2011年5月25日掲載

2011年4月号(通巻265号)

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サービス関連(通信・オペレーション)

エリクソンとアカマイが目指す「モバイル・スマートネットワーク」

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 2月中旬にバルセロナで開催されたMobile World Congress 2011(以下、MWC)で注目を浴びた発表の1つに、エリクソンとアカマイの戦略的提携があった。CDN(Contents Delivery Network)に取り組んでいる通信事業者は存在するものの、通信機器ベンダーなどのプレイヤーもCDNやトラフィック最適化ソリューション市場へ注力し始めている。通信機器ベンダーは既に大規模なマネージド・サービス市場を創出しているが、今後のマネジメント対象をネットワークからサービスに拡大する兆候が見られる。

CDNの概要

 周知の通り、通信事業者はデータ・トラフィックの急増に悩まされている。スマートフォンやタブレットの急速な普及により、動画などのファイルサイズの大きいコンテンツやアプリケーションが多数利用されるようになっていることが主因である。一方、コンテンツ・プロバイダは単に通信事業者のネットワークを利用するだけではなく、CDNも活用している。CDNとは、コンテンツやアプリケーション(HTML、楽曲、動画、ソフトウェアなどあらゆるウェブコンテンツ)を効率的に配信するために最適化されたネットワークを指す。具体的には、ネットワーク上の任意の場所に専用サーバーを設置しておき、リクエストのあったユーザーから近い位置にあるサーバから配信することで、迅速かつ精度の高いコンテンツ配信を可能とするソリューションを提供する(図1)。

【図1】アカマイのコンテンツ配信システム

 CDNプロバイダとしては最大手のアカマイが最も著名だが、エッジキャスト・ネットワークス、ライムライト・ネットワークス、コンテンド、チャイナキャッシュなど多数存在する。グーグルやマイクロソフトも同様のCDNを構築している。アカマイの顧客にはアップル、フェイスブック、ヤフーなどの大手が存在し、インターネット・トラフィック全体の15〜30%を占めていると言われる。

通信事業者によるCDNの取り組み

 CDNを手掛けているのはアカマイなど専門のプロバイダだけでなく、近年は通信事業者による取り組みも見られる。例えば、AT&TやKPNなどは既にCDNサービスを提供している。CDNサービスにおいては、通信事業者とCDNプロバイダとの違いは明確である。前者のCDNは高速かつ安価にコンテンツを配信できるかもしれないが、当該通信事業者が営業する地域のみが対象となる。一方、後者のCDNは複数の国や地域を跨って効率的にコンテンツを配信するのに向いている。したがって、コンテンツ・プロバイダの立場を考えれば、後者のCDNが選好されるのは自然である。

 通信事業者はこうした弱点を克服すべく各種の施策を講じている。1つは、互いにCDNサービスを展開する通信事業者同士で提携し、カバレッジを広げるというアプローチである。また、エッジキャスト・ネットワークスのCDNサービスを再販するドイツ・テレコムのように、CDNプロバイダからライセンス供与を受けるというアプローチもある。このアプローチを採れば、特定CDNプロバイダのCDNソフトウェアを利用している通信事業者同士の提携もより容易になる。さらに、通信事業者はCDNプロバイダの動向を警戒しており、アカマイを始めとしたCDNプロバイダによるサーバー設置依頼を拒否する通信事業者が増え始めているという。これは、基本的にCDNの品質がネットワーク上に設置できるサーバー数に比例しているためである。

 しかし、CDNについて論じる上でやはり最大手のアカマイの存在は外せない。同社の強みはその独自性にある。通信事業者は同業者間の水平方向の提携が不可欠であるため、CDN技術の標準化を指向する傾向にある。一方、アカマイを始めとしたCDNプロバイダはその必要がない。むしろ、独自のCDN技術を標準化せずにデファクト・スタンダードとすることが強みの源泉であると言える。アカマイは既に世界をカバレッジとする大規模なCDNを構築している他、MWC開催期間中の2月15日にはエリクソンとの戦略的提携を発表した。

エリクソンとアカマイの提携

 データ・トラフィックの急増がモバイル市場の喫緊の課題となっていることもあって、2月中旬にバルセロナで開催されたMWCでもデータ・トラフィック急増対策ソリューションが多数紹介されていた。ポリシー・コントロール(コンテンツに対する通信速度調整、アクセス制限)、ヘテロジーニアス・ネットワーク(オーバーレイ化されたネットワーク)などもその一例だが、通信機器最大手のエリクソンとCDN最大手のアカマイとの戦略的提携が多くの注目を集めた。

