2010年12月22日掲載

2010年11月号(通巻260号)

ホーム > InfoComモバイル通信T&S >
InfoComモバイル通信T&S

※この記事は、会員サービス「InfoComモバイル通信ニューズレター」より一部を無料で公開しているものです。

巻頭”論”

マルチメディア放送を考える

[tweet] 

 マルチメディア放送の特定基地局開設計画の認定が9月になされ、受託放送事業として放送設備の構築(運用)がいよいよ始まります。本件に関しては長い間、NTTドコモ陣営かKDDI陣営かで“免許争奪”とまでマスコミで取り上げられ、免許を1枠に限定することに疑問の声すら上がっていたことは記憶に新しいところです。ただ、開設計画の認定後、しばらく経過した現在、改めてマルチメディア放送の位置付けを考えてみたいと思います。

 今回のマルチメディア放送の計画は、(1)アナログテレビ放送停波後の電波周波数(VHF−H帯、207.5MHz−222MHz)を利用する、(2)既存の地上デジタル放送方式の技術との共存、(3)受託放送・委託放送制度(ハード・ソフト分離制度)を活用し多様な放送事業者の参入を可能とする、(4)受信機器等のデバイスやサービス面で通信側との協働を図る、などこれまでの地上波や衛星を使ったTV放送とは趣きを異にしています。現在のところ、2012年4月開始予定の委託放送事業免許申請に向けて複数の事業者が準備している段階で、リアルタイム型、蓄積型など種々の配信サービスが検討されています。

放送としての特性の発揮は可能か?

 既存のTV受像機で地上波TV放送を視聴する以外の放送サービスは、必ずしも成功しているとは言えません。特に、衛星を利用したサービスでは、CS放送の伸び悩み、「モバHO!」の撤退などがあり、新たな放送サービスの普及の難しさが窺えます。また、地上波デジタル放送を利用した、いわゆるワンセグ放送も携帯電話機への機能搭載により量的には普及していますが、結局、ビジネスモデルとしては成功しているとは言えない状況となっています。

  情報通信サービスの流れから放送サービスを見てみると、インフラでは固定からモバイルに、メディアでは放送から通信に移行する流れとなっています。つまり、情報通信サービスでは、モバイルと通信の組み合わせによる新サービスや新しいデバイスが数多く登場して来ています。デバイス面では、TVやPCから、携帯端末、スマートフォン、タブレット端末などモバイル機能を有するものが多くなり、サービス面でもゲームや動画など通信回線で得られるコンテンツの多様化が大きく進展する一方で、既存のTV放送は、受像機は液晶・デジタル化が普及しつつもデバイス、サービス両面での変化があるとは言えません。

 今回のマルチメディア放送と類似・競合するものとして、ワンセグ放送と携帯回線を利用するモバイルTV(「BeeTV」など通信回線で配信する動画サービス)とがありますが、ワンセグ放送が地上波デジタルTVと同一・同時放送であるというコンテンツの制約から視聴する時間と場所の選別にしか特色がないこと、モバイルTVにはどうしても通信回線容量の制約があってコンテンツ制作面のリッチ化に限界があること、など違いが存在します。この違いこそがモバイルマルチメディア放送の特性  であり、“リッチコンテンツを持ち歩く”ことを可能とするものです。デバイス面では、モバイル機能を有しつつ、より大きな画面を持つ、スマートフォンやタブレット端末が普及期を迎えており、情報通信サービスとしてはTV、PC、携帯端末に続く、第4のスクリーンの時代となっていて追い風状態にあります。もちろん、さらに続く、第Xのスクリーンとなる端末ゲーム機、カーナビ、電子書籍端末までデバイス類の拡大は続いて行くことでしょう。

複数の新規委託放送会社の競合

 今回のマルチメディア放送事業は既に開設計画の認定を受けた受託放送事業者に加えて、委託放送事業者が参入して放送サービスとして成立するものです。2012年4月、即ち、東京スカイツリーの開始時期に合わせて放送を開始する予定で免許申請する準備が進められています。

