2013年2月22日掲載

2013年1月号(通巻286号)

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コラム〜ICT雑感〜

競争優位に向けた「メカトロニクス」と「クラウド」の連携〜
意思決定支援としてのICTシステムにおける「二重SPEループモデル」(部分自律性と全体最適化の両立)の製品と社会への展開

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本論の要約

「すべての歴史は思想(一対の問いと答え)史である」
(R.G.コリングウッド)

ICTを利用するシステムは、すべて広義の意思決定支援システムと考えることができる。この観点からICTシステムは、連携・補完する2つのサブシステム「自律的即応システム」「インテリジェンスシステム」からなる2重(センサー、プロフェッサー、エフェクター)ループ構造にモデル化される。このモデルにより、経営管理や「製造業のサービス化」等におけるICTの利用した「部分自律性と全体最適化の両立」の論理が理解されるとともに、日本の強み「メカトロニクス」の重要性が再認識される。そして各製品や各企業、各産業など各階層におけるこのモデルの構築が各々の競争優位のカギとなる。更に社会の全体最適化に向けた「自律的分散ICTシステム多重ループ社会」実現のためは行政のオープンデータ化に加え、各企業の持つビックデータの流通促進が課題となる。

日本のメカトロニクス技術の結晶としての新型戦車とICT

HDカメラや、GPS、加速度センサーなど各種センサーを搭載し、通信ネットワークと接続し、タッチパネルで操作し、以前より小型軽量され、第4世代とも位置づけられ、「走るコンピュ―タ」と異名をもつと書けば、今流行りの「スマートフォン」のことと思われるかもしれないが、これは最近配備の始まった自衛隊のスマート・タンクとでも言うべき、10(ヒトマル)式戦車の話である。

10式というのは2010年採用という意味で、以前の1990年採用の戦車は90式と呼ばれる。戦車の開発の歴史は、より大口径の大砲とより強力な装甲を装備する方向で進んだ結果、120ミリ砲を搭載する第3世代90式戦車は、諸外国の同世代戦車に比べれば10トン軽いとはいえ重量50トン(105ミリ砲搭載の第二世代の74式戦車は38トン)となり、橋や道路の許容重量からの輸送の困難性から、一部を除き北海道だけに配備されている。また90年後半以降のインターネットなど通信技術の飛躍的発展をうけ、次期戦車には全国的な配備に適した「小型軽量化」と「データリンクシステム」の搭載が求められた。

こうして開発された10式戦車は、以下のような日本発の素材技術やメカトロニクス技術が詰め込まれている。主なものを挙げれば、

  1. 世界で日本が先導的地位にあるセラミックス、炭素繊維を用いた複合装甲板による軽量化。
  2. ホンダが1962年に2輪車に初めて採用した、「油圧機械式無段変速機」を、戦車としては世界で 初めて搭載。
  3. 鉄道ではJR新幹線が、乗用車ではトヨタが世界で最初に実用化した「アクティブサスペンション」(加速度センサーによる自動車体姿勢制御装置)により、90式と同様の120mm砲を搭載しなが ら、車体重量に頼らずに車体の振動と砲撃時の反動を打消し車体の軽量化を可能するとともに、 移動目標照準時の自動追尾装置と相まって、蛇行走行しながら射撃するスラローム射撃も世界の 戦車で初めて可能に。

そしてICT(情報通信技術)としては

  1. 以前の戦車ではスペースの余裕がなく搭載できなかった「C4I(Command, Control,Communications, Computers and Intelligence(指揮・統制・通信・コンピュータ・情報)システム」が日本の戦車では初めて搭載された。これにより、本部と各戦車間の情報共有と連携など指揮統制能力が向上した。

「ネットワーク中心の戦争(NCW)」
〜組織における全体最適と部分自律性   

常山の蛇勢 「常山にすむ蛇は、首を打たれれば尾が助け、尾を打たれれば首が、胴を打たれれば首と尾とが一致して助けたという」
(「孫子」デジタル大辞泉)

