2011年10月25日掲載

2011年9月号(通巻270号)

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InfoComモバイル通信T&S

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巻頭”論”

クラウドベースの音楽/映像サービスの動向〜
拡がる米国との格差と最高裁判決による萎縮効果が深刻化

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 近年のデジタルコンテンツの普及やネットワーク対応端末の増加、ネットワークのブロードバンド化等を背景に、音楽や映像の配信サービスにおいて米国を中心にクラウドの活用が進んでいます。

 音楽では、ユーザの音楽ライブラリをウェブ上のデジタル・ロッカーに保存し、ユーザの希望する端末でストリーミング聴取するサービスが登場していますし、映像分野では、クラウド上の映像コンテンツを多様な端末で視聴できるサービスの規格作りが複数の主体で競合して進められています。ユーザ側からすると、クラウドの利用により「Buy once, Play Anywhere」が実現し、デバイス・フリーによって視聴の楽しみ方がより自由な形で広がることにつながっています。

 この音楽デジタル配信のロッカー・サービスへの発展では、IT上位レイヤの主要プロバイダーである、グーグル、アマゾン、アップルが参入を進めていて、これからの音楽市場全体の拡大が期待されています。デジタル化が進む音楽市場では相変わらずP2Pの違法コンテンツ・ダウンロードが課題となっていて、CD売上の低迷の要因ともなっている現状にありますが、新しい音楽ロッカー・サービスがユーザの購入に関する情報を併せて保存していること、かつ、ユーザに対しストーミングで配信することで、音楽市場と共存して新しいビジネスを生み出すと想定されています。

 その特徴は以下の3点に整理され、ストレージ型サービスとして新しいモデルとなっています。

  1. ユーザが既に購入した楽曲をベースとしていること
  2. 保存方法としてクラウドを活用し、多種複数の端末で対応可能としていること
  3. 料金は広告モデルで無料としているものもあるが、一方でサブスクリプションモデル(ストレージ容量ベース等)が取り入れられていること

 ユーザにとっては、手軽に入手できるオンライン購入に加えて、購入後の視聴でも場所や時間、端末を自由に選択してエンターテイメントを楽しみたいという要望に応じてくれるサービスであり、プロバイダーにとっては販売から保管、視聴までユーザを囲い込める新しいビジネスモデルと言えます。上位レイヤのプロバイダーにとっては、さらにクラウドサービスだけでなく、OSや各種のデバイスまで統合的に囲い込める機会でもあります。したたかな新しいビジネス戦略であることは言うまでもありません。クラウドというIT技術と、ネットワークのブロードバンド化というインフラ構築がマッチした帰結と言えます。ネットワーク事業者にとっては、新しいビジネスチャンスですが同時にトラフィック面での重荷ともなるものでもあります。

 このようなストレージ型のサービスでは、問題となるのは技術ばかりでなく、当然のことですが音楽や映像等の著作者を保護する著作権とのバランスが何よりも重要となります。デジタル・ロッカーでは権利処理の取り組みを必要とし、米国でもユーザが既に所有している楽曲をクラウドからストリーミングすることは公正使用(フェアユース)の範囲内か、レーベルから許諾を受ける必要があるかは議論のあるところです。ただ、日本とは異なり、権利処理の扱いを含めてデジタル・ロッカー・サービスがビジネスとして成立し得る環境に達している、即ち予見可能性がある点に注目しておきたいと思います。

 一方、我が国では、最高裁のまねきTV事件判決(平成23年1月18日)、同ロクラクU事件判決(平成23年1月20日)の2つの判例が確定したことにより、著作物の公衆送信権や複製権の侵害が厳しく認定される恐れから、音楽や映像、ゲーム等のエンターテイメント分野でのクラウド利用について、関係者に大きな萎縮効果が生じています。

