2004年6月号(通巻183号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

構造変化に直面する携帯電話機市場

 先月の本ニューズレター(2004年5月号)のトレンドレポートで「株価急落、ノキアに何が起きているのか」を取り上げた。その後、フィナンシャル・タイムズとエコノミストに「ノキアに起きたこと」の背景を分析したレポートが掲載された(注)。この二つのレポートの視点には共通性がある。ノキアのシェア低下は、直接的には「折りたたみ型」や大きなサイズのカラー・ディスプレィ付き携帯電話機に対する需要の読み間違いだが、その背景として二点を指摘している。第1は、技術の進歩によって携帯電話機の製造もモジュール化やアウトソーシングが可能になる一方、携帯電話の急激な普及によって携帯電話機の日用品化(コモディタイゼーション)が進み、製造企業の垂直統合モデルが崩壊しつつあることだ。第2は、市場の成熟化を背景に、携帯電話会社がその差別化戦略に携帯電話機を積極的に活用しようとする動きで、メーカー・ブランドからメーカーと携帯電話会社の共同ブランドへの転換を進めようとしていることだ。ノキアは当面、販売価格を引き下げシェアの確保に努める一方、「折りたたみ型カメラフォン」などの商品を充実して巻き返しを図る構えだが、構造変化が進む中でのシェア回復は容易ではないとする見方が多い。

(注)The Finnish company has dominated mobile telecoms but has been slow to recognize recent challenges to its market share(FinancialTimes.com / May 7 2004)Special report Mobile phone;Battling for the palm of your hand(The Economist May 1st 2004)

■携帯電話機のコモディティ化でアウトソーシングが拡大

「ノキアの苦難は投資家にとって晴天の霹靂だった。」と前掲のフィナンシャル・タイムズ(FT紙)は書いている。ノキアのオリラ社長は3月25日の同社の株主総会で「我々の製品ポートフォリオは競争力を持ち続けている、と私は確信している。」と語ってから12日後の4月6日に、2004年1〜3月期の利益が当初予測を大きく下回ると警告し、一転して同社の製品ポートフォリオの欠点(中高級機種の品揃えが不十分だったこと)、及び先進国以外の成長市場を重視し、新製品も低価格機を中心にシフトしたが、値下げ攻勢に曝され裏目に出た戦略の失敗によって世界市場でシェアを大きく落したことを認めたからだ。さらに、4月16日には4〜6月期の利益も予定を下回り、早急に業績が回復することは困難と重ねて警告した。5月27日現在における同社の株式(ニューヨーク証券取引所米国預託証券)は、4月5日の終値に対し35.1%の値下りとなっている。

 ノキアがシェアと利益を急激に落とした原因として、前掲のFT紙は次の理由を挙げている。第1に、携帯電話端末がファッション性を増し複雑なビジネスとなる中で、進むべき方向を見失ったことである。ノキアは競争他社がより革新的なモデルを市場に出していた間も、過去に実績のある「キャンディ・バー型」に固執した。現在では顧客が求めているのは「折りたたみ型」であることをノキアも認めている。市場の他のセグメントでも、大きなカラー・スクリーンの付いた携帯電話機など、中・高級機種市場で競争力のある製品を欠いていた。

 顧客がブランドよりもスタイルを重視して商品を選ぶようになったことに、ノキアは気付かなかった。アナリスト達はノキアが何故「折りたたみ型」のトレンドに乗り遅れたかに当惑している。費用と中断をともなう生産ラインの変更を嫌ったからか、それとも「折りたたみ型」が流行しないと純粋に信 じたからなのか。しかし、「ブランドの疲労」のようなノキアがコントロールしにくい要素もあったのではないか。顧客のなかには、最早ノキアの携帯電話機を「かっこいい」と思わない人達もいるのだ、と前掲のFT紙は指摘している。

