2009年5月号(通巻242号)
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政策関連(政府・団体・事業者・メーカー)

主要国の国家ICT戦略概要〜モバイル分野における取り組み

英国

「デジタル・ブリテン」の概要

 英国のビジネス・企業・規制改革省(BERR)と、文化・メディア・スポーツ省(DCMS)は、2009年1月29日、国家のICT戦略行動計画として「デジタル・ブリテン」の中間報告書を発表した。この報告書は、(1)次世代アクセス、次世代モバイル、デジタルTV、デジタル・ラジオの4つのデジタルネットワーク、(2)コンテンツ・ビジネス、(3)ユニバーサル・サービス、そして(4)メディア・リテラシーの向上、の4つの分野において、英国政府が推進すべき22のアクション・プランを提示している。

 「デジタル・ブリテン」は、通信放送規制機関オフコムの元長官であり、昨年新設されたBERRとDCMSの2省に属する通信・テクノロジー・放送担当相となったStephen Carter卿が中心となって策定された。経済対策の一つとしてユニバーサル・ブロードバンド・インターネット・アクセスを掲げる米国のオバマ政権の誕生、フランスが昨年発表したICT戦略「デジタル・フランス2012」、そして日本や韓国におけるFTTHの急速な普及という状況の中、英国においても諸外国に遅れることなくICT分野の国際的な競争力を向上させ、英国経済を活性化しなくてはならないという危機感がその背景にある。

 「デジタル・ブリテン」中間報告書の記述において、特に注目されるポイントは4つである。まず第一に、2012年までに最大で2Mbps速度のブロードバンド・サービスを固定とモバイルいずれかのネットワークにおいて、英国全土で利用可能とする「ブロードバンドのユニバーサル・サービス化」。第二に、インターネット接続事業者がサービス品質を差別化することを認め、米国のグーグルなどが提唱する「ネットワーク中立性」を支持しないことを明記していること。第三に、英国製コンテンツ・ビジネスの振興を大きく打ち出し、その実現に向けた著作権保護機構や基金の設立。最後に、モバイル分野では、政府主導でワイヤレス周波数の割当政策の見直しを行うことを明示した点である。

「デジタル・ブリテン」のモバイル分野における取り組み

  そのワイヤレス周波数割当の見直しについては、他の分野と比べ非常に具体的なアクション・プランが5つ提案されている(中間報告書のアクション・プランNo.6a〜e)(表1)。最初のアクション・プランNo.6aでは、現在2Gサービス用にボーダフォンとO2に割当てられている900MHz帯の一部について、3Gサービス促進と他事業者の割当のために、返還を強く要求し、自主的な返還が困難な場合は法的措置を取るとしている。これは、もともとオフコムが2007年9月の900MHz帯の再編に関する諮問において自主的な返還を提案していた帯域だが、両社とも要求には応じていなかった。アクション・プランNo.6bでは、3Gサービス向けに2.6GHz帯の追加帯域の開放を提案。そして、No.6cでは、事業者の投資インセンティブの促進のため、既存の割当期間を限定した周波数免許を廃止し、一方で、AIP(Administered incentive pricing:当該周波数が使用されない場合における機会費用原則を適用した周波数の使用料金設定制度)の採用によって、周波数の経済的な価値を反映した料金を適用することで、政府は入札と同等のリターンを獲得できるとしている。No.6dではカバレッジ拡大にむけたネットワーク・シェアリングの促進を提案しているが、これはNo.6eの「モバイル・ブロードバンドのユニバーサル義務化」に関連している。しかし、今回の中間報告書においては、このユニバーサル義務化については詳細な提案はなく、事業者に対し何らかのカバレッジ拡大の義務を導入するという記述に留まっている。最終報告書は2009年の初夏に公表予定となっており、より具体的かつ詳細な計画が提示されることになると予想される。

神尾 友紀子

フランス

「デジタル・フランス2012」の概要

 フランス政府は、2008年10月20日、2012年までの国家ICT戦略プランとして、「デジタル・フランス2012:デジタル経済発展計画」を発表した。このプランは、2007年に就任したニコラ・サルコジ大統領が自らリーダーシップを取り、大統領任期が満了する2012年までに、フランスを「デジタル経済大国」(注)とすることを意図して策定された。本プランの構成は全4章からなり、合計で154件のアクション・プランが含まれているが、このうち、冒頭の第1章(「すべてのフランス国民に対してデジタル・ネットワークへのアクセスを可能とする」)では、全国民へのブロードバンドの完全な普及と次世代ネットワークの構築のために政府が早急に取るべき11件のアクション・プラン(固定分野で6件、モバイル分野で5件)が列挙されている。

