2004年11月号(通巻188号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

携帯電話会社はユーザーのニーズに応えているか

 先進諸国では携帯電話の普及が進み、市場は成熟化の段階に入ったように思われる。このような状況を打開するため、携帯電話会社や端末メーカーは、顧客が欲しがりそうなものは何でも携帯電話に搭載して提供するという競争に突入したようにみえる。この傾向を、本当にユーザーは歓迎しているのだろうか。成長の壁に突き当たった携帯電話会社や端末メーカーの最近の動向を紹介し、この問題について考えてみたい。

■携帯電話会社の思惑とユーザー・ニーズのギャップ

 米国の調査会社フォレスター・リサーチの最新調査によると、携帯電話のユーザーにとって、携帯電話機に搭載するビデオとカメラ機能の優先度はきわめて低いという。携帯電話機を購入する場合、このような新機能を重視すると答えたユーザーは8%に過ぎなかった。米国の一部の中小携帯電話会社は、シンプルなサービス・プランを求める消費者にフォーカスしようとしている(注)

(注)Cellphone disconnect:Carriers offer more,customers want less(WSJ.com /29 September 2004)

 例えば、ダラスの携帯電話会社MetroPCSは、この地方から余り多く外に出ずに生活している人達(恐らく以前は携帯電話を利用していなかった)で、シンプルな料金プランを求めている人達をターゲットにしている。月額35ドルでローカル通話が無制限に利用できる。5ドルの追加料金で、アラスカとハワイ州を除く全米への通話が無制限に利用でき、さらに5ドルの追加料金で、大手携帯電話会社が基本サービスと考えている音声メールなどの利用ができる。新規参入後2年半のこの会社の加入数は120万となった。

 サンディエゴの Leap Wireless Internationalは、月額50ドルでローカルおよび長距離通話が無制限に利用でき、着信番号表示などいくつかの新サービスの付いた料金プランを提供している。しかし、ミュージック・プレイヤーやテキスト・メッセージングの利用はできない。カメラの機能も付いており、利用者が携帯電話で写真を撮るのはいまや当たり前となったと、携帯電話会社は考えている。米国で携帯電話機に最初にカメラがビルトインされたのは1年半前だったが、今ではモトローラが生産する携帯電話機の80%にカメラが付いている。最近の新機能といえば、最新のニュースのヘッドラインやスポーツのスコアを受信できる携帯電話機である、と前掲のウオール・ストリート・ジャーナルは書いている。

 しかし、データ・サービスを利用している消費者の数が増加しつあるものの、未だ少数にとどまっている。T−モバイルのデータ・サービス「t−zone」を週1回以上利用する顧客は13%に過ぎない。フォレスター・リサーチの調査によれば、それでもこの数値は欧米の主要携帯電話会社の中で最も高いという。携帯電話会社が考える付加価値と、顧客が考える付加価値との間に大きなギャップがあると指摘している。

 パリにある技術調査、およびコンサルタント会社のCapgeminiとビジネス・スクールのINSEADの調査によると、回答を寄せた欧州の携帯電話会社27社のうち77%は、高度データ・サービスは競争力を維持するための「キー・ファクター」であると答えている。しかし、ユーザーは反対のことを感じている、とCapgeminiのコンサルタントは指摘している。調査結果によれば、ユーザーの73%はデータ・サービスを重要でないと考えている。近く公表予定の米国で行った調査でも、同様のミスマッチが見られるという。それなら何がユーザーにとって重要なのか。価格、ネットワークのカバレッジ、シンプルなサービスおよび支払いの容易さである、と指摘している。

 先進国の携帯電話事業が成熟期に入り、新たな競争者が出現するにしたがって、世界の携帯電話事業の成長が鈍化していることに対し、主要な携帯電話会社は顧客が欲しがりそうなサービスなら何でも提供することが競争力維持のために不可欠だ、と主張している。このような考えは利用者に本当に受け入れられるのだろうか。

■増収減益だったノキアの第3四半期業績

 注目されていた携帯電話最大手ノキアの第3四半期の決算が10月14日に発表された。主力の携帯電話機事業は前年同期比13.5%減の44.29億ユーロと不振だったが、その他のネットワーク、マルチメディア、企業向けソリューションの各事業が好調で、売上高合計は1.0%増の69.39億ユーロとなった。しかし、営業利益は9.6%減の9.28億ユーロにとどまった。売上高営業利益率は13.4%で、前年同期比3.4%ポイント悪化した。しかし、この業績はノキアの予測を上回り、僅かだが株価も上昇した。

