激烈な競争に直面している。あらゆる通信会社は研究所で新サービスの開発にトライしているが、これはというサービスの開発に成功した例もなく、かなりの収入をあげた例もない、と欧州のハイテク調査会社のアナリストは語っている。

 もう一つの懸念材料は、FTに政府が提供した融資枠についてで、EU委員会は政府による私企業に対する不当な援助に当らないか、調査を行なうと表明していることだ。違反の有無を決める調査は18ヶ月かかると見られている。この間もブルトン新CEOは、FTの業績を改善していかねばならない。「積極的でダイナミックな企業文化を創っていく。」と彼は強調しているが、これからが改革本番の時期である、とビジネスウイーク誌は書いている。

(参考)Vive la Telecom? :BusinessWeek / February 17,2003

世界の注目を集める日本のADSL戦争

 米国のブロードバンド利用者(1,650万加入、世帯普及率13%、ヤンキー・グループ調査)の67%はケーブル・インターネットで31%がADSL、現在需要が急増中の韓国と日本ではADSLが70%と優位に立っている。(因みに、米国のFTTHは3.3万、レンダー・バンダースライス調査)過剰設備と過大債務、それに競争激化による料金の値下りが続く欧米の通信事業者と違って、アジアの既存の電話会社はブロードバンドに投資するだけの余裕があり(注)、ブロードバンド新興企業にもまだチャンスが残っている。

(注)ITUによると2002年に世界の通信大手のうち、利益が大きかった10社のうち7社までがアジアの企業だったという。

  アジアのブロードバンドはタイミングが良かった、とビジネスウイーク誌(注1)は書いている。韓国や日本が本格的にブロードバンドに取り組んだ時点では、米国の電話会社や新興企業が調達した機器よりも性能の優れた機器を20%の価格で購入できた。最大の勝者はアジアのブロードバンド利用者であり、米国のDSLより速度が10〜20倍速いサービスが月額20ドル程度(米国の半値以下の水準)で利用できる(注2)。これで需要の増加に弾みがついた。現在、世界でブロードバンドの世帯 当り普及率が最も高い国は韓国で58%だが、普及が進むことでオンライン・ゲームなどが流行し、通信会社がインフラに投資した資金の回収を容易にしている。

(注1)Eating Asia’s broadband dust (BusinessWeek online / February 4, 2003)
(注2)米国におけるブロードバンド料金の平均は、ケーブル・モデムが月額45ドル、DSLが51ドル(2002年第2四半期)、この2年間で20%程度値上がりした。(Broadband broadens its pitch: washingtonpost.com / February 2,2003) なお、FCCは2月20日に、ブロードバンド市場への投資のインセンティブを高めることを狙って、地域電話会社が競争相手に割引価格でブロードバンド接続機能を提供することを義務づけた規制を廃止することを採決した。

 アジアの諸国では都市部に人口が集中しているのも投資の効率を高めている。韓国では大規模アパートメント街区のオーナーが人口の40%に住居を提供しており、建物内の通信設備を彼らがコントロールしているため、新興DSLブロバイダーのハナロは、韓国テレコム(KT)などを介さずに直接ビルのオーナーと交渉することができた。ハナロがKTやケーブルテレビ会社とブロードバンドで互角に競争が可能になったのはこのためだという。

 日本ではではどうだったか。イー・アクセスの千本社長が語ったところによれば、規制当局はNTTに対して、妥当な料金でNTTの交換局の設備容量を新興企業などの競争相手に提供するよう命じた。(NTT東西に支払うADSLの回線使用料月額173円は世界一安い)また、米国のようなベル電話会社とDSLプロバイダーの訴訟合戦による泥仕合も起きなかった。米国ではバブルが破裂して新興企業が大方倒産した後、ブロードバンド需要が急増する中で、残った通信会社やケーブルテレビ会社が値上げに走ったため、需要が期待したようには拡大しなかった(注)

