2013年2月22日掲載

2013年1月号(通巻286号)

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サービス関連(製品・端末)

新たなモバイルOS「Ubuntu Phone OS」

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英Canonicalは2013年1月2日、Linuxディストリビューション「Ubuntu」のスマートフォン版OS「Ubuntu Phone OS」を発表した。2013年末の搭載端末リリースに向けて現在、パートナー企業と開発に取り組んでいるという。無償提供されているOS「Ubuntu」のスマートフォン版の登場である。2012年12月30日には読売新聞ではNTTドコモが新たなOS「Tizen」の導入を検討していると報じられた。まだスマートフォン向けOSの市場争いは終わっていないようだ。本稿では新たに登場した「Ubuntu」が市場でどのように戦っていくのか考察していく。

「Ubuntu」がついにモバイル版を提供

「Ubuntu」とは何だろうか?技術者の方なら聞いたことがある人も多いだろう。これはDebian GNU/LinuxをベースとしたOSである。Linuxディストリビューションの1つであり、2004年にリリースされてから無償で提供されている。英Canonicalから支援(資金提供)を受けながらコミュニティによって開発されている。「Ubuntu」の開発目標は誰にでも使いやすい安定したOSを提供することであり、ラップトップ、デスクトップ、サーバで利用が可能で、ワープロ、メールソフト、サーバーソフトウェアからプログラミングツールまで、あらゆるソフトウェアが含まれている。米PCメーカーDellが「Ubuntu」を搭載した製品を出したことがある。同社では2007年5月には「Ubuntu」をインストールしたデスクトップや、ラップトップを販売、2008年9月に投入したミニノートPC「Inspiron Mini 9」では、OSに「Ubuntu」を選択できるようになっていた。無償でOSを提供しているため、メーカーだけでなく利用者もライセンス料が発生しない。技術的な説明は本稿では割愛するが、その使いやすさからLinuxディストリビューションの中でも非常に人気が高く、「Distrowatch.com」ランキングでは何回も1位を獲得したことがあるPCではある程度実績のあるOSである。その「Ubuntu」がついにスマートフォン向けにOSを提供すると発表した。

スマートフォンOS「BunIhone OS」とその特徴

今回発表された「Ubuntu Phone OS」はコアプロセッサとしてARMおよびIntelのx86をサポートしており、コアシステムはAndroid Board Support Package(BSP)をベースとしている。したがって、Android OS搭載のスマートフォンメーカーであれば「Ubuntu Phone OS」を採用するのは容易とのことだ。ハード(端末)への実装サポートはCanonicalが行う。またアプリケーション開発の観点からもAndroidアプリ開発者は簡単に「Ubuntu」向けのアプリを開発できるとのこと。ネイティブ/HTML5対応のアプリプラットフォームで、すでに「Go Mobile」という開発者向けサイトを公開している。

最大の特徴としては、スマートフォンとPCがハイブリッドであること。スマホ向けに作成したアプリがPCでもそのまま動作できる。ネイティブアプリとWebアプリを同等に扱う。PCとの接続が可能な「Ubuntu Phone OS」を搭載した「supurmobile」というハイエンド端末を開発しているとのことである。このモデルでは「Quad-core A9」または「Intel Atom」、最低1GBメモリ、最低32GBのeMMC(Embedded Multi Media Card)とSDカードが必要である。

「Ubuntu Phone OSに対応したデバイスなら、外ではスマートフォン、デスクではドックに挿してPCで利用できる。今後も1つのOSで全てのデバイスがカバーできるようにしたい」とCanonicalでは指摘している。この「supurmobile」は普通のスマートフォンとして使用できる上、ドックステーションに接続することでパソコンとほぼ同じ環境を構築できる。なお、 2012年から「Ubuntu for Android」というAndroid端末に「Ubuntu」のデスクトップ環境をアドオンできるソフトウェアも提供している。

ユーザー・インターフェースとしては、スクリーンの4辺に割り当てた親指操作機能により、素速いコンテンツの特定やアプリケーション間の切り替えが可能である。

また、PCとの接続ができないスペックの低いローエンド端末向けにおいても、高速で美しいインタフェースを提供する予定である。

さらにアプリ開発者はQMLベースのソフトウエア開発キット(SDK)を使って「Ubuntu Phone OS」向けアプリケーションを開発し、アプリケーションストア「Ubuntu Software Centre」を通じて配信および販売が可能である。アプリストアへの登録料はなく、有料アプリの場合の手数料は一般のアプリストアより20%低い。アプリの登録プロセスなども開発者向けサイト「Ubuntu app developer」で既に公開されている。