 ノキアは第3四半期における全世界の携帯電話機の出荷見込み台数を1億5,800万台と推定している。第4四半期も好調に推移し、04年通期での全世界の出荷台数は6億3,000万台に達する(03年は5億2,000万台、フォレスター・リサーチの04年の予測は6億5,000万台)として予測を上方修正している。その中で第3四半期のノキアの出荷台数は予想を上回る5,140万台(第2四半期は4,540万台)で、シ ェアも32.5%となり第2四半期の31.0%を上回った。ミッドレンジ端末の販売が伸びたにもかわらず、エントリー・レベルの端末需要の大きい携帯電話低普及市場への出荷が増加したため、携帯電話機部門の売上げは減少した。また、第2四半期にシェア拡大を狙って踏切った端末価格の値下げも影響している(注)。地域別には、EMEA(欧州、中近東及びアフリカ)や中国ではシェアを拡大したが、米国では異なった無線技術の製品化で苦しみシェアを落とした。また、ノキアは業界全体に及んだ部品不足が全体の出荷台数に影響したことを認め、少なくとも100万台の出荷が遅れたとという。

(注)ノキアの04年第3四半期の1端末当り平均販売価格(ASP)は107ユーロ、これに対し第2四半期のASPは112ユーロ、前年同期のASPは124ユーロだった。一方、ソニー・エリクソンの第3四半期のASPは157ユーロで、前年同期の145ユーロより高くなった。なお、サムスンとLGの第3四半期のASPはそれぞれ176ドル(139ユーロ)および167ドル(132ユーロ)である。(Nokiaユs effort to stabilize market share paying off:Dow Jones Newswires / 20 October 2004 など)

 主力製品であるミッドレンジ端末では、ノキアは6230モデルの成功を強調した。このモデルは同社のトレードマークである「キャンディ・バー型」を踏襲したモダンなデザインである。一方、第3四半期にEMEA向けに同社が出荷したハイエンド端末であるスマートフォン(ビデオ・ゲーム、オフイス・アプリケーション及びその他のソフトをランできる)は190万台だった(主に7610や6600、昨年同期は67万台)。ノキアはマイクロソフトの攻勢をかわすため、スマートフォン開発に重点的に 投資を行ってきた。スマートフォンの販売はノキアが2年前に行った予想を下回るものの、ノキアのこの分野における市場開拓にようやく勢いがついてきた、とアナリスト達は受け止めているようだ(注)

(注)Nokia nearly triples smart phones shipped to Europe and Africa (The Wall Street Journal online/October 19,2004)この記事によると、EMEA市場向けに出荷されたスマートフォンのOSは95%がシンビアンでマイクロソフトは4%だった。一方、ハンドヘルドPCのOSは70%がマイクロソフトである。



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 ノキアは急激な携帯電話機のシェアの低下に歯止めを掛け、何とかビジネスを安定させることに成功したと見られているようだ。しかし、かねて特に技術にうるさいユーザーの間で、同社のブランド力の低下が指摘されている。より強化された競争相手の攻勢に対して、守りの姿勢が目立つ同社の製品戦略に危惧を抱く人達も少なくない。ノキアのリサーチ・センターのトップは、同社は例えばPCのビデオ編集ソフトと同様のソフトを利用して、ユーザーがビデオ・クリップを編集し音楽をつけられるカメラ/ビデオ電話機のようなより融合性の高い(convergent)技術を導入する予定だと表明している。これに対して、フォレスター・リサーチは最近出したレポート「The Next Wave of Mobile Device」で、このアプローチはユーザーが実際に求めているものと逆方向だ、いわゆるスマートフォンは「サイズと機能の両面で過剰であり(中略)最悪の組合せだ」と批判している(注)

(注)Tough calls at Nokia(BusinessWeek online / October 20,2004)

 一方、サムスン(04年第3四半期の出荷台数2,270万台、世界でのシェアは14%)は「折り畳み型」とカメラ付き携帯電話機のトップメーカーになった。ノキアの圧倒的な生産規模と効率的な生産体制にもかかわらず、サムスンは携帯電話機事業で、今やノキアの営業利益率13%を上回る18%を達成している。サムスンはその会社名を、スマートな人間工学的デザインで知られる高品質な携帯電話機メーカーとして世間に印象付けることに成功した。技術に関する評価の低下とブランドの弱体化によって、ノキアがかつての歴史的な高い利益率を回復するのはかなり厳しいと、前掲のビジネス・ウィーク誌は書いている。

