2011年5月9日掲載

2011年3月号(通巻264号)

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サービス関連(製品・端末)

マルチデバイスwebOS戦略を推進するヒューレット・パッカード

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 2月中旬にスペイン・バルセロナで開催されたMobile World Congress 2011(以下、MWC)では、初出展したグーグルのパビリオンが大盛況だったことに象徴されるように、ほぼアンドロイド一色だった。そのような状況の中、一方ではヒューレット・パッカード(以下、HP)のwebOS搭載端末も来場者の注目を集めていた。webOSは軽快な動作と独自のユーザー・インタフェースを強みとしている他、スマートフォンとタブレットとの連動が意識された設計となっている。HPはwebOS搭載新端末の投入で、iOSとアンドロイドによる複占が進行するモバイルOS市場に一石を投じると共に、PCをも視野に入れたOS分野での躍進を目指す。

webOSの概要

 webOSは、旧Palmが主にiOS対抗として開発していたスマートフォン/タブレット向けOSである。過去を遡ると、PalmはもともとPDA(個人用携帯情報端末)向けのPalm OSを開発していた。HPが2010年7月にPalmを12億ドルで買収したことで、webOS事業はHPに引き継がれることとなった。Palmの買収に関しては、当時HTCも有力候補として名が挙げられていたが、HTCが実際に買収するとなると、OEM/ODMがメインだった時代から取引があるマイクロソフトや現在注力しているアンドロイドとの関係から大きな利害衝突が予想された。一方、HPはHTCほど大きな利害衝突はないものの、買収前にはウィンドウズやアンドロイド搭載端末の開発意向を示していた(買収後に両OS搭載端末の開発中止を発表)だけに、HPによるPalmの買収は一部でサプライズとして受け止められた。

 このような経緯でHPの下で開発が進められることになったwebOSだが、日本ではまだ搭載端末が発売されておらず、国際的に見てもプレゼンスはそれほど高いとは言えない。海外ではPalm PreなどにwebOSが搭載されているが、米英を中心とした販売実績が僅かにあるのみ。

 webOSは旧Palmが開発していたOSだが、思想こそPDA向けのPalm OSの流れを汲んでいるとも評されるものの、Palm OSをベースとしたOSではない。OSの系統としてはLinuxで、Linuxカーネルの採用に加えてWebkitを組み込んでいる。Webkitとは、HTMLレンダリング・エンジンのためのフレームワークのこと。そのため、OSのアーキテクチャという観点ではwebOSとアンドロイドはよく似ている。

webOS 3.0搭載タブレットを含む3機種を発表、MWCでも注目を集める

 2011年2月14日のMWC開幕に先立つ2月9日、HPはwebOS 3.0を搭載したタブレットTouchPad(写真1)に加え、Pre3(写真2)とVeer(写真3)というスマートフォン2機種を発表した(表1)。

 webOS 3.0搭載のTouchPadはiPadと同じ9.7インチ・ディスプレイで、クアルコム製デュアルコア1.2GHzのSnapdragonをCPUに採用している。いずれもwebOS 2.2搭載のPre3とVeerはスライド式のフィジカルQWERTYキーボードを備える。Veerは2.6インチ・ディスプレイで重量も103グラムとかなり小型だが、他の2機種と同様にテザリング機能を有しているため、スマートフォンとしてだけではなくモバイルルーターとしての用途も期待できる。

【写真1】TouchPad
【写真1】TouchPad出典:HP
【写真2】Pre3
【写真2】Pre3
出典:HP
【写真3】Veer
【写真3】Veer
出典:HP
【表1】TouchPad、Pre3、Veerのスペック
【表1】TouchPad、Pre3、Veerのスペック
出典:HP

各メディアで既に報じられている通り、2011年のMWCは初出展したグーグルのパビリオンが大盛況で最も多くの来場者を引き付けていた。サムスンや前出のHTCを始めとした端末ベンダー各社のパビリオンでも、アンドロイド搭載端末の展示が圧倒的なプレゼンスを示していた。一方、ノキアとの提携を発表したマイクロソフトの復権を目指す動きも見逃せず、HPのパビリオンにも発表まもないwebOS搭載3機種が展示されており、それぞれの存在感を放っていた。アップルの出展がなかったことも余計にほぼアンドロイド一色と形容される一因かもしれないが、覇権争いが続くモバイルOS市場の縮図がMWCにあった。

