2005年12月号(通巻201号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

テレフォニカによるO2買収の意味するもの

 さる2005年10月31日に、スペイン第1位の電話会社テレフォニカが、英国を本拠とする携帯電話会社O2を177億ポンドの現金で買収すると発表して、関係者に衝撃を与えた。2001年の通信バブル崩壊以来沈静化していた西欧市場でのM&Aが、ここに来て動き出す気配をみせていたが、ラテン・アメリカ市場に進出して成長を持続し、業績も好調なテレフォニカが、西欧市場に回帰するのは何故かと注目を集めている。この話題を中心に、欧州における通信事業のM&Aに関する最新動向を紹介する(注)

(注)テレフォニカの2005年11月29日現在の時価総額は727億ドルで、世界の通信会社ではボーダフォン(1,487億ドル)、AT&T(980億ドル、2005年11月19日にSBCがAT&Tを買収)、ベライゾン(890億ドル)に次いで第4位。

■市場の地域的リスクの分散に狙い

図表:テレフォニカとO2の携帯電話加入数の地域別内訳 2005年10月31日に公表されたテレフォニカによるO2の全額現金による177億ポンド(314億ドル)の買収は10月28日時点の株価に対し22%のプレミアムを上乗せしたもので、成功すればいくつかの点で通信事業の歴史上特筆すべき記録だという。通信事業のM&Aの歴史で、全部を現金で買収するという点ではシンギュラーによるAT&Tワイヤレスの買収額に次いで第2位である。また、2000年以来の英国におけるM&Aの規模では最大、欧州でも今年の第2位にあたるという。なお、O2はこの提案を歓迎している。

(注)西欧市場における携帯電話のビッグ3:(1)ボーダフォン 8,640万加入(出資比率で按分した加入数)(2)オレンジ 5,160万加入、(3)テレフォニカ+O2 4,400万加入

 テレフォニカによるO2の買収提案は、最近の欧州におけるM&Aラッシュ(2005年の第3四半期では米国を50%も上回る規模)の一環とみることも出来る。また、国境を超えるM&Aに対する抵抗が徐々に弱まるにつれ、欧州の通信セクターが統合に向かう徴候かもしれない。小規模の独立系通信会社(例えばO2)は全世界を股にかけて活動する巨大通信会社の餌食になりつつある、とビジネスウィーク誌(注)は指摘している。

(注)Conquistadors of European telecom?(BusinessWeek / November 14,2005)

 欧州の巨大通信会社は、欧州全域に広がる統合の動きの中で、最悪の結果となることを恐れて相互に争っている、とエコノミスト誌も指摘している(注)。去る7月には、フランス・テレコムはスペイン第3位の携帯電話会社アメナ(Amena)の発行済み株式の80%を77億ドルで買収している。このことが、スペインを本拠とするテレフォニカの報復的な動きを早めた一因かもしれないという。英国には、フランス・テレコムの携帯電話部門オレンジの子会社があるからだ。このほか、2つの資金ファンドがデンマークの通信会社TDCの買収に動いているし、現在まで大規模なM&Aの動きをみせなかったテレコム・イタリアが仕掛けてくる可能性もある。

(注)Survival of the biggest(The Economist / November 3,2005)

 O2が買収されたことに驚きはない。2001年にBTから110億ドルで分離されたO2は、その企業規模がライバルのボーダフォン、ドイツ・テレコムのT-モバイルやフランス・テレコムのオレンジに較べると小さく、長い間合併のターゲットとして噂になっていた。この8月には、ドイツ・テレコムとオランダの通信会社KPNがチームを組んでO2を買収すると報道されたが、結局何も起きなかった。しかし、いずれO2がどこかに買収されるだろうと多くの人達が考えていた。だから、今回のO2の合併で、アナリストが不意を突かれたのはその予想外の買手だったという。世界中に合計1億4,500万の固定電話と携帯電話の加入者(うち6,800万の携帯電話加入数は欧州外)を持つテレフォニカは、長い間スペイン語圏の新興国市場におけるM&Aを推進してきた。テレフォニカは1990年以降ラテン・アメリカの通信事業に500億ドルを投じてい

 しかし、今年テレフォニカがチェコ・テレコムの買収を巡って、スイスコムに最後の瞬間で競り勝ってからすべてが変った、テレフォニカの欧州における市場拡大に関する眠っていた関心が突如として目覚めた、(注)とビジネスウィーク誌(2005年11月14日)は書いている。テレフォニカの2004年の売上高は364億ドルで、前年比6.8%の増加だった。2005年上半期の売上高は前年同期比20%の増加で、多くの欧州の同業者を上回っている。より重要なことはそれがドル箱だということで、2005年上半期に34億ドルのフリー・キャッシュ・フローを稼ぎ出した。

