2010年6月22日掲載

2010年5月号(通巻254号)

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[tweet] コラム〜ICT雑感〜

電子書籍は紙の本を超えるのか

アップル社、グーグル社が電子書籍市場に参入

 アップル社が4月3日に米国で先行販売したタブレット型多機能携帯端末iPadの販売台数が4月30日までの28日間で100万台を突破した。2007年に発売され74日間で100万台突破した多機能携帯電話iPhone以上の販売の好調さを、スティーブ・ジョブズCEOは強調している。iPadにダウンロードされた電子書籍数も150万冊を上回っており、2007年に発売され電子書籍市場を先導するアマゾン社のキンドルと同じく電子書籍の有力な端末として認知されつつある。米国での予想以上の強い需要に製造が対応できていないことから4月末に計画されていた日本発売が5月28日に延期された。電子書籍で新たなビジネスチャンスが生まれるとして期待し、コンテンツの準備を進めていた日本の出版界などでは、段取りが狂ったとの戸惑いもある一方、さらに準備に猶予ができたこと、米国民の支持が高いということから、機能が使いやすくなりより多くの書籍が見られるようになる可能性があるとの期待も高まっている。

 一方、集団訴訟を起こされ最近和解に至ったグーグル・ブック検索を推進するグーグル社は、早ければ6月下旬にも米国でサービス名「グーグル・エディションズ」で電子書籍販売に参入することを幹部が5月5日に明らかにした。グーグル社は自前の電子書籍端末をもたないが、キンドル、iPadで読めるほかPCでも読めるようにするという。アマゾン社も4月からiPadで読めるソフトを無償で配り始めており、専用サイトと専用端末との組み合わせによる垂直統合型モデルは事実上消滅し、多くの電子書籍サイトから様々な電子書籍端末へ販売されるようになることで、一気にサービスが普及する可能性がでてきた。

iPad vs. キンドル

 電子書籍端末をめぐっては異業種間での戦争が激化している。ネット書店アマゾン社のキンドルは6インチ画面289グラムで259ドル、大手電機メーカーSONYのReaderは7.1インチ画面360グラムで399.99ドル、大手書店チェーンのバーンズ・アンド・ノーブル社のヌックは6インチ画面343グラムで259ドル、アップル社のiPadは9.7インチ画面680グラムで499ドル、中国で8割のシェアをもつ漢王科技の漢王電紙書D20は5インチ画面195グラムで1,880元(5月7日レートで275ドル)などが出揃っている。また、大手出版のハースト社系のスキッフがA4サイズ画面の端末を試作し2010年内の市場投入を計画している他、中国、台湾系企業での開発も進み2010年のCESでは約30種類が展示された。

 キンドルは、イーインクと呼ばれる表示画面技術を採用し、後ろから光を当てる液晶と違い紙と同じように外部からの光を反射する方法をとるため目が疲れなく、画面を切り替えない限り電力も消費しないので頻繁に充電する必要もない。PCの普及により紙の消費はむしろ増加したが、紙に印刷された本を持ち歩く代わりに、電子化されたデータを端末に取り込み何百冊もの書籍をいつでもどこでも読めるようにしたことで、初めて紙を使わないですむ時代を迎える可能性がある。単に紙の書籍を置き換えただけではなく、ネット上の本屋から欲しい本をその場でダウンロードして購入できるようにしたことが本好きの心をつかみ、論評するに値する最初の電子書籍端末と言われている。

 一方、キンドルなどが書籍しか読めない専用機であるのに対し、iPadは電子書籍端末としてだけではなく動画や音楽、ゲームなどを楽しめる多機能の汎用端末で、他機種と比べて大きく見やすい半面、片手で読書するには重く、価格も高い。またバッテリー持続時間も1週間は持つキンドルに対し連続10時間でかなり短い。またiPadはあえて目が疲れ長時間の読書に不向きといわれる液晶を採用、高輝度の高級液晶を使うことで、鮮やかな色彩をだすことに成功しており、グラビア雑誌のようなコンテンツを見るにはむしろむいているという評価も高まる。キーボードをなくし指先だけの操作体系を取り入れて、紙をめくる操作を忠実に再現するなど、キンドル対抗を強く意識した設計になっている。

 また印刷メディアのデジタル版として最もシンプルな形をとっているキンドルも、2010年末にはカラー版を売り出す予定となっており、読書に特化した単機能の商品として安価に提供されれば、市場での優位性は十分維持できると見られている。

電子書籍元年

 キンドル型の電子書籍専用機に加え、iPadをはじめとするタブレット型汎用機が出そろい、これら垂直統合型ビジネスモデルに対し、電子書籍端末に依存しないオープンのビジネスモデルでの参入を表明したグーグル社のグーグル・エディションズにより競争は一層激化し、電子書籍の爆発的な普及につながる可能性が出てきた。キンドルストアの書籍数は発売当初で9万点、2010年3月現在で42万点、2010年末には日本語版の発売も噂される。これに対し、グーグル・ブック検索では出版社から有償で新刊本やベストセラー本を提供してもらうのではなく、図書館のデジタル化など既存の紙の本をスキャンしてデジタル化された700万冊以上の書籍について全文が検索できるようになっている。もちろん、著作権者の使用許諾を得てからの販売にはなるが、この膨大なデジタル化済み書籍と検索サイトとして多くの利用者を囲い込んでいるグーグルの参入は大きく電子書籍ビジネスの世界を変革していくことになるであろう。

 ネットワークがなくても、電源がなくても、特別なソフトがなくても、いつでもどこでも好きなスタイルで楽しめる旧くは500年かけて完成されたメディアである現在の書籍にはまだ大いに魅力がある。100年後、1000年後でもそのまま読むことができる書籍は、情報産業の革命の流れから独立しても存在可能かもしれない。「本はやっぱり紙に限る」そんな感覚が残るものの、次々に登場する電子書籍端末は、より紙に近づくことで存在感を増し始めている。さらにそれを取り巻く生態系を形成するネットワークや新たなモノづくりなどのプラットフォームがこれを支えることによって電子書籍が当たり前になり、紙の本がなくなるかもしれない遠い未来の子孫たちには、「本」というのは2010年頃には「電子書籍」と呼ばれていたと言われることになるかもしれない。


マーケティング・ソリューション研究グループ 取締役 清水 博

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