2013年10月31日掲載

2013年9月号(通巻294号)

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コラム〜ICT雑感〜

映画「風立ちぬ」における戦争と技術

遅ればせながら、宮崎駿監督の「風立ちぬ」を見た。アニメーションとしてクオリティが高いことはあらめていうまでもないだろう。大正から昭和初期の自然の風景は美しく、関東大震災をはじめとする印象的なエピソードをつなぎながら、零戦の設計者として知られる堀越二郎の飛行機への情熱と菜穂子との悲恋をリリカルに描く。ラストに流れる「ひこうき雲(荒井由実)」は、ちょっとずるいくらいと思うくらい、この映画にぴったりはまっている。

夢とうつつを行き来するストーリー構成や、その時代ならではの固有名詞や技術用語を含んだ台詞のやりとりは、この映画を難解なものにしている。よいアクセントになっているという意見もあるかも知れないが、正直なところ時々置いてけぼりにされたような気持ちになる。前の席で見ていた家族連れの子供は、話についていけないのかずっと椅子の上で暴れたりお母さんに話しかけたりしていた。宮崎駿のアニメは、公開されるたびにたくさんの子供達を魅了してきた。しかし、この映画に限らず話の内容はかなり分かり難いものが多いと思う。

映画のなかでは、堀越二郎の飛行機への情熱がピュアなものとして描かれている。物語の軸になる九試単座戦闘機は、確かにとても美しい飛行機だ。一方で、その「美しい夢」を追い求めるために貧乏な国民から金を集めて使っていることを、二郎の親友である本庄に皮肉な口調で語らせている。昔から、戦争が技術を発展させてきたことは、紛れもない事実だ。二郎が飛行機の技術を追求していたその同じ戦争で、人類はその後の世界を大きく変える二つの新技術を手に入れている。一つは核エネルギー。もう一つがコンピュータである。

最初のコンピュータとされるENIACは、第二次世界大戦におけるアメリカの高射砲や大砲の弾道計算のために作られた。恐らく、コンピュータの開発を牽引したノイマンやエッカート、モークリーたちも、開発目標であった弾道計算を実現したいと思って開発に血道を上げたわけではない。自動計算装置という技術者の夢をかなえたかったのだろう。そして、人類は戦争のための国家プロジェクトの成果としてコンピュータを手に入れた。現在のインターネットのもとになるアーパネットが構築された背景にも、米ソの冷戦があると言われている。ただし、こういう説明に対しては、技術者が純粋にネットワークの有用性や可能性を追求したのだと反発する人もいる。

もし技術者が、科学技術は完全に中立だとか純粋だというとしたら、それは奢りまたは怠慢であろう。この映画でも、飛行機の「殺戮と破壊の道具になる宿命」が語られている。コンピュータとインターネットは国家間の争いによって生まれたかも知れないが、現在では利用者の求めるものを自由に競うなかで飛躍的に発展して人類に大きな恩恵を与えている。このような平和な発展が続くことを心から願う。

法制度研究グループ 部長 小向 太郎

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