2013年7月24日掲載

2013年6月号(通巻291号)

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InfoComモバイル通信T&S

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巻頭”論”

モバイル通信会社の将来構想の違い
〜2013年3月期決算発表資料から

4月下旬、モバイル通信会社主要3社から2013年3月期の決算発表が行われました。NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社の決算は三者三様、既に多くのメディアでコメントがなされているので、ここでは取り上げるつもりはありません。簡単に言えば、大きく勝ちを占めたソフトバンク、堅実な実績を挙げているKDDI、そして厳しい局面にあるNTTドコモといった印象でした。売上高と営業利益ベースでみて、増収増益のソフトバンクとKDDIに対し、NTTドコモは増収減益で対象的な決算結果となっています。

ただ、本稿では、こうした決算結果それ自体ではなく、数値を受けて将来どのように取り組もうとしているのか、新しいステージや中期的な成長について、決算発表時のプレゼン資料でどのように取り上げられているのかに注目してみたいと思います。

まず、最も直感的に目を引くのは、ソフトバンクのプレゼン資料中の文言、業績見通しの部分で“10年以内にドコモを超える”ということです。世界を見据えてモバイル累計契約数でベライゾンに迫ると言っていますので、世界の中のモバイルカンパニーの構想であることが見てとれます。他社比較においても単純に国内3社間に止まらず、モバイル通信料売上増減率―日米No.1、モバイルEBITDAマージンおよび増減率―世界No.1との記述があり、既に世界を念頭に置いていることがよく分かります。ただ、今回の決算発表資料だけでは、どのような道筋なのか、量的拡大に加えて質的な変化はどうなっていくのか、ユーザーからみて新しい価値とはどう繋がっていくのか、さらにモバイル通信産業の構造変化に対する姿勢などは残念ながらプレゼン資料からは見極められません。決算説明会という場の限界からやむを得ないところですが、事業としての将来構想は十分に提示されていませんでした。企業情報の開示や広報戦略の面で、プラスのサプライズを常に誘って来たソフトバンクの姿勢なのでしょう。将来構想としては、“モバイルインターネット 世界No.1へ”と語られています。

次いで、KDDIは決算発表プレゼン資料中に、次の3年に向けて“本格的な利益拡大へ〜3M戦略の推進・深化、グローバル戦略の推進”を謳い、具体的な取り組みとして通信料収入の拡大、付加価値売上の拡大、重要市場(まずアジア)でのグローバル戦略を取り上げています。auスマートバリューやauスマートパスといった実際のサービス・商品に基づいた構想であり、モバイル通信事業と固定通信事業とをリンクさせた、いわゆるFMCを収益化するビジネスモデルで、通信事業の枠内でいかに収益を最大化するかに重点を置いた、現時点では最も競争優位性のある戦略と言えます。もちろん、これはKDDIの提唱する3M戦略構想の優れたところではありますが、他方、我が国の電気通信事業における競争政策、即ち、長く現在まで続く規制政策を反面教師としたものとも言えます。ユーザーには、モバイルと光ファイバーによる融合サービス=FMCに対する強い需要が見られるなか、NTTドコモが属するNTTグループに対しては個別にNTTグループ内でのFMCを禁じてはいないものの、各種の行為規制が定められることで現実のサービスとしては誠に狭き門となっているところです。

こうしたKDDIの新しいステージに向けての取り組みは、既に2012年度開始時点で十分に準備されたもので、単純に、auスマートバリュー、auスマートパスを個別に売り込むだけでなく、3M戦略という体系的な構想にまとめ、分かり易く社内外にアピールしてきました。その一環として会計決算においても、事業やサービス別の分野を示すセグメント会計を移動体や固定といった事業別から、パーソナル/バリュー/ビジネス/グローバルといった顧客別・サービスレイヤー別のセグメントに改めることを昨年の決算発表時に公表し、前年度比較が可能なようにセグメント会計の組み換えも発表してきました。セグメント会計が実際の会社経営にあたるマネジメントの視点を踏えた「マネジメントアプローチ」に基づくことを十分に意識した上での用意周到さが窺える行動でした。その成果が新たな3年に向けた3M戦略・グローバル戦略において、パーソナルとバリュー、またグローバルのセグメントに具体的な数値として表われてくることになる仕掛けが既に施されているのです。注目していきます。

