2013年5月23日掲載

2013年4月号(通巻289号)

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InfoComモバイル通信T&S

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巻頭”論”

通信事業者の多角化戦略の違いに規制の影

通信事業各社は成長鈍化に伴い、収益源の多角化を図っている昨今ですが、各社それぞれに違いが見られます。KDDI、ソフトバンクグループ、NTTグループ/NTTドコモについて詳しく見てみると通信政策上の規制が影を落としていることが見てとれます。

まず、KDDIでは、携帯通信事業が営業利益全体に占める割合は88%に達していてコア事業となっています。但し、売上高自体は減少傾向にありますが、最近ではマス向けの3M戦略の一環である「auスマートパス」が売上を下支えしています。さらに、料金回収代行やアプリケーションベンダーとの協業による事業拡大を目指していて、モバイルを中核に固定回線やコンテンツ等関連分野への拡大が進められています。他方、法人向けにデータセンター事業を推進し、海外でのエリア拡大やデータセンター事業とSI事業の連携を続けています。

ソフトバンクグループは、営業利益ベースでみて携帯通信事業が全体の64%、インターネット・カルチャー事業(主にヤフー)が23%と、この2事業がコアになっています。特に、後者の売上高営業利益率が53%(2011年度)と非常に高いのが特徴です。多角化戦略の中心は内外へのモバイル事業の拡大であり、日本国内の競争力拡充と米国への進出とを同時に展開しています。マス向け、法人向けともスマートフォン事業が多角化戦略の基軸となっていて、特にヤフーではPC向けからスマートフォン向けに事業をシフトし、iPhoneを中心に据えてスマートフォン関連事業を多角的に展開しています。

ここで、NTTグループ/NTTドコモの事業多角化を経営戦略から見てみると、固定系ではグローバル・クラウド、セキュリティ、Wi−Fiといった主として海外と法人への取り組みとなっているのに対し、NTTドコモの多角化戦略はコマース、金融・決済、メディカル・ヘルスケアなど8分野で売上げ1兆円を目指しています。NTTグループ全体の営業利益のうち72%を占めるNTTドコモでは、他の競合2社と比べて、マス向けで既存事業との関連性が比較的低い事業に進出することで新たな成長を狙っています。

NTTグループとNTTドコモの多角化戦略で目に付くことは、固定系事業では既存事業と関連性の強い分野で法人向け、モバイル事業では既存事業と関連性の低いマス向けと両面の使い分けが見られ、両者の関係がはっきりしないことです。KDDIやソフトバンクグループでは、それぞれFMCやスマートフォンを基軸に据えてコア事業を中心に統制のとれた関連分野への多角化戦略を採用しているのと対照をなしています。

そもそも、企業の多角化戦略は、既存事業との関連度合によって関連型と非関連型とに分類されますが、一般的に既存事業との関連性が高い事業へ多角化するほうが、シナジー効果が発揮され易く、より収益性が得られるとされています。もちろん、関連性が低い分野への進出も事業リスクの分散や資金効率の向上などの機能があり、企業の長期的な成長拡大戦略にとっては欠かせないものです。

KDDI、ソフトバンクグループとNTTグループ/NTTドコモとの多角化戦略の違いは、事業運営面だけでなく、他社への資本参加や協業・提携面においても見られます。前者2社においては、それぞれコンテンツ・アプリケーション企業への出資や協業、ソーシャルゲーム企業やコミュニケーション企業との協業、アジアへの進出など、ここでも関連型多角化が目立っています。

NTTグループでは、NTT持株やNTTデータによる海外ITサービス企業の大型買収など法人向けグローバル戦略上の多角化が進められていますが、一方でNTTグループ内で営業利益の大半を生み出しているNTTドコモでは、他社への出資や協業などにおいて主として国内のマス向け、非関連型多角化戦略となっていて、2つの戦略の連携はこの面でも明確ではありません。これは、持株経営という経営体制、即ち、グループ内事業会社の自律経営という経営管理理念の宿命ともとれますが、より本質的にはそうならざるを得ない事業(分野)規制に原因があると考えられます。1999年に現在のNTT持株体制が発足しましたが、その前1992年にNTTが移動体通信事業を分離独立させた経緯にまで遡れば、固定通信事業と移動体通信事業は、当時主流であった電話サービスにおいて競合し市場競争が展開されるものと規制当局(当時の郵政省)は捉えて、両サービスの分離政策を採用し、法的に各種の分離規制を実施して今日に至っています。各種約款の許可・届出、共同行為に対するさまざまな行為規制、NTTドコモに対する出資比率低下の指導など多方面に及んでいて、現在のところ大きな変化は見られません。こうした法規制が、市場環境の前提条件化して競合他社は当然、現状の固定化を求めることから、NTTの持株体制移行後は特に顕著な新しい動きは見られなくなっています。

