2006年8月号(通巻209号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<世界のニュース:政策・規制>

欧州委員会、国際ローミングの「規則」案を採択

 2006年7月12日、欧州委員会は国際ローミングの「規則」案を採択した。案が正式採択されるまでには更に欧州議会と閣僚理事会の承認が必要であり、施行は2007年夏前となる見通しである。欧州委員会は早期施行によって2006年夏季観光シーズンにローミング料金を値下げさせることを狙っていたが、結局間に合わず来年に持ち越されることになった。委員会案には業界からの抵抗が強く、採択を巡っては委員会内部でも数年来稀に見る激しい対立があったとされている。

■「規則」提案の経緯 〜 ラディカルな欧州委員会原案

欧州委員会は「不当に高い」国際ローミング料金について、EUレベルの規制を目指して2006年2月に第1次コンサルテーションを開始して以来(本誌2006年4月号参照)精力的に動いてきた。

表:国際ローミング規制に関する欧州委員会の動き

 このような欧州委員会の動きを受け、事業者は相次いでローミング料金の値下げを発表し(本誌2006年6月号)、コンサルテーションにおいても、ロビー活動においても、規則制定の動きを食い止めようと懸命に訴えた。第2次コンサルテーションで提示された欧州委員会案は、「ホームプライシング原則(HPP)」に基づいて小売ローミング通話料金を旅行者の自国の国内料金と同じレベルに設定しようというラディカルなものであったために、移動通信業界ばかりか各国規制機関や消費者団体までもがその妥当性に疑問を表明したほどである。しかし、このようにローミング料金をいわば廃止してしてしまおうとする案は大衆紙などの一般メディアでは大変な人気を博したとされる。

 欧州委員会内部の審議は2006年7月11、12日に行なわれ、移動通信業界を代弁してマンデルソン委員(通商担当、英国)、およびフェアホイゲン副委員長(企業・産業担当、ドイツ)が提案者のレディング委員と正面から対立したと報道されている。しかしこれら大物委員をもってしても、全25名からなる委員会を説得し、かつ世論が歓迎する案を覆すことは難しかったようである。レディング委員の巧みな工作も奏効したといわれる。

 欧州委員会は4月の第2次コンサルテーションにおいて、1)HPP(ホームプライシング原則)、2)ローミング先で受ける通話をに対する着信料の廃止という2つの小売料金規制、3)何らかのコスト指向性に基づいた卸売料金規制を提案していた。コンサルテーション後、レディング委員はHPP、および着信料廃止の案を取り下げると妥協した。しかしその一方、対立の焦点であった小売料金規制それ自体については消費者利益の確保のためとして断固譲らない姿勢を貫いたのである。

■批判の多かったホームプライシング原則(HPP)

 欧州委員会がローミング料金規制の具体案を示したのは2006年4月の第2次コンサルテーションが初めてだが、委員会はこのときからすでに規則制定の第1目標は小売料金規制を通じた値下げであることを明らかにしている。提案されたホームプライシング原則(HPP)では、スペインを訪問したベルギー人がかける携帯電話の通話料金は以下のように決められる。このようにベルギー人の通話料金は国境を越えてもあたかもベルギーにいるかのように不変である。

表:ホームプライシング原則

 また、同案では、ローミング先での着信通話料は廃止して発信者課金とし、ホームの発信者には通常の国内携帯着通話料金を適用するとした。
ERG(欧州規制庁グループ)はこれに対し一貫して規制対象は卸売料金に限定すべきとの立場をとっていた(本誌2006年4月号参照)。小売料金規制は卸売規制による結果が得られなかった場合に導入すべきであり、その場合でも(規制導入のインパクトを試算するなど)所定の手続を踏んだ上とするべきだとしていたのである。

