2003年4月号(通巻169号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

FCC、ブロードバンド政策を大転換

●「UNE規則」改定問題の背景

 FCC(米連邦通信委員会)は去る2003年2月20日に、「アンバンドル網要素(UNE)規則」の大幅改定を採択した。「すべての市場を競争に」を標榜した1996年通信法は、市内通信市場での競争を促進するため、ベル電話会社に市内サービスの「リセール」と市内サービスをいくつかの機能(網要素:Network Elements)に分割(アンバンドル)して(以下「アンバンドル網要素(UNE)」)競争相手に提供することを義務づけているが、具体的な内容はFCCの定める規則に委ねられていた。しかし、1996年に制定された「UNE規則」は、連邦最高裁及び控訴裁による二度の差し戻しの判決を受け、FCCは2月20日までに新規則を制定する(できなければ同規則は失効する)ことを迫られていた。 一方、FCCはUNEの3年毎の見直しを行なっているが、今回がその時期にあたっていた。競争の進展による料金の低下と需要の他市場へのシフトによって収益悪化に悩むベル電話会社は、1996年通信法の目指すもう一つの目標である高度サービス(特にブロードバンド)拡充のための設備投資の削減を加速させており、FCCにとっても通信市場の再活性化が当面の政策課題となっていた。ベル電話会社は、収益悪化はコストを回収できない割引料金でUNEの提供を義務付けている行き過ぎた競争政策に問題があると主張し、その改定を求めて強力なロビー活動を展開していた。 FCCの委員は5名(共和党が3人と民主党が2人)であるが、今回の「UNE規則」の採決では、共和党のパウエル委員長が提案した改定案の一部に同じ共和党の委員が反対し、民主党の委員と組んで電話サービスに関するUNEの権限を州政府に委譲する規則を採択した。この経緯が「palace coup(側近によるクーデター)」としてマスコミの関心を集めた。最近ようやく騒ぎも落ち着き、これらの決定に対する評価や市場への影響などについて、冷静な分析がマスコミにも登場するようになった。以下に、米国の通信政策を大転換させるかもしれない「UNE規則」の改定とその影響について取り上げる。

●連邦最高裁などによる「UNE規則」の差し戻し判決

 1996年通信法制定直後の同年8月に、FCCは既存地域通信会社がアンバンドルして提供すべき7つの網要素を指定する規則を制定したが、これに不満を持つ州の公益委員会やベル電話会社が訴訟を起こした。これに対し連邦最高裁が1999年1月に下した最終的な判断は、FCCによる市内競争規則の制定権限は認めるものの、7つの「UNEリスト」の再検討を求めるものだった。最高裁の判断は、1996年通信法はすべての網要素を開放せよとは言っておらず、「それなしでは競争事業者の参入が妨げられる網要素だけを提供すれば足りる」はずで、FCCはそのように限定した規則を制定すべきであった、というのがその理由である。 FCCはこの命令を受けて、1999年9月に「UNEリスト」の見直しに関する命令(UNE差戻し命令)を採択し、さらに同年11月には加入者回線の高周波部分だけのUNE提供を義務づける命令(回線共用命令)を採択した。これに対して、全米電気通信事業者協会(USTA)などが連邦控訴裁に訴訟を起こしていたが、2002年5月に両命令を無効/差し戻しとする判決が出された。FCCはその後、同控訴裁に再審を請求したが同年9月には、それも却下された。控訴裁の判断は、「UNE差し戻し命令」は依然として市内電話サービスのすべての要素(注)に対し競争者のアクセスを認めており、地域ごとの差異(代替サービスの提供状況やコストの差など)も織り込まれていない、というものだった。1996年通信法制定後7年を経過しても、いまだに「UNE規則」を制定できないという異常事態を、FCCは早急に終結させる必要に迫られていた。(注)(1)市内加入者回線(ループ) (2)サブループ(リモート・ターミナルと加入者間のループ)(3)網インターフェース装置 (4)タンデム交換機能を含む市内交換機機能 (5)局間伝送設備 (6)信号及び通話関連データベース (7)運用サポートシステム(OSS)
競争市内事業者(CLEC)は既存市内事業者(ILEC)からUNEを購入し、自社設備と組合せてサービスを提供するが、最近ではILECからUNEをまとめて購入する「UNEプラットフォーム(UNE-P)」制度の利用が急速に増加していた。