(図1)Bunt開発者向けサイト (図2)PCとの接続イメージ

現在のモバイルOS市場

2012年11月にはNokiaでOS開発をしていたスタートアップ企業フィンランドJollaがモバイルOS「Sailfish」を公開した(本誌2012年12月号参照)。再度、世界のモバイルOS市場の状況を概説する。

米国の調査会社IDCは2012年11月1日、2012年第3四半期(7月〜9月)の世界におけるスマートフォンの出荷台数に関する独自の調査結果を発表した。調査結果によると、この期間のスマートフォン総出荷台数は前年同期比46.4%増となる1億8,100万台である(表1)。

このうち、全体の75%となる1億3,600万台をAndroidが占めている。もはや他の追随を許さない圧勝である。Android OSを搭載したスマートフォンはサムスン、LGのような主要メーカーだけではなく、現在では新興国の地場メーカーからもAndroid OSを搭載した廉価版のスマートフォンが販売されるようになったことも一因である。スマートフォンも年々コモディティ化してきている。

スマートフォン向けのOSを提供している会社の目的と利用者拡大に向けた手段は以下の通りであ
る。Google社が提供するAndroid OSは、高機能端末から新興国の地場メーカーが開発するような廉価版端末まで幅広いラインナップが揃っている。Android以外は高機能端末向けOSであり、ターゲット市場は先進国または新興国の富裕層である。そのため、Androidのシェアが75%と全世界を圧巻しているように見受けるが「全方位的」に攻勢をかけるAndroidと特定のターゲットに絞って端末を供給するiOSでは戦略が異なるので、決してiOSが負けているという訳ではないことは特筆しておく(2012年12月号より再掲)。

このようなモバイルOS市場に新たに「Ubuntu」が登場することによってどのような戦いになるのだろうか。以下に各社のビジネスモデルとターゲットを纏めておく。

(表1)2012年Q3スマートフォン出荷台数・マーケットシェア
(表2)スマートフォンOS提供会社のビジネスモデル
(図3)Bunt端末のインターフェース(イメージ)

「Ubuntu」端末メーカーにとって魅力的なOSか?

2012年現在、自社でOSを抱えている主要な端末メーカーはAppleのiOS、RIMのBlackberryだろう。他にもサムスンがBadaOSを保有しているが現在のサムスンは「Galaxy」シリーズの売れ行きが好調なことからAndroidに注力している。サムスンはTizenにも注力する予定でOSの多角化をどのメーカーよりも早く行おうとしている。

端末メーカーの観点からすると、1つのみのOSに依拠することは決して良いことではない。万が
一、そのOSで不具合が発生したり、ライセンスや特許などの法的な問題に抵触して開発や販売が中止になった場合、メーカーにとっては大打撃になる可能性もありうる。一方で、現在の国内外の端末メーカーの財務、経営状況を考えると厳しいかもしれない。

そのような現状を考慮しているのだろうか、「Ubuntu」ではコアシステムはAndroid Board Support Package(BSP)をベースとしている。このBSPの完成度が端末の品質や性能など開発の容易さを左右するだろう。Android用BSPを使用できるという点ではメーカーにとってはAndroid OSの開発資産の再利用ができるため、ハードルがかなり低くなると想定される。さらに、OS自体の理解がどのくらい容易かという点が重要になる。ソフトウェアは文章と同じだから、書き手の意図が分からないと、メーカー側は読み解くのが難解になるのは言うまでもない。まして日本メーカーにとっては、ソースコードに記載されているコメントも含めて英語のため、正確な把握には時間がかかるだろう。そのため「Ubuntu」がメーカーに採用されるかどうかは、マニュアルの有無やサポート体制などがどこまで整備されているかに依拠する。このようなサポート体制は端末メーカーにとって端末開発を行うにあたって重要であり、それは「Ubuntu」が普及するかどうかのカギになるだろう。「Ubuntu」のサイトを閲覧するとかなり充実しているように見受けられるので期待できる。

しかし、それでもメーカー側からすると、今までのOSとは別に開発環境も個別に構築しなくてはならない。OSごとに端末の検証内容も変わってくるので、必要な投資は決して少なくない。どこのメーカーが最初に「Ubuntu」で端末開発をするのか、各メーカーは伺っているだろう。恐らく多くのメーカーが最初の「Ubuntu」端末をクライテリアにして、自社でも「Ubuntu」端末を開発するかどうか決定するだろう。

