2003年5月号(通巻170号)
ホーム > レポート > 世界の移動・パーソナル通信T&S >
世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

無料通信を実現するワイヤレスP2P(メッシュ型ネットワーク)の潮流と移動通信事業者へのインパクト

 そもそも移動通信のビジネス・モデルは、無線周波数という有限資源を活用するところに根幹がある。有限な電波資源の利用権を取得し、その特定周波数帯に沿った技術を開発し、膨大な通信インフラを整備して初めて移動通信ビジネスを行うことが可能となる。すなわち移動通信サービスはクローズドな周波数、技術、ネットワークをもとにビジネスが成立してきたといえよう。しかし近年、政府の認可無く自由に活用できる周波数帯である2.4GHz帯を用いて、移動通信事業者と同等のビジネスの展開を検討する試みが盛んになりつつある。特に移動通信事業者の中継プラットフォームを経由せずに端末間が直接通信を行うアドホックなP2P型通信、いわゆるワイヤレスP2P(メッシュ型ネットワーク)技術の開発がにわかに活気を帯びてきている。ワイヤレスP2Pを用いれば、無料で長距離間の通信を行うことも可能となり、従来移動通信事業者が有料で通信を行っていたエリアにおいて無料通信の波が広がっていく可能性がある。またこの技術を利用する事で、初期投資コストも大幅に削減できるため、従来の移動通信サービス市場への参入障壁が大きく下がることともなり、誰もが移動通信ビジネスの領域を侵食することが可能となる。今回は移動通信ビジネス・プレイヤーに大きな影響をもたらす可能性があるワイヤレスP2Pについてその動向を概観する。

●ワイヤレスP2P技術の仕組みと動向

 携帯電話・PHSの通信プロセスは、基本的にまず最寄の基地局と接続し、そこから有線ネットワークを経由して相手端末と接続する。したがって従来の移動通信システムでは全国規模のプラットフォームを保有し、運営すること必要である。一方ワイヤレスP2Pではその名のとおり、端末同士が直接通信しあう構成をとるため、すなわち仲介プラットフォームを必要としない。また端末同士が自由に接続しあう環境が必要なため、ワイヤレスP2Pでは免許不要の2.4GHz帯が活用されている。ところが2.4GHz帯の無線伝送技術としては、IEEE802.11bやブルートゥースなどが存在するが、いずれも近距離通信しか行えない。したがって、直接端末同士が情報伝送を行う場合、かなり限られた範囲の通信が基本となる。しかしそれだけでもインパクトは大きい。通信事業者のビジネスモデルは、通信サービスを実現するための仲介となる設備に対して、その対価を得るものであったが、直接通信するワイヤレスP2Pでは、数10mといった狭い範囲内ではあるものの、仲介する場がないため、当該エリアにおいては通信そのもので収益をあげる機会を大きく失う。

図表:現状の移動通信(ツリー型)とワイヤレスP2P(メッシュ型)の違い

図表:現状の移動通信(ツリー型)とワイヤレスP2P(メッシュ型)の違い

 しかし、ワイヤレスP2Pのインパクトは近距離無料通信の実現にとどまらない。ワイヤレスP2P技術を用いれば、直接端末同士で通信するだけでなく、電波範囲外のモバイル端末とも、ほかのモバイル端末を中継局としながら、遠く離れた相手とも直接通信させることが可能となりつつある。これを実現するのがアドホックP2Pルーティング技術である。簡単に言えば、すべてのワイヤレス端末をルータにする技術で、あらゆるワイヤレス端末同士が互いに接続し合い、自律的にルーティング・パスを設定しながらパケット転送を行う。具体的には、ワイヤレス端末同士が最も近いデバイスを探しながら、通信できる相手に順次パケットを送出し、最適な経路を用いてワイヤレス端末間をバケツリレー式で送信する。このように、プラットフォームを経由せずに、従来と同様の移動通信サービスを提供することを可能にする技術が登場しつつあるのである。

●ワイヤレスP2P事業者の動向

 米国では既にインテルをはじめ、スタートアップ企業であるスカイ・パイロット・ネットワーク、スプートニックなどが無線LANを用いたアドホックなルーティング技術を開発しており、無線LANのアクセスポイントをP2Pで結ぶソリューションを開発、提供している。この技術により、公衆無線LANや構内無線LAN、家庭用無線LANなどの既設の受信機を基地局として活用させることが可能となるため、あらたに無線LAN用巨大設備を構築せずとも、安価に、容易に無線LAN利用可能エリアを拡大することができる。すなわち、これら企業は、ワイヤレスP2P技術を無線LANアクセス・ポイントの面的な広がりを促進するものとして活用しているのである。サンフランシスコのスプートニックは、無料で無線ネットサービスを提供する代わりに、同社の無料通信ソフトを使用したユーザー端末を自動的に基地局として扱う、といったサービス・モデルとなっている。

