2012年4月27日掲載

2012年3月号(通巻276号)

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コラム〜ICT雑感〜

映画「ドラゴンタトゥーの女」と個人情報

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「ドラゴンタトゥーの女」は、世界中でベストセラーになっているスティーグ・ラーソン「ミレニアム」シリーズの第1作である。ハリウッドで映画化され、この冬日本でも公開された。なお、この作品の本国であるスウェーデンでは、シリーズ3作が全て映像化されている。

経済ジャーナリストのミカエルは、資産家のヘンリック・バンゲルから40年前に起こった彼の甥の娘ハリエットの失踪事件に関する謎の究明を依頼される。糸口を見つけたミカエルは調査を進めるためのパートナーとして、優秀な調査員リスベットに協力を求め、彼女と一緒にバンゲル家の暗部に迫っていく。スウェーデン版が原作に忠実なのに対して、ハリウッド版はスタイリッシュでスピーディに作っている。見比べてみてもなかなか楽しい。

このシリーズの魅力は、なんといってもリスベットだろう。過酷な生い立ちで精神を病み、対人関係が苦手で時に凶暴さを押さえきれないため、二十歳を過ぎても保護観察が付く。背中のドラゴンを始め全身のタトゥーと顔中にピアス。小柄で痩せぎすの少年のような外見の少女が、驚異的な記憶力とハッキング技術で圧倒的な情報収集能力を発揮する。原作は、リスベットとミカエルのそれぞれの視点から交互に描かれていくが、リスベットにシンパシーを感じられる人がファンになるのだと思う。ハリウッド版ルーニー・マーラは、もともとがかわいらしい顔立ちだからか、眉をブリーチして不気味さを出している。スウェーデン版リスベットのノオミ・ラパスは、身体を絞り込んで少年っぽさを表現している。どちらもなかなかの好演だったと思う。

リスベットはもともと非合法な手段も駆使してミカエルの身辺調査をしていた。雑誌「ミレニアム」の共同発行者エリカとの不倫関係やその生々しい様子を含めて、ミカエルの私生活を隅々まで知っている。ハッキングの場面は映画的に絵になりにくいのでかなりカットされているが、崩れ落ちそうなあやうさと残酷な強さが同居するリスベットのキャラクターを決定づける重要な要素になっている。コンピュータ・ネットワークで情報をやりとりすることの怖さを、改めて感じる人も多いのではないか。

ネットワークとプライバシーについて語られるときには、この映画に出てくるようなハッキングや、情報漏えいによる個人の情報の流出が懸念されることが多かった。本来は公開されないし、流れてはいけない情報が出てしまうという場面である。しかし、これとはちょっと違った性格の心配も増えてきている。現在、ソーシャルメディアやスマートフォンの普及によって、膨大な情報が「自己発信」されたり、「自動収集」されたりしている。これらの情報は、そもそも本来どのような利用が許されると考えられているのかが、曖昧なところがある。最近では、グーグルがプライバシーポリシーを変更したことが話題になっている。グーグルが提供する各サービスで取得した個人情報を横断的に利用してサービスの向上に役立てるというものだが、個人情報保護の観点からEUの個人データ保護に関する作業部会が懸念を示しており、わが国でも総務省と経済産業省が連名で注意喚起の文書を公表している。大きな関心を集めるのは、グーグルの便利なサービスについて従来から漠然と感じていた不安を、改めて逆なでされたように多くの人が感じているからであろう。

グーグルの新ポリシーに関しては、欧州でも日本でも当局が同じような懸念を示しているように見えるが、制度の違いがあることにも注意が必要である。わが国の民間部門を対象とする個人情報保護制度においては、事業者が自ら取得した情報を当該事業者内で利用する限りにおいては、その取得が不正なものでない限り、利用目的をあらかじめ特定・公表してさえいれば目的範囲内の利用が許容されるのが原則である。したがって,個人情報を利用するサービスを国民が不安に思うようなことがあったとしても,個人情報保護法に基づいて利用目的自体の是非が評価されることはない。これに対して、EU諸国における個人情報保護制度においては、利用にあたって本人の意思やプライバシー等の利益に配慮を求める規定が置かれている。今回のEU当局の懸念表明もそのような規定を背景にしたものである。また、EUにおいては、個人情報保護に関する独立の専門機関がこうした問題について判断を示す枠組みが整備されている。これに対してわが国では、分野横断的にこうした判断を行う機関は存在しない。

現在、国会に提出されているマイナンバー(税・社会保障に関する共通番号)導入に関する法案には,個人情報保護について独立の第三者機関監督の設置が盛り込まれている。ただし、この機関はマイナンバーに関連する情報の取扱いに関して監督等を行うものである。民間部門のサービスで利用される個人情報については、引き続き個人情報保護法に基づき各業界の主務大臣が監督等を行うことになっている。個人情報の利用が高度化するなかで、分野横断的な問題について専門的な見地から検討する必要性が高まっているのは疑いがない。広く個人情報全般について、こうした問題に対する判断を適切に行いうる制度が必要であろう。

法制度研究グループ部長 小向 太郎

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