2005年8月号(通巻197号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

再到来したFMC 〜世界各地でサービスが始まる

 通信業界において、「コンバージェンス」がキーワードとして再び脚光を集めている。固定と移動通信の融合(FMC:Fixed and Mobile Convergence)自体は、決して新しいコンセプトではなく、1990年代の後半にも登場し注目を集めている。しかし当時のサービスは、ユーザーにとっての魅力に欠け集客には及ばず、その後静かにブームが過ぎ去った。そして1年半ほど前からFMCがキーワードとして再浮上している。これまで「FMCの歴史は失敗の歴史」などと囁かれたこともあったが、今回はどのような展開となっているのか。本稿では、2005年6月にスペインで英インフォールマ(Informa)の主催により開催されたカンファレンス「FMC(Fixed Mobile Convergence)」での議論を中心に業界の動向をレポートし、当面の課題について考察する。

■ケース・スタディ:主要通信事業者が開始したFMCサービス

 先ず今回のFMCを巡る動きでは、どのような事業基盤を持つプレイヤーが何を競合かつ脅威とみてサービスを計画しているかを概観する。ここでは、(1)固定通信事業者、(2)移動通信事業者、(3)固定および移動通信の双方の基盤を持つ事業者の事例を1つずつ取り上げ、その背景と計画を紹介する。

(1)移動通信部門を持たない固定事業者の事例:BTの「フュージョン(Fusion)」

 英固定通信事業者、ブリティッシュ・テレコム(BT)は2005年6月15日、本格的なFMCサービスとして「BTフュージョン(BT Fusion)」を開始した。これは、一つの携帯電話で屋外はGSM携帯電話として、屋内はブルートゥースのアクセス・ポイント経由の固定電話を利用できるというサービスである。当初はモニター400名に提供、その後2005年9月には本格的な提供を始める計画となっている。

 BTフュージョンは、同社のADSLの加入者を対象としたサービスで、ADSLに「BTハブ(BT Hub)」と呼称されるアクセス・ポイント接続をすることで利用可能となる。これはWi−Fi(802.11b)にも対応しており、パソコン等を利用しインターネットへも接続が可能となっている。対応する端末は、当初はモトローラのコンシューマ向けGSM携帯電話「V560」の1台となる。

 今回のサービスでBTが強調するユーザーの最大のメリットとして、自宅における音声通話の料金が固定電話なみに格安であることを挙げている。実際、フュージョンを利用すれば、自宅から発信する通話料金はピーク時には他携帯電話各社と比較し2〜3分の1程度、オフピークでは1時間5.5ペンス(約11円)と9割以上の削減が可能となる。また、携帯電話で利用しているアドレス帳などのアプリケーションをそのまま利用できるなど携帯電話のインターフェースを固定電話でそのまま利用できることも利点としてあげている。なお、フュージョンには2種類の料金プランがあり、それぞれ料金は月額で9.99ポンドと14.99ポンド。なお、1人あたり9.99ポンドで2人目以降の契約者を追加できる。

 BTフュージョンの技術面での最大の特色は、GSM網とブルートゥースを介した固定網間のハンドオーバーを可能にした点、また携帯電話の仕様にUMA(Unlicensed Mobile Access)を採用した点が挙げられる。BTではフュージョンの提供により携帯電話市場からの収益を狙っている。

(2)固定部門を持たない移動通信事業者の事例:独O2の「surf@home」

 ドイツの移動通信事業者O2は、W−CDMAを利用するFMCサービス「サーフ・アト・ホーム(surf@home)」を2005年4月から開始している。これは、屋外ではW−CDMA、屋内ではWi−Fi対応のアクセスポイントを設置しデータ通信サービスを利用するという内容である。

