2011年10月25日掲載

2011年9月号(通巻270号)

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サービス関連(通信・オペレーション)

迷走するヒューレット・パッカード〜
パソコン事業、webOSはどこへ行くのか

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 2011年8月は、モバイル市場の歴史にとってエポックメーキングな月になるだろう。グーグルがモトローラ・モビリティを買収した。ヒューレット・パッカード(以下、HP)が、webOSからの撤退とパソコン(以下、PC)事業の分離を表明した。さらにAppleのCEOスティーブ・ジョブズが引退を発表した。本稿では、その中で、HPのPC事業の分離とwebOSと今後の展開、そしてOSとハードウェアに関してメーカーとしての今後の在り方について論じていきたい。

PC事業の分離〜収益性の低い事業の切り離し

  2011年8月18日、HPが、PC事業分離を検討していることを発表するとともに、webOS事業から撤退する計画を明らかにした。PC市場で世界最大シェアを誇るHPの判断は、まさに「想定外」の出来事であった。PCメーカー売上首位のHPがPC事業の分離という決断に踏みだそうとしていることは、それだけPC事業の収益性が悪化し、HPにとって事業の足枷になっていたことの証しだとも考えられる。

 HPが発表した2011年度第3四半期累計(2010年11月〜2011年7月)決算では、PC事業の売上高は前年同期比3.3%減の294億5,600万ドル、営業利益は21.0%増の17億7,200万ドルである。営業利益率は5.8%となっており、製造業において事業存続のボーダーラインと位置づけられることが多い営業利益率5%の水準を辛うじて維持している。

 しかし、PCと同じハードウェア事業である同社のプリンター事業と比較すると、その収益性の低さがわかる。プリンター事業の第3四半期累計の売上高は同3.7%増の194億6,200万ドル、営業利益は0.8%減の31億6,500万ドルであり、営業利益率は16.3%となっている。HP社内のハードウェア事業という点で比べても、営業利益の差が明確である。

 同社の他の事業を見てもその差は歴然だ。第3四半期単独の営業利益率は、サービス事業で13.5%、エンタープライズサービス・ストレージ&ネットワーキング事業が13.0%、フィナンシャルサービスが9.4%となっており、PC事業の5.8%という収益性が極端に低いのがわかる。ソフトウェア事業の営業利益率19.4%と比較すると、約4倍近い大きな差がある。

 コモディティ化してしまったPCは製品自体の差別化は難しく、大量調達によって部材コストを低減し、これをベースに価格競争力を発揮することが基本的なビジネスモデルである。しかし、年間6,420万台(米IDC調査)ものPCを出荷し、2位Dellの4,340万台に2,000万台以上の差をつける世界最大のPCメーカー(図1)であるHPでさえも営業利益率の低さに頭を痛めていることが理解できる。また、今後は新興国でのPC需要拡大が見込めるものの、先進国に比べて低価格製品が主力となるため、さらなる収益性の悪化も懸念される。

 調査会社IDCが、8月23日に発表した調査によると、2011年4月から6月までの3カ月間に中国で出荷されたパソコンの台数は1,850万台となり、1,750万台のアメリカを3カ月ごとの集計で初めて上回り、中国が世界最大のPC市場となった。

 この背景には、高い経済成長に伴って中国国内でPCの需要が拡大を続けている一方、アメリカではPC市場が成熟し、スマートフォンやタブレット型の端末へのシフトが進んでいることが考えられる。また中国では、アメリカIBMのPC事業を買収したレノボが、2011年4月から6月までの期間に販売を大きく伸ばし、利益を倍増させている。世界のPCメーカーのなかでも中国が存在感を高めているのが理解できる。

 出荷台数は増えても利益は減少している。その観点からも、収益性の悪い事業を切り離すというのは製造業にとっては当然の決断ともいえる。

 今後、HPがPC事業の切り離しを行った場合、どこの企業が承継するのであろうか。2011年8月現在、サムスンに売却するのではないかなど、様々な憶測が飛び交っている。しかしPCで世界一のシェアを持つHPの収益性の観点から見て、どこか名乗りを上げてくる企業が果たしてあるのだろうか。

  またHPは、英ソフトウェアメーカーのオートノミー社を103億ドルで買収することを検討してい
る。オートノミーを買収すると、HPは同社が保有する電子メールや楽曲、画像などさまざまな種類のデータを管理、検索、分析する技術、ソフトウェアを手にすることができる。HPは、ハードウェア産業からソフトウェア産業への構造転換を図ろうとしていることが伺える。これによって、今後成長が期待され、かつ利益率の高いクラウドなどIT関連サービス事業へシフトしていくことを目指しているのだろう。