米国のセブロウスキ提督は、98年にそれまでの戦車などの兵器装備(プラットフォーム)を重視する伝統的軍事コンセプト「プラットフォーム中心の戦争(Platform-Centric Warfare, PCW)」 に対し、「情報優位」を重視する革新的コンセプト「ネットワーク中心の戦争(Network-Centric Warfare, NCW)」を発表し、米国のそして世界各国の戦争ドクトリンにパラダイムシフトを引き起こした。

CWのコンセプトは、戦場の分散した兵士や部隊、後方の司令部などを、従来の音声通信やFAXに替え、無線データネットワークで結んで情報を共有し、敵に対し「情報優位」にたつことにより、「意思決定を迅速化」して、戦力の有効性を劇的に向上させるというものである。

NCW構想においては、次の3要件 (1)「情報優位(Information Superiority)」 (2)「迅速な指揮(Speed of Command)」および (3)「自己同期形成(Self-synchronization)」が重要とされる。このうち「自己同期」とは、「全階梯で「情勢認識」および上級指揮官の「意図」を共有し,ある程度の権限を委託された下級指揮官が主体的に敵情に対応して行動すること」をいう。これを組織論的に言いかえれば、各部分組織は自律的でありながら、全体情報と全体意図の共有を通じて全体最適行動をとるということであり、NCWは、組織末端への意思決定権限委任(自律的組織)を前提とした自律分散ネットワーク組織を意図したものと言える。

NCWの問題点とロボット革命
〜情報の限定性への対応―自律即応力強化

「ネットワーク派は間違っていた。何より、プラットフォームではなくネットワークが唯一重要な部分だという主張がまちがっていた・・・」 (「ロボット兵士の戦争」P.W.ジンガー)

しかしこのNWCドクトリンは、当初、米国のアフガン侵攻(01)やイラク戦争(03)でその有効性が実証されたとされたが、実は、味方の位置は把握されても、敵の所在や出現時期は依然わからなくて不意打ちは防げず、「戦争の霧」(恐怖や疲労・不安の中で協調した軍事行動の招く混乱やミスや誤解)なども防げないなどの問題が明らかになった。また軍事組織の命令・統制の組織というDNAゆえか、前線部隊の自律化促進という本来意図に反し、後方司令部の前線部隊への細かな介入指揮(マイクロマネジメント)や、選別不足による情報量の多さから前線部隊での情報過多による混乱なども生じたという。

それゆえNWCに対してはネットワークが唯一重要な部分という前提は行き過ぎで、プラットフォーム(戦車や航空機、軍艦など)の「単体においても能力が発揮し得る一応の完結性」や「ネットワークとのバランス」も合わせて重視すべきとの評価なされている。(「米国のトランスフォーメーションと我が国の防衛力の在り方」防衛研究所紀要07.9)さらに軍事における真の革命は、「ネットワーク」よりも、 (1)「人的被害の回避」を主目的とし、(2)「意思決定サイクルの時間短縮」、(3)「省人化」を目的とする「ロボット」など無人・自律的兵器システムにあるとする主張も有力となった。(「ロボット兵士の戦争」P.Wシンガー 09)(米軍機の3割は既に無人機といわれる。また輸送用車両を主体に、2015年までに戦闘車両の3分の1を遠隔操縦に切替える予定という。)

組織の意思決定支援システム「C4I」の構造
〜フロントシステムと後方システム

さてNCW構想を具現化したものが「C4I(Command, Control, Communications, Computers and Intelligence(指揮・統制・通信・コンピュ―タ・情報))システム」である。米軍の軍事ネットワークは、最前線の兵士や車両など兵器レベルから、部隊など戦術レベル、軍など戦略レベル、後方支援レベルまで、フロントエンドからバックエンドに至る各階層上の要素同士の水平ネットワークと階層間の垂直ネットワークからなる4層化されたネットワーク体系を持っている。C4Iシステムはこれらの階層上で行われる「意思決定の支援」を目的としたICTシステムである。

情報処理プロセスの観点からみると、各階層では情報処理速度と情報精度に差があり、前線(最上層)になるほど速さと正確性が必要とされている。(図1)