(表3)Buntの端末でのレイヤー毎の要素

Ubuntuが狙うべきターゲット:先進国ハイエンド市場と新興国ローエンド市場

PCの「Ubuntu OS」の利用者数は全世界で2,000万人いる。「Ubuntu」が普及するかどうかを、ハイエンド端末市場とローエンド端末市場で検討してみる。

Canonicalの創設者であるマーク・シャトルワース氏は2011年の基調講演で「4年後までにUbuntuユーザーを2億人にする」と発言している。Canonicalによると、「Ubuntu Phoneプロジェクト」を通じて、端末メーカーはスマートフォン、PC、シン・クライアントを1つのデバイスに統合し、AndroidやApple、マイクロソフトといった強力なライバルに匹敵するプロダクトを開発できると述べている。

CanonicalのCEOジェイン・シルバー氏は、「Ubuntuは、エンタープライズ市場で人気を獲得すると予測している。顧客はPC、シン・クライアント、スマートフォンのすべての機能を、1つのセキュアなデバイスを通じて利用できる」と述べている。

後発のモバイルOS「Ubuntu」がモバイル市場において利用者を獲得するためには、まずハイエンド端末市場においては、PCとの接続をウリにして「Ubuntu」を普及していくことだろう。しかし、ハイエンド市場は既にAndroid端末やiPhone、マイクロソフトといった先行者が多くの端末を出しているからPCとの融合だけを「ウリ」にしても目標の2億人には達しないだろう。先行者らはアプリストアで、それぞれのアプリを提供しており、端末だけでなくアプリも含めた「OSのエコシステム」を確立している。

そこで、もう1つの市場であるローエンド端末はどうだろうか。ライセンス提供が無料で手厚い技術的サポートを行うとしたら「Ubuntu」はそれなりにローエンド端末が主流の新興国市場で受け入れられる余地はある。現在のスマートフォンOS市場は圧倒的にAndroid OSが席捲している。この状況はしばらくは続くだろう。Android OSは75%という高いシェアを誇っているのはハイエンドからローエンドまで提供しているからだ。先進国だけでなく新興国市場でも人気があったSymbian OS端末、BlackBerry端末はAndroid OSを搭載した新興国の地場メーカーが開発した端末に取って代わられてきている。しかし、まだ先進国でのハイエンド端末ほど「OSのエコシステム」は確立されていない。その点からハイエンド端末よりは入り込む余地は大きいだろう。またAndroid端末を開発していない新興国の地場メーカーに対して技術サポートを手厚くすることによって開発を推進することも選択肢としてあるだろう。このような新興国市場のローエンド端末で利用者を獲得できるとしたら4年後に2億人に達するかもしれない。

上記よりUbuntuが取るべき戦略としては、以下の2点になるだろう。

  1. PCとの連携を「ウリ」にしたハイエンド端末市場。但し競争が激しい。
  2. ライセンス無償と開発のしやすさを「ウリ」にした新興国向けローエンド端末市場。
(表4)Bunt:ハイエンド端末とローエンド端末のシステム要件 および想定されるターゲット

「Ubuntu」は本当に市場に受け入れらるのだろうか?

PCとの融合を目指す「Ubuntu」であるが、モバイル版とPC版の融合は他のOSでも進みつつある。例えば、iPhoneとMac OSやWindows PhoneとWindows(PC)など先行者でも対応可能な領域である。果たしてどこまで「Ubuntu」がPCとの融合という訴求点で市場に受け入れられるか疑問である。その点を考慮すると「Ubuntu」の強みは「ライセンスの無償」と「マルチベンダー対応」(複数メーカーから端末が供給されることになった場合)になるだろう。「ライセンス無償」はマイクロソフトよりも優位であり、「マルチベンダー対応」はAppleより優位になる可能性はあるが、市場浸透までには時間がかかるだろう。

端末メーカーもアプリ開発者側もユーザーも、「また新しいOSなの?」「何が新しいの?」という思いの人も多いのではないだろうか。これだけモバイルOSが乱立しているが、AndroidとiOSの寡占状態が続いているモバイルOS市場においては、端末メーカー、アプリ開発者、ユーザーのそのような思いを払しょくする努力も今後は求められてくる。

「Ubuntu」のライバルはマイクロソフト?