(注)ここで言う「デジタル経済」とは、電気通信、オーディオビジュアル(放送)、ソフトウェア、情報/オンライン・サービスを総称する言葉とされている。本書の「イントロダクション」部分には、フランスにおける「デジタル経済への投資は、現在、米国の2分の1、北欧諸国・日本及び韓国の3分の1以下」であるという記述があり、これらのデジタル経済先進諸国に対するフランスの国家的な対抗意識が、この戦略プランを策定した背景にあるものと推察される。

「デジタル・フランス2012」のモバイル分野における取り組み

 「デジタル・フランス2012」第1章では、固定ブロードバンド・アクセスの促進措置と合わせて、「モバイル・ブロードバンド・アクセスを全国民に保証し、サービスの進展を促進する」ための5つのアクション・プラン(表1参照)が掲げられている。これらの施策は、一見するとバラバラな印象を受けるが、実は、従来から存在するフランスの移動通信市場の憂慮すべき現状を踏まえ、その現状を改善するための措置が大きな割合を占めていることがわかる。例えば、アクション・プランNo.10にある2.1GHz帯(3G)周波数の割当てはここ数年来の政策課題の1つであるが、4番目のネットワーク事業者(MNO)免許枠をめぐり、政府がこれまでに実施した入札はいずれも不調に終わっており(2002年、2007年)、今回が3回目のチャレンジとなる。 No.9 に挙げられたMVNO向けの措置は、フランスの卸売携帯電話市場は未発達であるという認識から出発しており、具体的な対策としては、No.10のアクション・プランの実施と絡めて、フランス第4のMNO免許の入札に際してMVNOとの契約条件を審査対象に加えることを明らかにしている(フランスでは、MVNOの事業基盤の脆弱性を反映し、しばしばMVNO側に不利な契約が結ばれてきた)。また、移動体番号ポータビリティの所要期間の短縮(No.8)については、現在、改定作業中のEU指令の枠組で各国に改善が求められている措置の1つであるため、フランス独自の新たな施策とは言いがたいが、番号ポータビリティの利用が進んでいる他のEU諸国と比較して、フランスにおける利用状況が極めて低いことから(2007年末現在の利用者は全移動通信加入者の3%未満)、敢えて「市場刺激策の最初の要素」の1つとして言及されている。上記以外の2つのアクション・プラン、すなわち、アナログ停波(2011年11月30日期限)で開放される周波数帯(790-862MHz)の割当ての実施(No.7)や、いわゆる「ホワイト・スペース」の次世代ブロードバンドへの利用(No.11)をモバイル分野の政策目標として明記したことが「デジタル・フランス2012」本来の意図するところかもしれない。(なお、No.7及びNo.11の手続きの詳細については今後の発表待ちである。)

 つまるところ、前述のフランスの移動通信市場が抱える問題点とは、「デジタル・フランス2012」の文中に、以下のように要約されている:「幾つかの指標、すなわち、欧州平均を下回る人口普及率、過去10年間でほぼ一定のMNO3社の市場シェア、その他の主要な欧州諸国と比べて最もわずかなMVNOの市場シェアは、フランスの移動通信市場における競争力の弱さを示している」。フランスのMNOの数は、1996年のブイグ・テレコムの参入以来、依然として3社のままであり、各社の市場シェアに大きな変動はない(表2参照)。2008年10月現在のモバイル・サービスの人口普及率は88%であり、EU加盟全27カ国で最低である(出所:欧州委員会「第14次レポート」)。EU諸国の中で「フランスの競争力の弱さ」を自覚する政府にとって、第4のMNOの参入やMVNOへの支援措置により、市場を活性化することが当面の重要課題とみなされているのである。今後、政府が掲げた5件のアクション・プランが確実に実施されることによって、移動通信市場が真に競争的となっていくのかどうか、政府の力量が問われている。

【表1】第1章「すべてのフランス国民に対してデジタル・ネットワークへのアクセスを可能とする」におけるモバイル・インターネット関連のアクション・プラン

※第1章1.1項〜1.2項(アクション・プランNo.1〜6)については固定ブロードバンド関連の施策のため、省略した。
1.3 すべての人々にモバイル・ブロードバンド・インターネット・アクセスを保証する
No.7 アナログ停波(2011年11月30日完了期限)により開放される790-862MHz帯の周波数を新世代の超高速固定/移動通信ブロードバンド網に割り当てる:2009年末から手続き開始予定
1.4 モバイル・ブロードバンド・インターネット・サービスの進展を促進する
No.8 移動体番号ポータビリティの所要期間を欧州レベルに引き下げる(フランスの場合、現在の所要期間は10日と他のEU諸国よりも日数を要している)
No.9 仮想移動通信事業者(MVNO)による一層の競争促進や消費者向けサービスの多様性を促進するため、真の卸売市場を導入する(現状において、フランスにおけるMVNOの市場シェアは5%足らず)
No.10 2009年第1四半期から、2.1GHz帯(3G)や2.6GHz帯周波数の入札を開始する:2009年初めに詳細を明らかにする
No.11 デジタル・テレビ放送の「ホワイト・スペース」を超高速ブロードバンドに利用する:2009年1月1日までに周波数管理機関等と調整のうえ、結論を明らかにする

