2012年11月27日掲載

2012年10月号(通巻号)

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iPhoneマップ騒動とAppleのビジネスビジョン

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米Appleが9月下旬に世界に向けて(日本では9月21日に)発売開始したiPhone5は、iPhone3/3Gから4/4Sへバージョンアップしたとき以上の大きな変化を遂げた。同時にiOSのバージョンも6へ上がり、アプリケーション(アプリ)もバージョンアップや全面変更が行われたが、最も大きく報じられたのは標準マップアプリの変更だった。これまで搭載されていたGoogle製のアプリから変更されたApple独自のマップアプリは、いろいろな意味で世界に大きな話題を提供している。本稿ではマップアプリ変更の背景を明らかにし、そこから見えるAppleのビジネスビジョンを考察する。

マップアプリの比較

本稿のために、筆者は4年ほど使用しているiPod TouchのOSをバージョン6に更新した。図1は、OS更新前のGoogle製マップアプリと更新後のApple製マップアプリで、弊社の所在地である東京メトロ 水天宮前駅周辺を表示したものだ。共通のランドマークとして、水天宮の場所を示した。

【図1】マップアプリの表示比較(水天宮前駅周辺)

多くの人にとって見慣れた表示であるiOS5でのマップ表示に比べると、iOS6では一見して飲食店の表示が多いことに気づく。また、地下鉄の駅・出口の表示が不十分であったり、道幅の再現度が低い、といった点で差異が目立つ。一方、水天宮は緑地が鮮明に表示され、一目で認識できる。「水天宮」の表示がないので、これでは公園のように見えるが。

この程度の差異はまだよい方で、他の地域では架空の駅が表示されたり、地名がハングルで表示されるなど、明らかな不具合は多く残っているようだ。

原因は自社データの不在とノウハウ不足

iOS5のマップアプリはGoogle製で、日本のデータはゼンリンが提供していることはよく知られてい
る。一方、iOS6ではオランダのナビゲーションメーカーTomTomがアプリを手がけ、日本のデータはインクリメントPが提供している。図2はTomTomのマップがカバーする国々を示しているが、カバー範囲には日本が含まれていない。よって、TomTomがマップアプリに日本を対応させるには、日本の地図会社からのデータ提供が不可欠であった。

地図データの提供を受けて、それをユーザーが利用しやすいように表示させるのはマップアプリ制作会社の仕事だ。TomTomやAppleはインクリメントPから地図データを提供してもらったのはよいが、マップ表示へと作り込む段階で日本の地理とユーザーのニーズに対する認識が不足していたのではないか。Googleは時間をかけて表示に関してもノウハウを蓄積してきたが、Apple・TomTom陣営は、少なくとも日本についてはこれからという段階だ。

Googleは現在、約7,000人のスタッフをマップ業務に従事させ、各地のデータ更新やストリートビューの撮影・最新化を行っているという。世界中でオンラインで利用されるマップを維持管理するには、このぐらいのリソースが必要ということだ。Appleもマップ業務担当者の採用を進めているという報道があるが、Google以上のリソースを割くとか、現地地図会社との提携を協力に進めなければ、Googleのレベルに追いついてiOS6ユーザーを満足させるのは容易ではない。

Appleがマップアプリを変更した理由

リリース当初にこのような不具合を残しながら、AppleはなぜiOS6でマップアプリを変更したのか?

すでに各所で議論されているところではあるが、改めてポイントを挙げてみる。

(1)ライセンス料の問題:iOSでGoogle製マップアプリを搭載するに際して、AppleはGoogleからライセンスを受けており、ライセンス料は公表されていないものの、相当な額に上ると見られる(Apple製品からGoogle検索を利用する際に発生する広告収入のキャッシュバックがあり、実際には大部分が相殺される)。2011年10月にGoogleはマップAPIの利用規程を変更し、APIコールが非常に多い場合の利用料金値上げをアナウンスした(値上げ額は後で大幅に下げられた)。当然ながらAppleが支払うライセンス料は跳ね上がることになるため、Googleアプリを標準アプリから外すという決定に影響したことは間違いない。

(2)音声ガイドナビのライセンス不首尾:Googleマップは音声ガイド付きのGPSナビゲーション機能を持っているが、この機能はAndroid用アプリにのみ搭載され、iOS用アプリには搭載されていない。報道によると、両社のライセンス交渉において、Appleはこの音声ガイドナビ機能をライセンス内容に含めることを要求したが、本機能の開発に多額の投資を行ったGoogleとの間でライセンス料の折り合いが付かなかったとのことだ。

(3)ユーザーデータの掌握:Googleは自社アプリを通じてユーザーデータを集め、それをビッグデータとして活用していくことを明示している。このためのキラーアプリとなるのがマップであることも明らかだ。Google製アプリを利用している限り、AppleはGoogleがユーザーデータを集めるのを座視することになる。そこで、AppleはユーザーデータをGoogleに渡してはならじと、遅ればせながらも自社アプリを提供することになった。

Appleはデータビジネスへの布石を打つか

これまでのAppleのビジネスはハードウェアがメインで、ソフトウェアはハードウェアにとって不可欠な物を扱ってきた。MacintoshとMacOS、iPod/iPhone/iPadとiOS/iTunesの関係がまさにこれを表している。しかし、このようなビジネス形態には限界があることはApple自身が認識しているだろう。Appleも、ユーザーデータを集めビジネスに活用していく道を選択肢の一つとして考えている。しかしながら、単にユーザーデータを集めて分析し、他社に売るといったビジネスはありきたりのもので、今からAppleが参入したところでマネタイズは低いレベルに留まる。

iOS6で新たに導入されたPassbookは、飛行機の搭乗券、映画・イベントのチケット、店舗のポイントカード、クーポンを電子化して一つのアプリで扱うものだ。2012年10月現在、Passbook対応アプリは5つのみで、普及はまだまだこれからだが、AppleはPassbookをマップアプリと並んでユーザーデータを集めるツールと捉えているとみられる。マップアプリでは移動やマップ検索の履歴を集めることが可能だが、Passbookはユーザーの嗜好も集めることができるからだ。

iPhone5は好調な売れ行きを見せているが、単にモノが売れているという視点だけでなく、背後のビジネスビジョンについても目を向ける必要があり、その成否がAppleの将来を左右することは確かだろう。

清尾 俊輔

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