2012年4月27日掲載

2012年3月号(通巻276号)

ホーム > InfoComモバイル通信T&S >
InfoComモバイル通信T&S

※この記事は、会員サービス「InfoComモバイル通信ニューズレター」より一部を無料で公開しているものです。

巻頭”論”

3/11・東日本大震災から1年〜通信障害との新たな戦い

[tweet] 

あの忌まわしい3月11日から1年が経過しました。東日本大震災で被災した方々に改めてお見舞い申し上げます。情報通信分野では、発災直後のサービス回復と設備の仮復旧から、街造りに沿った本格復旧に重点が移行しています。

復旧・復興にあたっての情報通信サービス面での教訓は、

  1.   通信設備以外の対策の必要性―蓄電池と発電機の確保、燃料備蓄と配送手段、衛星の利用
  2.   モバイル通信の重要性―携帯電話機は避難時の必需品
  3.   緊急時の輻輳(ふくそう)対策―IT利用と待時系通信の活用、NWの仮想化(移せる化)
  4.   安否情報確認手段の確保―多様な方法と習熟、SNSの活用などソーシャル化

など多岐に及んでいます。蓄電池の長時間化や発電機燃料の備蓄など既に動き出したものもあれば、NWの仮想化による輻輳の回避など、現在、本格的な研究開発が行われているものもあります。

こうした災害復旧・対策が進むなか、通信事業者、特にモバイルオペレーターは、新しい課題に直面して苦悩する事態を迎えています。それは、モバイル通信サービスで多発する通信障害事故。今回の大震災とは直接的に結びつくものではありませんが、万一の時に通信障害の発生が重なったらどうなるのか、電力供給の不安定化と重なってインフラサービスへの信頼感がますます失われていくことになりかねない状況を生み出しています。NTTドコモでは、1月26日の総務省による行政指導時点で今年度5件が指摘されていて、その後2月までにさらに3件発生していますし、KDDIでも、2月15日の行政指導時に、やはり今年度5件の通信事故が取り上げられています。まさに、業界として異常事態と言ってよい状況です。原因としてさまざまな指摘がなされており、詳細な原因の究明が通信事業者の手で進められています。トラフィックの急増、特に制御信号の一時的な集中、トラフィック増加量の予測ミス、システム故障と予備系への切替不備など、ハード面、ソフト面だけでなく、設計・保守にあたるエンジニアの習熟まで含めて、従来にない本当にいろいろなものが起こっているように感じています。

NTTドコモのケースでは、通信事故に止まらず、通信の秘密保護と個人情報の管理にまで問題が波及しており、KDDIのケースと併せて、「システムの信頼性向上対策」が行政指導されたところです。また、特に、スマートフォン利用者が急増するなかでスマートフォンのサービスに係る事故に具体的な言及があり注目されるところです。ただ、この種の通信障害の多発現象は、メディアでは取り上げられることはほとんどありませんが日本だけの特異な現象ではなく、海外の先進各国でもスマートフォン化が進むなか共通して起こっている事象なのです。必ずしも、すべての通信事故(outageと言われています)が発表される訳ではありませんので全件数の把握は不可能ですが、主要な携帯通信事業者をとっても、この1年の間に公表や報道から簡単に拾えるものだけでも、米国の2大携帯通信事業者でそれぞれ数件ずつ、また英国の主要携帯通信事業者各社でも発生しています。その原因は必ずしも明確には報道されていません。

状況的には、スマートフォンの普及・拡大、アプリケーションの増大、映像系トラフィック急増、LTEのサービス導入などがあり、加えてそのための新設備の拡張があり、IPベースのサーバー類の設備増強が必要とされる一方で、その全体的な調整や運用上のノウハウ、必要設備量予測の精度と頻度への未習熟など、システム全般にわたって不十分さが生じているのではないかと想定されるところです。その結果が通信事故となって現れていると理解すべきではないでしょうか。個々の通信事故には、具体的なミスや欠陥が原因として上げられますが、これだけ世界中で多発していることを考え合わせると、この問題を特定事業者の固有の問題として狭い範囲に閉じ込めてはいけないと考えます。新しい環境のもとでの新技術・新サービス導入という設備構造の変化のなかで、しばしば起こり得る大型システムに共通する問題と認識して、内外の通信業界あげて解決に取り組むべき課題です。過去にも、デジタル交換機など新型交換機の導入初期にもしばしば見られた事象ですし、現在でも企業等の大型情報処理システムが導入される際に発生することが多くみられます。

