2011年7月28日掲載

2011年6月号(通巻267号)

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InfoComモバイル通信T&S

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巻頭”論”

ネットワークからサービスに拡大する通信キャリア向けマネージド・サービス

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 このInfoComモバイル通信ニューズレターでは、これまで2009年8月号2010年6月号で、通信キャリアがアウトソースするオペレーション業務である“マネージド・サービス”について取り上げたことがあります。即ち、(1)通信キャリアのネットワーク管理の外部委託の利用、(2)通信キャリアに設備を貸すタワービジネス、についてレポートしてきました。さらに、最近では、今年4月号で、コンテンツ配信ネットワークのマネージド・サービス化を紹介したところでもあります。こうした通信キャリア向けのマネージド・サービスは、欧州のモバイルキャリアにおいて顕著ですが、最近では、米国やインドなど世界各国の通信キャリアで見られるようになっています。もはや通信キャリアにとっては通信サービスの提供は中核事業であるものの、ネットワーク・インフラの所有や維持は中核事業ではなくなっていることを示しています。その上、さらに、コンテンツ配信ネットワークまでがマネージド・サービスとして提供される傾向にあり、通信キャリアのコア・コンピタンスは今やユーザーとのコンタクトポイントと課金プラットフォームに限られつつある現状にあります。もちろん、コールセンター業務やヘルプデスクのアウトソーシングも進んでおり、ユーザーとのコンタクトポイントすら例外とは言えない状況となっています。

  この背景を歴史的・制度的に分析してみると、マネージド・サービスが通信事業という特殊な事業環境、特にEU域内の市場構造に由来していることがわかります。通信事業は、各国で資本的には民営化が進められていて国を超えてM&Aが進展している反面、通信事業参入の根拠それ自体は国家による免許・許認可がベースになっていて、引き続き、強い国の統制下にあります。当然のことですが、無線周波数の免許はどの国においても国家管理となっています。そうなると、通信キャリアのサービス領域は分野的にも、地域的にも一国の国境を超えることはなく、また、事業者の数も免許数に応じて限定されたものとなっています。ところが、通信サービスを利用する現実の経済活動、即ち、法人企業や利用者の行動範囲は既に一国を超えて通信サービスのグローバル化が進展せざるを得ないという一種の矛盾した状況に陥ることになります。EU市場のように、一国の主権下にある通信事業免許(無線周波数免許を含めて)と通信サービスの共通化・一体化の推進とが共存する状況の下では、ネットワーク管理のアウトソーシングがこうした現実の矛盾を解決してきたことは当然の帰結でもありました。結局、一国内に止まる通信キャリアよりも通信機器ベンダーの方が企業規模的にも、技術開発力においても優位に立つようになっているのは周知のとおりです。いまや世界のモバイルネットワークの大規模運営者は、エリクソン、ノキア・シーメンス、アルカテル・ルーセントという欧州の通信機器ベンダーであり、最近ではこれに中国系、韓国系のベンダーが加わってきています。

 こうした動きがEUの統合化、市場共通化、国際競争力強化という政治的・経済的背景のなかで進んでいることは事実ですが、他方、世界市場において欧州の通信機器ベンダーはさらに、このマネージド・サービスを世界の各地域に、またサービス内容も通信ネットワークの管理からコンテンツ配信ネットワークにまで拡大しつつあります。私達が置かれている日本や隣国の韓国、中国では例外的に歴史的・産業政策的に通信キャリアの特例的な地位が保たれ、かつ、国際的な通信機器ベンダーと異  なる当該国の通信機器ベンダーとのつながりが継続してきたことから、ネットワーク管理などのマネージド・サービスは一般的なものとはなっていません。いわば、グローバルな視点から見ると独自の環境にあると言ってよいでしょう。

   ところが、このマネージド・サービスがネットワーク管理だけでなくコンテンツ配信ネットワークにまで及んでくると事情が変ってきます。今年2月のMWC(Mobile World Congress)で発表されたエリクソンとアカマイの戦略的提携が示すように、これによりコンテンツ提供者は各国の通信キャリアにしばられることなく、共通化した規格の下でグローバルに配信できるようになるからです。マネージド・サービスは通信キャリアのアウトソーシングを受注してきましたが、いよいよ本格的にグローバルなプラットフォーム・サービスにまで進出するレベルになったということです。そうなると、今度はコンテンツ配信だけではなく、通信キャリアの本丸である課金プラットフォームも対象となることが当然予想されます。通信キャリアにとっては、残るはユーザーとのコンタクトポイントだけとなってしまう可能性すらあります。

   既に、一社当り数億加入の規模に達している通信機器ベンダーによるマネージド・サービスでは、そのスケールメリットからして通信キャリアがアウトソーシングする流れはかなり進んでいます。今度はコンテンツ配信プラットフォームがマネージド・サービスの当面のターゲットとなることは、今回のエリクソンとアカマイと提携で明らかですが、さらに、モバイル決済や課金関連サービス、M2M(マシン・ツー・マシン)サービスが次なる目標分野となると予想されます。また、スマートフォンの普及に伴って、通信キャリアをまたがってモバイル・クラウドサービスを提供することも新たなマネージド・サービスの分野となるはずです。通信キャリアは一国の免許制の下にあり、制約と同時に程度の差こそあれ国際的な競合からは一定の距離を置いて存在してこられた訳ですが、これからはグローバル競争の中で、通信機器ベンダーが持つ別の面の制約(たとえば、製造機器やソフトウェアが一つのベンダーに限定されるなど)に対抗できる力を持つことができるかどうか、がポイントとなると思います。他の通信キャリアを相手に事業者をまたがるマネージド・サービスが展開できるかどうかが新しい通信キャリアの課題となることでしょう。

   その際、国際的に多数の事業者が参加する通信キャリア間でのアライアンス組成力や通信キャリアを結び付けるビジネス展開など一国内にとらわれないマネージド・サービスが要求されることになります。通信機器ベンダーによるネットワーク管理が一国に限られた通信免許という構造を超越する方途であったという歴史的使命を果しているのに比べて、これからのマネージド・サービスは、コンテンツ配信プラットフォームにせよ、決済・課金ビジネスやM2Mサービスであれ、クラウド技術をベースにした国境にとらわれない、真にグローバルなサービスを生み出していくものと考えます。東アジアの地域では通信機器ベンダーによるマネージド・サービスがこれまで根付いてこなかったことを踏えて、通信キャリアを発信源とするマネージド・サービス化、即ち、サービスのProviders' Providerを生み出す基盤があり、大きな潜在力があるものと考えています。

株式会社情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

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