(注)テレフォニカが欧州の通信市場にまったく無関心だったわけではない。2000年にオランダの通信会社KPN(固定通信及び携帯電話)の買収を試みたが、株主の反対が強く断念している。また、同年にフィンランドの通信会社ソネラと組んで、ドイツにおける第3世代携帯電話のライセンスを80億ドルで取得したが、技術開発の遅れとコストの高騰によって撤退し、2002年にその投資額を資産から削除している。2005年になってKPNを買収する動きがあり、テレフォニカは240億ドルを提示したとみられているが合意にいたらなかった。

 テレフォニカのO2に対する動きは防御的なものだったとみられている。他の固定通信企業と同様、テレフォニカも固定電話の通話料金を大きく引き下げるかもしれないインターネット(IP)電話の脅威を認識している。英国、アイルランド及びドイツに合計2,500万の顧客(携帯電話)を持つO2を買収することによって、テレフォニカは欧州における2つの携帯電話のトップ市場(英国およびドイツ)にアクセス出来るようになり、IP電話の脅威を緩和できる。テレフォニカのアリエルタCEOは「O2をテレフォニカ・グループに統合することによって、我々の成長力は強化されるだろう。また、規模の経済を実現し、各地域における活動のバランスもとれるようになる。」と語っている。アナリストによると、テレフォニカはラテン・アメリカへの集中を避け、市場の地域的リスクを分散しようとしているのだという。O2が営業している英国、アイルランド及びドイツの市場には、テレフォニカは進出しておらず、市場の重複がない点もメリットである。
前掲のビジネスウィーク誌によると、アナリストは概ねテレフォニカによるO2の買収を支持しているという。買収は市場の地域的リスクを分散させ、利益とキャッシュ・フローをテレフォニカにもた らすと思われるからだ。テレフォニカによるO2の買収金額は、O2の2006年の利益見込の18.4倍に相当するが、それでもテレフォニカにとっては良い買い物だとみられている。しかし、O2の買収を発表した翌日のテレフォニカの株価は、マドリッドで4.7%、ニュヨーク(American Depositary Receipts)で5.4%値下りした。株主は必ずしも歓迎ではないようだ。

■テレフォニカによるO2買収の背景

 調査会社のオーバムによると、O2は年間の売上250億ドルのドイツ市場では、T−モバイル、ボーダフォンおよびKPN傘下のE−プルスに次いで第4位である。無線データ・サービスの利用が多く、年間の売上が280億ドルの英国市場では、携帯電話会社4社がほぼ同規模の市場を獲得して熾烈な競争を展開しているが、O2はその中で第3位である。オーバムの結論は、テレフォニカがこの買収に失敗すれば、非常に弱い立場に置かれることになるかもしれず、何としても成功させなければならない、というものだ(注)

(注)Telefonica rings a big bell(BusinessWeek online / November1,2005)

 O2の買収が成功すれば、テレフォニカはよりワイヤレス・カンパニーに近づけるように変革し、固定通信に対する依存度を低くするだろうという。このことは、世界最大の携帯電話会社、ボーダフォンにより近づくということを意味する。前掲のエコノミスト誌は、テレフォニカのO2買収によってモバイル市場の競争はさらに激しくなるが、そのことは結局、英国のBTやドイツのドイツ・テレコムなどの既存固定通信会社にとっても脅威となるだろうと指摘している。何故ならば、携帯電話で市場に参入したとしても、いずれ無線技術の進歩によって、徐々に伝統的な銅線の電話とブロードバンド・インターネット接続の両方を代替する時期が来るからだ。

 テレフォニカによるO2買収を巡る最大の不確定要素は、対抗してO2の買収に動く企業があるのかどうかである。最も可能性の高い候補はドイツ・テレコムであるが、ドイツ及び英国で子会社のT−モバイルが営業しており、O2の買収はライバルを消滅させることになり、認められない可能性が高い。また、22%のプレミアムを付け、全額現金による買収を提案しているテレフォニカに対抗する提案をすることは、ドイツ・テレコムは株主の諒解が得られず、困難とみられている。
テレフォニカによるO2の買収が成功した場合の最大の問題は、英国やドイツなどにおける激烈な競争市場で、どうしたら勝てるかを知っているか否かである。進出したラテン・アメリカなどの市場でリーディング・プレイヤーになることが常だったテレフォニカが、キャッチ・アップの仕方を知らないかもしれない、テレフォニカが挑戦しなければならない課題はこのことである、とビジネスウィーク誌(2005年11月14日)は指摘している。

