2006年1月号(通巻202号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

相次ぐ通信企業の放送市場参入

 米国の大手通信会社のベライゾン・コミュニケーションが、2005年9月に自社の光ファイバー・アクセス網経由で、テキサス州ダラス近郊の約1万世帯にテレビ番組の配信を始めた。3大ネットワーク局のNBC、CBSなどが番組を提供する。もう一つの大手通信会社のAT&T(AT&Tを買収したSBCコミュニケーションが改称)と地域通信会社大手のベルサウスも1年以内に夫々の光ファイバー・アクセス網を利用してテレビ番組の配信を開始する意向を表明している。CATV会社に侵蝕されているブロードバンド市場の巻き返しが主な狙いだが、放送参入が可能になったのはブロードバンド・アクセス網の普及とインターネット(IP)技術の進展による。携帯電話会社のシンギュラーやベライゾン・ワイヤレスなども動画の配信ビジネスに参入する計画を発表している。最近、グローバルに進行している通信企業の放送事業参入の動きを以下にレポートする。

■BT、今秋にも放送事業進出

 英国の固定通信事業大手のBTグループが、ブロードバンド回線(ADSL)を利用するテレビ放送を今秋にも開始する。BTのテレビ・サービスはマイクロソフトが提供するインターネット・プロトコル技術(IPTV)とフィリップスが供給する専用受信機(セット・トップ・ボックス:STB)を利用する。コンテントの配信契約を、英最大の放送事業BBCの商業部門、米音楽大手のタイム・ワーナー・ミュージック及び米コンテント作成大手のバイアコムの映画部門パラマウントと締結したと昨年12月8日に発表した。BBCの人気SF番組「ドクター・フー」(BBCの新番組が放送された後、7日間に限りオン・デマンドで視聴できる)やパラマウントの映画「サハラ」など最新のヒット作のほか、各社の名作などを提供する。

 BTのテレビ・サービスは、視聴した分だけ料金を払うペイ・パー・ビューとビデオ・オン・デマンド方式を採用する。BTのブロードバンドに加入していることが条件で、セット・トップ・ボックス(STB)を購入すれば利用できる。STBは欧州の家電最大手のフィリップスが開発中で、80時間のビデオ録画が可能なほか、BBCなどが中心になって運営する無料の地上波デジタル放送「フリービュー」(約30チャンネル)を受信するためのチューナーを内蔵している。このSTBは、オンラインゲーム、ショッピング、教育やビデオ電話にも利用できる。利用者が希望すれば、フリービューのほか有料テレビの受信(契約が必要)も可能である。

 BTの狙いは、携帯電話やケーブルテレビ会社からの攻勢や異業種の通信参入によって、音声通話やブロードバンド接続だけでは将来の成長は見込めないため、付加価値の高いサービスを提供して、事業の将来の発展基盤を確立したいということにある。しかし、BTの思惑通りにことが進むとは限らないようだ。
BTのブロードバンド・テレビ・サービスへの進出によって、この市場の競争はさらに激しくなるだろうという(注)。ルパート・マードックの率いるニューズ・コーポレーションが36.6%の株式を保有する英国最大の有料テレビ会社British Sky Broadcasting(BSkyB)(加入数800万)は、昨年10月に英国ブロードバンド接続会社のEasynetの買収で合意している。ニューズは、衛星デジタル放送だけだった配信プラットフォームを固定ブロードバンドに拡大し、映像のオンデマンド配信やIP電話などのサービスを提供する計画である。

(注)BT lines up Paramount,BBC,Warner Music,for IPTV(Dow Jones Newswires / 8 December、O5)

 さらに2005年12月には、英国のケーブルテレビ最大手のNTL(2005年10月英ケーブルテレビ第2位のテレウエストと合併で合意)は、携帯電話再販事業(MVNO)のバージン・モバイルUKの買収を計画していることが明らかになった。NTLは、現在提供しているケーブルテレビ、ブロードバンド接続、固定電話に加え、携帯電話サービスを提供(Quadruple play)して、BTグループやBSkyBの攻勢に備え、融合市場における主導権の確立を狙っているとみられる。NTLとバージン・モバイルUKは、合併交渉に入ったと報じられている。合併が成立すれば、携帯電話(MVNO)で500万、固定電話で430万、インターネット接続で250万、有料テレビ330万の加入者を抱える、時価総額40億ポンド(約8,200億円)の通信・メディア複合企業が誕生する。