●ブロードバンドへの投資促進が課題

 1996年通信法はベル電話会社による独占状態のつづく「市内通信市場での競争促進」とブロードバンドなどの「高度通信サービスの普及促進」という二つの目標を掲げていた。新規参入事業者が市内通信市場に参入する形態としては、(1)自社で設備を建設して参入する (2)UNE(UNE-Pを含む)を利用する (3)既存市内通信会社から卸売り市内サービスを購入して再販売する、が考えられる。2002年6月末におけるFCCのレポートによれば、米国における交換機に接続された市内電話回線1億8,900万回線のうち、競争事業者が提供しているのは2,164万回線で、そのシェアは11.5%に過ぎない。しかも、(1)の自社設備による「本来の競争」(FCCパウエル委員長)は28.8%と低迷し、(2)のUNE利用が50.5%、(3)のリセールが20.7%となっていて、とても市内通信の競争が進展している状況とは思えない。 一方、ベル電話会社の電話回線が減少傾向に転じ、地域通信市場の売上も減少し始めた。原因としては、ブロードバンド接続の進展による住宅用2回線目の電話の解約、携帯電話の普及による通話需要の移行のほか、前述のUNE-Pの利用による市内競争の進展などによる影響と考えられる。成長分野である携帯電話事業を含めても、ここにきてベル電話会社の収入の減少傾向がはっきりしてきた (注)

(注)2002年のベル電話会社の連結ベースでの営業収益増加率(対前年比)は べライゾン 0.6%、 SBC マイナス6.0%、ベルサウス マイナス7%、クエスト マイナス7.5%だった。

 1996年通信法のもう一つの目標であったブロードバンドの普及促進はどうだったか。2002年6月末における高速回線(少なくとも片方向が200Kbpsを超える)は1,620万回線で、内訳はケーブルモデムが56.6%、ADSLが31.5%、その他が11.9%だった。料金はケーブルモデムで月額45〜50ドル、ADSLで月額50〜60ドルと高止まりしているのが普及の隘路となって、世帯普及率は13%と低迷している。さらに問題なのは、次世代ブロードバンドのインフラとして期待されている光ファイバー・ループへの投資がほとんど行なわれていないことだ。収益が悪化し投資を削減せざるを得ない状況のなかで、ベル電話会社が先行投資をしたとしても、需要が顕在化した時点で競争相手にUNEとして低価格で提供することを義務づけられのであれば、リスクをとって投資するインセンティブが働かない、といった問題に直面していた。

●新UNE規則のあらまし

  • 住宅用の銅線ループ、サブループについては、引き続き既存通信会社がUNE提供義務を負う。(途中までは光の)ハイブリッド回線はパケット交換機能のUNE提供義務はない。既存通信会社が銅線ループを撤去した場合は、ナローバンド提供のための適切な伝送パスへのアクセスを提供する義務を負う。
  • 住宅用の「市内交換機能」のUNE提供義務については、FCCの検証基準によって州が9ヶ月以内に判断する。
  • 住宅用光ファイバー・ループのアンバンドル提供義務はない。ただし、既設銅線ケーブルと同じルートに光ファイバーを敷設する場合は、ナローバンドのアクセスを提供する義務がある。
  • 銅線ループの高周波数部分はUNEではなく、既存地域通信会社の回線共用義務は撤廃する。競争市内通信会社は回線共用でサービスを提供している顧客を、3年間で(フル・アンバンドル回線などに)段階的に移行させる。
  • 企業向けのOC級(51.8Mbps以上)ループに対するUNE提供義務はない。高容量ループ(1.5〜45Mbps)およびダーク・ファイバーについては競争阻害性がある(UNE義務を残す)。ただし、州が競争阻害性なしと判断すれば、UNE義務を取り除くことが可能。

