2010年11月10日掲載

2010年9月号(通巻258号)

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InfoComモバイル通信T&S

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巻頭”論”

競争はユーザーが求める方向に進む

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 最近の新聞記事の中に、通信事業者とユーザーとの関係を改めて考えさせられる報道がありましたので取り上げてみます。

第一は、2010年8月6日(金)日本経済新聞
「iPhone 4 ドコモ回線で利用可能に
専用SIMカード 日本通信、月内にも ロック解除の輸入端末で」
第二は、2010年8月5日(木)日経産業新聞
「ドコモ「iモード」横展開
大日本印刷と電子書籍 他社へ配信、「課金」育てる」
第三は、2010年8月8日(日)読売新聞
「地球を読む 山崎正和氏(劇作家)掲載
報道の電子化 「情報選択する責任」拡散 「紙」の権威 近代の知恵」

 以上の3つの記事ですが、それぞれ次のとおり背景があると思います。

  第一の記事は、ソフトバンクモバイルが独占的に販売するiPhoneに対し、ユーザーの他社回線で使いたいという要望に応えるもの。iPhoneの販売方式が端末と通信回線、さらにはプラットフォームまで括り付ける形となっている、即ち、SIMロックとアップルのビジネスモデルを組み合わせたものなので、これに対しオープン化を進める方法を提起しています。ニッチでゲリラ的な営業戦略ですが、勢力ある(権威と支配)者への挑戦として当り前の現象なので競争が深化したと言えます。

 また、今年5月に発表されて6月から販売が開始されたバッファローとNTTBPが共同開発したモバイルWi−Fiルータや同じくNTT東日本の「光ポータブル」など、iPhone、iPadを使いながら括り付け以外のモバイル回線を選定することができて、事実上SIMロックをバイパスすることができるデバイスが登場して人気を集めています。このようにユーザーの求めに応じた形で新しいサービスやデバイスが実現していくのが健全な競争です。これも競争時代の新しいイノベーションの姿です。

 二番目は、サービスの利便性を高めることを目指して業界最大手の2社が連携するというもの。電子書籍という新市場の確保、即ち、ユーザーが求める新しい市場の創造を図ろうというものです。単なる“紙”の置き換えではなく、新しい読書文化の創造と新しい課金ビジネスの両立を狙っており、ユーザーにとってはコンテンツとデバイスとプラットフォームを結び付ける新しい統合化サービスとなります。

 三番目は、劇作家 山崎正和氏の意見記事。新聞等の電子化は、報道・出版に携わる者の使命を拡散   させ権威を失わせることになる、報道・出版の使命は情報の評価であり、選択した情報を伝えることであると主張しています。さらに電子情報の氾濫は無限に多い情報は情報ではないことを教えている、万人が共有すべき知識を選別することが大切であると続けています。

 これは必ずしもユーザーが望むことだけが価値ではないことを教えてくれています。事業者としてユーザーが求めるものには光と影があることを認識させられます。

 以上から、ユーザーと通信事業者との関係では、第一に、市場においては既に権威や支配が存在することに対しては、ユーザーはその特性や条件をオープンにすることを求め、その要望を支持する競争者が必ず現れてオープン化戦略により競争が進展すること、第二に、新しいサービス・製品では、しばしば統合化戦略によりそれまでにない文化や生活スタイルなどが生み出されること、そしてそれが成功を収めると前述の第一のとおりオープン化戦略によって競争が一層進むことが分かります。

 問題は第三の点、例えユーザーが求めるものであっても新しいサービス・製品には光と影の両面があるということです。ここで山崎正和氏の意見は、近代以降の社会が持って来た価値の中の重大な一つである言論の自由が国家権力によって制約されるのではなく、ユーザー自身の手で喪失してしまうことの危惧を語っています。特に紙媒体には単なる印刷された情報以上の物質としての存在感があり、人間の五感に訴えるものがあると指摘している点、デジタルに置き換えられないアナログ的な要素の重要性を述べています。

 私も、情報の電子化への危険性の指摘はよく理解できますし、また、全員が情報の発信者になるということだけでは、要するに何も発信していないことに等しいと感じています。例えは悪いですが、カラオケで誰も聴いていないのに次々に歌って気持ち良くなっている集りの状態に似ています。つまり情報には、発信者と仲介者(選択者)と受信者の三者が必要です。最近は、ソーシャルメディアが発達・普及して誰でも発信者になれるのですが、信頼できる仲介者(選択者)と合理的な判断力ある受信者がまだ十分に育っていない過渡期にあると思っています。

 その意味で電子書籍においても、新しい読書文化を創造する重要性は大変に高いと考えます。従来型の書籍だけでなく雑誌やコミックなどに画像を加えた新しい“書物”の読者を併せて作ることが必要です。そして、新しい形の仲介者(選択者)の役割も改めて重要度を増すことでしょう。それこそ新しいプロの出版者であり編集者だからです。もちろん、電子化の流れの中で現われてきた人気投票的な広告モデルではない新しい課金モデルの構築も同様に、発信者―仲介者(選択者)―受信者の三者の関係では必須の条件です。

 今回のNTTドコモと大日本印刷との提携では、「大日本印刷グループ傘下の丸善などの書店との提携も図り、電子と紙の書籍を販売する書店として運営」(毎日新聞 2010年8月5日)すると報道されています。KDDIとソフトバンクモバイルの2社も電子書籍において同種の取り組みを目指しているので、単なる電子化や配信を超えた新しい読書文化を生み出す力がありそうですし、山崎正和氏が指摘する「情報選択する責任」を果すことが出来るようになると思うのです。

株式会社情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

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