(表1)2010年世界のPCメーカーランキング

2010年の世界PCメーカーランキング(単位:千台)

順位

メーカー

4Q10
出荷台数

4Q10
市場シェア

4Q09
出荷台数

4Q09
市場シェア

出荷台数
伸び率

1 HP

64,213

18.5%

60,072

19.7%

6.9%

2 Dell

43,403

12.5%

38,419

12.6%

13.0%

3 Acer 42,430

12.3%

38,412

12.6%

10.5%

4 Lenovo 34,182 9.9%

24,904

8.2%

37.3%

5 東芝

19,095

5.5%

15,837

5.2%

20.6%

  その他 142,874 41.3%

127,139

41.7%

12.4%

 

合計

346,198

100.0%

304,783

100.0%

13.6%

(出典:IDC)

webOSの失敗〜「HP TouchPad」タブレット販売開始から49日後に撤退表明

  同日(8月18日)、HPは、webOS事業の打ち切りを発表した。webOSは、HPが買収したPalmが開発したスマートフォン/タブレット向けのソフトウェアプラットフォームである。スマートフォン向けのプラットフォームとしては後発であり、iOSやAndroidなどの特長を多く取り入れている。「Palm Pre」や「Palm Pixi」といったPalm時代の製品のほか、2010年7月にHPに買収されてからはタブレット端末「TouchPad」(図1)や、スマートフォン「Pre3」(図2)、「Veer」(図3)などが登場していた。

 HPはスマートフォン(かつてのPDA)の草分け的存在といえるPalmを2010年に12億ドルで買収し、Palmのスマートフォン向けOSであるwebOSを手に入れた。当時Palmは業績が苦しい状態にあり、HPに買収されることで販売や流通、マーケティング、開発者向けの取り組みなど様々な面での改善が期待された。

 さらに世界最大規模のPCメーカーであるHPにとって、世界的なタブレットの潮流に乗って発表したのが「TouchPad」だった。2011年7月にアメリカで発売を開始したばかりのTouchPadは、iPad対抗本命かと一部では期待されたが、Appleの「iPad 2」には大きく差を付けられた。そして49日後の2011年8月18日にはwebOSからの撤退を表明した。

  このようにPalmを買収し、webOS搭載タブレットTouchPad販売開始直後のwebOSからの撤退には以下のような理由が推測される。

  1. HPが想定していた以上にAndroid OSとiPhone、iPadの売れ行きがよく、消費者の目がそちらに向きすぎてしまった。
  2. webOSをAndroid OSのように他社にオープンにしていなかった。そのため、当然ながら他メーカーからwebOS搭載端末が登場することがないので、市場での広がりはなかった。しかもHPはPCでは世界シェア1位だが、モバイル(スマートフォン)、タブレットでは全くの実績がなかった。
  3. PCの販売網を活かして法人顧客を取り囲もうと目論んだが、モバイル分野では法人向けにはBlackBerryが強く、その牙城を切り崩せなかった。
  4. Palmを買収した時は、マイクロソフトのWindows Mobile(Windows Phone)も市場での成長、人気は芳しくなかったので、Google(Android)、Apple(iPhone、iPad)に対抗できる第3のOSになるとも期待されていた。しかし、その後、マイクロソフトが世界最大の携帯電話メーカーであるノキアと提携することにより、今後、端末開発、販売網において脅威になる可能性が大きくなってきた。 
  5. Palm自体が、モバイルギークにとっては、すでに「負け組」の位置付けにあったから、HPが買収しても良くなるとは考えられていなかった。さらに一般消費者にとっては、PCのイメージが強いHPの製品はスマートフォン、タブレットとして受け入れにくかったとも考えられる。一般消費者向け市場の牙城も切り崩せなかった。
(図1)HP「TouchPad」
図1
(図2)HP「Pre3」
図1
(図3)HP「Veer」
図1

webOS〜計画時と現実の乖離、そして撤退表明後の好調な売れ行き

 このように、買収計画時と現状の乖離としては、

(買収計画時)

  • Palmの資産(人材、技術)を活用して、モバイル・タブレット市場への進出を期待していた。

(現実)

  • AndroidとiPhoneがHPが想定している以上に成長した。
  • PC市場でシェアが強く、法人営業に強いHPだが、法人顧客でモバイルはRIMのBlackBerryの方が活用されている。
  • マイクロソフトがノキアと提携してWindows Phoneの拡大に注力することを発表した。
  • PalmはHPが思っていた以上に、ギークだけでなく、一般消費者にも受け入れられなかった。
  • アンドロイドマーケットやiPhoneのようなアプリケーションやサービスも充実していない。

