2013年9月26日掲載

2013年8月号(通巻293号)

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InfoComモバイル通信T&S

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巻頭”論”

ベンチャービジネス(VB)の活力との共存共栄〜オープンイノベーションによる活性化

ICT業界では近年、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)が数多く設立され、ICT分野のベンチャービジネスに積極的な投資活動が展開されています。大手通信会社をとってみても、NTT持株の「NTT−IPファンド」(150億円、2008年組成)、KDDIの「KDDIオープンイノベーションファンド」(50億円、2012年組成)、NTTドコモの「ドコモ・イノベーションファンド」(100億円、2013年組成)があり、急速に進展するクラウド技術やビッグデータ解析、スマートフォン上のサービスなどを提供するVBを支援する取り組みが活発化しています。

(注)NTT−IPファンドとドコモ・イノベーションファンドは現在、NTTドコモが100%出資するNTTドコモ・ベンチャーズが運営しています。

また、こうしたファンドによる投資活動と併せて、革新的なアイデアを持つインターネット系のスタートアップ企業や開発者を対象にインキュベーション・プログラムも積極的に行われています。KDDIは2011年に「KDDI∞Labo(ムゲンラボ)」を始めていますし、NTTドコモもまた、今年「ドコモイノベーションビレッジ」を開始しています。どちらもインキュベーションプログラムを年2回実施して、共同オフィススペースや開発環境、メンターによるアドバイス、支援会社との協業や営業支援など、シーズ/アーリー段階のスタートアップ企業の成長支援を行っています。こうしたCVCの推進とインキュベーション活動の有機的な結びつきはオープンイノベーション推進のひとつのあり方と言えます。

さらに、先月(7月10日)には、NTTコミュニケーションズがHTML5に特化した新サービス開発推進プログラム「NTTコミュニケーションズHTML5ラボ」を展開すると発表しています。このNTTComHTML5ラボは、スタートアップ・ベンチャーの支援ではなく、HTML5という次世代Web標準技術の啓蒙活動を行い、その開発者の支援と新サービスの開発を進めようとするものです。HTML5技術に専門特化して、サイトやセミナーなどでの情報発進や交流に加えて、ハッカソンやアプリコンテストの開催が計画されています。単純なインキュベーションではない、明確な技術/サービスの推進目的をもった企業戦略に沿った新しい施策と言えます。これもまた、ベンチャービジネスの活力を取り入れて共存共栄を図るオープンイノベーションの新しい手法です。これまで米国のIT企業などで行われてきた研究開発手法ですが、日本では、まだまだ自前主義が強くて、他社との連携・協業となるとスローガンに止まり、現実にここまで踏み込んだ施策は珍しいと思います。成果を期待しています。

こうした大企業とベンチャービジネスとの関係について、当社情総研のホームページの中にある“ICR View”に、2012年1月16日掲載で「大企業はもっとベンチャー企業の活用を!−イノベーションを通じて成長分野に資源をシフト−」と題する一文を書いたことがあります。その中で、日本のICT大企業にはオープンイノベーションの取り組みが根付いていないこと、具体的な開発やイノベーションとなるとベンチャーは敵・競争相手との位置づけになってしまうこと、ベンチャーは異質で扱いにくい存在となっていること、などを紹介しました。

現実に、日本のベンチャービジネスのExitは、ほとんどがIPOに限られてしまっていて、成長段階の先にIPOを展望するモデルとなっています。しかし、近年インターネットやICTの領域では、立ち上りの成長曲線が短期(3年程度)化し急成長を描くことが多くみられることとも重なって、米国のベンチャービジネスのExitでは90%以上がM&Aとなっていて、日本とは対照的な現象となっています。これには、起業に対する低評価、雇用の安定志向、リスクへの不寛容など日本の企業社会・文化に由来する理由が考えられますが、そのことに安住した結果が今日の日本企業の活力低下となったと認識すべきではないでしょうか。研究開発やサービス開発の自前主義は、既に伝統的技術の世界のものとなり、逆に変化の早い新しいIPの世界、クラウドやビッグデータ、スマートフォンやタブレットの領域では、他者、特に新しいアイデアやデザイン、使い勝手まで含めたベンチャービジネスとの協業こそ、活力の源泉となるべきだと考えます。だからこそ、世界中のICT大企業はオープンイノベーションに戦略的に取り組み、成果を上げて来ています。米国では、IBM、AT&T、Cisco、Intel、欧州ではフランス・テレコム(現オレンジ)、シーメンスなどがCVCを積極化させながら、ベンチャービジネスからのイノベーションを取り込んでいます。この結果、ベンチャービジネスのExitとして、こうした企業によるM&Aが盛んに行われています。

問題は、CVCやオープンイノベーションの方法や道具立ては調べればすぐに理解できる一方、基本的な会社の姿勢、研究開発やサービス開発の領域と目標、その期間などをオープンにしてコミットする施策が十分に理解されていないことにあると思います。オープンイノベーションを標榜するということは、会社の外から内への取り込み(開放)だけでなく、むしろ逆に、会社の内から外へのオープンな取り組みこそ重要です。自前主義による研究開発活動に慣れた私達、多くの日本の起業人にとっては、ベンチャービジネスがもたらすものより、自分達の作り出すものの方がもっと良いとどうしてもなりがちです。このことを企業トップはよく見据えて変革していかないと、例に挙げたICT企業のCVCやインキュベーション施策も形骸化していくことになりかねません。特に、新規事業領域の研究開発・サービス開発の目標、方向性や時間軸を設定する場合はベンチャービジネスの力を利用する、即ち、広義のR&D活動との認識をもって戦略を立案することが大切です。ベンチャービジネスとの協業のため、結果としてM&Aへと進めるため、CVCはもちろん、他のベンチャーキャピタルに対しても影響力を行使し得る体制と力量を身につける必要があります。

最後に、日本の制度・慣行では、社内の研究開発支出は成否が外から見えにくいので問題となるケースは少ない一方、M&Aによって外部から入手すると、特許等の知的財産、ノウハウ、人材などが対外的に見え易く、もし株式価値を減損したり、のれん代の償却負担が売上げ規模からみて大きなものとなると、財務会計面、IR面からマイナスが過大視されてしまう傾向にあります。オープンイノベーション戦略の実施にあたっては、こうした面にまで意識改革を図らなければいけません。オープンイノベーションとは壮大な意識改革に他なりません。加えて、この種の意識改革の契機となるし、企業の余剰資金をベンチャービジネスにもっと向けさせるために、いわゆるエンジェル税制に類する制度を法人企業にも活用できるよう、政府の成長戦略に取り入れられることを希望しています。

株式会社情報通信総合研究所
相談役 平田 正之

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