(注)前掲 BusinessWeek online / February 4,2003

 それでは日本のブロードバンド市場に問題はないのか。現状ではADSL接続サービスで利益をあげている企業は1社もない。成長市場でありながら値下げ競争が激しく、最近では数ヵ月間の無料キャンペーンが当たり前になり、ヤフー!BBを下回る料金も珍しくなくなった。各社の採算ラインは遠のく一方で、まったく展望が開けない中で我慢比べが続いていいる。いずれ体力を消耗して企業の整理統合の時期を迎えることになるのではないか。小泉総理は今次国会の所信表明演説のなかで、世界で最も安いブロードバンド料金を実現したと誇らしく強調しているが、その裏側では「アリ地獄」が進行している。

 何故このような惨状となったのか。無料キャンペーンで加入数を伸ばし、今やトップに躍り出てADSL市場の主導権を握ったのはヤフー!BB(2003年1月末万加入数612万のうちシェア32%、NTT東20%、NTT西16%、年内にNTT東西の合計シェアを逆転する可能性が高い)であり、その採算を度外視した拡大戦略に原因がある。同社のオーナーであるソフトバンクの孫社長は、ブロードバンド事業はシェアがすべてといってよいくらい数が大事だと、規模の経済を強調している。

 接続サービスとプロバイダー業務を一体で提供する同社の場合、新規顧客獲得費用を除く収支は加入数200万(2003年2月初旬に達成)で均衡するとしているが、アナリスなどはそれを含む損益分岐点を300〜400万加入と見ている。無料キャンペーンが過熱すれば、収支均衡の時期はさらに先に延びるかもしれない。孫社長はその間に必要な資金は確保済みだというが、結局この椅子取りゲームに耐えられない事業者は退場するしかないわけで、成長市場でありながらイー・アクセスが上場を延期に追い込まれたように、何時黒字になるか分からないブロードバンド市場に資金が集まり難くなってきている。

 ヤフー!BBの快進撃には、ADSLにIP電話のBBフォンをセットにして差別化したことが大きく寄与している。「全国どこへかけても3分7.5円、会員相互なら無料」という同社のBBフォンの契約数は2月初旬には170万となった。(BBフォンの月額利用料金は1加入1,100円程度)これに衝撃を受けたNTT東西を始め主要なADSL接続事業者は一斉にIP電話に参入する構えだ。いずれ事業者間の連携が進み無料通話の範囲が拡大するだろうし、「050」を使ったIP電話への着信も実現する。音声通信は今やブロードバンドの販売促進グッズになろうとしている。

 何故IP電話がNTTにとって脅威なのか、とビジネスウイーク誌は書いている(注)。IP電話は音声をパケット化して伝送することでコストが飛躍的に下がるため、回線交換をベースにした伝統的な電話ビジネスの経済学は役に立たなくなる。東京・大阪間3分80円の固定電話料金は、IP電話では10分の1以下になった。固定電話とIP電話の音質の差もほとんど解消し、IP電話は通常の電話機でも利用できる。日本におけるブロードバンドの利用者は、最早NTTの高い固定電話料金を支払う理由がなくなった。東西NTTの2001年度の固定電話区域内トラフィックは20%も減少した。これにはeメールや携帯電話の影響も大きかったが、インターネットのダイヤル・アップ接続が常時接続に移行したことが原因だ。今後数年間でIP電話は(稼ぎ頭だった)固定電話トラフィックを半減させる可能性がある。電話会社がヤフー!BBのような競争相手に対抗しブロードバンドの顧客を繋ぎとめるためには、カニバリゼーション(共食い)もあえて覚悟して、IP電話への進出を決断せざるを得なくなった。

(注)Why NTT is running scared :BusinessWeek / February 10,2003

  通信会社はブロードバンド時代を迎えて、いずれ固定電話という収益源を失うことになる。この影響はNTTで特に大きい。現在のような激しい競争が続く限り、ブロードバンド接続事業で今まで固定電話が稼いでいた利益を穴埋めするのは困難だろう。今後はブロードバンド接続サービスの関連市場などに収益源を見つけることが必要になる。通信会社の当面の生き残り策は、ネットワークのコストをギリギリまで下げて出血を最小限に食い止める一方、新しいビジネスを如何に早く立ち上げ、軌道に乗せていくかではないか。

相談役 本間 雅雄
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