2012年5月28日掲載

2012年4月号(通巻277号)

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InfoComモバイル通信T&S

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サービス関連(コンテンツ・放送)

アプリの終わりの始まり

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2012年2月27日から3月1日にかけてバルセロナで開催されたMobile World Congress 2012では、特に注目の集まったGoogleやFacebookのキーノート以外にも示唆に富んだ興味深いセッションが多数あった。その中の1つがコンサルティング会社frogのScott Jenson氏によるプレゼンテーションであった。同氏が各地で行っているというプレゼンテーションは“Mobile Apps Must Die”というラディカルなタイトルだが、筆者は大いに共感でき、多大なインスピレーションを受けた。本稿では、同氏の論旨に依拠しつつ、アプリ環境の今後を展望する。

「アプリの海」

現在、AppleのApp Storeでは50万以上、Google Play(旧Android Market)では40万以上のアプリが提供されており、この数は日々増加を続けている。これらに加え、Windows Phone Marketplace、端末ベンダーのアプリストア、通信事業者のアプリストア、GetJarなどの独立系アプリストアなどでも多数のアプリが提供されている。これらのアプリストアにある全てのアプリを吟味して自分に最適なアプリを見つけ出すのは現実的ではない(ネイティブ・アプリのみならずウェブ・アプリでも、あらゆるウェブサイトにアクセスするのは現実的ではない)。そのため、各アプリストアでは「今週のアプリ」などとしてフィーチャーする、ランキングを掲載するなど一定の工夫が施されている。その他、サードパーティによるウェブサイトで提供されている「iPhoneを買ったらまずはこのアプリ!」といった類のキュレーションが有用な状況である。

ヘビーユーザーともなれば、1カ月間にダウンロードするアプリの数は2桁を軽く超える。しかし、このうち頻繁に利用するようになるのはせいぜい数個であり、場合によっては一度使ったら二度と使わないアプリもある。また、周知の通りアプリのアップデートは頻繁にあるため、端末にインストールされているアプリが多ければ多いほどアップデートに忙殺されることになる。つまり、ユーザーはアプリをウィンドウショッピングし、見つけ、試用し、ダウンロード/インストールし、利用し、アップデートし、最後はアンインストールするという管理作業に膨大な時間的・経済的コストを費やしている。Jenson氏は「アプリの管理をユーザーに委ねれば、ユーザーにかかる負担は確実に増加し続けることになる」と述べている。現行のアプリ・システムはまだ何とか維持できている状態だが、今後、アプリの数が2倍、3倍、さらには10倍に増えればもはやサステナブルではない。このように「アプリの海」の問題は現在進行形で深刻化している。

【写真1】アプリのボトルネック
【写真1】アプリのボトルネック

臨界点に到達する現在のアプリ・システム

端末の分野ではCPUやメモリなどの計算資源がムーアの法則に従って日進月歩で進化しているため、端末全体としてのスペックも目覚ましい高性能化を遂げている。一方では、LTEなどの高速モバイル・ネットワーク環境も整備され始めている。また、これらのコストは劇的に下がってきており、コモディティ化の様相を呈している。しかし、Jenson氏によると、このように端末スペックとインターネット・アクセス環境が著しく進化しているにもかかわらず、アプリというコンセプト自体はデスクトップPCの模倣をずっと続けており、「過去の延長線上にあるに過ぎない」という(メディア論の大家であるMarshall McLuhan氏の「バックミラーを通して未来を見ている」という名言が想起される)。だからこそ、「アプリの海」の問題が生じており、ウェブ・アプリがネイティブ・アプリにとって代わろうとしているという。ただし、ウェブ・アプリの管理にかかるユーザー負担はネイティブ・アプリ程ではないにせよ、ウェブ・アプリでもネイティブ・アプリと同じ「アプリの海」の問題が生じるため、本質的には変わらない。Jenson氏は、こうした行き止まり的な状況を既存のパラダイムの臨界点として捉え、パラダイム・シフトの兆候と見ている(正確には、Jenson氏は“Local Maximum”(局所極大)と形容している)。

【写真2】ネイティブ・アプリ/ウェブ・アプリは
既存パラダイムの“Local Maximum”

【写真2】ネイティブ・アプリ/ウェブ・アプリは既存パラダイムの“Local Maximum”

「ジャスト・イン・タイム」のインタラクション

Jenson氏は、パラダイム・シフトの後、今後のアプリ環境の主流は「ジャスト・イン・タイム」のインタラクションになると予測している。このモデルでは、必要な時だけインタラクションが行われる。また、1度限りのインタラクションが大半であるということが重要である。ここで言うインタラクションとは例えば、RFIDやNFCを埋め込んだ映画のポスターに端末をかざすと詳細情報を入手できる、停留所のそばに行くだけで次のバスやトラムの到着時間が端末に表示される、深夜には終電の時間が近づいているというアラートが端末に表示されるといった類のもので、一部は既に実現されているものである。これらのサービスは恒久的に利用するものではなく、その時その場所でしか利用価値がない/少ない。Jenson氏の言葉を借りれば、“use it, or lose it”(使わなければムダになる)である。つまり、インタラクションを通じて利用するサービスは(ほとんどの場合)二度と使われない。このアプローチは先述のネイティブ・アプリのアプローチとは正反対であり、端末へのダウンロード/インストールを必要としない。