もちろん、こうした障害は起こらないことがベストであり、起こった場合、サービス中断を短時間に留めることがベターであることは当然のことです。しかし、現在に至るまで人智においては、すべてのバグを取り除いたり、予期せぬ事態の発生を未然に発見することは不可能なことです。結局、この種の障害を根本的に解決するには、事象・事例を数多く収集して、発生した現象を広く共有し、関係者が相互に対策に知恵を絞って、一日も早く、新しいIT機器やIP技術の成熟化を進めてエンジニアの習熟を図ることこそ近道だと考えます。その意味で、携帯通信事業者だけに問題解決を求めるのではなく、スマートフォンの急増とアプリケーションの急拡大によるトラフィックの過重との指摘がある以上、トラフィックの過大な発生を抑えた(通信設備利用効率の良い)端末機器やアプリケーションをどのように作り広めていくのか、上位レイヤサービスプロバイダーにも同じ立場に立って課題解決に協力することが求められます。通信事業者に設備の増強を求めるだけでは、いわゆる“タダ乗り論”につながることになりますし、社会全体の通信設備の資産効率を下げて非効率な巨大な無駄社会を作ってしまいかねません。ICT分野にも、広い意味で“もったいない”精神が必要でしょう。

併せて、こうした過重トラフィックを生み出した経済的誘因には、定額制料金の仕組みがあったことは否めません。いくら使っても追加料金のない世界では、当然のようにムダな世界を生み出すことにつながります。しかしながら、やはり昔から言われているように「タダより高いものはない」のです。結局、利用者がそのツケを払わされるのであり、効率よく利用している正直者がバカをみるようなら社会は持続性を保ち得ません。ここは、従量制料金の復活を図って、トラフィック効率のよい、即ち、低トラフィックでも満足度の高いアプリケーションやサービスを目指して開発と事業運営が進められるべきです。それには、デバイスから、アプリケーション・ソフト、コンテンツ、上位レイヤサービスやSNSまで広く関与者の共通理解が求められます。現在の情報通信サービスを律する事業法は、電気通信や放送、インターネットプロバイダーなどインフラレイヤには規制が及んでいますが、アプリケーション開発や上位レイヤサービスには、消費者保護の規定は存在していても、提供者側にはほとんど法の網がかかっていません。この点については、国際的にも国によって規制の取り組みに差があるのは事実ですが、少なくとも、我が国において通信インフラを産業基盤と位置づけ社会の発展の原動力と考えるのであれば、通信インフラの非効率な利用方法を回避する方策が進められるよう産業政策が確立していなければなりません。トラフィック効率のよいアプリケーションやサービス開発の支援、従量制料金導入時の混乱回避策、トラフィック効率を勘案した電波免許のあり方など早急に検討すべき課題は数多くあります。今回の通信障害の原因究明、解決方法など産業政策として、情報共有や国際協力など関係者の指導性が期待されます。

昨年3月11日の東日本大震災発生以降、復旧時に得られた各種の貴重な教訓に加えて、新しい時代、通信構造の大変化の時に直面して起こる通信障害を一日でも早く克服することが急務です。緊急時の輻輳回避にせよ、安否確認の多様(多ルート)化にせよ、ギリギリの局面で情報通信サービスが役割を発揮するためには、現在、平時に起こっている通信障害を抑え込んでコントロールできる能力を獲得し、対策を講じておくことで利用者の信頼を回復しておくことが何よりも大切なことです。携帯通信事業者と政策当局の内外における一層の努力を望みます。

(追記)

この巻頭“論”の原稿作成中の2月21日、NTTドコモは「一連のネットワーク障害への対策について ―進捗状況のご説明―」を発表し、関係者への説明を行いました。また、2月22日には、総務省は度重なる通信障害を受け、関係する携帯通信事業者等の設備担当責任者を集めた「携帯電話通信障害対策連絡会」を開いて、各社に設備や運用体制の総点検を求めました。加えて、業界団体の電気通信事業者協会に対し、各社の事故事例を情報交換できる仕組みの構築を求めています。いよいよ、具体的な取り組みが始まりました。新聞報道によれば、総務省は最近1年間の携帯電話の通信障害を6つに分類して、原因となった部分を中心に総点検するよう求めています。

携帯通信事業者間の情報共有は、真の原因究明と対策への共通認識を得る王道であるし、一方でNTTドコモが発表したとおり、(1)アプリケーション提供者に対するトラフィック負担に配慮したアプリ設計の呼び掛け、(2)海外キャリアやスマートフォンOSベンダーとの協調、(3)国際的な携帯通信事業者業界団体であるGSMAでの活動、が進められることでしょう。これを機に、こうした国内外の協力の場が携帯通信事業者だけの取り組みではなく、上位レイヤサービスプロバイダーやOSベンダーなどにも利害関係を越えて拡大していくことを期待したいと思います。

株式会社情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。