最後に、モバイル通信業界最大のNTTドコモが今回の決算発表時に明確に打ち出した“中期的成長に向けて―「スマートライフのパートナーへ」”について取り上げてみます。NTTドコモは、単にモバイルによる通信だけではなく、“お客様の行動、「便利」「安心・安全」「楽しい」生活を支援”するため、スマートライフパートナーを目指すと大きく宣言しています。それは、お客様に寄り添って価値を提供することであり、具体的には、4つの施策に取り組むとしています。まずは、お客様の利用機会の拡大に合わせネットワークフリー、デバイスフリーでプラットフォームとサービスを提供すること、また、サービス利用の基盤整備として電話番号に加えてより多くのdocomo IDをキャリアフリーで提供して認証や課金基盤を構築すること、さらに、これらをグローバル規模でネットワークから基盤(決済/認証)プラットフォーム、サービスまで戦略的に取り組むこと、最後に、実施・実現する体制として7月1日に「スマートライフビジネス本部」を設立すること、を発表しています。

中期的な経営戦略として、モバイル通信事業の構造変化を意識した、かつ、現実の規制政策・構造を踏えた上で新しい価値創造をアピールする前向きな姿勢は高く評価できるところです。これまで世界のモバイル通信業界をリードしてきたプラットフォーム構造であるiモードとそのエコシステムから出発して、新たなスマートフォン時代に適応したサービスプロバイダーへの進展を目指す大きな展望は頷けます。特に、電話番号を基盤とする限り対象範囲は自社回線利用者に限定されますので、自社ネットワークを越えて国内のみならずグローバルまで展望すると、結局、どうやって顧客IDを獲得していくのかが焦点となります。この領域は、もはや通信事業者の領域を越えて、いわゆるITジャイアント、OTTプレイヤーの世界となっているのが現実です。世界の先進モバイル通信事業者においても、サービスのプロバイダーまで目指して行動しているのは、韓国の通信事業者だけです。米国の通信事業者は逆にどうやって通信事業で顧客の要望に沿った上で料金収入を上げていくのか、例えば、データシェアプランによる取り組みに集中しているし、欧州では、もっと基本的問題として事業者間の市場競争の問題、例えば、接続料の引下げや基地局(アンテナ)設備の共用などが中心的テーマとなっていて、大きな違いがみられます。今回、NTTドコモが提唱したキャリアフリー、デバイスフリーまで踏み込んだサービスプロバイダー化構想は極めてユニークなものですが、固定・モバイルともブロードバンド化が進んでいる隣国の韓国をよく見ておく必要がありそうです。通信市場の成  熟国でサービス提供にまで踏み込んでいるモバイル通信事業者が存在しているからです。通信事業の規制など政策面では、日本は従来、米国と欧州(特に英国)とにモデルを求め参考にしてきました。例えば、KDDIの提起している新しいステージ(FMC)では欧米に参考を求めることは可能でも、NTTドコモの提唱するスマートライフビジネスでは韓国の状況を研究、理解しておくことが大切です。

最後にNTTドコモの戦略に対してコメントを付け加えておきたいと思います。KDDIが3M戦略を経営戦略として打ち出すにあたって、会計上でもその取り組みに合わせて、いわゆる、マネジメントアプローチに基づいて会計上のセグメントを改めて、経営行動に合致させて社内外にその考え方と取り組み姿勢、さらには結果の評価までアピールする姿勢を貫きました。その効果が今回の決算発表に繋がっています。NTTドコモにおいても、世界の潮流に沿って顧客別・サービスレイヤー別の会計セグメントに変えていく取り組みを期待したいと思います。そうしてこそ、中期的な成長に向けた新しい事業戦略を社内外、ユーザーや市場関係者により一層浸透させることができますし、グローバル戦略においても連携・提携先との折衝においてより深く相手の理解を得ることができるでしょう。戦略と施策のさらなる一貫性を期待しています。

株式会社情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

※役職は幣誌発行時のもの

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