■ボーダフォン、携帯電話向けテレビ番組を拡充

 ボーダフォンは現在、第3世代携帯電話(3G)ユーザーを対象に、同社が営業している8市場(英国、ドイツ、ギリシャ、イタリア、オランダ、ニュージーランド、ポルトガルおよびスペイン)、3つの関連会社のネットワーク(ベルギー、フランス及びスイス)と1つのパートナーのネットワーク(オーストリア)で、モバイル・テレビ・サービスを提供している。例えば英国では、衛星放送のBskyBと提携して昨年11月から Sky Mobile TV(現在は2パッケージ)を開始した。このサービスは今年の1月までは無料で視聴できるが、それ以降ユーザーは各テレビ・パッケージ毎に月額5ポンド(1,025円)の料金が必要になる。

 昨年12月6日にボーダフォンは、汎欧州をカバーするスポーツ、エンターテインメント及びドキュメンタリー番組を含む共通編集したテレビ・サービスを開始することを計画していることを明らかにした。そのため同社は、米国の有料テレビ・チャンネル HBO、20世紀Foxテレビジョン、スポーツ専門チャンネルのユーロスポーツ、音楽専門チャンネルのMTV、ディスカバリー・チャンネルおよびサッカーのUEAFチャンピオン・リーグとコンテント提供で契約を交わした。ただし、このグローバルな共通番組は市場(国)によっては放送しない場合もあり、料金や番組編成も市場毎に異なるだろうという。

 ボーダフォンUKによると、この新しいテレビ・サービスは、同社のバラエティー・パックの一部として提供される予定である。1月末までの無料視聴の期間以降は、2つのSky Mobile TVパッケージ毎に必要な月額5ポンドの料金に加え、バラエティー・パックの視聴には月額3ポンド(615円)の料金がかかる。ただし、Sky Mobile TVの2つのパッケージを視聴する場合は、バラエティー・パックは無料になる。したがって、ボーダフォンUKのテレビ・サービスの料金は最大10ポンドである。また、今年2月以降の加入者についても、1ヵ月の無料視聴期間が設けられる。

 ボーダフォンはDVB−Hなどの放送技術の開発を待たずに、既存の3Gネットワーク上でモバイル・テレビの導入を選択し、このより広いチャンネル・ポートフォリオが3Gの普及に拍車をかけることに期待したのだ、とトータル・テレコム(注)は指摘している。

(注)Vodafone expands mobile TV offering (Total Telecom online / 06 December 2005)

 ボーダフォンは05年9月末までに全世界で490万台の3G端末を販売している。英国では43.8万台。 ボーダフォンUKは、昨年11月にテレビ・サービスの利用が、最初の2週間で100万回に達したと発表した。同社にとっては予想を超える反響だったようだ。同社のモバイル・テレビ・サービスはUMTS網上でWAP技術によって提供されている。HSDPAは現在試験中で、英国には今年の中頃に導入される計画であり、実現すればテレビ・サービスのかなりの容量拡大が期待できる。

 ボーダフォンUKによると、DVB−Hについては現在O2が英国で試験中である。ボーダフォンもこの技術を無視してはいないが、英国では規制当局のOfcomは未だにDVB−Hのライセンスをまったく付与していない。また、DVB−Hは完全に新しいネットワークの構築が必要であり、サービスの開始に時間がかかるのが問題だが、DVB−Hは極めて興味のある技術であり、放送サービスが求める巨大なキャパシティを提供してくれるかもしれないと評価している。

 モバイル放送の技術としてはDVB−H以外にも試験中の技術がいくつかある。Digital Audio Broadcast(DAB)、DMB(DABをベースにした技術)、クアルコムのMediaFLO、Multimedia Broadcast / Multicast Service(MBMS:マルチメディア・コンテントを3Gネットワーク経由で効率的に配信するIPベースの放送技術)などである。