 前掲のFT紙が指摘する、ノキアがシェアと利益を失った原因の第2は、携帯電話機の市場が次第に日用品化(コモディタイズ)していることにあるという。携帯電話機産業はノキア、モトローラ、エリクソンなどの大規模、垂直統合型の企業が市場を支配していた。しかし近年情況は大きく変化した、と前掲のエコノミスト誌は指摘している。今や無線チップや携帯電話機を動かすために必要なソフトウエアまで市場で購入出来るようになった。それ故、製造はEMS(Electronic-Manufacturing Services)にアウトソースが可能になった。EMSの中には製造だけでなく設計も手がけるところも出現し、これらはODMs(Original Design Manufacturers)と呼ばれている。ODMsは他社のブランドで販売される携帯電話機を製造する。携帯電話機産業におけるアウトソーシングの拡大は、ODMsに次第に重要な役割を与え,垂直統合型のノキアが新製品の早期市場投入と高い利益率を維持するのを困難にしているという。

 大部分のODMsは台湾にあるが、中国や韓国にも存在する。中でもBenQ、Airma及びCompalなどは最大手だ。これらの企業は、大手携帯電話機メーカーのために携帯電話機の設計と組み立てを行っている。Airmaはソニー・エリクソン、BenQとCompalはモトローラのモデルを製造している。ジーメンス、東芝及び松下なども一部のモデルの製造をODMsに委託している。携帯電話機メーカーがODMsを活用することの利点は、生産ラインの能力のギャプを迅速かつ低コストで埋めることができ、R&Dのコストが節減されるからだ。また、このモデルでは、部品の供給とエンドユーザーの需要の変動に関するビジネス・リスクの一部を、ODMsが負うことを意味する。あるコンサルタント会社は、2002年に9%だったODMsによる生産比率は2005年には30%に高まると予測している。

 モトローラは台湾のODMであるChi Meiの当初設計を、数ヵ月かけて手直ししモトローラMPX200として製造したが、その詳細仕様の権利はモトローラに帰属している。このアプローチでは、製品の早期市場投入を可能にしつつ、改善された設計情報がODMから競争相手に渡ることはない。しかし、このプロセスはODMsの設計能力を高め、大手携帯電話機メーカーの技術的優位性を失わせ、将来の競争者を無意識に育成するリスクが潜んでいる。BenQは今や台湾ではノキアを追い越し、第2位の携帯電話機メーカーとなった。

■携帯電話会社が差別化のため独自端末を導入

  FT紙が指摘するノキアがシェアと利益を急速に落とした第3の原因は、携帯電話会社(オペレーター)が、携帯電話機メーカーの設計を丸呑みせずに、自分達の感覚(look and feel)を盛り込んだ製品を市場に登場させたいとする強い願望にノキアが直面していることだという。この動きはボーダフォンやT−モバイルなどの強力なグローバル・オペレーターの登場によって促進され、オペレーターが独自の携帯電話機による差別化を追及することを可能にした。

  オペレーターによる携帯電話機の独自性追及はノキアの戦略と相容れない。2002年にボーダフォンがボーダフォン・ライブ!(同社のデータ・プラットフォーム)を導入した際、当時欧州では未知のモバイル・ブランドだったシャープをメィンの端末サプライヤーとして選択したことに業界は驚いた。シャープが選ばれたのは、ボーダフォンの仕様条件に合致した携帯電話機を製造することを進んで受け入れたからだったという。この戦略はうまく機能し、シャープの携帯電話機は2003年には欧州におけるベストセラーになった。

 携帯電話会社は独自仕様の携帯電話機によって差別化を図りたいと期待しているが、ノキアはこの独自端末の製造をにべもなく拒否している、とFT紙は指摘している。「我々のブランド(価値)は、オペレーターのブランド(価値)よりも大きい」からというのが拒否の理由である。しかし、この情況も変わろうとしている。ノキアがより魅力的な携帯電話機を開発するためには、進んで顧客の要望を取り入れていくことが必要で、そのためにはオペレーターとの協力は欠かせない。ノキアも携帯電話会社との共同ブランド製品が一般化していく情況にあることに気付いているという。

