2010年3月31日掲載

2010年2月号(通巻251号)

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[tweet] コラム〜ICT雑感〜

「新成長戦略」とICT活用への期待

 昨年12月30日に、政府から「新成長戦略(基本方針)」が出された。従来の「公共事業依存」、「市場原理主義」ではなく、「第3の道」として「『需要』からの成長」を目指す戦略を掲げている。

 数値目標としては、GDP成長率:名目3%、実質2%を上回る成長(2020年度までの平均)、また2009年度473兆円の名目GDPを2020年度650兆円に拡大すること、また失業率を3%台に低下させることを掲げている。そのため、2020年までに「環境、健康、観光」の3分野で100兆円超の「新たな需要の創造」により雇用を生み、国民生活の向上に主眼を置く戦略である。従来の公共事業による「官製需要」により、供給者に対してお金を落とし、それが供給者(企業)を通じて国民に還流する、というモデルから脱却し、「環境・エネルギー、健康(医療・介護)、観光、地域活性化、アジア」などの分野を中心に「真の需要」を創出するため、「真の需要」創出に必要な施策にお金を使い、そして需要者から供給者にお金が還流していくモデルに組み替えようということなのだろう。これはまさに「途上国型の経済運営」から「課題解決型」経済運営への転換という意味では画期的なことである。

 また、「新成長戦略(基本方針)」の中で、ICTはどのように位置付けられているかというと、「情報通信技術は新たなイノベーションを生む基盤」とされており、「未来の成長に向け、『コンクリートの道』から『光の道』へと発想を転換し、情報通信技術が国民生活や経済活動の全般に組み込まれることにより、経済社会システムが抜本的に効率化し、新たなイノベーションを生み出す基盤となる」とされている。しかし、一方で、「その利活用は先進諸外国に遅れを取っており、潜在的な効果が実現されていない」と、手厳しい。

 確かに、超高速ブロードバンド(光ブロードバンド)の世帯カバー率は89.5%(2008年9月末:総務省推計)と、一部の過疎地を除けば、頼めばすぐ開通してサービスを利用できる近傍にまで光ファイバーは張り巡らされており、これまではパソコンに光ファイバーを接続することにより、インターネット接続、IP電話、映像配信のいわゆる「トリプルプレイ」を利用するユーザーを中心に普及してきた。しかし、こうしたユーザーの多くは、既にADSLから光に乗り換えてしまい、それ以外の需要を掘り起こさなければ、更なる普及・拡大は難しい。特に、高齢化が著しい地方部においては、パソコンのない老人家庭に光ファイバーを普及させるためには、パソコン以外で実現・提供できる新たなサービス(需要)を創出(掘り起こし)しないと、いつまでも普及率は低いままとなってしまう。

 今回の「新成長戦略(基本方針)」が重点を置く分野の抱える問題に対して、いかに光ファイバーや携帯電話などのICT技術を使った解決策を提示できるか、それを実現するための新たなサービスや仕組み(インフラだけでなく、上位レイヤのコンテンツ・アプリケーション・ICT機器やプラットホームも含めて)を利用者に提案できるか、それなら使ってみようという利用者の「真の需要」を掘り起こせるか、が鍵であり、また知恵の絞りどころだ。

 地方出身者で、かつ都会でも地方でも情報通信サービス提供の現場に勤務した経験からすると、今回の「新成長戦略(基本方針)」のうち、特に「地域活性化」に期待したい。中央と地方の経済格差を解消するための施策、特に疲弊している地域経済を活性化するための施策、そして省庁横断的に取り組まなければならないであろう施策を思いつくまま、いくつか具体例を挙げてみたい。

  1. 高齢者が細々と担っている地方の農業にICT技術を活用した付加価値を付け、他地域との差別化を図り、農業ひいては地域の再生を目指す(例えば、食の安全に対する消費者のニーズをとらえた産地・生産者・有機無農薬栽培等の証明やトレーサビリティ、ご当地ブランド育成と世界、特に食文化の共通するアジア(中国・韓国など)の富裕層への情報発信とインターネットによる直接販売、農業への企業的経営の導入など)。
  2. 地方の隠れた観光資源の発掘と商品化、そしてアジアへのインターネットによる情報発信とアジアからの観光客の誘致、また国内においてもICT技術を活用した行政のワンストップ化による自 宅・勤務先近傍でのパスポート等の取得の容易化。
  3. 地方の医師不足に対応するためのブロードバンドによる高精細映像を使った遠隔診断、ないしは現地の医師に対する、都会に偏在する専門医による遠隔医療指導の促進、それに必要な法律の整備。
  4. 少ない医療機関の偏在する県庁所在地級都市への過疎地の高齢者が居住できるエコ住宅等の整備(コンパクトシティ構想の促進)と、ICT技術を活用した医療情報(電子カルテ)の他医療機関・介護施設等との共有化、それに必要な法律の整備。
  5. 地方の安い労働力とICT技術を使ったテレワーク、特にコールセンター業務等の中央から地方への分散(地方分散し分散先で現地の労働者を雇用する企業への助成)。
  6. 特にPCを持たない高齢者宅の多い地方において、ノンPC需要の掘り起こしという観点から、ホームゲートウェイなどによるホームICT基盤の普及とそれにぶら下がる多彩なICT機器・家電製品・医療機器等の開発・導入や、LTEの導入に伴い大容量コンテンツの増大・流通が携帯電話ネットワークへ与える影響を分散させるためにも、光ブロードバンドと連携したFMCやフェムトセルの普及により、家庭でも出先でも高度・多彩・便利なサービスが享受できるユビキタス社会の実現。

 いずれにしても、総花的にお金をばら撒くのではなく、この国の行く末を見通した将来像を示し、それに到達するまでの「工程表」を明らかにした上で、その将来像を目指して、経済波及効果が高く、かつ効果が持続する施策に焦点を絞った「実行」が必要だ。6月を目途に、「成長戦略策定会議」において、基本方針に沿った具体的な「新成長戦略」が取りまとめられるとのことなので、重点分野においてICTを活用した具体的かつ有効な施策がまとまることを期待したい。

企画総務グループ/情報サービスビジネスグループ部長 伊藤 史典

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