NCWでは情報共有しても戦争の霧は排除できず、不十分な情報、過酷な環境下で最前線の人間は瞬時の意思決定を強いられる状況に変わりはなかった。このNCWの課題の解決策として、前線(フロント)階層では不意の事態への臨機応変とミスや誤解の回避のため、意思決定サイクル(情報処理)の更なる高速化・兵器の機能の自動化・自律化が図られる。その究極がロボットある。

一方、NWCにおけるフロント階層への指揮介入や過多な情報供給の問題は、「後方階層の情報処理」のあるべき姿を示している。無数の情報の中から前線に有用な情報を選別し、また情報解析から新たな知見を見出して、それらを前線に伝えすること(インテリジェンス*の共有)により、前線部隊の自律的行動を支援するとともに、軍時行動の全体最適への誘導を図るという役割である。この役割認識の不足が、前線での指揮介入や情報過多の問題を引き起こしたと考えられる。

*多々の情報(インフォメーション)を分析・評価して得られる「特定の目的に有用な情報や知見」をここでは 「インテリジェンス」と呼ぶ。

意思決定支援としてのICTシステムの一般モデル〜 
ニ重SPEループモデル(部分自律性と全体最適化の両立)

「ネットワーク中心の戦争」の着想をセブロウスキは、巨大スーパーウォルマートのITシステムから得たというが、限られた情報や予見性下の「意思決定」は、軍事に限らず、あらゆる組織に共通の活動である。意思決定支援システムとしてのICTシステムは、人間の意思決定サイクル「認知」-「決定」-「行動」に対応して 「Sensor:センサー(情報収集)と Processor:プロセッサー(情報処理)と Effector:エフェクター(動作装置)の3要素とそれらを結ぶ回路やネットワークから構成される「情報ループ(SPEループ)システム」(注1)である。C4Iシステムは、軍事「組織」の行動の意思決定支援ICTシステム(マクロのSPEループ)であり、戦車はフロント階層にある端末であるとともに、戦車自体がひとつの自律したICTシステム(ミクロのSPEループ)である。更に10式のアクティブサスペンションに見られるように戦車自体も、幾つかの自律したSPEループシステムから構成されていると言える。従って、全体のICTシステムは無数の小さなサブICTシステム、SPEループシステムからなる入れ子的階層構造を持つ。
C4Iシステムの分析をもとに、意思決定支援ICTシステムを一般化したモデルが 以下の「二重SPEループ(MMループ)システム」モデルである。

  1. 全体の意思決定支援システム(SPEループシステム)は、意思決定サイクルの許容時間(SPEループの回転速度)の長短で大別される二つのサブシステム(フロント・後方)からなる。
    そして後方システムのプロセッサーから見れば、フロントシステムはセンサー・エフェクターであるという入れ子(System of System:注1)となった二重構造(MMループ)をもつ。(相互補完性)
  2.  限られた情報下、限られた予見性下、フロント階層では臨機応変のリアルタイムの意思決定が求められ、その結果フロントシステム(SPEミクロループ)の「機能の自動化・自律化」(駆動の自動制御)が目指されるー「自律的即応システム」(部分自律性・完結性)
  3. 後方システムは、フロントから収集する無数の情報の中から有益な情報を選別し、また解析によるパターン抽出など新たな知見など、これら「インテリジェンス」をフロントに伝えること(SPEマクロループ)により、フロントの活動を支援し効率化するとともに、自律的なフロント(SPEミクロループ)が部分最適に陥らないよう調整・誘導して、全体の意思決定行動の最適化をはかるー「インテリジェンスシステム」(部分への補完と全体最適化)(注2,3,4)