 3Gネットワーク経由でビデオを配信するサービスについては、調査及びコンサルタント会社のAnalysysが昨年9月に次のように警告していた。「40%の3Gユーザーがモバイル・テレビとビデオ・サービスに加入し、各加入者が1日に8分間ビデオを視るだけで、2007年にはトラフィックが典型的なW−CDMAネットワークの容量をオーバーするだろう。3Gネットワークをビデオ・サービスの導入に使用する携帯電話会社は、2年以内に容量(不足)の問題に直面するかもしれない。」さらにAnalysysは、放送技術はモバイル・テレビとビデオ・サービス全般をサポートすることが肝要であり、3Gを最も魅力的な放送ソリューションとするためにはMBMSが最も可能性の高い技術であるとコメントしている(注)

(注)前掲Total Telecom online / 06 December 2005)

 MBMSは既存の3Gネットワークの変更が最も少なく、追加の周波数もしくは免許も不要とみられている。また、この技術は携帯電話会社がモバイル・テレビ市場をコントロールすることを可能にするだろう。しかし、Analysysは、MBMSでは音声及びデータに使われる容量を携帯電話会社が別に確保しておくこと必要であり、携帯電話会社が多くの視聴者を少ない放送チャンネルに引きつけることができる場合にのみMBMS技術は正当化される、と指摘している。DVB−HやMediaFLOのような放送専用技術については、携帯電話会社が放送会社などと同等の影響力を行使するのは難しい。また、単一の支配的な標準が出現しないというリスクもあると指摘している。

■韓国のS−DMBサービスに低い満足度

 Marketing Insight社の調査によると、韓国のS−DMB(Satellite-based Digital Multimedia Broadcasting)の24%の加入者しか、このモバイル・テレビ・有料サービスに満足していると回答しなかったという。45%はS−DMBのサービスに不満足と答えている(注)

(注)Survey shows Koreans not happy with DMB service(Total Telecom online / 09 December 2005)

 不満足と回答した主な理由はコンテントの不足で、大部分の回答者は全国ネットの地上波テレビ局であるKBS、MBC及びSBCの番組がないことに不満を述べている。また、十分なチャンネルがないことにも不満を訴えている。
前記の調査によると、昨年9月時点で、韓国の携帯電話ユーザーの僅か1.5%しかS-DMBの受信可能な端末を持っておらず、実際に使っているのは1.3%に過ぎない。S-DMBが韓国で開始されたのは2005年5月である。12月には無料放送のT-DMB(Terrestrial-DMB)が始まった。T-DMBは主要テレビ局の番組の再放送で、テレビ6チャンネルとラジオ10チャンネルである。

 しかし、T−DMBサービスは大部分の携帯電話加入者にとってオプションになっていないという。携帯電話会社がこのサービスの販売促進に努めても見返りがないことから、携帯電話会社がT−DMBの受信可能な端末の販売を躊躇しているからだ。これに対して、有料サービスのS−DMBの場合は、携帯電話会社は収入の一定部分を自社収入とすることができる。

 韓国でT−DMBサービスが開始されたが、放送会社と携帯電話会社の間に意見の相違があるため、携帯電話端末上でこのサービスを視聴できるようになるには、今しばらく時間がかかりそうだという。DMBの市場拡大は、T−DMBサービスが携帯電話端末上で視聴できるようになって初めて実現する、とMarket Insightのアナリストは指摘している。

 Market Insightの調査によると、韓国におけるモバイル・バンキング・サービスは好評で、ネガティブな評価をしたユーザーは10%に過ぎなかった。モバイル・バンキング・サービスの顧客満足度は他のモバイル融合サービスに比べて著しく高く、セキュリティと利便性がさらに改善されれば、モバイル・バンキング市場の将来は明るいと評価している。

■わが国における放送と通信の融合に関する新たな動き

 わが国でも、放送と通信の融合が本格的に動き出しそうだ。竹中総務大臣が通信と放送の融合に関する有識者懇談会を早急に設置することを表明したからだ。NHK改革問題が最大の課題であるが、「米タイムワーナーの売上高は1社で4兆円と、日本の放送業界の売上と同じ。通信・放送の融合を進めれば双方にメリットをもたらす新たな産業が興る」(注)というのがその問題意識である。