 サーフアトホームの提供に先駆けO2では、1999年からFMCサービス「ゲニオン(Genion)」を提供している。これは、ユーザーが自宅や職場から発信した通話を固定電話並の低価格で通話できるものである。さらに加入者は固定電話の番号も持つことが可能であり、ユーザーが自宅で携帯電話の着信を受けた場合はその発信者にも固定電話と同程度の料金が適応される。ゲニオンでは、基地局から得られるユーザーの携帯電話の発着信の情報を元に、特定の基地局から発着信した呼は料金システム側で特別な料金を設定するしくみとなっている。O2はいわば仮想的な固定電話サービスを提供することにより、ユーザーが自宅や職場の固定電話の解約が可能となる環境を作り上げている。

 今回のサーフアトホームの提供で、インターネット接続用のために固定電話を解約できずにいるゲニオン・ユーザー対象とするという戦略に基いており、固定電話ユーザーの顧客を取り込むことを目的としている。

(3)移動通信を傘下に持つ固定通信事業者の事例:フランス・テレコムの「Business Everywhere」

 フランス・テレコムは企業ユーザーを対象としたFMCサービス「ビジネス・エブリウェア(Business Everywhere)」を2004年6月から開始している。これは、ADSL、Wi−Fi、EDGE/GPRS経由の企業内パソコンのログインの簡易化を図ったデータ通信に特化したサービスであり、ユーザーは会社からでも、屋外のGSM網やWi−Fiからでも会社のVPNに同じアカウントで利用できる。つまり、「どこにいても、どこからでも(Everywhere)」簡単に繋がることを目的としたサービスであり、これらサービスについての請求書は一本化されている。

図表1:O2「Surf@home」の構成図

図表2:Surf@homeの料金概念

 フランス・テレコムでは、携帯電話事業者のオレンジ、ISPのワナドゥー(Wanadoo)、通信システムのイクワント(Equant)と共同でサービスを開発している。なお、イクワントは2005年1月にフランステレコムが統合、オレンジとワナドゥは株式の大多数を2004年〜2005年にかけてフランステレコムが取得し手中に収めている。ビジネス・エブリウェアは、オレンジは自社ブランドを使用せず、あくまで「フランス・テレコム」のブランドで販促されており、この面でフランス・テレコムは携帯電話サービスを自社ブランドで出すことに成功している。

 フランス・テレコムでは6月、次世代のサービス構想として「ビジネス・エブリウェア」に付加サービスを加える方針を発表した。新たなサービスは「ビジネス・エブリウェア・マルチメディア」と呼称され、ビジネス向けの専門的なアプリケーションやサービスをあらゆる端末からアクセスできることをコンセプトとしており、2005年〜2008年の商用化を予定している。

■3社の事例や業界の動向から読み取るFMCの展開

◆ハードルの高い「BTフュージョン」

 まず、3社の例を比較し新しいサービスとして通信業界での注目度も、技術的にもハードルが高いのは、BTフュージョンであろう。これは、屋内では音声をブルートゥース、屋外ではGSMを1つの端末で利用でき、かつネットワーク間のハンドオーバーも可能にした点にある。FMCの本命と言われるIMS(IP Multimedia Subsystem)の完成をまたずにUMAを採用、度重なる商用化の延期にもかかわらず、BTがこれに踏み切った背景には、移動通信部門を傘下に持たない固定事業者の苦悩が見られる。この一方で、固定と移動の双方を手中に収めるフランス・テレコムのケースは、現時点の技術で比較的容易に提供できる範囲に収まっており、移動通信部門を吸収した固定通信事業者の余裕さえも窺える。テレコム・イタリア研究所で企業向けFMCサービスを開発するギアンルーカ・ザフィーロ(Gianluca Zaffiro)氏は、「BTのサービスには提供には課題が残るテーマが様々あり、大変挑戦的なサービスである。我々のように固定も移動も所有する通信事業者は、ブルートゥースやUMAを使って現時点でこのようなサービスに踏み切るなどとは想定外であろう。」と述べている。