(注1)いわゆる「M2M(Machine to Machine)」あるいは「IOT(Internet of Things)」という概念では、単にマシン同士を結ぶとした通信事業側からの概念であるが、この概念では、センサーとサーバ間通信などのシステム内の要素間通信であれ、家電や自動車等に内蔵されたコンピュータシステム、いわゆるマシン内部の「組み込みシステム」とマシン(端末)とデータセンター間の双方向通信回線で構成される「クラウド」システムといったシステム間通信であれ、区別がなく、各システムで処理される情報の違い、それによる各システムの役割りの違いへの関心が埋もれてしまう。それぞれの違いをふまえてこそ、部分最適と全体最適の共存するトータルなICTシステムが設計される。「SoS」あるいは「S2S」という概念を使用するゆえんである。

(注2)「ミクロ・マクロ・ループ(MMループ」という概念は、日本で生まれた概念で、初出とされる今井賢一・金子郁容の『ネットワーク組織論』(88)では、「ミクロ・マクロ・ループとは、ミクロの情報をマクロ情報につなぎ、それをまたミクロレベルにフィードバックするという仮想上のサイクルのことである」と定義されている。また、今井・金子を受け、米国型の命令と統制の経営システムの上に築かれた伝統的管理会計(業績評価システム)とは違い、京セラのアメーバ経営など日本的経営システムの上に築かれてきた日本的管理会計システムの特徴は、自律的組織を前提とした経営管理のミクロ(部分)・マクロ(経営全体)・ループプロセスの支援・促進にある(影響システム)としたのは廣本敏郎(04)である。(MMループの形成による管理会計システムとして最も成功している例として、京セラのアメーバ経営における部門別採算管理システムがあげられている。「アメーバ経営学ー理論と実証」アメーバ経営学術研究会編 2010)
本稿ではMMループを、部分と全体を結ぶループをマクロループと,部分内のループをミクロループとしており、MMループとはミクロループとマクロループと言う意味で使用している。

(注3)本考では、組織における情報システムを、「組織」における意思決定システムとして議論を進めているが、「人間」の意思決定プロセスを研究する心理学の知見からも同様の結論が導かれる。心理学の「二重過程理論」に基づく「2つの仮想システム・モデル」によれば、人間の脳内の意思決定過程は、記憶連想により素早い判断を担う直感思考の「システム1」、システム1の判断を監視・支援する熟慮の論理的思考を担う「システム2」の相互作用として説明される。この理論によれば人間の判断ミスは、思い込みなど「認知的錯覚」からしばしばシステム1で生じるが、システム2の「知識や能力不足」にも多く起因するとされている。この理論のアナロジーで言えば、本考で言うSPEミクロループとSPEマクロループは、それぞれシステム1と2に該当する。そし人間の判断ミスを防ぐ意思決定支援ICTシステムは、「認知的錯覚」を防ぐための自動化システム、「知識・能力不足」を補うインテリジェントシステムから構成されると考えられるのである。なお従来の経済学の前提とする「合理的経済人」に対し、「2つのシステム・モデル」の意思決定を行い、時に非合理な判断を犯す現実的な人間「ヒューマン」を前提として経済活動を研究するのが行動経済学である。(「ファスト&スロー」D.カーネマン 2011)
また経済学の祖と言うべきアダム・スミスも経済学の考察にあたり、人間をうぬぼれや野心をもった人間「弱い人間」と公正で覚めた判断と行動ができる「賢い人」という二つの類型に分けて、経済社会は、この両者がある種の補完的な関係でもって発展させてきたと見たという。(「経済学に何ができるか」猪木武徳 )
両者とも、経済の成長の原動力は「弱い人」あるいは「システム1」の言わば楽観主義に担われてきたとするが、これはJ.M.ケインズの「アニマル・スプリット」の概念と同じである。

(注4)コンピュ―タによる情報処理は、最初は「メインフレーム」による中央処理、「パソコン」によるローカル処理、「クラウド」による中央処理と、コンピュ―タと通信回線の高機能性と低廉性の優劣に応じ、情報処理は集中と分散を振り子のようにゆれ動いてきたは周知のことであるが、現在では、コンピュ―タと通信回線両者とも高機能低廉化が進んだことから、処理能力上はローカル(端末)サイドと中央(後方)サイドの情報処理はどちらか片方が優勢という偏った関係ではなく、各々が適した情報処理を行う「相互補完関係」にあると解される。

                        