 オレンジは、台湾のODMであるHTCが製造するオレンジ・ブランドのスマートフォン端末を販売している。この端末は、マイクロソフトのソフトウエアで動く。オレンジが公表した統計によると、これらのスマートフォンの利用によって一加入平均月額料金は約15ユーロ増加した。携帯電話端末とサービスを緊密に連携させる(この場合はモバイルe−メールとウェブ・ブラウジング)ことで、オレンジは増収と契約解除の減少という二つの目標を達成した。オレンジの独自仕様端末の成功は、他の携帯電話会社を勇気づけている、とエコノミストは指摘している。

 大きな携帯電話機メーカーは、個々の携帯電話会社のために携帯電話機の仕様を変更するようなことはしたがらなかった。規模の利益とブランド価値を減少させることを恐れたからだ。しかし、ODMsが供給するオペレーター仕様端末の脅威は、大きな携帯電話機メーカーをより弾力的にすることを余儀なくさせている。例えば、モトローラはボーダフォン仕様端末であるV500を製造している。これに対し、ノキアのオペレーター仕様端末に対する硬直的な姿勢は、同社のシェアと利益の低下の一因となったかもしれない、と前掲のエコノミスト誌は指摘している。
ノキアがシェアと利益を減らした(これからも減らすかもしれない)第4の原因として前掲のFT紙が指摘するのは、欧州における第3世代携帯電話(3G)の導入の遅れである。ノキアがGSMでライバルに優位に立てたのは、それが欧州で最初に導入されたからだ。しかし、3Gでは日本と韓国の企業に2年のリードを許している。最近、ボーダフォンがその3Gの導入にあたって選んだ端末メーカーはサムスンとソニー・エリクソンだった。ノキアが3G端末の製造でビデオ通信機能を搭載するのに消極的だったことは、「折りたたみ型」端末に消極的だったことに匹敵する誤りだったのではないか、欧州で最初に3Gを導入した「3」はビデオ通信が出来ないノキアの携帯電機を採用しなかった、と前掲のFT紙は指摘している。

 ノキア、値下げ攻勢でシェアの回復を狙う1〜3月期にシェアを急激に減らしたノキアは、「我々は利益を犠牲にしてもシェア回復を狙う」と いうオリラ社長の4月中旬の予告通り、5月から値下げ攻勢に踏み切った。値下げ幅はロー・エンド機種の最高25%から10%と大幅で、主要商品のほとんどを対象としている。5月末に発売するゲームのできる端末の「Nゲージ」シリーズの新モデル(QD)の小売価格を、前モデルに比べ最大7割値下げし、99ドルとすることも発表した。しかし、最近発売したノキア唯一の「折りたたみ型」携帯電話機7200などのモデルは値下げしない。

 現在、ノキアはハイ・エンド市場ではサムスンの、中級市場ではソニー・エリクソンの、ロー・エンド市場ではシーメンスの挑戦を受けるなど全方位からの攻勢を受けている。恐らくこの変化は昨年後半から起きていたと思われるが、ノキアの競争者には需要に見合う部品の供給が確保できないという問題があったため、事態がすぐには顕在化しなかった、とFT紙は指摘している。近く公表される調査会社のガートナーの予測では、ノキアの厳しいシェアの低下、特に欧州での低下を見込んでいるという。ノキアは既に市場に投入した10製品に加え、今年中に30製品を発売して、「折りたたみ式カメラフォン」などの中・高級機種を充実する計画だ。

 1〜3月期の携帯電話機メーカー大手5社の業績では、ノキアの「一人負け」の構図が鮮明になった。携帯電話機部門の営業利益が25%減となっただけでなく、これまで拡大を続けていた世界市場でのシェアが一挙に3ポイント下がって35%になった。ノキアの「失敗」は、特に欧米市場での中・高級機種の販売が低迷し、サムスンやモトローラなどにシェアを奪われたことだが、より基本的な問題として同社の商品力の低下が指摘されている。