 本来のこの2つの事件は、テレビ番組をインターネット回線を通じて転送(事件では海外在住ユーザ向け)するサービスをめぐる事案であり、転送等に係る機器の汎用性、当該機器の所有権の帰属、機器と利用者の対応関係(1対1か1対多か)、複製かストリーミングかなど著作権の侵害の有無が争われたもので、放送事業者がサービス提供事業者に対し、サービスの差止めならびに損害賠償を求めた事案です。高裁段階では差止めを認めず最高裁に上告されて争われて来ましたが、結局、2事件とも最高裁は原判決を破棄し事件を知財高裁に差し戻しました。

 訴えを提起した放送事業者は別として、この最高裁判決は、デジタル化して著作物を円滑に流通させようとする全体の流れに逆行するものとして、多くの関係者に受け止められています。特に、この判決がクラウドやインターネット上のサービスに対しもたらす萎縮効果を危惧する法律関係者の声は多くなっています。また、著作権法の規制により日本のクラウド事業者は外国のクラウド事業者に比べて不利な状況になることが想定されるので、データセンターなどのクラウドの拠点がますます海外に移転していくことに拍車が掛ることが考えられます。

 前述の米国の事例に見られるデジタル・ロッカー・サービスは、ユーザが購入した楽曲をクラウド上で保存しインターネットを通じてユーザに配信しているので、複製されて送信されていることは間違いありません。もっと広く解釈すれば、ISPのルーターやメールサーバーまでが公衆送信権侵害になりかねないという懸念が残ります。この最高裁判決は放送番組の複製物を取得することを可能とするサービスに限定されているとは言えますが、やはり著作権侵害には刑事罰までが規定されている以上、新しいサービスの展開において予見可能性がなさ過ぎることで多大な萎縮効果を生じさせてしまっています。

 さらに、地裁判決ではありますが、「MYUTA(ミュータ)」事件判決(東京地裁 平成19年5月25日)の影響も指摘しておきたい。この事件は、ユーザがインターネット回線を通じて楽曲の音源を事業者のサーバーに保存し、ユーザが必要に応じて保存されたデータをダウンロードするというサービスに対し、複製権および公衆送信権侵害とした事案です。これは、ベンチャー企業が開発したサーバー上のサービスですが、事象としてはクラウド上の処理によく似ているのでデジタル・ロッカー・サービスの日本での普及が懸念されています。

 いずれにせよ、デジタル・ロッカーなどのクラウドサービスでは、権利処理の問題を避けて通れませんが、国内外の規制差によるユーザ利便や産業の国際競争力の問題が、法律の適用と解釈(判例)では十分に解決し得ず、ますます出口のない状況に陥っているようです。消費者の利便、権利者の保護、加えて新しい産業の発展と国際競争力の強化という複雑系を解くためには、新しい法体系の整備を一刻も早く行う必要があります。

 データセンターやクラウドサービスは、インターネット回線を通じて容易に国際的に展開され得る事業であり、問題はそのハブとなることにあります。このままでは、日本はクラウドのハブ化の国際競争において海外勢に置いておかれることになるでしょう。もちろん、課題は著作権の規制緩和だけにあるのではなく、高い電力料金や地震等の災害の多さなど、クラウドのハブ化において日本が抱える課題は数多くありますが、少なくともマンガやアニメなど独自のエンターテイメント創造力を強く有する日本の競争力を国際的に活かすためには、現行の著作権に関する規制は、事業サイドからは予見可能性が極めて低く新しいビジネスチャンスをつぶしてしまっています。

 この種の問題に対しては、権利者との利害の調整が必要となりますので、どうしても法律家や行政当局への依存となり、産業界や経済界での共通認識や共通の取り組みが十分に広がっていないことが残念なところです。いわゆる上位レイヤ・サービスが米国勢に押されてしまっている現状を打破するためにも、電力供給や災害対策の規制緩和だけでなく、著作権の規制緩和(例えば、フェアユースの範囲など)についても広く議論が進み、一定の解決が図られて、事業としての予見可能性が高くなることを期待したいと思います。

株式会社情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

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