「自動制御による機能効率の向上」と「インテリジェンス共有による利用効率の向上」〜二重SPEループの形成による製品価値の向上の論理

さて、今までの意思決定ICTシステムの議論を踏まえ、「製品やサービス」の価値向上に向けたICTの利用をSPE2重ループ形成の観点から考えると、フロントシステム(自律即応システム)に該当するのは製品の「組み込みシステム(工場などの制御システムも含む)」でその目的は「自動化による製品機能の効率化」である。後方システム(インテリジェントシステム)に該当するのは「クラウドシステム(ビックデータ解析も含む)」でその目的は「インテリジェンス共有による製品利用の効率化」と位置付けられる。2つのサブシステムは連携して製品の全体価値を高める。

自動車業界を例にとって具体的に両者の関係をみれば、カーナビや自動衝突回避装置は、センサーで位置や危険を感知して、組み込まれたプロセッサーがリアルタイムでマシンを制御(エフェクト)する端末組み込みシステム(SPEミクロループ)による処理である。一方多くの車のカーナビから通信回線(センサーネットワーク)で送られる位置情報(インフォメーション)から渋滞状況を分析(プロセシング)して、迂回路情報(インテリジェンス)を再び通信回線(エフェクターネットワーク)で車に伝える(SPEマクロループ)のはニアリアルタイムでのクラウド側の処理である。二つのループが連携して自動車という製品の活動(機能と利用の仕方)を効率化する。

建設業界では、国交省が5年がかりで開発や普及を進め今年土工工事や舗装工事で一般化される予定である、 3D設計データとGPSやセンサーの情報に基づきブルドーザなどの建設機械を自動で動かす「情報化施工」は端末のICTシステム化(ミクロループ)である。そしてこうした建機の稼働状況はネットワークを通じて遠隔監視され、端末側(顧客)に保守や燃費効率化の情報フィードバック(SPEマクロループ)が行われる(コマツの「KOMTRAX(コムトラックス)」の例)。

農業分野では、GPS等による農機の自動制御は、農地集約の遅れ等ゆえ海外に比べ普及が遅れているが、経産省と農水省が普及を後押しする「自動化植物工場」(そこでは、LED人工光による高速栽培や、培養液操作による病人用野菜栽培などの新たな付加価値作物も生み出されている)については既存知見のデータマイニングによる「インテリジェントシステム」と連携し、人工光ではなく自然環境制御による生産性向上を目指す「知能的太陽光植物工場」構想(日本学術会議 農学委員会・食糧科学委員会農業情報システム学分科会2011.6)なども例としてあげられる。(なお農機の遠隔管理サービスについては今年からヤンマー等により提供され始めた。)

金融業界では、コンピュータによる株価や出来高に応じて自動的に売買取引を行うアルゴリズム取引(2003年頃登場し、今やニューヨーク証券取引所の取引の7〜8割、東京証券取引所では3〜4割を占めるという。)が大勢を占めつつあるが、これは自己の発注サーバを証券取引所の隣に設置するほど高速取引を追求するSPEミクロループである。一方、Twitterのつぶやきといったネット上のビックデータの解析で株価を予測するシステム(SPEマクロループ)も開発されている。

以上のようにリアルタイム処理を必要とする情報処理(マシン制御等)は端末(SPEミクロループ)側で、ニア・ノンリアル処理でもよい情報処理(情報共有・知見創造等)はクラウド処理と、必要とする処理時間(ループの回転速度)によって役割が分担され、その両者が補完・連携して「端末(製品・サービス)活動(機能と利用)の効率化・最適化」を実現し、商品の価値を高めている。これが製品価値向上に向けたICTシステム(SPE)の「ミクロ・マクロループ」の考え方である。