このような「ジャスト・イン・タイム」のインタラクションを一歩進めれば、例えばレストランに入店すると自動的にそのレストランのアプリ(ネイティブ/ウェブ)がユーザーの端末上に現れ、端末上でメニューの閲覧・オーダー、待ち時間の確認ができるといったサービスも想像できる。ショッピングモールでは、自動的に行動履歴の確認が可能な構内地図アプリ(ネイティブ/アプリ)が表示されるといったサービスも想像できる。これらはユーザーによる能動的なインタラクションさえ必要ない。「レストランに入った」「ショッピングモールに入った」という入圏判定はBluetooth、NFC、GPS、Wi−Fi、基地局情報など既存のもので対処可能である。実際、特定エリアへの入圏をトリガーにクーポンを配信するShopkick(Shopkickは不可聴音を特定エリア内に発出しており、この不可聴音を端末のマイクで拾う仕組み)なども米国で人気を集めている(FoursquareやSCVNGRも同様のサービスだが、「チェックイン」というユーザーの能動的なインタラクションに依存する)。

ただし、実際の利用に供するにあたっては、周辺の利用可能なサービスを単に見つけるだけではなく、複数候補があった場合などにそれぞれのユーザーにとって最適なサービスをレコメンド(ランキング化)できる機能が必要である。Jenson氏は、ユーザーのウェブ行動履歴や嗜好情報を持っているGoogleがこれを実現するのではないかと考えている。Google以外にも、ネイティブ・アプリの世界で「Genius」機能を持つApple、ユーザーの購買履歴を持つAmazon、Bingを持つMicrosoftにも実現可能なサービスだろう。また、新たなスタートアップも登場してくるだろう。

【写真3】「ジャスト・イン・タイム」のインタラクション(1)
【写真3】「ジャスト・イン・タイム」のインタラクション(1)
【図1】 「ジャスト・イン・タイム」のインタラクション(2)
【図1】 「ジャスト・イン・タイム」のインタラクション(2)
出典:http://www.slideshare.net/scottjenson/mobile-apps-must-die

Appleのロケーション・ベース・サービス特許

上記でレストランの例を挙げたが、実はこのようなサービスを実現するAppleの特許が存在する。同特許は“Temporary Proximity”または“Temporary Location”ベースの技術で、2008年11月に出願、2010年5月に米国特許商標庁から公開された。具体的には、ユーザー(端末)が特定エリアに入圏すると、端末上にアプリ(コンテンツ)が自動的に表示されるという内容。コンテンツはサーバ側で管理され、Wi−Fiアクセスポイントなどから得られた端末の位置情報に応じて適切なアプリを配信するという仕組みである。

この特許のコンセプトは非常にシンプルである。想定される利用シーンとしては、上記のレストランの他、図書館の例が記されている。図書館に入ると端末上にアプリが自動的に現れ、そのアプリを利用することにより、図書館の専用端末を使うことなく蔵書データベースにアクセスすることができる。そして、図書館から出ると、そのアプリは端末上から自動的に消える。

モバイル端末にはGPS、Wi−Fi、基地局情報など位置情報を取得できる機能が具備されているにもかかわらず、その上で主に動いているのはデスクトップPCの上で動いているものと本質的に変わらないネイティブ・アプリやウェブ・アプリである。特にネイティブ・アプリに関しては、一度インストールしたら手動でアンインストールするまで恒久的に端末上に残るようになっている。同特許はユーザーのロケーションに応じてアプリ(コンテンツ)を自動的に表示/消去するためのシステム、方法論である。

目を転じて現在のモバイル・ネットワーク環境を見ると、Wi−Fiアクセスポイントが拡充してきている他、基地局の分野でもフェムトセルを中心とした小セル化が進行している。これらの主な目的は急増するデータ・トラフィックへの対策だが、ロケーション・ベース・サービスの精度を向上させるには各エリアの単位が小さければ小さいほど都合が良い。フェムトセルでは数十メートル、5GHz帯を利用するIEEE802.11acでは80メートル程度、60GHz帯を利用するIEEE802.11adでは10メートル程度と可及範囲が狭い上に高速通信が可能である。このようなモバイル・ネットワーク環境は、Jenson氏の言う「ジャスト・イン・タイム」のインタラクションやAppleの特許内容を実現するための促進材料となる。

【図2】Appleのロケーション・ベース・サービス特許(1)
【図2】Appleのロケーション・ベース・サービス特許(1)
【図3】 Appleのロケーション・ベース・サービス特許(2)
【図3】 Appleのロケーション・ベース・サービス特許(2)
【図4】 Appleのロケーション・ベース・サービス特許(3)
【図4】 Appleのロケーション・ベース・サービス特許(3)
出典:Patently Apple

まとめ

冒頭で「アプリ環境の今後を展望する」と記したが、皮肉にも「アプリ」という言葉を使わないと表現が難しい(「バックミラーを通して未来を見る」はここでも当てはまる)。重要なのは、今後は「現在のアプリ」とは大きく異なる、別の新しいコンセプトが台頭してくるということである。本稿では、その可能性の1つとしてAppleの特許を取り上げ、Jenson氏の言う「ジャスト・イン・タイム」のインタラクションの説明を試みた。しかし、必ずしもロケーション・ベース・サービスだけに可能性が秘められているわけではなく、先述した深夜の終電アラートの例のように特定の時間帯に基づいたサービスなども「ジャスト・イン・タイム」のインタラクションと言えるだろう。

紙ベースの書籍や楽曲のCD販売がなくならないことからも分かるように、Jenson氏の“Mobile Apps Must Die”というメッセージはおそらく、ネイティブ・アプリやウェブ・アプリが完全になくなるということを意味していない。サービス内容に応じてネイティブ・アプリやウェブ・アプリなどそれぞれに適した形態で提供されることになると考えられるが、ユーザーがアプリの管理から解放され、ジャスト・イン・タイムかつ一度限りの「使い捨て」のサービス利用スタイルが主流になるのではないか、という主張がポイントである。

小川 敦

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