【表2】フランス(本国のみ)におけるMNO及びMVNOの市場シェアの推移

(注)MVNOの市場シェア合計値(2008年4月10日現在のMVNO計:13社)
出典:「ARCEP2007年年次報告書」より作成
市場シェア:100%
MNO 2005年 2006年 2007年
オレンジ 46.5% 45.1% 43.8%
SFR 35.8% 34.6% 34.0%
ブイグ・テレコム 17.2% 17.5% 17.4%
MVNO(注) 0.6% 2.8% 4.9%

水谷 さゆり

米国

オバマ政権の景気対策法におけるブロードバンド促進政策の概要

 米国では、2009年1月20日にバラク・オバマ氏が大統領に就任。ブッシュ大統領の下で続いてきた共和党政権が終わり、8年ぶりに民主党政権が誕生した。オバマ氏は、大統領就任以前から「米国がブロードバンド普及率で世界15位という事実は受け容れがたい」などの発言をしている。規制緩和による民間投資の促進をブロードバンド政策の柱に据えてきたブッシュ共和党政権とは異なり、新政権は政府主導のブロードバンド普及促進にも積極的である。

 オバマ政権は、2月17日に「2009年米国経済回復・再投資法(ARRA)」を成立させた。景気対策が最優先課題である新政権にとって重要な意味を持つこの法律にも、ブロードバンド促進予算が盛り込まれた。その内訳は商務省のNTIAが管轄するBTO(Broadband Technology Opportunities)プログラムが47億ドル、農務省が管轄するRUS(Rural Utilities Service)プログラムが25億ドルで計72億ドルである。大雑把に言えば、RUSが農村地域のブロードバンド展開に対する補助・融資・ローン保証などを行うのに対し、BTOがそれ以外の地域のブロードバンド展開に対して補助金を支給するという役割分担になる。また全体的なブロードバンド計画の策定については、規制当局のFCCが行うことになっており、これら三つの行政機関が連携してブロードバンド促進の役割を担う。

ブロードバンド促進政策におけるモバイル分野の扱い

 ARRAの成立を受けて商務省、農務省、FCCはそれぞれ手続きを開始している。まず、3月10日に三機関合同でキックオフ・ミーティングを開催し、BTOおよびRUSプログラムの運営方法について意見を求めた。また4月8日にはFCCが「全米ブロードバンド計画策定に関する調査手続き」を開始した。法律の中では基金の細かな運営方法が定められていないため、行政機関による制度設計が具体的な米国のブロードバンド政策を形作っていくことになる。

 中でも、全体的なブロードバンド計画の策定を任されたFCCの役割は大きい。「光ファイバー、DSL、ケーブル・モデム、モバイル、衛星など、さまざまな技術が共存するブロードバンド市場において、どのような基準で補助を行うことが、最も効率的であるのか?」という難題に取組み、適切なプランニングを行わなければならない。

 電話向けのユニバーサルサービス基金では、「技術中立」の原則を提唱し、固定・無線を問わず、一定の基準を満たしたサービスは補助の対象になる。一方、4月8日の文書の中でFCCは、「モビリティという付加価値があるが、一般的に伝送速度が固定回線よりも劣る『モバイル・ブロードバンド・サービス』に対し、固定ブロードバンド・サービスとは異なる基準で補助を実施すべきかどうか」について意見を求めている。

 ARRAのブロードバンド促進予算についてはさまざまな課題がある。中でも「72億ドルという金額では不十分」という指摘は多い。広大な国土を有する米国において、限られた予算の中で、より多くの国民がブロードバンドにアクセスできるようにする上で、無線技術が果たすべき役割は小さくないであろう。

清水 憲人

韓国

「ニューIT戦略」の概要

 2008年7月、日本の経済産業省に相当する知識経済部が、イ・ミョンバク政府のIT産業戦略である「ニューIT戦略」を発表した。前政権で進められていた「IT−839」が通信分野を中心としたサービス・ネットワーク・機器の統合にとどまっているのに対し、ニューIT戦略では、IT全般の質的な向上に重点を置いている。