PCとの融合を目指す「Ubuntu」にとって目下最大のライバルはマイクロソフトになるのではないだろうか。2012年に「Windows Phone 8」を発表したマイクロソフトのビジネスモデルは、ライセンスモデルである。端末メーカーからすると、OSを選択する際にはライセンスが発生するマイクロソフトのOSよりも、無償でAndroidと親和性のある「Ubuntu」を選ぶ可能性が圧倒的に高い。マイクロソフトはPCのOSでは圧倒的シェアを誇るがスマートフォン市場ではまだまだである。Windowsを提供しているマイクロソフトにとってはそもそもLinux系の無償提供OSはライバルでもある。「Ubuntu」のモバイル版登場に戦々恐々としているのは実はマイクロソフトかもしれない。Windows Phoneはマイクロソフトが2011年2月に提携を発表したNokiaからLumiaシリーズが登場したが、それ以降のメーカーが続いてない。モバイルOSにおいてはライセンスビジネスというビジネスモデルはそろそろ限界かもしれない。

「OSのエコシステム」〜「Ubuntu」は市場で受け入れられるのか?

PCでは世界の一部の人に人気がある「Ubuntu」だが、モバイルの世界においては未知数である。最終的に「Ubuntu」が市場に受け入れられるかどうかは利用者が決定することである。端末はコモディティ化してきているが、その端末が普及するには「OSのエコシステム」がどれだけ機能するかだろう。「OSのエコシステム」とは、ユーザーが使いたいアプリやコンテンツが豊富に揃っており、それに伴って利用者が増加し、さらには端末メーカーも端末を開発するといったエコシステムである。メーカー、コンテンツプロバイダ、ユーザーにとって利便性があるOSのことを指す。例えばAppleの「App Store」では5億ものアクティブアカウントから400億本を超えるアプリケーションがダウンロードされている。登録されているアプリケーションは77万5,000本を超えている。

「Ubuntu」はPCとの融合やインターフェースなど様々なウリがあるが、利用者がモバイルOSを受け入れるかどうかは「OSのエコシステム」に依拠する。その観点で「Ubuntu」ではネイティブアプリとWebアプリを同等に扱うため、ユーザーが日常頻繁に利用しているSkype、Twitter、Facebook、GmailなどのWebアプリのモバイルと相互で利用できるから「OSのエコシステム」は確立されやすい環境にあると言える。

一方で過去にも多くのモバイル向けOSが登場しては消失していった。端末メーカーの立場からすると、端末メーカーもライセンスが無償というだけでは簡単に開発には着手しないだろう。1つのOSのみに依拠することはリスクがあるが、無鉄砲に多角化を図れるほど現在の国内外の端末メーカーに体力はない。Canonicalからの手厚い技術的なサポートだけでなく資金援助などといった「メーカーが開発しやすい環境の提供」も求められてくる。「Ubuntu」にとっては資金面、技術面、販売面全てにおいて、これからが勝負になってくる。

モバイル市場活性化に期待

「Ubuntu」まだこれからどうなるか予測不能な部分が多い。しかし、Android OS(Google)とiOS(Apple)が席捲しているスマートフォン市場において、「もはやAndroid OSには太刀打ちできないから」、と諦観している企業が多いだろうが、「Ubuntu」のような老舗のOSが新たにモバイルOSを市場に投入することはモバイル業界の発展にとっては刺激があり良いことだ。技術もマーケットも寡占状態であることはそれらの会社(ここではGoogleとApple)に依拠せざるを得なくなってしまう。それは端末メーカーやアプリ開発者の観点からすると必ずしも良いとは言えない。先述したようにGoogleとなんらかの問題が発生して開発や販売が出来なくなってしまうことは事業存続にも関わってくる。端末メーカーやアプリ開発者にとっては、複数開発することのへのコストや稼働面での問題はあるものの、一社依存体制ではなく多角化できるような環境があることは重要である。また他のOS提供者にとっても、新たなOSの登場は自社OSの改善や向上につながる。そのようにしても市場が活性化していく。

「思いやりのあるOS」

Canonicalの創業者マーク・シャトルワース氏は、南アフリカ生まれのイギリス人である。「Ubuntu」とは、南アフリカのズールー語で「他者への思いやり」という意味らしい。利用者にとって、どれだけ「思いやりのあるOS」になるのだろうか。そして、その利用者にリーチする前に製造してくれる端末メーカーにとっても、どれだけ「思いやりのあるOS」かも普及における重要なカギである。

佐藤 仁

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