2005年7月号(通巻196号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

低成長時代の携帯電話ビジネス

 1990年代に、その爆発的成長によってワイヤレス革命を先導した欧州や日本における携帯電話サービス市場の成長が、最近かなり緩やかになり、いくつかの地域では縮小が始まっている。このことは、大手プロバイダーに対する大きな挑戦と携帯電話産業全体に対するシェイク・アップ(大刷新)のシグナルである、とウオール・ストリート・ジャーナル(注)が書いている。前半でその概要を紹介し、後半で日本の携帯電話事業の戦略について考える。

(注)Slower growth hits cell phone services overseas(The Wall Street Journal / May 23,2005)

■低成長時代に入った欧州と日本の携帯電話市場

 カメラの機能、音楽プレーヤーやゲームなどの凝ったソフトウエアの追加によって、携帯電話機の販売は現在も伸びている。他方、携帯電話の音声サービスは、急激に価格でしか差別化できない典型的なコモディティ(日用品)になりつつある。これに対して、いくつかの携帯電話会社は、メッセージ付き画像通信やビデオのダウンロードなどを導入したが、これらのサービスから得られる収入は、音声通話の収入に較べると微々たる額に過ぎず、成長性も低いとみられている。欧州では、基本的にはロー・コスト航空会社と同様の経営モデルで運営する「ノー・フリル(余分なものを除き簡素化し低料金指向)」サービス・プロバイダーの参入が始まっている。一時的な技術のブレィクスルーが次第に産業全体に拡がって行くというこれらのパターンは、航空やコンピュータ産業に至るまで、最近の他産業では珍しくない。

  最初のデジタル方式の携帯電話が発売されて以来15年を経て、世界の携帯電話サービス市場の46%を占める欧州の大部分と日本では、市場の成熟化が進んでいる。そのことがこれらの地域における料金を引き下げており、大手携帯電話会社はこれに対抗するため、発展途上諸国に事業機会を見つけ、新技術に対する積極的投資を推進している。

  成長が続く米国市場でさえ、携帯電話サービスのコモディティ化が料金の低下をともなって進んでおり、携帯電話会社は新しい顧客を求めて展開する熾烈な競争のなかで、身動きがとれなくなっている。売上高の伸び率の目立った低下は、競争が過去4年間で通話1分間当り平均料金を65%以上も引き下げた米国において、長く続いている料金戦争をさらに深刻化させるかもしれない、と調査会社のヤンキー・グループは指摘している。

  米国の携帯電話会社は徐々にその成長を、ヘッドライン・ニュース、スポーツのスコアなどの新サービスやティーン・エイジャーなどの低支出加入者に依存するようになった。多くの大手携帯電話会社は、月額10ドルで親類を加入者として追加させる「安売り」料金プランを導入している。

  欧州は、デジタル携帯電話の技術を広く採用した最初の地域であり、イタリア、英国、ノールウェイ及びスウェーデンを含む欧州のいくつかの国では、携帯電話の人口普及は100%を超えている。このことは、人口を上回る顧客が存在することを意味する。ドイツは欧州で最も人口の多い国であるが、携帯電話の普及率は90%に近づいている。投資銀行のメリル・リンチによると、スウェーデン及びフィンランドでは夫々5%及び6%の市場の縮小を2004年第4四半期に実際に経験した。しかし世界を見渡せば、携帯電話サービスに関する成長分野は多く残っている。米国では携帯電話の人口普及率は現在60%(僅か2年前の50%から向上した)であり、米国の携帯電話会社の収入は増加し続けている。「ここには、かなりの成長の余地が残っている。」とドイツ・テレコムのリッケCEOは米国市場について語っていた。しかし最近では彼は、2年以内に成長は緩やかになると見方を変えた。同社の携帯電話部門T−モバイルの米国事業、T−モバイルUSAは米国で5番目(売上高で)の携帯電話会社である。

 携帯電話の需要はラテン・アメリカやその他の新興国でも急増している。そして、産業界の幹部のなかには、人口普及率が26%で毎年15%成長する中国市場を、近く中国政府が海外の携帯電話会社に開放するのではないか、と期待している人たちもいる。それでも、産業界の幹部やアナリストは、先行市場である西欧や日本の成熟化は、環境が如何に早く変わりつつあるかを示していると指摘する。飽和状態の市場は、大部分がその地域のプレィヤーである携帯電話会社にとって、売上高の伸びを鈍化させ、利益率を低下させる。そのうえ、規制当局は新規参入者に市場を開放し、販売競争を加速させようとしている。

 オランダ最大手の携帯電話会社KPNのCEOは「携帯電話産業は成熟化しつつあり、我々は今それに直面している。」と語っている。携帯電話会社は、彼らの提供するサービスに顧客の所得の相当部分を支出してもらうことを説得するために、現在提供している音声及びテキスト・メッセージングの他に、新しいヒット・サービスを発見しなければならない。推奨候補には楽曲やビデオのダウンロード、ワイヤレス・メールが含まれる。しかし、これまで新しいアプリケーションの成果は十分でなかった。

