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<世界の街角から>
クスコ 山岳編(ペルー)■空気が薄いインカ帝国の首都クスコ
■インカの爪跡が残る街1533年、将軍ピサロ率いるスペイン軍は首都クスコを陥落させ、インカ帝国は植民地化される。スペイン軍はクスコの町も徹底的に破壊したため、インカの建造物はほとんど残されていない。わずかに残されているのは、スペイン軍が破壊するほどできないほど頑丈だった、建造物の石組み(土台)である。またインカ時代の道路(インカ道)も残されている。インカの人々はクスコを世界の中心と考えていた。そのため彼らはこの地を現地語(ケチュア語)の「へそ」という意味にあたる「クスコ」と名付けた。世界の中心から、インカ帝国の各地へ伸びる交通の要、それがこのインカ道である。
■インカが息づくインディヘナ(先住民)の生活スペイン人に征服されたインディヘナ(先住民)は、それまで信仰していた太陽神から、キリスト教に改宗させられてしまった。私がクスコに到着した11月1日は、他のキリスト教国と同じくキリスト教の祭「諸聖人の日」(万聖節)が各地で行われていた。道のあらゆるところで、ご馳走として豚の丸焼きが売られていた。日本ではお彼岸にあたるこの日、多くのインディヘナがそれらご馳走や花を持ちより、祖先のお墓に備え、その傍で故人を偲んで宴会をしていた。スペイン人は、インディヘナをキリスト教に改宗させるため、さまざま工夫を行っている。その一つが宗教画「最後の晩餐」である。インカの様々な場所に建造された教会には、ペルー版「最後の晩餐」が掲げられており、その晩餐テーブル上にはインカの主食であるネズミ「クイ」が描かれている。オリジナルの絵を変えてまで、少しでもインカ人が溶け込みやすいよう配慮したことが伺える。 実は現在でも、インディヘナの人々はクイを食べる(牛肉などももちろん食べる)。道中立ち寄ったポロイという村の農家でも、たくさんのクイが飼育されており(写真)、糞は燃料に、クイ自体は食料として利用されていた。農家の女の子は小学生くらいの年頃から、クイの殺し方や捌き方を学ぶという。このように、インディヘナ達はインカ時代から続く古い習慣を今も守り続けている。他にも、例えばクスコで飲むことができるトウモロコシのお酒チチャは、インカ時代から引き継がれている地酒である。前述のポロイの農家でも、チチャが作られていた(写真)。現地の方がこれを飲むときは、まずチチャを指にちょっとつけて、太陽の神とアンデスの山神に祈りを捧げてから、口に運んでいた(写真)。そう、つまりインディヘナの人々は、インカ時代から伝わる彼らの神々をいまだに信仰しているのだ。こんなちょっとした仕草からも、インカ時代の香りを感じることができる。
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移動パーソナル通信研究グループ リサーチャー 竹上 慶 |
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