 このように技術的にはハードルの高いフュージョンであるが、ユーザーへの訴求力という面から考察した場合はどうだろうか。フュージョンでは、固定電話から格安の通話を利用でき、かつアドレス帳などの携帯電話機能をそのまま利用できることをアピールしている。しかしながら通常の携帯電話サービスと比較した場合、フュージョンでは端末は一台だけ、年末には昨年来人気の高い「Motorola Razr」が登場するとはいえ、製品のラインナップがあまりにも乏しい。料金面で考えても、フュージョンを利用するには、BTの固定回線およびブロードバンド・サービスへの加入が必須となり、最低でも毎月38.48ポンド(約7,600円)を支払う必要があり、一般的とは言い難い。その上固定環境からの通話は格安とはいえ、通常英国では携帯電話サービスの最低契約期間は1年となっており、解約のペナルティを支払ってまで乗り換える魅力があるとは言い切れないだろう。

表:2003年後半以降に開始した主要事業者によるFMCサービス
事業者 サービス名 音声 データ 通信規格 ターゲット 特筆事項
BT(英国) Fusion - GSM/Bluetooth コンシューマ
(住宅)
・UMA採用
・Bluetoothは将来Wi-Fiへ移行
KT(韓国) Du - CDMA/Bluetooth コンシューマ
(住宅)
技術は自社開発
シンギュラーワイヤレス(米国) Fastforward - CDMA コンシューマ
(住宅)
SBC、ベルサウスが参画
FT(フランス) Business Everywhere - WI-Fi/GPRS/ADSL/PSTN 企業ユーザー Business Everywhere Multimediaも計画中
O2(ドイツ) surf@home - W-CDMA/Wi-Fi コンシューマ
(住宅)
「ゲニオン」は音声
NTTドコモ(日本) Passage Duple W-CDMA/Wi-Fi 企業ユーザー 技術は自社開発

 このような要因からBTはフュージョンの提供において当面苦戦を強いられることが予想される。しかしながら、この取り組みは業界に与えたインパクトは大きく、FMCのトレンドセッターとなっていることには疑いはない。

 一方、FMCサービスの集客性という点から見て、ゲニオンは世界的にみても評価が高い。O2によれば、ゲニオンのブランド名「ホームゾーン」のドイツ国内での認知度は2002年中ごろには10数%であったが、2004年末には97%まで向上した。ゲニオン・ユーザーは2005年6月時点で320万を獲得、またドイツ国内での携帯電話サービスのARPUが約25ユーロであるのに対し、ゲニオンユーザーは同43ユーロと高水準を確保し、かつチャーン率の引下げにも寄与している。ドイツ国内では、他の移動通信事業者もこのコンセプトを持つサービスを発表しており、ボーダフォンが「ツーハウゼ」を開始、KPNでも自宅周辺の通話を割引するプランを計画していると伝えられている。

◆FMCへの原動力

 それでは、FMCの原動力となっているのは何であろうか。固定通信事業者は、携帯電話にその収益を奪われ、VoIPへの対応も急務となっている。しかしながら、ここ数年売上の伸びが鈍化している移動通信事業者にとっても悩みは深刻である。MMSやWAPなどのデータ通信の伸びに期待をかけるものの、日本や韓国などの一部地域を除いてその利用者は少数の若者層に限定され、売上に占めるインパクトは薄い。このため新たな収益源を求める切実さは固定通信事業者のそれ以下とは言い難い。

 その一方で、FMCを支える技術の革新は着実に進んでいる。Wi−Fiを中心とした無線LANの普及が加速し、来年にかけてはWiMAXも商用化となり、ユビキタスな環境を構築できる要素が整いつつある。またこのような技術を採用すれば、事業への参入障壁は比較的低く、通信事業者以外にも様々なプレイヤーが登場することが予想され、ついには通信事業者を支えてきた音声通信のビジネスモデルは容易に崩されることも想定される。

 さらに、通信業界の背景には、ネットワークやオペレーションコストの削減およびネットワークのIP化という大きな潮流がある。BTでは昨年、このコンセプトに基いた構想「21CN」を発表した。「スパゲッティと化した」複雑かつコストのかかる現ネットワークをオールIP化する計画である。このような構想は、フランス、イタリア、米国など世界各地で進んでいる。