 2011年7月に販売開始したHP社のTouchPadの売れ行きはどうだったのだろうか?米家電小売最大手のベスト・バイでは、約27万台のTouchPadを販売予定として入荷していたが、わずか2万台程度しか売れていなかったらしい。TouchPadの2種類のモデルは、「メモリー 16GB版:499.99ドル」、「同32GB版:599.99ドル」で発売されていた。webOSの撤退を受けて、1台99ドルという投げ売り価格での値下げを行ったところ、皮肉なことにTouchPadはベストセラーとなった。「もうHP社のTouchPadを購入できなくなる、HPのロゴの入った製品がなくなってしまうかもしれない」というマニアやギーク達の購買意欲心理をくすぐったのであろうか。HPのオンライン・ストアでは、全モデルが売り切れ状態となった。ベスト・バイでもほぼ完売した。アマゾンの電子機器ベストセラー・ランキングでもTouchPadが1位となった。その他の小売店でも、売り切れが続出しているらしい。しかし1台99ドルではHPにとっては利益にならない。皮肉なことである。

HPはどこへ向かうのか?

  もはやコモディティ化してしまったPC事業については、分離した後、どうやって生き残っていくのであろうか。IBMもPC事業は中国のレノボに売却した。HPのPCはコンパックやDECなどアメリカのPCメーカーが合併しあってできた「寄せ集め企業」でもある。差別化が難しくなってきているPC生産において一体どこの企業が現在のHPのPC事業を引き受けるのであろうか。まさに瀬戸際に立たされている。

  続いてwebOSだが、HPは、「これからもwebOSソフトウェアの価値を最大限に生かす道を探し続けていきたい」と述べている。一部の報道ではサムスンが買収するのではないかとも報じられている。現在のAndroid、Appleが席巻しているスマートフォン・タブレット市場でwebOSをどこの会社が引き受けるのかは注目していく必要がある。

  アメリカの報道や論調、ブログを見ているとグーグルによるモトローラ・モビリティの買収について
は、好意的な意見が多い。背景に特許問題があることや、他メーカーへのAndroid OSの提供を考慮すると、賛否両論の意見はあるが、グーグルがモトローラを救ったという見方をしているアメリカ人が多いように見受ける。グーグルによるモトローラの買収はアメリカもまだ「ものづくり」を捨てていないという見方をされている。一方で、先行きの見えないHPについては非常に悲観的な論調や記事が目立つ。IBMが中国企業レノボに買収された過去の例や、今回は韓国企業であるサムスンへの売却説が浮かぶ中で、アメリカ人としての自国メーカーへの激励の裏返しなのかもしれない。今後のHPの事業の行方にはアメリカのみならず世界が注目している。

今後のメーカーの行方〜「OS+ハードウェア」戦略だけでうまくいくのか?

  スマートフォン、タブレットの市場においてはもはやハードウェア生産だけでは、差別化および市場での生存競争が厳しくなってきていることが理解できる。かつては「OS+ハードウェア」のセットを握ることが市場での競争力に繋がるのではないだろうかと考えられた時があった。

  さらに、市場で受け入れられているのは「OS+ハードウェア」だけでなく、アプリケーションが充実していることであると理解できる。

メーカー

OS

他メーカー
への
OS提供

ハードウェア

アプリ
ケーション
の充実

Apple

iOS

×

 自社製品(iPhone、iPadなど)

Google

Android

モトローラ
+サムスン、LG、HTCなど
 多数のメーカー

RIM BlackBerry

×

 自社製品(BlackBerryなど)

Microsoft

Windows Phone OS

ノキア+サムスン、HTCなど

サムスン

bada OS

×

 自社製品(waveなど)

HP

webOS

×

 自社製品(TouchPadなど)

×

 今回のwebOSは、HPの「OS+ハードウェア」で成功するのではないか、と期待されていたが、実際にはうまくいかなかった。果たして、今後は「OS+ハードウェア」を生産する企業らもHPと同じ道を辿ることになるのだろうか。そのカギを握るのは、そのOS上で動くアプリケーションとハードウェアのデザイン、ユーザインターフェースなどのエコシステムがうまく循環するかどうかだろう。

  残念ながら、webOSとTouchPadではそのエコシステムがうまく回らなかった。今後、メーカーは「OS+ハードウェア」だけでなく、いかに優れたアプリケーションを有するプラットフォームを提供して消費者を引き付けられるかが生存競争のカギになるだろう。またOSを持たないモノづくりのみに特化したメーカーはいかに利益率を高く生産するかがカギになるだろう。

  世界のメーカーの動きは、HPの今後の事業と同様に注目していく必要がある。

※本内容は、2011年8月31日時点のものである。

佐藤 仁

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