この結果、NTTグループ内の固定系事業では、国内は光ファイバーインフラの建設へ、海外と法人分野では国際回線網とクラウド事業へと進展し、モバイル事業では競合他社との料金・サービス競争を経て、マス向けの流通、金融分野などへの多角化と、戦略拡大が図られてきました。しかし根本的に、固定系とモバイル事業の相乗り、共同行為には規制上制約があるので、両者の融合・統合サービスはいまだに実現せず、多角化の本命である関連型の多角化戦略に踏み出せていません。

今年2月25日から28日までスペインのバルセロナで開催された、モバイル通信業界で最大級の展示会「Mobile World Congress」では、さまざまセッションが設けられ各社代表によるプレゼンテーションが行われました。これまでと違って、セッションテーマが、クラウド、ビッグデータ、パートナーシップ、エコシステム、ユーザー・エクスペリエンスなど広がりを見せていて大きな潮流を示していました。

日本のメディアでは、Firefoxなどの新しいOS開発の動きが大きく報道されましたが、一方、会場では、OTTプレーヤーとモバイル通信事業者との協力・協業の方向性が多く語られていたことが特色でした。AT&Tやドイツ・テレコムは、いわば関連分野への多角化戦略を中心に、LTEとクラウドの普及、パートナーシップによるイノベーションを取り上げてネットワーク上の付加価値を強調していました。それとは対照的に、韓国のKTと日本のNTTドコモは、ネットワークから離れて非関連型をベースに、KTはバーチャルグッズ流通グローバル共通市場構想を提唱し、バーチャルグッズ市場への参加が必然であると主張していましたし、さらに、NTTドコモの加藤社長はプレゼン  テーションでスマートライフへのアプローチを紹介し、プラットフォームとサービスの両方を提供する姿勢をアピールして注目を集めていたのが印象的でした。

歴史を振り返ってみると、韓国においてもインカンバントな通信事業者であるKTグループに対しては、約5年前まではモバイル事業の分離規制が行われて、固定事業と携帯事業とは別個(親子会社に分離)に運営されてきた歴史があります。その後現在では、両事業は完全に統合(親子会社の合併)され一体運営されるに至っています。世界の主要国において、固定事業と携帯事業の兼営がインカンバント事業者に対し法的に規制され、分離が徹底して図られている国は、日本以外にはごく一部しか残っていません。韓国のKT、日本のNTTでは、固定と携帯の分離が進められている時に、固定通信事業でブロードバンド化、光ファイバー化が強力に進められた事実があります。世界のブロードバンド事情を比較するとブロードバンド化率で韓国と日本とが現在でも突出していて、日本の政策当局からはブロードバンドインフラの整備は進んでいるが、その利活用が遅れているとのコメントが多く寄せられている現状にあります。このことは見方を変えると、日韓両国では事業分離の結果、固定通信事業側の多角化戦略上、携帯通信事業の成長に直接関与することが出来ず、結局、光化という選択肢に限られていたという事情があったので両国で光ブロードバンド化が極端に進んだとも言えるのではないでしょうか。他方、携帯通信事業側からみると、直近では、やはり選択肢の制約からNTTドコモの言う“総合サービス企業”戦略に繋がったとも解釈できます。

固定ブロードバンドの利活用を進めることは、日本経済の成長戦略上の至上命題と受け止めるべきですが、一方で、通信事業者側からすると、KTの取り組みのように、イノベーティブでローコストなブロードバンド網、メディアグループへの変身、バーチャルグッズの配信プラットフォートの3点のバランスが取れた姿こそ、多角化戦略として学ぶべきものです。日本と同様の途を歩み始めながら、世界の潮流を素早く取り入れて国際競争力強化に乗り出している韓国の通信政策の転換と通信事業者の多角化戦略は高く評価できます。特に、バーチャルグッズ流通のグローバル規模の共通市場構想など、IT機器生産だけでない韓国企業の姿勢に関心と同時に脅威を覚えます。日本のICT利活用政策も、通信事業者の戦略も世界市場を展望したものでなければなりません。

日本の通信事業者の多角化戦略から世界の同業他社の取り組みまで概観してみる限り、日本市場の異質性、規制環境の大きな相違が見てとれます。そのことが、国内の同業他社とは異なるNTTグループ/NTTドコモの多角化戦略に繋がっていると思われます。

異質なことは決して間違いを意味している訳ではありませんが、歴史的にみて弾力性を失っている規制政策の結果、制限的な多角化戦略となっているようなら経済成長戦略としても望ましい姿とは言えません。私達は、もっと自由な市場原理に基づいた事業多角化戦略がICT分野で進められることを期待しています。

株式会社情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

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