【写真4、5】HPのパビリオンの様子
【写真4】HPのパビリオンの様子 【写真5】HPのパビリオンの様子

HPのパビリオンでTouchPadの実機を試してみると、挙動は非常に軽快でストレスなく動作した。HPの担当者は「webOSのユーザー・インターフェースの特徴は、各アプリケーションがカードのように並んでいること。表示順序を自由に入れ替えることもでき、動作中のアプリケーションを終了する場合は上に弾くようにスワイプする」と説明しており、かなり直観的に操作できるようになっている。

 HPのパビリオンで見た一連のデモで注目を集めたのは、「Touchstone」というwebOS独自の機能によるタブレットとスマートフォンの連携。この連携は「Touch2Share」と呼称され、例えばTouchPadにPre3を重ねるようにかざすと、Pre3で表示しているウェブページやテキストをTouchPad側に表示させることができる(図1、写真6)。説明員によると「現時点ではウェブページやテキストのみ」とのことだが、将来的にはゲームや他のアプリケーションも共有の対象になる可能性がある。

【図1】タブレットとスマートフォンの連携Touch2Share
【図1】タブレットとスマートフォンの連携Touch2Share
出典:HP
【写真6】Touch2Shareのデモ
【写真6】Touch2Shareのデモ 出典:HP

 iOS用でもBluetoothを利用した「CoBrowser」というアプリケーションがあり、iPadとiPhoneとの間で同様にウェブページを共有することができる。しかし、webOSではデフォルトでTouchstone機能が搭載されており、当初からタブレットとスマートフォンの連動が意識されている点が本質的な相違点である。なお、Touchstone機能はワイヤレス給電が可能なバッテリチャージャー(ホルダーを兼ねる)にも用いられている(写真7、8)。

【写真7、8】TouchPad用(左)、Pre3およびVeer用(右)Touchstoneバッテリチャージャー
【写真7】TouchPad用Touchstoneバッテリチャージャー
出典:HP
【写真8】Pre3およびVeer用(右)Touchstoneバッテリチャージャー
出典:HP

WACがもたらすwebOSの勝機

 本号の別の記事でも扱っているが、WAC(Wholesale Application Community)がMWCでプレスカンファレンスを開催し、HTML5とネットワークAPIを備えたWAC 3.0を2011年9月にリリース予定とのロードマップを示した(HTML5対応のWAC 2.0は2011年2月にリリース)。WACの詳細については別記事を参照されたいが、WACの狙いをごく簡単に言えば、アプリケーションがあらゆる端末やOSの上で動き、かつ開発者にとってあまり負担とならない経済的・時間的コストでアプリケーションを開発できる環境を整備することである。WACの加盟メンバーには端末ベンダー各社も名を連ねているが、推進主体としてはAT&Tやボーダフォンといった通信事業者の方が積極的で、iOSとアンドロイドによる複占状態を形成しつつあるモバイルOS市場を背景に、通信事業者はアプリケーションの流通・配布システムの主導権を掌握したいという強い思いがある。

 webOSに組み込まれているWebkitはHTML5にも部分対応しているため、HTML5対応のWAC 2.0以降はwebOSと非常に親和性が高い。webOS用にはApp Catalogという専用のアプリケーション・ストアも開設されているが、規模の面ではApp StoreやAndroid Marketに遠く及ばない。しかし、webOSがWACのエコシステムに統合されれば、OSやアプリケーション・ストアの違いに起因する障壁を克服できる可能性も高い。WACの他にも、ボーダフォン、フランス・テレコム、ドイツ・テレコム、テレフォニカ、テレコム・イタリアといった欧州主要通信事業者は「モバイル・エコシステムの発展と、エコシステムのオープン性やユーザーの選択の自由を制限するような不正行為に対する警戒」を設立趣旨とす  る、モバイルOS開発の監視組織を立ち上げている。ノキアと比較的近い関係にあるとは言え、テリアソネラも「ノキアを排除することはしない。今はiOSやアンドロイドかもしれないが、この業界は非常に変化が速い」としている。つまり、通信事業者はiOSとアンドロイドによる複占は好ましいものではなく、モバイルOS市場にはさらなる競争が必要だと考えているため、これを後押しするWACというフレームワークは通信事業者の手によって大きくかつ迅速に発展することが期待される。そうなれば、エコシステムが小規模のwebOSにも勝機が見えてくる。