 値下げでシェアの維持を図りつつ、製品ポートフォリオを充実して巻き返しを図りたいというノキアの戦略が成功するかどうかはよく分からない。「垂直統合」モデルを修正し今後はODMsなどの活用に踏み切るのか、携帯電話会社の独自端末開発に協力し共同ブランド製品を容認するのかなど、より根本的な問題にどう対処するかが明確でないためだ。世界全体で今年の携帯電話機販売数が前年比15%増の5.5億台と期待される中で、プライスリーダーのノキアの大幅値下げは影響が大きい。カメラ付き携帯電話機などへの買い替えや3Gへの乗り換え需要が喚起される反面、ようやく回復基調にある携帯端末メーカーの業績が価格競争の激化で再び悪化することがが懸念される。

■特異な日本の携帯電話機市場

 日本の携帯電話機市場は、メーカーブランドが主流の欧米のそれとは大きく異なる。まずメーカーとの共同開発(ドコモは開発費の一部を負担している)が先行し、製造に踏み切れば携帯電話会社が製品を全部買い上げ、顧客に対する販売は携帯電話会社が代理店を通じて行なっている。携帯電話会社は手厚い「販売奨励金」を販売代理店に支給し、販売代理店はそれを活用して大幅な値引き価格で顧客に提供し、シェアの維持・拡大に努めている。

 以下にいくつかの数値を紹介するが、このような決算数値を公表しているのはNTTドコモのみだからで、ドコモだけが問題だということではない。2004年3月期のドコモの連結損益計算書によると、端末機販売収益の合計5,601億円に対し、端末機器原価は1兆943億円であり、ドコモは原価(仕入れ価格)の約半値で端末機を販売したことが分かる。一般的には物品の販売には流通経費が必要であり、 仕入れ原価に流通経費を上乗せしたものが販売原価である。ドコモの財務諸表からは端末機器の販売原価は明らかでないが、販売費及び一般管理費が1億4,127億円計上されている。このうちの相当部分が「販売奨励金」だと考えられる。ドコモの連結営業費用3兆9,451億円に対し、端末機器原価と販売費及び一般管理費の合計は2兆5,116億円で、64.5%を占める。

 もちろん、販売及び一般管理費は端末機器販売にだけ支出される訳ではないが、この2兆5,070億円とドコモが計上したサービス原価(減価償却費を含まず)7,126億円(営業費用の18.1%)を対比すると、端末販売のウエイトの大きさがよく分かる。店頭において「本来6万円程度のFOMA端末を2万円程度で販売できる」(注1)のだからFOMAの新規販売およびmovaからの機種変更を促進すれば、現在の仕組みでは携帯電話会社が多額の端末機器販売差額と販売奨励金を負担する必要があり、確実に収益を悪化させるだろう。ドコモの今期の業績悪化予想は、計画している値下げ(1,200億円)とこの仕組み(注2)に起因していると思われる。

(注1)利益1兆円企業、NTTドコモの死角(日経コミュニケ−ションズ / 2004.5.24)

(注2)ドコモの説明によると「FOMAマイグレーションの本格化促進にともなう収益連動経費の増加(04年度は前年度比5%弱増加し、1兆8,000億円半ば)」なお、FOMAの純増数は03年度の272万に対し、04年度は755万を計画。

「販売奨励金」は、端末のコストを毎月の利用料金の一部を原資にして肩代わりする仕組みで、携帯電話の普及促進に有効だったことは事実だ。しかし「奨励金を上げれば加入者を増やせる」という構造がいつのまにか定着してしまった。市場が成熟化する中で高機能化した高価格端末に高額の「販売奨励金」を出し続ければ、早晩この仕組みに限界がくることは明らかだ。携帯電話市場の競争を、「販売奨励金」の競争から、本来のサービスと料金の競争に回帰させることが必要ではないか。

特別研究員 本間 雅雄
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