 携帯電話産業の幹部は、むしろテレビ電話やインターネットのブラウジングなどより多くのことができる第3世代携帯電話(3G)サービスの広範な導入に、彼らの成長の望みを託している。しかし、3Gはこれまでのところ、市場の成熟化を打開するまでにはなっていない。米国では、スプリントが新マルチメディア・サービスで1加入月額平均6ドルの収入をあげているが、携帯電話の基本サービスの料金が値下りしたため、1顧客当り平均収入は低下した。
「確かに現時点で新しいキラー・アプリケーションは存在していない。」とノールウェイの最大手電話会社テレノールのCEOは語っている。「新サービスが人気を博したとしても、重要なビジネスに育つまでには何年もかかる。1年で2倍に成長しても、全収入に占めるウエイトは小さい。」とKPNのCEOは語っている。

 一方、料金競争は激しさを増している。2005年5月中旬に英国に本拠を置く世界最大の携帯電話会社ボーダフォンは、海外で発信及び受信する顧客に課すローミング料金の大幅値下げを発表した。同社のローミング事業の責任者によると、新ローミング料金は利用の多い加入者をライバルから奪うことを狙っているという。しかし、この動きを今年のボーダフォンの減収要因とみるアナリストもいる。ボーダフォンの2005年3月期の決算における売上高は341億ポンドで、対前年比1.7%の増加にとどまった。前年度の増加率は10%だった。売上高の90%を成熟市場の欧州と日本から得ているボーダフォンが、成長の限界に突き当たるのは当然だ。

 欧州で最も競争的な市場であるフィンランドでは、北欧で最大の電話会社テリアソネラ(本拠地はスェーデン)が、市場シェアを守るため過去1年間に料金を20%も引き下げた。同社の2005年第1四半期におけるフィンランドの携帯電話事業の収入も11%下がった。同社のCEOは、いくら料金が下がるのか、どこかに限界が必要だとニュース・コンファレンスで発言している。

 欧州と日本で起きていることは、いずれ携帯電話サービスの離陸が遅れた米国やカナダなどの先進国に波及するだろう。まだ成長する余地が多くある米国でも、急激に売上高の伸び率が鈍化しており、いずれ欧州や日本と同様のターニング・ポイントを迎えるだろう、と指摘するアナリストもいる。ドイツ・テレコムのリッケCEOは、米国における携帯電話の人口普及率は80〜85%でピークに達すると予測している。今年初めに証券取引委員会に提出したT-モバイルUSAの収入予測では、2007年の売上高増加率が7%に低下するとしている。因みに、同社の2005年第1四半期における売上高の前年同期比増加率は27%だった。

 低成長のもたらす効果の一つは、携帯電話産業におけるグローバリゼーションと統合である。欧州の大手携帯電話会社のうち何社かは、自国外の市場に進出することによって、成長を確保しようとしている。携帯電話サービスの需要は、南東アジア、アフリカ、ラテン・アメリカ及びその他の新興国市場で、アナリストの予測を超えて急成長している。しかし、これらの地域では、少数のローカル・プレイヤーによって市場が支配されがちであり成功は容易ではない。

以上が前掲のウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の記事の概要である。

■低成長時代のモバイル戦略

 前掲のWSJ紙は日本の状況を次のように書いている。世界の携帯電話市場の13%を占める日本の人口普及率は71%である。日本人は2004年第4四半期における携帯電話サービスに、対前年同期比で1%少なく支出した。年間に換算すると、日本の携帯電話サービス産業の減収は7億ドルになる。日本の最大の携帯電話会社、NTTドコモの中村社長は、携帯電話の成長は限界に来ている、と最近のニュース・コンファレンスで語った(注)。2005年5月の初旬に、同社は2005年3月期の決算で、同社の13年の歴史上始めて前年に対し減収となったことを発表し、現会計年度(2006年3月期)においても減収が続くという見通しを明らかにしている。 

(注)中村社長は「携帯電話の拡大ピッチが鈍るなか、もう成長を諦めたのかと聞かれるが、決してそんなことはない。当社はあくまでも成長株だ。」と語っている。(日本経済新聞 トップに聞く 05.6.23)

 成長率が下がったとはいえ携帯電話の加入数が減少している訳ではない。2004年度における日本の携帯電話の純増数はPHSを含めて480万台で、対前年増加率は5.6%だった。日本の携帯電話市場が縮小するのは、競争の激化による料金の値下げや固定料金制の導入が影響している。しかも、2006年には番号を変更しなくても携帯電話会社を変えることができる番号ポータビリティの導入が予定されており、また3.5Gといわれる通信速度が最大14MbpsのHSDPAをNTTドコモが導入する。さらに、早ければ2006年に日本の携帯電話市場に複数企業による新規参入が実現する見込みであり、その候補の一つのイー・アクセスが構想するように、日本でも本格的な卸売市場が実現する可能性が高い。Wi-FiやWiMAX(特にモバイルWiMAX)などの新技術の本格的な導入(WiMAXは2005年末か2006年早期)が始まれば、競争は一段と激しくなるだろう。そうであれば、携帯電話会社は料金の一段の低下を覚悟しなければならない。その結果、売上規模でみた市場の縮小は当面続くのではないか。