 ここで問題となるのは、既存の地上波デジタルTVとどのように違うのか、どのような特色あるサービスが行われるのかです。リアルタイム型に加えて、蓄積型配信サービスが計画されているとのことですが、これだけでは既存のTVの録画との違いはあまりないことになります。ポイントは、通信回線利用のコンテンツ配信サービスが「1対多」のサービス化していることにあると考えます。つまり、逆に放送サービス側からは1対多のサービスであっても、よりターゲットを絞った視聴者セグメントを狙ったコンテンツ配信が番組として組み立てられるか、ではないかと思います。

 最近、携帯端末を使ったSNSなど、いわゆるソーシャル・メディアが著しい普及を見せています。個人の趣味や考え方などを共有したり、また、ゲームを共有したソーシャル(友達)な関係を楽しむ時代となっています。マルチメディア放送の番組・コンテンツを共有したソーシャルな関係は、新しいソーシャル・メディアを生み出す力となることでしょう。デバイスに搭載されている通信機能を放送と並行して使って、検索や位置情報を加えて放送コンテンツを楽しみ、使いこなしながら、ひとりで視聴するのではなく、みんなで(ソーシャルな関係を作って)つながりながら、みんなが発信者になれる新しい放送サービスとなれるのではないか、と思っています。

 その際に問題となるのは、従来の放送サービスのコンテンツ・ノウハウだけではなく、ソーシャル・ゲームなどのソーシャル・メディアの知恵や通信で行われて来た動画配信サービスの取り組みなど、セグメント性やコミュニケーションの双方向性を強く意識したコンテンツ制作や番組配信方法、視聴者の反応に応じられるメディア作りです。これまでのTV放送会社にはない新しい取り組みや体制が可能で、従来とは肌合いの違う人材を取り入れられる委託放送事業者間の競合が望まれます。残念ながら、ワンセグ放送では携帯電話機に機能を搭載するというデバイス側の普及に止まってしまい、放送コンテンツは、デジタルTV放送の同時放送(いわゆるサイマル放送)だけなので、新しく生まれて来たソーシャル・メディアとの関係を構築することはありませんでした。一般のTV放送の枠組みの中では、関心を共有するセグメントを選定しにくく、また放送時間の制約も大きなものがあります。その結果、ワンセグ放送は細切れの時間帯をひとりで楽しむ道具となって、ソーシャルな世界とはなり得ませんでした。

ソーシャル・メディアのインパクト

  最近のSNSは、米国のフェースブックが会員数5億人を超え、日本でもDeNA、グリー、ミクシィが会員数で2千数百万人以上となっており、携帯通信会社のユーザー数の方が圧倒的に多いとまでは言えない状況となっています。携帯通信会社のサービスは、いまだにSIMロックにより契約回線が設定されているので、例えば、通信サービス利用の動画等配信サービスは携帯会社を越えることは難しい状況です。一方、今回のマルチメディア放送を活用したSNS、ソーシャル・メディアはこうした通信回線上の制約を離れて新しい仕組みを提供出来るものです。委託放送会社に従来のTV番組にとらわれず、新しいソーシャル・メディアを作り出す努力を期待したいところです。そうでないと、今回のマルチメディア放送はまたしても、いつまでも成功に辿り着けない放送メディアの新サービスの一つになってしまうことでしょう。

通信トラフィックとの関係

 ここ数年、通信回線上の動画トラフィックなどのデータ・トラフィックが大きく増加しており、特に、モバイル回線のデータ通信量は今後さらに非常に大きくなると予測されています。こうした中、新しく始まるマルチメディア放送はモバイル・ネットワークに対し、どのような影響を与えるのかを考えてみたい。デバイスに共通搭載され、サービスとして協働する機会が多くなることは前述したとおりですが、その一方で、蓄積型放送の発展によって、通信トラフィックの一部をマルチメディア放送が代替してモバイル・ネットワークの負荷を軽減し、相互に補完し得るものと想定しています。

 「1対多」の放送領域に通信サービスが接近して来ている昨今、マルチメディア放送は新しい競合であると同時に、放送会社、通信会社、ゲームやドラマなどのコンテンツ制作・配信者、SNS運営者などさまざまな主体が委託放送事業者となれる可能性を秘めていると言ってよいでしょう。

株式会社情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。