2003年10月号(通巻175号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

立直りの兆しを見せる欧州の通信事業者

 2003年9月1日付ビジネス・ウイーク誌は、「ヨーロッパの電話会社はこれから手にする膨大なキャッシュをどう使うのか」という標題で、この1年間で見せた通信事業者の大きな財務改善に、投資家が再度熱い目を向け始めた、と述べている。

 過去において欧州の通信事業界は、次のようなステップで、競争に突入し、メガキャリアに向けて多大な海外投資を行ってきた。

  1. 1990年頃の第2世代移動通信の自由化並びにその導入
  2. 1997、8年頃に起こった、多国籍企業を対象としたグローバル・シームレス・サービス提供会社の設立(AT&T、BTによる「Concert」、ドイツ・テレコム、フランス・テレコ ムによる「GlobalOne」など)
  3. また同じ頃に起こった国内固定通信事業の自由化
  4. 2000年に始まった第3世代移動通信免許の付与

 1においては、若く、大規模な潜在需要を保持した市場の自由化であったため、参入者の多くは事業を成功させた。しかしながら2、3については企画どおりには事業が進まず、特に2については、その後解体してしまった。また4については、高額なオークションで免許を入手したものの、既に普及率の高まった市場にどのように対応して行くかが大きな課題となっている。いずれにしろ、欧州の通信事業者はこれらへの大規模投資を行った結果、2000年をピークとして過大な債務を抱えることとなった。

 しかしながら、同誌では、ロンドンのフィナンシャル・リサーチ会社JCFグループの予測を紹介し、「スタンダード&プアーズ社の格付対象欧州通信事業者は、2003年中に520億ドル(約6兆円)の負債を返済し、残額は1,900億ドル(約23兆円)にまで圧縮される」として、最悪の時代は過ぎ去った、と述べている。

 また同誌は、これら事業者が今後手にするキャッシュの使い道について、(1)株式配当を増額する (2)将来の買収に備える案もあるが、むしろ現在売上の10%以下にまで落ち込んでいる設備投資を復活し、将来の革新的新サービスから新しい収益を得るような方策をとるべきだとしている。以下に主要事業者の財務改善状況、新しい施策などを見てみよう。

BT

 BTは、2002.4−2003.3会計年度において、負債を137億ポンド(約2兆5,000億円)から96億ポンド(約1兆7,000億円)へと減少させた。また今年度第1四半期においては、収益は横ばいながら、税引前・特別損失計上前利益が前年同期比56%増の5億200万ポンドと改善を見ている。従来BTは過大な債務を返済するため、移動通信事業部門を切り離し、また不採算部門を売却し立て直しを図って きたが、ここにきて一段落ついたところである。一方、残された固定事業部門のみでは将来性がないため、ブロードバンド事業を拡大するとともに、本誌(2003年9月号、通巻174号)でも紹介したように、移動通信のエアタイムを卸売りベースで獲得し、固定サービスとのバンドルサービスを図ることとしている。

ドイツ・テレコム

 同社は、2002年に246億ユーロ(約3兆2,000億円)という膨大な赤字を計上したが、2003年の事業計画で「6+6プログラム(CATV設備など非戦略資産の売却により6billionユーロ、事業からのキャッシュフローで6billionユーロを獲得)」を設定し、その事業改善に努めてきた。2003年第2四半期の業績は予想を上回る増収増益を計上している。すなわち、収益は5.7%と微増に留まった(通年ベースで272億ユーロ(約3兆5,000億円))ものの、純益は昨年同期の赤字から50億ユーロ(6,500億円)向上し、11億ユーロ(約1,400億円)の黒字を計上した。通年ベースのEBITDAも27.2%向上し、96億ユーロ(1兆2,500億円)を記録している。負債についても大幅な改善が見られ、昨年9月時点の643億ユーロ(8兆4,000億円)から113億ユーロ減少し、530億ユーロ(6兆9,000億円)に圧縮された。

 ドイツテレコムは、業績改善を継続し2003年通年では最終損益が若干の黒字に転ずるとの目標設定を行った。赤字基調にあった固定電話事業T−コムは、2003年9月からアナログ回線の基本料金の値上げにより増収に転じる見通しである。リッケ会長は2003年は経営の安定を優先として無配を続け、2004年に復配を目指すとしている。

 このような、業績の好転を受けての施策であろうか、現在同社は、ポーランドの移動オペレータPTCの買収を企図している(提示買収価格10億ユーロ(約1,300億円))。

 移動通信分野ではボーダフォンに水をあけられた感の欧州事業者であるが、T−モバイル、仏オレンジ、スペインのテレフォニカ・モビレス、イタリーのTIMとアライアンスを結んで対抗しようとしている(本誌2003年6月号、通巻171号)。T−モバイルの強みは東欧、旧ソ連でのプレゼンスであり、それを強化する方策であろう。

フランス・テレコム

 同社の2003年上半期業績によれば、同社も前年同期の122億ユーロ(約1兆6,000億円)の純損失から、25億ユーロ(約3,300億円)の黒字への転換を果たしている。営業利益も昨年同期比46%増の46億ユーロ(約6,000億円)となった。また、フリー・キャッシュ・フローも昨年同期の24億ユーロ(約3,100億円)の赤字から20億ユーロ(約2,600億円)の黒字転換となり、これらは全額債務削減に充当された。一方純負債は、3月の増資を経て、2002年末時点の680億ユーロ(約8兆8,000億円)から今半期末で493億ユーロ(約6兆4,000億円)まで圧縮された。このような業績回復には、オレンジとワナドゥーの業績の伸びが大きく貢献している。しかしながら、昨年から検討され、今年6月に実施された同社の増資の実施(政府が92億3,000万ユーロ(約1兆2,000億円)を負担)によるキャッシュの獲得が大きく効いている。