 因みに、携帯電話機生産世界第2位のモトローラは、第3四半期に2,330万台(世界でのシェア15%)の端末を出荷した。同社の説明によれば、これは前期比3.3%減だったものの、ローエンド端末の出荷を抑制し、在庫を減らし、15のカラー・スクリーン付き端末および11のデジタル・カメラ組み込み端末を市場に投入した。その結果、平均販売価格(ASP)は19%高くなり、同社のパーソナル・コミュニケーション部門の売上高(同社の売上の4割を占める)は前年同期比34%増の39.1億ドルに増加し、同社の業績回復(全社の売上高は前年同期比の26%増)に大きく寄与した(注)

(注)Revival in handset sales boosts Motorola(Financial Times online / October 19 2004)など



世界の携帯電話出荷数シェア
図表:世界の携帯電話出荷数シェア
(注) 2004年第3四半期の総出荷台数は1億6,800万台(前年比25%増)Strategy Analytics調べ

■ボーダフォンがグループ機能を強化する組織改革を発表

 ボーダフォンが去る10月13日に組織改革(05年1月1日から実施)を発表した。今回の組織改革の狙いは、意思決定の単純化とその結果を市場に反映する時間の短縮、および全市場への第3世代携帯電話(3G)サービスの導入調整を促進することにある。同時に、新たに副最高経営責任者と05年6月に退任する財務責任者の後任を指名した。同社のアラン・サリン最高経営責任者(CEO)は「我々の組織改革は、顧客の高い期待により応え易くしようとするものだ。(意思決定の)より早い実行が、移動通信産業における我々のリードを広げ、我々の顧客、我々の従業員及び我々の株主に利益をもたらす。」と強調している(注)

(注)Board changes and new organizational structure at Vodafone( News release / 13 October 2004)

 ボーダフォンの組織改革の狙いは以下の通りである。(同社ニュース・リリース)?ボーダフォンのローカル市場の顧客により関心を集中する。?企業に対しシームレス・サービスを提供するボーダフ ォンの能力を強化する。?全市場への3Gの導入調整を強化する。?ワン・ボーダフォンでサービスを提供し、統合された会社としての役割を果す。?実行のスピードを上げるため、意思決定、(報告)責任、企業統治の構造を単純化する。

 この方針に従ってボーダフォンは、多くのビジネスで主導権を確保するため効果的で迅速な意思決定を確実に行い、市場に反映する時間を早めることを可能にすることを狙って、運営会社の構造をスリム化する。具体的には、ドイツ、イタリア、および英国の運営会社の責任者は夫々直接CEOに責任を負う。それ以外の運営会社などはエリアごとにいくつかのグループにまとめられ、エリアの責任者が直接CEOに責任を負う。エリアはその他のEMEA子会社、アジア・パシフィック子会社(ボーダフ ォン・ジャパンが含まれる)、欧州関連会社(Affiliates)及び非欧州関連会社である。責任体制の明確化とマネージメントの階層を縮小化することで、意思決定とそれに基づく実行のスピードを上げようというものだ。

 組織改革の第2は、シームレスなグローバル・サービスの推進とボーダフォンのさらなる統合を促進するグループ機能の強化である。以下のグループ機能は直接CEOに責任を負う。

  1. マーケティング:この機能は新設されるマルチ・ナショナル企業部門(ボーダフォンのグローバル企業顧客に提供するサービスについて全(報告)責任を負う)によって強化される。グループ・マーケティングはグローバルな端末のポートフォリオの策定と調達を管理する。
  2. 技術:ネットワーク設計の標準化とグローバルな機器のサプライ・チェーン・マネージメントのほか、ITに関する共用サービスのオペレーションとサービス提供のコンセプトを導入する。
  3. 事業開発:ボーダフォンの製品とサービスのポートフォリオを関連会社および提携先のネットワークに採用するよう働きかけることに責任を負う。さらに、この機能は、提携先ネットワーク・プログラムおよび企業ファイナンス活動を通じて、ボーダフォンの足場を拡大強化することに責任を負う。なお、副最高経営責任者に指名された Sir Julian Horn−Smith氏がこの新設のグループ事業開発の責任者となる。(彼はこの他欧州および非欧州関連会社グループも担当する)