 一方メッシュ・ネットワークス、国内ベンチャーのスカイリー・ネットワークスは、ワイヤレスP2P技術の携帯電話への実装を視野に入れた開発を行っている。スカイリー・ネットワークスが開発したワイヤレスP2Pソフト「DECENTRA」は、10m〜100m間隔のモバイル端末同士が直接無料で通信することを可能にするだけでなく、電波範囲到達外のモバイル端末とも、ほかのモバイル端末を中継局としながら直接通信させることが可能である。つまり、移動通信事業者のネットワークを利用せず、ピュアなP2P通信により遠距離のモバイル端末間の通信を実現可能としているのである。同社は無線技術として、無線LANだけでなくブルートゥース技術も採用している点も特徴的である。一方メッシュ・ネットワークスでは携帯電話だけでなく、自動車やモバイルPCなど、さまざまなモバイルでの活用を視野に入れた研究が勧められている。同社ではそれらモバイル端末と、電灯などに設置した固定端末を組み合わせて、広域ワイヤレス・メッシュ型ネットワークを実現している。

●メッシュ型ネットワークがもたらす移動通信事業者へのインパクト

メッシュ型ネットワークのメリットとしては、以下のような点があげられる。

  • 仲介設備が不要のため、低コストで通信ネットワークを構築する事ができる
  • 短距離通信のため消費電力が節約できる(*ただし端末側の電力消費は大きい)
  • 短距離通信のため周波数帯域を有効利用できる
などがあげられる。

図表:メッシュ・ネットワークスのMesh Enabled Architecture(mea)の概要

自動車やノートPCなどの移動端末と、電灯などに設置した固定端末を組み合わせた広域ワイヤレス・メッシュ型ネットワークが実現

図表:メッシュ・ネットワークスのMesh Enabled Architecture(mea)の概要

出所:http://www.meshnetworks.com/pages/products/mea/intro_mea.htm

 移動通信事業者は、この「仲介プラットフォームを介さない」という特徴を活かした新たなサービス開発が期待される。例えば、イベント会場など人の多く集まるところでは、同時利用すると同一プラットフォームに負荷が集中し、輻輳が生じるため、携帯電話サービスの提供が難しかった。しかしワイヤレスP2Pでは携帯電話が密集して利用されるような場所でも、電波帯域さえ確保できれば、多数の携帯電話を同時利用することが可能となるため、新たな利用シーンに応じたサービスを提供する事が可能となる。またワイヤレス・ゲームなどにおいても、プラットフォームへの負荷集中による処理速度の低下を避ける事が可能となり、より大規模なユーザー間によるオンライン・ワイヤレス・ゲームが実現し、ゲーム自体の魅力を高めることが期待される。このようにワイヤレスP2Pは、従来より高速な無線ネットワークをより大人数で同時利用させることを可能とするため、サービスの幅を広げるだけでなく、従来よりも木目細かなエリアで提供が可能となる。

  一方移動通信事業者にとって大きな問題となるのが、P2P技術導入そのものが従来の通信料金収入の大きな減収要因となる可能性がある点である。スカイリー・ネットワークスなどワイヤレスP2P企業のビジネスモデルは、P2Pソフトウエア(またはソフトウエアを実装したハードウエア)の販売などを収益源としており、「通信そのものでは儲けない」ビジネス・モデルとなる。すなわち2.4GHz帯域の近距離無線通信技術の端末への実装が盛んになればなるほど、これらワイヤレスP2P技術を活用した無料通信が、次第に拡大していくことが予想される。従来移動通信事業者が事業のコアとしてきた移動通信サービスそのものに無料通信が割りこんでくるため、移動通信事業者の収益に直接大きな影響を与える可能性がある。移動通信事業者は、近距離無線通信として赤外線などの技術を、携帯電話へ実装し始めているものの、2.4GHz帯の実装はまだ限定的であり、当面は2.4GHz帯ワイヤレスP2Pが大きな課題となることはないであろう。しかしながら中長期的には大きな市場構造変化要因となる可能性が高い。

 移動通信事業者のコア・コンピタンスである各ネットワーク・サービス事業は、今後その魅力が徐々に低減していくことが予想される。無線LANなどの安価な設備投資事業の参入に加え、データ通信サービスの定額化トレンドなど、移動通信事業者はインフラそのものの付加価値から収益をあげにくくなりつつある。このような状況下、このワイヤレスP2Pによる無料通信が実現されれば、場合によってはインフラ事業が手詰まり型事業へ転落する可能性も十分にある。したがって、インフラ事業者はネットワーク・ビジネスの絶対的付加価値が下がるのを食い止めるべく、移動通信の利用用途を拡大させるサービスの開発が急務である。ワイヤレスP2Pがモバイル市場に適用されるには、消費電力、電波容量、干渉の問題などまだまだ技術的課題が多く存在するが、その与えるインパクトの大きさから考えれば、移動通信事業者は現段階からP2P型のサービスについても、そのインパクトやサービス・モデルを検討しておく必要があると言える。

図表:無料化や価格破壊が進展するネッットワーク・サービス

移動パーソナル通信研究グループ
リサーチャー 竹上 慶
▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。