●新UNE規則の意義と問題点

 新UNE規則について明らかにされているのは、2ページのニュース・リリースと4ページの付属文書だけであり、これから数ヵ月かけて細部を詰めることになるので、現時点で的確な評価をするのは困難だが、あえてその意義と問題点を指摘すれば以下の通りである。 新UNE規則の意義は、ブロードバンド・サービスの普及と展開が、米国の通信政策の最重要課題であることを明確にし、その実現に不可欠な光ファイバー・ループへの投資を促進するために、障害となっていた既存地域通信会社のアンバンドル義務を、ブロードバンド(銅線の回線共用と光ファイバー・ループ)に関しては原則として撤廃したことである。これで米国も、ブロードバンド時代へ大きなステップを踏み出したことになる。 問題点の第1は、ナローバンドのUNEに関する首尾一貫した政策に基づく見直しが行なわれなかったため(焦点は「市内交換機能」だった)、施設ベースでの競争が促進されないだけでなく、ベル電話会社の収益も改善する見通しが得られず、光ファイバー・ループに対する積極的な投資が期待できない状況が続きそうだという点である。第2は、具体的なUNEの判断を州に委ねたことであり、混乱はさらに深まる可能性が強いことである。今回のFCCの決定で有利な立場にあると見られているAT&Tですら、今回の決定は「通信産業全体にとってネガティブ」との評価をしている。第3は、UNEに対する裁判所の指摘に応えることなく州の判断に委ねたことで、この問題に関するロビー活動と訴訟合戦が益々激しくなり、通信事業の将来に対する不確実性が高まることである。すでにベル電話会社は、50の州で異なる手続きに対応するのを避けるため、今回のFCC決定を裁判所に提訴するとしているが、州との対立が深まれば通信会社の意思決定が事実上麻痺する可能性

●ブロードバンドへの投資促進効果は限定的

 パウエルFCC委員長が目指した、「設備ベース競争優先政策」によって米国の通信市場を再活性化させるという目論みは、残念ながら挫折したようだ。今回のFCC決定は「競争的な市場を提供するために、既存地域通信事業者のネットワークに対する過度の規制を推奨する」もので「これらの決定や「競争」に対する約束において、州が主導的役割を果たすと曖昧かつ気配りの宣言をした以外に、意味のある連邦政策は見当たらない」とパウエル委員長自身が述べている(注)。ブロードバンドのインフラを供給する役割を担う地域電話会社の経営悪化という現実から目をそらしたまま、政策判断を州に委ねるというのでは、行き過ぎた競争による通信市場の混乱は当面収束しないだろう。ブロードバンドに対する大幅な規制緩和が実現しても、その効果は限定的ではないか。

(注)Separate statement of chairman Powell dissenting in part/FCC (February 20,2003)

 ビジネスウイーク誌は(注1)、このFCC決定を「消費者の勝利」とみて、「地域電話市場での競争がさらに促進され、現在の長距離通信市場のようになり、ベル電話会社のシェアは75%程度まで下がる」(注2)、「ベル電話会社が光ファイバーを敷設しても、州は銅線ケーブルの撤去を認めず、二重のネットワークの維持を余儀なくされ」、「ベル電話会社は投資を縮小することになり」、「通信網の高度化は徐々にしか行なわれず」、また「通信市場再生のために不可欠な通信会社の統合は大幅に遅れる」との見通しを明らかにしている。

(注1) What hath the FCC wrought? BusinessWeek / March 10, 2003
(注2) 6%の減収でベル電話会社の利益は消滅する(前掲BusinessWeek / March 10, 2003) わが国の通信業界と規制当局は、このFCC決定をどのように受け止めるのだろうか。規則の細部が明らかになっていないこともあって、現在までさしたる反応も聞こえてこないが、FCC決定がナローバンド(電話)の規制をブロードバンドに持ち込まないことを明確にしたことは評価すべきだ。とくに、光ファイバー・ループに関して東西NTTを「指定電気通信事業者」に指定し、ドミナント規制を課している現在のわが国の規制スキームは、日本の市場がケーブル・モデム利用のブロードバンドが圧倒的多数を占める米国のそれと異なるとはいえ、揺籃期の成長市場を抑圧する過剰規制であり、早急に是正すべきではないか。

相談役 本間 雅雄
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