 フランステレコムは、業績のさらなる安定化を求めて、子会社オレンジを完全子会社化する意向で、自社株との公開株式交換を実施すると発表している。現在の持株率は86.3%であり、上場廃止のためにはこれを95%に引き上げる必要があるが、市場はこれを好感しており、実現は容易であろうと、アナリストは分析している。

KPN

 同社は2001年に経営破綻の瀬戸際に追い込まれたが、2003年第2四半期決算では1億8,300万ユーロ(約240億円)の純益を記録し、4四半期連続で黒字を計上して立直りを見せている。この好業績をうけて、2003年通年の利益予想を10億ユーロ(約1,300億円)から14億ユーロ(約1,800億円)へ上方修正した。一方、負債額は2001年の230億ユーロ(約3兆円)のピークから、今期末では102億ユーロ(約1兆3,000億円)にまで減少しており、2003年末には95億ユーロ(約1兆2,000億円)まで圧縮することを目標としている。

 KPNがモバイルデータ事業の起爆剤として期待をかけてきた「iモード」サービスは、2003年6月末現在で顧客数35万3,000であるが、月間APRUは傘下のEプルスの場合、一般ユーザを6ユーロ(約800円)上回る30ユーロとなっており、KPNは年末までに100万台の大台に乗せるとの目標を堅持している。このため、新タリフを導入し、対応端末機の機種を増やすとともに、従来2年契約ユーザに限定していたものをプリペイド・ユーザにも提供して行くこととしている。iモードを始めとするモバイル・データサービスは、3Gの試金石としてもその動向が注視されているが、Eプルスは2004年3月のハノーバーでの見本市「CeBIT」を機に本格サービスを開始すると表明している。

テレコム・イタリア

 同社は2003年上半期決算において、純利益10億5,600万ユーロ(約1,400億円)を計上し、前年同期の5億1,100万ユーロ(約660億円)の赤字から黒字転換した。負債については、2002年末の358億1,600万ユーロ(約4兆6,500億円)から今期末には若干減少し、356億4,400万ユーロ(4兆6,300億円)となったが、2003年末にはさらに50億ユーロ(約6,500億円)削減することを目標としている。同社の増益には移動通信子会社TIMの好業績が大きく貢献している。TIMの純益は前年同期比53%増の9億9,300万ユーロ(約1,290億円)を計上したが、フランステレコムが子会社オレンジの完全子会社化を発表したことに関して、テレコム・イタリアはTIMと密接な関係にあり、完全子会社化する必要はないとしている。

 なお、同社も非戦略資産の売却、設備投資の抑制を行い、このことも業績回復の大きな要素となった。一方同社は固定ブロードバンド領域の事業拡大を目指して、7月にドイツのハンザネット(ハンブルグの光ネットワーク事業者)を買収したのに続いてドイツおよびフランスでのブロードバンド展開を図る意向である。同社ではハンザネットへの投資2億5,000万ユーロ(約330億円)に続いて、フランスとオランダの約30都市に5〜6億ユーロ(約650〜800億円)を投じ、ブロードバンド・ネットワークを構築する意向である。

テレフォニカ

 同社も2003年上半期に14億2,500万ユーロ(約1,850億円)の純益を計上し、前年同期における55億7,400万ユーロ(約7,250億円)の巨額の赤字から黒字転換した。1年前には移動通信子会社のテレフォニカ・モビレスがドイツ、スイス、イタリア、オーストリアでの3G事業断念に伴い、巨額の引当金を計上したことが響いていたが、今期にはテレフォニカ・モビレスは前年同期の43億3,300万ユーロ(約5,630億円)の損失から、7億7,890万ユーロ(約1,000億円)の黒字を記録し、これはグループ全体の純益の半分以上にあたっている。また、負債については、1年前に比して57億ユーロ(約7,400億円)減少し、今期末では、200億ユーロ(約2兆6,000億円)に圧縮されている。

 なお、同社も非戦略資産の売却、設備投資の抑制を行い、このことも業績回復の大きな要素となった。
 以上のように、欧州通信事業者は2001年をピークとした経営難から、それぞれが膨大な負債を圧縮し、純益においても黒字に転じるなど、2003年は大転換期を迎えている。

 全体的に言及できうることは、先ず移動通信事業からの収益がグループの財務改善に大きく貢献していること、また一部の固定事業者はブロードバンド事業に次なる活路を見出そうとしている点である。移動通信領域においても、モバイル・データ分野が注視されつつあり、遅延を生じていた3G導入もようやく財務面のバックアップが伴いつつあるとみられようか。

 しかしながら、今回の業績改善は、「少なくとも最悪の時代は過ぎた」と捉えるべきで、必ずしも将来への保証を与えるものではない、と思われる。すなわち、

  • 固定事業の凋落は継続するであろうこと
  • 携帯事業の飽和がみられること

からである。今後、真の意味での経営の立直りを目指して、各事業者が取組みを始めるであろうが、それが如何なるものであるか、通信産業全般の命運がかかる。

移動パーソナル通信研究グループ
エグゼクティブ・リサーチャー 佐久間 信行

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