製造業の競争優位に向けて
〜「メカトロニクス」と「ICT」の連携

「自動化による製品の機能の効率化・省力化」と「クラウドによるインテリジェンス(知見)共有による当該製品の利用にあたっての支援・効率化」。この「ICTを利用した製品価値の向上の論理」からメーカーが単に顧客へ「製品」を売るだけでなく、顧客へのソリューションを売るという観点から「付加価値サービス」等を顧客に提供する「製造業のサービス化」(メーカー側(端末サイド)からのボトムアップのクラウド活用)の動向も理解される。
そこでは製品価値向上に向けたサービスの開発には、端末(機能面の向上)とクラウド(利用面の効率化)の分担を考えたSPEMMループの創造がカギとなる。(注5)

更にもう一つ重要なカギは、NWCにおける最前線のロボットの場合と同じく、自動制御される精密機械(エフェクター)の技術である。今話題の3Dプリンターにおいても、通信回線で送られてきたCAD/CAMデータに基づき、「樹脂等で精密な立体物を自動的に造形する」3次元造形機の開発や低廉化が重要であった。改めて「メカトロニクス」に注目するゆえんである。 

光速度の通信の余裕もないハイリアルタイム処理を担当するITシステムは、人間の意思決定がついてゆけず、例え判断したとしてもミスは避けがたい。それゆえ一般に、事前に作られたアルゴリズムにより自動制御化される方向にある。自動車は、技術上はすでに無人運転が可能な段階にあるという(トヨタの全自動走行車「International CES2013」)。こうしたリアルタイム(即応)処理を追求する端末側のICT技術の行き着く先は、これも軍事分野と同じく、全自動化、ロボット(自律型ICTシステム)である。そして日本は産業用ロボットの出荷台数・稼働台数で世界一を誇る。10式戦車でみたように、iPhone5の部品の50%以上が日本製であったように、またiPhoneの受託製造で知られる台湾の鴻海精密興業も日本の金型技能を吸収して発展したことにみられるように、エレクトロニクス(電子工学)とメカニクス(機械工学)を結び付けた「メカトロニクス」(この語自体、1969年に安川電機により生まれた和製英語ながら外国でも一般化)技術では日本は依然として世界に冠たるものがある(注6)。

製品におけるMMループの形成には、クラウドといったICT技術のみならず、駆動部分のメカトロニクス技術が不可欠である。「ICT技術」と日本の強みである「メカトロニクス技術」の連携・結合融合にグローバル競争における日本の競争優位のカギがあるのではなかろうか。

   

(注5) 以上の議論をふまえ、家電のスマート化について考えてみたい。家電のスマート化(ネット接続によるサービス提供)の試みは、スマート化がかなり進んだAV器機等エロトロニクス的黒物家電から、冷蔵庫などメカトロニクス的白物家電へと進みつつある(「International CES2013」CES パナソニックなど)。
ただし現時点では、従来から白物家電のネット側のサービスは概して評判があまりよくないようである。携帯電話から屋内のエアコンなどの家電のスイッチを入れたり切ったりするサービスは随分前からあるものあまり普及していない。最近の新たなサービスも、スマホをリモコンやルータ替りに使うだけのものが多い。パソコンなどの遠隔サポートサービスが伸びているのと対象的である。
家電のスマート化においても、端末(機能向上)とクラウド(利用の効率化)の分担を考えたMMループの創造がカギとなる。そもそもTVやゲーム機などAV機器中心の黒物家電の発展の歴史は、機械駆動部分のエレクトロニクス化による小型化・可搬化の歴史であった。その機能も音声、映像、アプリなどの外部のコンテンツ再生・利用が主であったから、端末の機能はコンテンツがあって初めて完結する。この機能(ミクロループ)の自己完結性の低さゆえ、可搬型デバイスが普及すると異なる場所における家電の利用効率化という面でコンテンツのクラウドサービスと結びつくのは当然の成り行きのように思われる。
一方、洗濯機や冷蔵庫や掃除機など白物家電は、機械駆動部分が大きく、その発展の歴史は全自動洗濯機とか気温に応じた自動制御のエアコン(78)とか炊飯器(79)、レシピに応じた電子レンジの自動調理、更には「ルンバ」(02)のような自動掃除機ロボットに見られるがごとく製品自体の機械駆動部分の自動化(メカトロニクス)の歴史である。ICT寄り黒物家電と違い、この機能(ミクロループ)の自己完結性が、メカトロニクス寄り白物家電向けネットサービス(マクロループ)の創出を困難にしている原因と考えられる。(白物家電の2012年の国内出荷額は前年比0.4%減の2兆1943億円 デジタル家電の国内出荷額は前年比43%減の1兆6054億円。白物家電は10年ぶりにテレビなどの国内出荷額を上回った。(日経新聞 2013/1/25))