(注)放送・通信融合 竹中プラン(日本経済新聞 2005年12月19日)

 限りある電波を使うが故に免許制が敷かれ、新規参入が制限されてきた放送業界。ネットに移行すれば、その秩序が揺らぎかねないとの危惧を抱く放送業界に対して、「それは事業者側の論理」というのが竹中氏の主張だ。(「なぜインターネットでテレビの生放送が見られないのか」という疑問に対する放送業界の見解と竹中大臣の主張 前掲日経新聞記事から)
 なお、懇談会の正式名称は「通信と放送の在り方に関する懇談会」(座長 松原 聡/東洋大教授)で、新年早々から議論を始め、半年程度で結論を出す。

 放送と通信の融合に直接関連する業界は、大まかに言って3つある。放送、通信及びネット業界である。日本における一番の問題は、複雑な著作権処理の問題を別にすれば、魅力的な映像コンテントがNHKや民放キー局を始めとするテレビ局に押さえられていることだ。最近、テレビ業界は、放送事業進出を狙うネット企業の攻勢に対抗するため、インターネットを利用した視聴者参加番組を始めたほか、キー5局と広告最大手の電通が共同でテレビ番組のネット配信会社の設立に動き始めた。

 通信業界では、NTT東西地域会社と持ち株会社は総務省の行政指導で、CATVを含む放送事業への出資を3%未満に制限されている。通信のブロードバンド化と融合が進展する現在では、この規制が時代遅れになっていることは明らかだ。規制のないKDDIは、光回線を利用して、音声、ブロードバンド接続及び動画番組の配信を一括提供(トリプル・プレイ)しているものの、地上波テレビ局の番組配信は実現していない。最近KDDIは、CATV第2位のジャパンケーブルネット(JCN)に資本参加する計画を明らかにした。ヤフーBBも自社のADSL利用者に対しIP電話と動画配信を行っている。

 最近その急成長で注目を集めているのが有線放送最大手のUSENが運営する無料動画配信サイト「GyaO(ギャオ)」である。映画、アニメ、音楽やスポーツなど常時800の番組を揃えており、番組の前後に流す広告収入で運営している。事業を開始した昨年4月からの8ヵ月間で会員数は500万を超え、現在も週20〜25万人が会員登録しているという。

 放送局への出資や提携では、楽天やライブドアなどのネット新興企業が先行してきた。さらに、ソフトバンクとヤフーはスポーツや映画などの動画番組をパソコン向けにネット配信する新会社を共同で設立し、ヤフーのポータルサイトを通じて試験配信を始めたと発表した。(2005年12月19日)米大リーグ映像の日本での独占配信権を獲得するなど、約3万件の提携番組を確保済みである。本格配信は今年の春を予定している。

 しかし、ここにきて新しい動きも出てきそうだ。日経新聞(2005年12月21日)は、NTTドコモがフジテレビジョンに約3%資本参加し、業務提携することで最終調整に入ったと報じている。ドコモは他の民放各局にも出資を含む業務提携を呼びかけているという。今春始まる携帯電話向け地上波デジタル放送「ワンセグ」に備え、技術・新サービス開発(例えばモバイル・ショッピングのプラットフォームの提供)などで協力関係を築くことが狙いと見られている。通信最大手のNTTグループが動き出すことで、放送と通信の両市場の融合が一気に加速することが期待される。

 一方、KDDIは2005年12月22日に、携帯電話技術開発大手の米クアルコム社と共同でクアルコム社が開発した携帯電話向け放送技術「MediaFLO」の日本国内でのサービス展開の可能性を検討する企画会社「メディアフロージャパン企画」を12月27日に設立すると発表した。「MediaFLO」はすでに米携帯大手のベライゾン・ワイヤレスが導入を決めているが、日本で採用するためには、新たな放送用の周波数(米国の場合は700MHz帯)が必要になる。

特別研究員 本間 雅雄
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