 衆目の一致するところ、次の買収のターゲットになるのはフランス第3位の携帯電話会社のブイグ(Bouygues)テレコムだろうという。欧州で残っている数少ない独立系の会社で、テレフォニカやO2と同様にNTTドコモが開発した無線ウェブ技術のiモードを採用している。このことは、フランスに進出していないテレフォニカにぴったりである。しかし、ブイグは買収・合併の提案をこれまでずっと拒否している。前掲のエコノミスト誌は買収のターゲットにされる通信会社として、ブイグのほかにノルウェーのテレノールとポルトガル・テレコムを挙げている。テレフォニカは、チュニジアやコロンビアでの買収を検討しているが、これ以上欧州企業を買収する計画はないと表明している。

 テレフォニカによるO2の買収の成功は、ドコモとの緊密な協力関係に発展する可能性があるとビジ ネスウィーク誌は指摘している(注)。欧州の携帯電話会社8社がiモードを提供しているが、現時点ではiモードがヒットしているとはいえない。しかし、テレフォニカがO2を買収すれば、ボーダフォンとフランス・テレコムの携帯電話部門オレンジに次いで、欧州第3位の携帯電話事業者となる。そうなれば、テレフォニカはドコモの重要な戦略的パートナーになり、ドコモから資金及びマーケティングの支援を受けられるかもしれないという。

(注)Telefonica rings a big bell(BusinessWeek online / November1,2005)

 既存の通信会社が、携帯電話やインターネット部門をスピン・オフするのが流行した時期は僅か5年前である。顧客がシームレスなサービスを望むだろうからという理屈をつけて、現在では通信会社はこれらの資産を再度統合して元に戻している。しかし、統合とそれに反対する動きが高まるにつれて、誤りは避け難くなる。携帯電話の料金は低下しつつあり、新しいモバイル・サービスが確実にこのギャップを埋め合わせ出来るか分からないのに、携帯電話会社に巨額のプレミアムを支払って成熟した市場に参入しても、十分な成果を挙げられないかもしれない、と前掲のエコノミスト誌は疑問を呈している。

■ボーダフォンの海外市場再編

 世界最大手の携帯電話会社ボーダフォンは、テレフォニカとは逆に需要が急増している新興国市場への投資を拡大している。去る2005年10月に、インドの携帯電話会社最大手のバルティ・テレベンチャーズ(インドでのシェア約20%)に8.2億ポンド(14.1億ドル)を投資して、同社の発行済み株式の10%を買い取ると発表した。

 ボーダフォンは2005年11月には、南アフリカの携帯電話事業最大手のボーダコムへの出資を50%へ引き上げると表明した。ボーダフォンはすでに35%の株式を保有していたが、13.5億ポンド(23.3億ドル)を投じてボーダコムの株式15%を保有する南アフリカの投資会社を買収する。ボーダコムは1,700万の加入数を保有しており、年間40%の成長が期待できるという。

 一方、テレフォニカがO2の買収を発表した同じ日に、ボーダフォンはスウェーデンにある同社の携帯電話子会社をノルウェーの通信会社テレノールに10.35億ユーロ(12.2億ドル)で売却すると発表した。スウェーデン子会社の加入数は150万だったが、加入数シェアは3位にとどまっていた。

 ボーダフォンの一連の動きは、需要が頭打ちで競争が激しく採算が見込めない市場からは撤退し、成長が見込める市場に資源をシフトさせるという、海外市場の再編成に動き出したのではないかと見られている。飽和市場での買収に踏切ったテレフォニカとは対照的な動きで注目を集めている。

 2005年11月15日に発表したボーダフォンの2006年3月期中間決算は、スウェーデンからの撤退に伴う費用の計上で減益になった。2007年3月期も普及率の上昇や競争の激化で、売上高の伸び率は鈍化するとの見通しを示した。注目のボーダフォン日本法人の当期中間決算が発表されたが、営業利益は前年同期比54.8%減の390億円だった。2005年9月末の携帯電話加入数は1,499万で上半期で4.9万加入の純減(6月以降は連続5ヵ月純増を確保)で、1加入当たり月間収入も4.7%減(前年同期比)と不振だった。同社の第3世代加入電話の設置数は9月末175万加入で、日本全体に占めるシェアでは5%にとどまっており、移行が遅れている。このような状況を打開するため、ボーダフォン日本法人はサービスのローカライズに努め、消費者の信頼を取り戻す戦略を強調したが、株主からは日本事業の再建のスピードアップを強く求められそうだ。

特別研究員 本間 雅雄
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