 このニューIT戦略では、(1)全産業と融合するIT産業(Convergence IT)、(2)経済・社会が直面する問題を解決するIT産業(Problem Solver IT)、(3)高度化するIT産業(Advancing IT)という3つの戦略分野が掲げられている。世界的な景気の後退によりIT需要が鈍化し、厳しさを増す世界不況を生き抜く原動力として持続的に経済を牽引する役割を担うとともに、あらゆる産業のIT化を進め、既存産業の効率化と成長を促し、高齢化などの社会問題の解決の手段にも積極的に活用していくことを目指している。

アクションプラン「放送・通信の10大推進課題」のモバイル分野における取り組み

 ニューIT戦略では韓国のIT分野における今後の大枠の方向性が示されているが、具体的なアクションプランの策定は関連する個々の部署に委ねられている。放送・通信分野については、放送通信委員会が2009年度の取り組み(「放送・通信の10大推進課題」)を発表している(2008年12月)。この中で、モバイル分野については、携帯電話インターネットの利用拡大に向けたモバイル・コンテンツのマーケットプレイスの構築がアクションプランの1つとして掲げられている。

 具体的には、通信キャリアが、サーバー、決済システム、開発ツール(SDK:Software Development Kit)などを提供し、企業のみならず個人でもモバイル・コンテンツを開発し販売できるオープンなモバイル・アプリケーション・マーケットプレイスを開設するというものである。

 これは、現在の音声中心のモバイルサービスからコンテンツを中心としたデータサービスへの転換を目指し、さらに新たな雇用にもつなげていこうとするものである。政府は、若年層が好むコンテンツ分野で2,000以上の雇用がもたらされると予想している。

 韓国では携帯電話の人口普及率は90%を超えているが、データサービスの利用はあまり進んでいない。ARPU(加入者当たりの月間売上高)に占めるデータサービスの割合は、日本では30%以上であるのに対し、韓国では17%前後である。もともとSMSの利用度が高いことやデータの定額制プランの加入率が低いなどの利用者側の特性もあるが、公式サイト以外のサイトへの接続が手軽ではないこと、固定インターネットに比べてコンテンツ・プロバイダーが少ないことなど、モバイル・インターネットサービスを提供する側の問題も多い。政府は、モバイル・インターネット市場の拡大に向けて、携帯キャリアとコンテンツ・プロバイダー間の利益配分に関するガイドラインなど関連する制度の改善も並行して行なっていくという。

 モバイル分野以外における具体的な施策としては、ギガビット級ネットワークの試験網構築や過疎地域におけるBcN(韓国版NGN)構築の支援、通信・放送サービスの海外展開などが含まれている。投資の拡大やコンテンツ産業の育成、WiBro(韓国版モバイルWiMAX)やIPTV、DMB(デジタルマルチメディア放送:日本のワンセグに相当)、韓流コンテンツなど韓国発の技術やサービスの輸出などで国内産業を活性化し、海外進出の機会創出、雇用の確保など経済効果につなげようという放送通信委員会の期待と意気込みが感じられ

韓国のインターネット問題に対する取り組み

 なお「放送・通信の10大推進課題」では、前述の取り組み施策のほかに、インターネットを取り巻くネガティブな側面についても解決すべき課題として取り上げ、施策に盛り込んでいる。インターネットの利用が日常化する中で、韓国では悪質な書き込みなどによるプライバシーの侵害や自殺などの事件が頻繁に起こるようになったためである。

 今回の施策は新しい施策というよりは、健全なインターネット社会の実現を目指し、既に導入されている制度や取り組みを強化することに重点を置いている。例えば、啓蒙キャンペーンの対象を全国民まで拡大展開する、インターネットの特徴ともいえる匿名性による事故や事件などを減らすため、違法情報のモニタリングを実施することによりポータル事業者などの管理責任強化を促し、一定規模以上のサイトで書き込みを行う際に本人確認を行なう(注)など、利用者とサービス提供事業者双方の意識改革にも取組んでいる。

(注)情報通信網法施行令に基づき、2009年1月に本人確認を行なうサイトの対象範囲が変更。1日平均訪問者数が30万人のサイトから10万人のサイトへと対象範囲が拡大された。

 産業発展や景気回復は、国民生活の安定にとって基盤であることは言うまでもない。しかし、不景気や不況だけが個人や社会の安定を脅かす要因ではないということが、このアクションプランから読み取れる。韓国の事例は、早晩他国でも共通の問題として捉えられることになるだろう。今後は政府と民間の協調がさらに必要となってくるものと考えられる。

亀井 悦子

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