 第2次コンサルテーションでERGは以上の立場を再確認するとともに着信料廃止への反対を表明した。ERGは以下のように主張した。HPPの導入は市場の歪みを招き、国際通話料金が高い場合などは消費者にもたらされる利益が少ない。特にローミング通話の80%を占めるホームへの通話について上の例を用いると、ベルギーからスペインへの携帯発国際通話の料金がそもそも高い場合は、現行のローミング料金に代えて国際料金を適用しても、値下げ効果は小さいばかりかむしろ値上げとなる可能性がある。逆にローミング料金のほうが高い場合にはHPPは国際通話の値上げを招く恐れがある。また、着信料の廃止はホームの事業者のコスト回収枠を最大でも国内着信料までと制限するもので、事実上サービスの赤字提供を強要する。これは上述の国際通話など非規制サービスの値上げや、一部顧客(収益源として貢献の低いプリペイド顧客等)へのサービス停止など好ましくない結果を生むリスクを生む。

 移動通信業界は、HPPが導入されると料金の安い外国のSIMを買ってきて自国で「ローミング」するなどの行動を誘発するなどと訴えた。消費者団体のBEUCも72の事例を検討したが、うち21%の事例について消費者は何の利益も受けず、むしろ一部の事例では不利になるという試算結果を得て、委員会案には懐疑的であった。GSM協会は委員会案の規制がもたらす市場への潜在的悪影響だけでなく、制定に向けたその余りにも性急な進め方には立法手続上の問題があることを批判した。

 以上の厳しい批判にさらされ、レディング委員は6月末にかけて修正案を提示した。ここでHPPおよび着信料の廃止の案は取下げられ、小売料金規制の導入には6ヵ月の猶予期間を設けることが提案された。もっともHPPの撤回を委員会の譲歩と見るべきではないだろう。このアプローチが値下げ達成のツールとして有効に機能するかどうかが疑問視されたからである。

■ 採択された修正案 〜卸売・小売料金規制〜

 2006年7月13日に発表された国際ローミングに関する規則案は卸売・小売料金の双方に上限を設けることとした。小売料金の上限は卸売料金に30%のマージンを上乗せしたものである。料金上限はEU加盟25ヵ国に共通に適用される。

表:卸売・小売料金規制

 上の小売料金の計算には、第11次EU規制レポート(2006年2月)掲載のSMP移動体着信料EU平均の12.64ユーロセント/分を用いている。SMSローミング料金は規制対象としていない。

 着信小売料金および卸売料金規制は規則発効と同時に直ちに適用されるが、発信小売料金の規制は発効から6ヵ月後とされる。小売料金規制が来期の夏季観光シーズンに実施されるためには、2007年初頭には規則が正式採択される必要があろう。

 EUの試算によると、規則によってローミングの消費者料金は最大で70%の値下げとなる。EU全体のローミング収入は年間85億ユーロであり、移動通信業界の全収入の5.7%を占めている。規則が導入されるとこの85億ユーロのうち50億ユーロが削減されることになるという。消費者利益へのインパクトは大きいが業界への打撃も測り知れない。

 GSM協会は委員会の修正案公表後再びこれを批判して、業界は小売料金規制によってローミング分数をバンドルしたパッケージを提供する自由度や、特定顧客層に合わせたサービス設計を行なう能力が失われてしまうとしている。料金上限規制であればバンドル提供の自由度はHPPよりも向上しているはずであろうが、いずれにしてもこれだけ収益が激減するとなれば、プリペイド顧客などのもともと収益性の低かった顧客層に対するサービスは、着信料が従来どおり徴収できないなどの条件がつくと提供が困難になることが予想される。GSM協会は修正案は依然として消費者にとって結局は「有害である」と訴えている。

 多様な25ヵ国が存在する欧州全域に均一な料金を制定するのは確かに時代錯誤的な印象を受ける。報道では自由市場の擁護者として知られているバローゾ欧州委員長がこのような決断を下すのは、極めて例外的かつ1度きりのことであるとする側近の言葉を伝えている。ローミング規制問題は依然として論争が続きそうである。移動通信業界は欧州議会、閣僚理事会へ向けて引き続きロビー活動を続けていく見通しである。

主任研究員 八田 恵子
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