クロスプラットフォーム・アプリケーション開発ツールの恩恵

 webOSのアプリケーション開発環境としては、C/C++用のSDK(Software Development Kit)の他にもPhoneGapが利用できる。PhoneGapとは、クロスプラットフォーム・アプリケーションを開発するためのオープンソースのツール。PhoneGapを利用すれば、HTML5、JavaScript、CSSといったウェブ標準技術だけで、iOS、アンドロイド、ブラックベリー、シンビアンに加えてwebOS向けのネイティブ・アプリケーションを一度に作成するということも可能である。PhoneGapは端末のカメラ、GPS、各種センサなどを操作できるAPIを備える。

 webOSにはWAC以外にも、こうした有利なアプリケーション開発環境があるため、楽観的な見方をすれば、OSの安定性とユーザー・インターフェース次第では現在の規模の大小は致命的な課題ではないかもしれない。

PCとの連携も射程に

 2月9日の新機種発表と同時に、HPはPCへのwebOS導入も発表している。同社のフィル・マッキニーCTOは「既存OSを採用しつつ、webOSを既存OSのプラットフォーム上に導入する。また、当社の製品ラインナップ全体にwebOSを乗せる」と語っている。また、「ウィンドウズ上でwebOSを仮想的に走らせるということではない。当社が目指しているのは、統合的なwebOSのエクスペリエンスである」とも語っており、webOS自体をウィンドウズ上で動くアプリケーションの1つとして導入する戦略を示唆した。さらに、同氏は「開発者はスマートフォンでも、タブレットでも、PCでも動作するwebOSアプリケーションを開発することができる」点を強調した。

 HPもノキアと同じく、PC分野では依然として強みを維持するマイクロソフトとの提携という選択肢を採ったわけだが、HPはwebOSのマルチデバイス化戦略推進の一環としての提携で、ノキアとは事情が大きく異なる。

【写真9】webOSのマルチデバイス化戦略
【写真9】webOSのマルチデバイス化戦略
出典:DigitalTrends.com

iOS、アンドロイドの対抗軸となるか

 webOSには高い潜在性が秘められているのも事実だが、一方で不安要素がないわけではない。例えば、少なくとも端末レベルにおいてHPの旗艦商品になると考えられるタブレットのTouchPadである。デュアルコアSnapdragonによる軽快な動作と独自のユーザー・インターフェース、Touchstone機能が魅力である点を前述したが、逆に言えば、それ以外に斬新と言える特徴はない。MWCではサムスン製Galaxy Tab 10.1などを始めとして、マルチコアCPU搭載端末やタブレット向けのアンドロイド3.0(Honeycomb)搭載端末は数多く展示されていた。アップルも3月11日から米国でiPad2の販売を開始している。一部報道でTouchPadは4月に販売開始と伝えられているが、市場価格は699ドルとも言われている。仮に699ドルが事実だとすると、Wi−Fi版のiPad2(64GB)と同額。これが高いか安いかは見方によっても違うかもしれないが、一般的なユーザーには手の届きにくい価格帯であろう。いずれにせよ、タブレット市場は既にiPad2(初代iPadも含む)、アンドロイド勢(サムスン製Galaxy Tab、LG製Optimus Pad、モトローラ製Xoom、HTC製Flyerなど)、RIM製PlayBookなどがひしめく混戦状態で、TouchPadは新規参入としてこの競争を戦い抜く必要がある。

 機能や取り巻く環境の面で強弱が入り混じるwebOSだが、MWCでは一定の存在感を見せ、iOSとアンドロイドの複占が進行するモバイルOS市場に一石を投じた。webOSの軽快な動作と独自のユーザー・インタフェースを強みとし、WACのエコシステムの利用可能性も高く、PCを含むマルチデバイスを射程に入れたHPのwebOS戦略動向に引き続き注目していきたい。

小川 敦

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