    組織改革の第3は、企業統治(ガバナンス)プロセスの刷新である。ボーダフォン・グループは本部の取締役会の戦略と政策の実行を監督する2つの経営委員会を新設する。1つは経営執行委員会(The Executive Committee)で、グループ戦略、財務構造と計画、後継者育成計画、組織改革及びグループ全体の政策に重点を置く。もう1つは統合及び事業運営委員会(The Integration and Operational Committee)で、事業計画、予算及び予測の策定、製品及びサービスの開発、顧客のセグメンテーション、複数市場の提案に対する経営上の意見表明及び共用資源の管理に責任を負う。両委員会ともサリンCEOが議長となる。

■ボーダフォンの統一方針は日本でどうなるか

 ところで、ボーダフォン・ジャパンの不振は何に由来するのか。不振を脱却する方策はあるのか。英国のエコノミスト誌(注)が興味ある記事を掲載しているので以下に紹介する。

 同誌によれば、日本の移動通信産業は、この国の携帯電話会社が持つ特別な力によって、他の如何なる国の移動通信産業とも異なっているという。日本の携帯電話各社は、自社端末をメーカーと緊密に協力して開発を進める。各社のサービスの特徴を詳細に特定し、携帯電話会社のブランドで販売する。このことは、フォト・メッセージングやビデオ・コーリングのような新サービスを端末に統合することを容易にする。自社独自の端末はその会社のネットワーク以外では利用できないから、顧客ロイヤリティを高めるが、国際ローミングはほとんど不可能である。このような日本の状況は、欧州モデルのアンチテーゼである。欧州モデルでは、端末は異なるネットワークでも利用可能でありローミングも容易であり、大方の加入者は携帯電話会社よりも端末メーカーにロイヤリティを感じている。しかし、端末メーカーと携帯電話会社は最初に標準を合意する必要があり、新サービスの導入には長い時間が必要である。(米国は欧州と日本の中間にある。)

(注)Vodafone;Not so big in Japan(The Economist / October 2nd 2004)

 エコノミスト誌によれば、同社の「ボーダフォン・ライブ!」は、ボーダフォンの特別の端末でしかサービスを受けられないなど、NTTドコモが日本で市場開拓に成功したデータ・サービス(iモード)のカーボン・コピーだという。一方、ボーダフォンは「欧州モデル」を日本に移転させることについては成功と程遠い状況にあった。同社は現在改めてモデルの日本移転を2つの方法で推進しているのだという。
1つは、携帯電話会社独自の端末をやめて、世界中何処でも使われている標準に準拠した端末に移行することだ。特に、ボーダフォン・ジャパンの3Gネットワークは欧州で広く利用されているW−CDMAである。もう1つは、販売チャンネルをサード・パーティーから、同社が欧州でやっているのと同様に、自社のチェーン店に切り替え加入増を促進することだ。

 短期的には、これらの方針転換は痛みをともなう。最近ボーダフォンは7つの新機種の日本販売を発表したが、これは競争他社に対し1〜2年の遅れである。その結果、ボーダフォンは日本での3Gへの移行競争では、加入数の2%にとどまっている。課金システムのオーバーホールと販売チャネルの再編成を、同時に推進したことも影響した。

 しかし、長期的にはこの戦略はボーダフォンにかなりの利益をもたらすかもしれない。大量の端末を買い付けることができるし、日本でも日本独自のモデルの端末を買い付ける必要がなくなるから、標準に準拠した端末の利用は同社に「規模の経済」のメリットを与える。ボーダフォンは、外国の市場にアクセスできるという条件を提供することで、端末メーカーから有利な条件を引き出すことができる。例えば、同社は欧州でシャープの端末を大量に販売している。それに、日本と外国の間のローミングが可能になることは企業顧客にアピールするのではないか。一方、端末の販売チャネルを自前の店舗に限定することによって、小売店が携帯電話会社相互を競わせることが困難になり、ボーダフォンに対するロイヤリティが高まることが期待できるという。

 日本で携帯電話が最も売れるのは新学期を控えた3月である。昨年の3月におけるボーダフォンの販売は失敗だった。日本のアイデアを欧州に適用して成功したボーダフォンが、欧州のアイデアを日本に適用して成功するかどうか、来年の3月に結果が明らかになるだろう、とエコノミスト誌は書いている。

特別研究員 本間 雅雄
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