 もちろん、前段で紹介したWSJ紙の記事にあるように、成長性の高い新興国市場に参入すること、及び新サービスの分野を拡大するという選択肢は残されている。海外進出についていえば、NTTドコモはAT&Tワイヤレスやハチソン3GUKなどに出資したが、現在ではいずれも撤退している。しかし、西欧を中心に技術供与したiモードの加入数は500万に達しており、現在も増加している。現時点で求められているのは、地理的に近い南東アジア市場における成長性の高い新興国への参入である。しかし、実現したとしても業績に寄与するのはかなり先のことになるだろう。

 携帯電話を利用した新サービスの開発と導入では、日本は世界のトップに位置する。世界に先駆けて導入されたブラウザー・フォン(iモードなど)は、携帯電話契約者の86.5%に達し(2005年5月末)、パッケト利用料金は平均1加入当リ収入(ARPU)の26%を占める(2004年度NTTドコモの場合)までになった。日本の携帯電話市場が縮小しているといっても、これらの新市場の開拓によって、音声通話収入の急激な減少をかなり緩和する効果をあげているとみられる。前掲のWSJ紙が指摘するように、現時点で音声通話の減収をカバーするほどのキラー・アプリケーションを見出すのは困難だとしても、さらなる成果を期待できるのではないか。

 世界市場でみた場合の新サービスの人気度は、音楽のダウンロード及び蓄積再生、デジタルテレビの受信再生、遠隔地間の対戦ゲームなどだが、通信料金が安くなればテレビ電話やテレビ会議の利用も進むのではないか。英国のBTが開始した「BTフュージョン」(本ニューズ・レター36ページ参照)のような固定/移動融合サービスの普及が進む可能性もある。ただしこのサービスは携帯電話料金が割高であることに着目したサービスである。むしろ、Wi−FiやWiMAXなどと3Gとの融合によるビジネス市場の開発にチャンスがあるのではないか。モバイル・ポータルやコマース市場においてもヤフーや楽天に対抗する有効な方法を打ちだすべきだ。非通信収入の拡大を狙った日本独自のフェリカやクレジットカード機能付き携帯電話にどれだけの支持が集まるか、今後の展開を注目したい(注)

(注)日経ビジネスが実施したアンケート調査によると、携帯電話での決済を積極的に利用したいか、という質問に対し、利用したいと回答した率は30%で、利用したくないと回答した率58%が上回った。利用したくない理由の大部分は、紛失した場合の倍安全性に問題があるというものだった。(日経ビジネス ビジネス世論 2005年6月13日号)

 最後に、低成長、場合によっては縮小が続く可能性のある携帯電話市場を前提にすれば、既存携帯電話会社は聖域なき経費の見直しを迫られるだろう。NTTドコモの2005年3月期は、会社創立以来初めて減収を経験したものの、連結売上高営業利益率は16.2%で、増収増益だったKDDI(au部門)の13.1%を上回わっている。これは、ドコモが効率的な事業運営システムを構築しているからだ。しかし、ドコモの連結損益計算書によると、営業費用に占める販売費及び一般管理費の比率は34.5%と高い。さらに、端末機器原価1兆1,244億円が端末機器販売額5,481億円を上回る逆ザヤ分5,763億円を販売費とみなせば、営業費用に占める販売費及び一般管理費の比率は48.7%である。KDDIではこれに対応する数値は得られないが、同社の電気通信営業費用に占める営業費と管理費の合計の比率は53.1%になる。

 携帯電話会社の異常に高い販管費率の背後には、「販売奨励金」の問題がある。販売奨励金は、端末のコストを毎月の利用料金の一部を原資にして肩代わりする仕組みで、携帯電話の普及促進に有効だったことは事実だが、「奨励金を上げれば加入者を増やせる」という意識を定着させてしまったともいわれている。市場が成熟化するなかで高機能の高価な端末に、高額の販売奨励金を出しつづければ、この仕組みに早晩限界が来ることは明らかだ。外国のメーカーから多少安い端末を購入しても問題は解決しない。それに新規に参入す携帯電話会社は「ノー・フリル」サービス・プロバイダを目指している。今後の携帯電話市場の環境は、低成長のなかでの競争激化だろう。寡占市場のシッポともいうべき現在の極端な販売奨励金の仕組みから早く脱却すべきではないか。

特別研究員 本間 雅雄

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