(注6)中国など新興国における賃金の上昇、離職率の高さから、産業用ロボットへの需要は高まりつつある。鴻海精密興業は中国での労働者採用難から100万台のロボットを導入する計画と伝えられる。キャノンは 「3〜5年以内に国内で生産する高価格帯のデジタルカメラ用レンズの生産を自動化する・・・自動化が進めば海外でやる必要はない」(日経2013/1/10)という。
日本の輸出に占める広義の機械類(輸送用機器や設備含む)の比率は約6割と、主要国のなかでは相対的に高い。2011年の産業用ロボットの生産額6400億円のうち、輸出出額は1218億円であり、そのうち中国向け産業用ロボットの輸出はここ数年急速に伸び、2011年には2009年の約3倍の250億円。全輸出額の20.5%で米国(26.4%)についで第2位。「世界的に優位な我が国の自動化技術(産業用ロボット)が、アジア新興国における成長課題の解決に貢献。」(平成23年通商白書)とされる。
組み込みシステムのマイコン(プロセッサー)に搭載される組込みソフトウェアは我が国基幹輸出製品の価値の源泉と言われ、組込みソフトウェア関連製品の輸出総額(2010年)は36.3兆円で輸出構成比率53.9%を占める(「組込みシステム産業の課題と政策展開 」( 2010.11 経産省)

 

「自律分散ICTシステム多重ループ社会」の形成に向けて
〜オープンデータと売買取引市場整備による「ビックデータ流通」の促進

ロボットに代表されるICTを利用したマシン自動化・自律化などの端末サイドの自律的ICTシステム(ミクロSPEループ)、ICTミクロループとつながり、「情報共有」とビックデータ解析によるパターン析出など創造された「インテリジェンス」などの端末へのフィードバックや支援を行う企業のクラウドシステム、このICT利用によるSPEMMループ形成を通じた活動の効率化の論理は、当然「製品レベル」や「企業組織レベル」に留まるものではない。C4Iシステムにみたごとく、フロントエンドとバックエンドの間は階層化される。端末を束ねるクラウドは、後方の階層のクラウドから見れば端末である。車の急ブレーキなど運転状況のデータは保険料の算定や行政の道路管理に反映されるなどの例のごとく、企業の枠を超え、他業種、行政と言った階層をまたぐSPEループの多重連鎖が形成される。

自社「データ」のオープン化による産業、自治体・国の各段階における情報共有とインテリジェンス創造などのICTシステム(マクロSPEループ)の形成、すなわちミクロ・マクロSPEループの階層連鎖からなる社会全体の「自律分散ICTシステム多重ループ」の発展が、「構成員」の「自律性主体性」と「全体最適化」を同時に満たす「常山の蛇勢」のような強靭な企業組織や国家・社会実現の基礎的土台となることが期待される。そのためにはまず、各階層が収集したビックデータを企業、産業、行政の枠を超えて流通させ各階層各主体が競ってインテリジェンスを創造する仕組みが求められる。公共データのオープン化の取り組みは世界各国で始まっているが(「電子行政オープンデータ戦略」平成24年7月4日 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部)、各企業が収集した独自データのうち社会全体の最適化に役立つようなデータ開示を促進するには、ビックデータの「売買取引市場」の整備(データの匿名性保持ルール等)や、行政の効率化に役立つデータの「行政による買取り制度」など市場原理の活用も課題であろう。

※本稿は、2013年1月号の掲載コラム〜ICT雑感〜「ICTを利用した「製品」の価値向上の論理〜メカトロニクスとインテリジェンスの連携」を修正・加筆したものです。

経営研究グループ部長 市丸 博之

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