2011年7月4日掲載

2011年5月号(通巻266号)

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InfoComモバイル通信T&S

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巻頭”論”

想定外に備える〜リベラル・アーツの復権

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 3月11日金曜日午後2時46分、私達日本人はこの時刻を忘れることはないでしょう。地震、津波、そして原発事故と続く今回の大震災はようやく復興の緒に着いたところです。残念ながら福島第一原発事故の収束は計られていません。原発事故は、天災なのか、人災なのか、議論は尽きませんが、多くの教訓を私達に示していると感じます。今回の巻頭“論”では、モバイル通信事業とは直接には結び付きませんが、幅広く技術と人との関係など考えさせられた事象を取り上げてみたいと思います。情報通信産業においても、きっと同様の現象が見られるものと想定できますので、参考になるでしょう。

  福島第一原発事故の発生時、先ず盛んに言われたことに“想定外”がありました。曰く、津波の高さの想定は5.7m、実際に襲来した津波は14〜15mで想定外。自然現象や天災に対しては設計時に想定が必要であり、それを超える現象は文字通り想定外となります。自然現象の想定には様々な方法があり、科学的にも本当に難しい問題があることは理解できます。従って、原子力発電にまったく素人の私がこの点を今回取り上げるつもりはありません。

 教訓として取り上げたいのは、自然現象ではなく次のような人為的な点です。

  1. 原子炉内は窒素で満たされているので、水素爆発は想定外
  2. 外部電源喪失時にはバックアップが順次作動するので、すべて一挙喪失は想定外

 つまり、万一の場合を想定した備えなのですが、その備えが機能しないことを想定していないことを示しています。人間が想定したケースに対するバックアップなので、本来万全ということはあり得ません。ここまで来ると,逆に、そこまでの備えを不要とする程の安全性があるとの安全神話につながっているように思われてなりません。安全神話が生まれてはいけないのです。特に、Aのバックアップが順次作動すると考えるのはやはり不十分な想定と言わざるを得ません。災害や事故は連鎖的に事象を発生させるものです。これは科学ではなく、人間の経験に基づく知恵と言ってよいでしょう。事故発生時のシミュレーションの問題なので、バックアップの運営方法、機器の取り付け方法などに工夫が求められるところです。

 想定外を生み出してしまう人間の判断には、どうも共通項があるように思われてなりません。それは、中核技術(コア・テクノロジー)と周辺技術のギャップと言うことです。価値観ばかりでなく、予算や人材・人員的にも差が生じているように見受けられます。中核技術と周辺技術とが専門特化することだけではなく、オーバーレイすることが大切でしょう。要はバランスを欠いてはいけないと言うことです。

 例えば、製品(アセンブリー)と部品・部材との関係では部品在庫をあまりに減らしてしまうと災害や事故で部品供給が止まると全体が停止しますし、もちろん、停電によって電力供給がなくなれば製造ラインは動かなくなります。今回の大震災で、このことがよく分かりました。予備在庫の発想や自     家発電/蓄電池の配備の必要性を多くの工場・事務所が再認識したところです。

  また、個々の技術分野でも、コアと周辺のバランスが必要なことは言うまでもありません。原子力発電所では、原子力工学と同時に、モーター類やポンプ類を扱う電気工学や機械工学、さらには巨大システムが故のシステム工学や安全工学が不可欠な技術でしょう。多くの専門家がいても、バランスを欠いたり、分野に優劣をつけた判断に陥ったりしては何にもなりません。しばしば、業務の流れも発注者と請負との関係となり、現場の声が届かなくなります。私達の情報通信の分野でも改めて、電力供給・電源確保の重要性に気付かされました。光ファイバー回線による超高速ブロードバンドもモバイル通信を行う無線基地局も当然のことながら“電気通信”なのです。通信工学だけで無く、電力を扱う電気工学や建物施設を担う建築・土木工学の技術を総動員しなければ今回のような大震災や停電には備えられないことを思い知らされました。災害に関しても、地震学の進歩のおかげで地震への備えは以前に比べて相当に進んできましたので建物の耐震性はかなり強くなっていますが、問題は津波にありました。津波の発生や大きさの想定は必ずしも十分ではなかったと言えます。学問の世界でも、研究予算の配分においても周辺的分野となっていたのではないかと危惧します。将来に向け、様々な反省と総括が求められます。

  なかでも今後に向けての重要性を感じたものに、安全についての研究があります。安全と言うと、安全保障と言うように防衛、外交、軍事、インフラ設備等が頭に浮かびますが、この安全問題をすべての巨大システムに適用して工学的、社会学的、人間行動面など様々な角度から研究し、学問分野や行政、経営などの実務分野でも大きな勢力を構築しておく時期だと思います。「安全第一」とよく言われますが、これを単純に現場の知恵にしてはいけません。体系化し、改めて中核技術(コア・テクノロジー)と認識して各分野で取り上げる必要があります。当然、コストが発生しますので市場や消費者もこれに応じなければなりません。当面の財源作りやコスト削減のために一方的に仕分けてはいけない領域であると考えます。

 このような長期的な全体バランスを図るために何よりも求められるのは、いわゆる“リベラル・アーツ”ではないでしょうか。歴史や哲学、芸術など幅広い分野に立脚した専門特化していない一般教養こそ、何よりも人間行動や社会への深い洞察力の源泉となるものです。学問分野だけでなく、産業活動や経済・政治活動でも専門特化した人材が多くなっている今日、高等教育や幹部育成に際して、また、人材の登用において、改めてリベラル・アーツの復権を心掛けることが、結局、想定外に備える近道になると思います。

株式会社情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

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