◆FMCの中核技術

 FMCの中核技術として本命視されているのは、3GPPが提唱するネットワーク・アキテクチャーであるIMS(IP Multimedia Subsystem)である。しかし業界関係者の見方では、IMSに基くサービスが商用化となるのは、固定通信で2006年初め頃、移動通信では2006年の中頃の様子である。

 フュージョンではUMA(Unlicensed Mobile Access)を携帯電話に対応させることでブルートゥースでの音声通話を可能にしている。開発の中心となったのは携帯電話メーカーや移動通信事業者であり、携帯電話機能という面では評価されているものの、FMC全体で見た場合にサポートされていない機能が目立つといった批判も出ている。英ルーセント・テクノロジーでFMC事業に従事するモビリティ・ビジネス&プランニングのアンソニー・ベーカリー氏は「FMC全体から見れば、UMAはWi−FiとGSMを繋ぐ機能に特化し過ぎており、FMC全体から見ればほんの僅かな部分を策定しているに過ぎない。このため、バックボーンの固定網を考慮していない機能が多々ある。UMAはIMSが本格的となるまでの過渡期の技術に過ぎないだろう。」としている。

 この一方で、IMSにも課題は残る。IMSは比較的低価格かつ構築が容易とされる一方、固定網での機能を完全に利用するための標準化作業が多大に残る上、エンドユーザー・クライアントとアプリケーション間でのさらなる仕様策定も必要とされ、またベンダー間の製品の相互運用性の確保も問題となっている。業界全般的に観て、FMCは技術面においても発展途上の段階であると言えよう。

◆FMCのキラー・アプリケーションは「格安料金」が現状

 FMCでは、どのようなアプリケーションを想定して開発が進んでいるのだろうか。まず、BTフュージョンやO2のゲニオンなど、これまで登場したサービスの多くが低価格な音声通信を意図している。

 その一方、現在のところ最も脅威となっているのは、スカイプを筆頭にした無料、または超低価格な音声通話サービスである。スカイプでは2003年8月のサービス開始から登録済みのユーザーが約4,600万、ソフトウェアのダウンロードは1億3,700万回にも上り、ビジネスユーザーを中心に着実に普及が広まっている。

図表:VoIP端末の台数規模予測(全世界)

 データ通信のアプリケーションも開発は進んでいる。特に企業ユーザー向けには、イントラネットに接続するオフィスでの環境を自宅でも、外出先でも利用できるユビキタスな環境の提供が当面の課題となっている。コンシューマ向け市場に対しても、「シームレスに繋がる」環境を生かして様々な方面で開発が取り組まれている。しかしながら、訴求力のあるアプリケーションやコンテンツは見当たらないのが現状であろう。

 このため、現状では既存の通信サービスを低価格にするというアプリケーションが結果的に見て主流となっているというのが現状である。

◆FMCへいかに臨むべきか

 ここ2年ほど再浮上してきたFMCというトレンドには、しかしながら言葉のみが独り歩きしている状況もある。FMCはベンチャーやソリューション・プロバイダーといった企業が特に華々しく騒ぎ立て、これに踊らされるという側面があるのも見逃してはならない。

 しかしその一方で、通信業界は着実に融合に向かって進んでいると言えよう。以前のFMCブームの頃には存在しなかった技術や通信サービスが広範に普及しつつあり、「ユビキタス」という環境も現実性を帯びてきた。

 それでは、この動向に対していかなる姿勢で取り組むべきであろうか。まず、このような通信業界でのマクロの潮流と、個々のプレイヤーが直面する減収の可能性などの脅威や、これを実現する技術の特性を、包括的かつ正確に把握することが要求される。その上でFMCサービスを提供する際には、ユーザーにとっての利便性や使い勝手を重視し、かつ技術セントリックで魅力に欠けるものとなる危険性を回避する姿勢が肝要となる。

グローバル研究グループ
宮下 洋子

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