 エリクソンのハンス・ヴェストベリCEOはアカマイとの提携について「市場はますますモバイル化している。例えば、ハイエンド・スマートフォンは2016年までに4〜5倍に増加し、それによって生み出されるトラフィックは約30倍になる。だからこそ、エンド・トゥ・エンドのエクスペリエンス品質がキーとなる。エリクソンは高パフォーマンスのモバイル・ブロードバンド・ネットワーク分野における世界最大手で、アカマイは日々膨大な数のトランザクションを処理している。これこそが、モバイル業界とコンテンツ業界全体にとって本当の意味で有益なパートナーシップである」と語った。一方、アカマイのデイヴィッド・ケニーCEOは「アカマイのグローバル・ネットワークをエリクソンの技術と組み合わせることで、通信事業者はコンテンツ・プロバイダやアプリケーション・プロバイダとの関係を再構築することができる。また、ユーザーはモバイル端末からウェブアクセスした時に最高のエクスペリエンスを得ることができる」と述べている。

 両社の提携の具体的内容は、エリクソン製の基地局にアカマイのサーバーを設置するというもの(前述の通り、これまではネットワークの任意の場所にサーバーが設置されている)。基地局はユーザー端末と直接通信するネットワークの末端設備であるため、コンテンツ配信の高速性は大幅に高まると期待される。また、通信事業者はネットワーク全体だけでなく、各基地局単位でポリシー・コントロール(コンテンツに応じた通信速度調整など)が実施可能になるという利点がある。

 現在、モバイル・ネットワークのコンテンツとして最も需要が高いのは動画である。シスコの予測によると、2015年には動画トラフィックが全体に占める割合は66%以上に達するという(図2)。そのため、動画配信を集中的に最適化することで、ネットワークにかかる負荷を最小限に抑える必要がある。

【図2】システム種類別トラフィック予測

 なお、アカマイのCDNは今回の提携で初めてモバイル・ネットワークに組み込まれることになる。プロトタイプ試験に参加しているロイターは有力顧客候補とされており、購読契約数増やユーザ満足度の向上に寄与するとの見解を示している。これは通信事業者にとってもデータ・トラフィック急増対策の大きな一助となりうるが、一方で通信事業者はコア・コンピタンスを失う危険性もある。エリクソンとアカマイは、それぞれの強みを持つモバイル・ネットワークとCDNが融合することで通信事業者とコンテンツ・プロバイダの双方にとって新たな事業機会が生まれるとしているが、実際には通信事業者にとっては大きな脅威とも言える。

コア・コンピタンスを失う通信事業者

  通信機器ベンダーによるマネージド・サービス市場(エリクソンはマネジメント対象加入数として7.5億を擁している)は高成長すると予測されている。また、エリクソンは世界各国の通信事業者に通信機器やマネージド・サービスを供給していることから、「世界最大の通信事業者」とも言われている。エリクソンを始めとした主要通信機器ベンダーによるマネージド・サービスは、基本的に地球規模で同一のソリューションが提供されておりスケールメリットの恩恵が大きいため、コストを重視する通信事業者がこれまで自前で行ってきたネットワーク・マネジメントを通信機器ベンダにアウトソーシングするケースが増えている。

  こうした流れに加えて、エリクソンがアカマイとの提携を通じてコンテンツ配信事業やクラウド事業に乗り出すことになり、通信事業者によるエリクソンへのアウトソーシングはさらに進行すると考えられる。通信事業者にとって自前のネットワークは主要な差別化要因かつコア・コンピタンスだったが、今や通信事業者の強みはユーザーとのコンタクトポイントと課金プラットフォームという僅か2つの機能に限られつつある。選択と集中という観点では、より多くのリソースをマーケティングやユーザー・サポートに投下できるようになるかもしれないが、通信事業者は事業免許や周波数免許しか持たないサービス・プロバイダに成り下がってしまう恐れもある。

  エリクソンを始めとした通信機器ベンダは現行のネットワークを対象とするマネージド・サービスに加え、サービス(さらに言えば、ユーザー・エクスペリエンス)もマネジメント対象にしようとしている。つまり、通信機器ベンダーの戦略の軸足はネットワークのマネジメントからサービスのマネジメントに移行しつつあると言える。

  AT&Tのランドール・スティーブンソンCEOはMWCのキーノート・スピーチで、通信事業者として積極的にクラウド事業に取り組んでいく姿勢を示した。しかし、コンテンツ配信分野やクラウド分野でエリクソンに主導権を取られないよう対抗するには、相当の覚悟とコストを強いられる。AT&Tは大手と言えるが、小規模通信事業者がCDNを自社で整備していくのにはコスト面で相当の困難が伴うと考えられる。前述の通り、通信事業者のCDNが強みを発揮できるのは当該通信事業者の営業地域のみということもある。いずれにせよ、通信事業者が対抗するのは容易ではない。それほど、それぞれの事業領域でトップの座に君臨するエリクソンとアカマイの提携は強力である。

小川 敦

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