2009年6月号(通巻243号)
ホーム > InfoComモバイル通信T&S >
InfoComモバイル通信T&S

※この記事は、会員サービス「InfoComモバイル通信ニューズレター」より一部を無料で公開しているものです。

コラム〜ICT雑感〜

確かな前提条件

 将来の事業や政策を展開する際、確かな前提条件の設定は不可欠である。今、確かな前提条件は、日本における高齢化と人口減少というトレンドである。2009年版の「高齢社会白書」では、2008年10月1日時点で、総人口に占める65歳以上の高齢者の割合は22.1%に達し、過去最高を更新。75歳以上の高齢者は10.4%と初めて1割を超えた。

 このような背景をとらえたのであろうか、国土交通省が都市計画法の抜本見直しを検討中だという。法律の中身はさておき、何故、今、検討しようとしているのだろうか。前提条件が大きく崩れてきたためにほかならない。人口減少が現実の問題としてとらえられ、都市の拡大を前提にしてきた従来の都市計画制度では現実とのズレが生じていると指摘されている。前々回(2001年)の都市改正法では、人口増加という前提条件が崩れたためであり、前回の改正法(2006年)では、都市の規模縮小に対応したコンパクトな都市構造を推進しようとしたという。そして今回は、人口減や高齢化の進行など長期的なトレンドにいかに対応していくかという考え方があるようだ。

 コンパクトな都市構造、コンパクトシティなる概念がしばしば登場するようになったのもこのころである。生活圏での行動は徒歩、自転車、公共交通機関を中心にしたまちづくりで、様々な都市機能が中心部にコンパクトに納められている都市ということになる。様々なサービスやインフラが高密度で効率的に提供されている都市といえよう。自治体が注目しているのは都市経営の観点からも好都合なことだからでもある。青森市では郊外への発展により、除雪対象エリアも拡大し、除雪費の増大が市の財政を圧迫するという事態をもたらしたことから、郊外の開発を抑制し、中心市街地の再開発に注力して成果をあげていることで注目を集めるようになっている。このような概念は以前からもあり、1980年代から、北米ではニューアーバニズム、イギリスではアーバンビレッジが同様の概念といわれている。人間規模の職住近接型のまちづくりを目指したもので、近年のエコ社会、低炭素社会を目指す動きも先取りしている。

 コンパクトシティの概念を突き詰めると、過去の町が思い出される。1つは世界遺産の国内候補としてユネスコ暫定リストに記載されている長崎市の通称・軍艦島であり、当時の主力産業でもある石炭産業の町として、従業員とその家族が職住近接の町で暮らしていた人口の島である。もう1つは19世紀に北部イタリアに建設されたクレスピ・ダッダも思い当たる。ここはすでに世界遺産に登録されている。両者とも当時の先進的で近代的な都市を形成し、様々な都市機能がコンパクトに収まっていた。クレスピ・ダッダは「労働の理想郷」とまでいわれていた村で、綿織物工場主が工場の周辺に整然と、一戸建ての住宅だけでなく、学校、病院、温水プールなど従業員に「ゆりかごから墓場まで」必要な全てを与えていたとある。この村が近代的であった証が、イタリア初のイルミネーションのような街灯があったこと、クレスピ家がミラノの屋敷からこの村まで私設の電話線を引き込んでいたことからもうかがえよう。その後の産業構造の変化により両者とも衰退していったことは、やはり都市も生き物、単一産業による企業城下町の宿命なのであろう。

 では、これからこのような町に住みたいかといわれると、「いや、どうも」、というのが本音。高齢者の都心回帰現象もでているが、ほどほどに都会でほどほどに田舎でスローライフが送れるようなシティがよさそうだ、とするニーズも高い。これにこたえようとすると、交通手段の確保が隘路となる。環境問題にも対応した高齢化社会において、数は少ないが多様なニーズに対して少ないリソースで対応できるようにするには、ICTは欠かせない。いくつかの地域で取り組まれているコミュニティバスなど公共交通機関のさらなる効率的な運用もその1つである。机上のモデル検討の段階は終了して、高齢化が急速に進む首都圏近郊のようなニュータウンをモデルにした実証実験の段階にきていると思われる。住民、ICT企業、交通機関、流通企業、福祉機関、NPO、自治体などがプレイヤーとして参加する実証実験が必要であろう。

 クレスピ家提供とまではいかなくても、NTTグループ推奨のニューアーバンシティ、ニューアーバンビレッジを提案するのもおもしろいのでなかろうか。

社会公共システム研究グループ 常務取締役 高橋 徹

▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。