2014年4月7日掲載

2014年2月号(通巻299号)

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CESレポート:なぜCESは「モーターショー化」したのか
〜クルマのモバイルデバイス化にみる各社の思惑

毎年1月に米国ラスベガスで開催される「国際家電見本市(CES)」では、その年あるいは近年中に市場投入予定の新製品が発表される。これまで、その主役に君臨してきたのが「テレビ」であったと言える。しかし、今年は「ウェアラブル」をはじめとする「IoT(Internet of Thing:モノの
インターネット)」だった。そして、数多く出展されたIoT関連製品の中でも、特に目立ったのが「クルマ」だ。

アウディやフォードのほかに、トヨタ、マツダ、GM等自動車メーカーの出展はおそらく過去最大の9社にのぼり、クルマ関連製品の展示面積もこれまでより大幅に拡大された。そればかりか、自社ブース内にクルマを展示していた企業は、インテル、クアルコム、エリクソン、ポラロイド、ZTE、サムスン等数え上げればきりがない。

「家電の祭典」のはずのCESで、なぜこれほど多くのクルマが展示されるようになったのか。

新車発表の場となったCES

転機は2011年のCESだったと考える。
その根拠となるのは次に記す2つの動きだ。

まず、1つ目は「クルマの家電化」だ。

これまでのCESにおいて、クルマ関連の展示と言えば、音響システムやカーナビといったオフライン利用から、テレマティクス等のオンライン利用へと変化していったものの、あくまでも「車載システム」が中心であった。

しかし、フォードは同月にデトロイトで開催されるオートショーではなく、CESで電気自動車の新車発表を行ったのだ。

▲CESの常連、フォードのブースはモーターショーさながら

電気自動車の原動力は「バッテリー」だ。確かに、ガソリンエンジンではなく、家庭用電源でも充電できモーターで駆動する点では「家電」の一つといえる。自動車メーカー幹部の「コストの多くが電気、電子部品で、自動車は既に家電製品と言っても過言ではない」との発言からも、その考えは間違っていないことが証明されている。電気自動車は家電と技術が重なる点も多いため、自動車メーカーが家電の祭典であるCESを重要な新車アピールの場と考えるのはごく自然な流れといえる。

2014年のCESにおいて、フォードが太陽光発電パネルを搭載したプラグインハイブリッド車を発表したり、トヨタが燃料電池車を米国市場で初出展するなど、クルマそのものに関する発表が複数なされた。CESで新車発表を行う自動車メーカーは、今後更に増えていくだろう。

クルマ技術と家電技術の融合に向けた取組

家電とクルマを急激に接近させた2つ目の理由は、「スマートフォンの急激な普及」だ。

クルマはかねてより「第二の居住空間」と言われ、家電技術と車載技術の融合が謳われてきた。その一方で、自動車関連技術の独自性により開発速度が非常に遅いことに加え、クルマそのもののライフサイクルが長いことなどが影響し、急速な技術革新が見込めなかった。そのような状態を、スマートフォンの技術を応用することにより打破しようとしたのがアウディだ。

アウディは2011年のCESで自動車メーカーとしては初めて、NVIDIAのモバイルデバイス向けSoC「Tegra 2」を自社の据置型カーナビに採用したことを発表した。車載機でGoogle Earthが見られる点を強調するなど、車載機がPC並みの処理能力を持ったことをアピールした。当時、Rupert Standler氏(現アウディCEO)は「自動車の技術進化は数年単位だが、モバイルは数か月単位で進化する」ことに言及し、モバイル技術進化のスピードを車載向け機器等に適用させることによる車載技術の発展を促進することを目指した。2014年、Standler氏はCESの基調講演において、自動車メーカーが家電とドライバーをつなぐ技術を急速に追加し始めていることに言及し、「家電と自動車技術のギャップ、そして科学空想と現実のギャップの両方を埋めることを目指している」と語った。その戦略を実現させたのが「アウディTTクーペ」だ。

アウディは、2014年以降に発売される新型車の車載システムに「Tegra 3」や「Tegra 4」を採用することを発表し、その目玉としてTegra 3を採用したコックピット搭載車「アウディTTクーペ」を全面的にアピールした。このコックピットは、12.3インチディスプレイを採用しており、ユーザーの好みに応じてメーターパネルのデザインを完全にカスタマイズ可能だ。タコメーターやスピードメーターだけでなく、インフォテイメントやナビゲーションもコックピット上に表示される。

そのほかにも、車載インフォテイメントシステムの無線技術にAT&Tの4G LTEを採用することを発表したほか、スマートフォンアプリの「Drive」ボタンを押し続けることで自動運転車が無人で駐車するデモを実施するなど、早くからクルマとモバイルデバイスの融合をアピールしていたアウディは、自社がこの分野でリーダー的役割を果たしていることを見事に証明した。

▲TTクーペの12.3インチディスプレイ搭載コックピット

迷走する自動運転車

しかし、もう一つ、自動車業界に激震を起こした出来事があった。2009年、Googleがクルマ市場への参入を表明したのだ。Googleは自動運転技術の開発に着手し、2017年を目途に市場投入すると発表した。自動運転技術については自動車メーカー各社とも研究開発を進めていた分野ではあるものの、自動車メーカーではなく、インターネット関連企業であるGoogleが同市場に参入してきたことが、一挙に自動車メーカーに火をつけた。

今年のCESでは、アウディやフォード等の外国自動車メーカーが自動運転車によるデモを行った。また、BMWは自動運転技術を搭載したテスト車両「Connected Drive」を発表した。車両には360°検知可能なレーダーシステムや複数のカメラを搭載し、車載コンピューターでステアリングやアクセル、ブレーキを自動制御出来る。アウディは、その技術力の高さを「自動でドリフトできる」とアピールした。そのほかにも日産やGMなど、自動運転車の開発を進めているメーカーは数多い。

一方、加熱する自動運転車とは一線を画す姿勢を明確にしたのがトヨタだ。トヨタは2013年のCESでの記者発表会において「クルマは人間が運転するものであり、自動運転技術はその補助でしかない」と自動運転車には懐疑的な姿勢を示した。確かに事故を未然に防ぐための様々な技術は自動運転車の実現に寄与する。しかし、それらはあくまでもドライバーの安心・安全を確保するためのものであり、クルマに自律走行させるためのものではない、という考えだ。その方針は、展示ブースを見ても明らかだ。2014年、展示エリアに初のブースを設けたトヨタは、米国市場での展示としては初となる燃料電池車やコンセプトモデル「FV2」、電動モーターを利用した小型自動車「i-ROAD」など、実現性が高く、人にも環境にも優しいクルマの展示に徹していた。記者発表会でも、燃料電池車の普及に向けた取り組みとして、量産車を市場投入するほか、2億ドルの投資による水素ステーションの設置を発表しており、環境問題に敏感な米国市場にトヨタのエコに対する取組をアピールした。自動運転車に注目が集まる中で、Googleの自動運転車のテスト車としてプリウスを提供しているにも関わらず自動運転技術には触れなかった点に、「クルマの本質」を追求するトヨタの姿勢が見て取れた。

▲燃料電池車への注力を明確化したトヨタの展示ブース

クルマ市場は家電メーカーの次のターゲット

自動車メーカーと機器メーカーとの提携が相次いで発表され、自動車産業以外のメーカー各社がクルマ市場に注目していることを印象づけたのも今回のCESの特徴と言える。エリクソンはボルボとともにクラウド型車載インフォテイメントシステム「Sensus Connect」を発表した。SamsungはBMWとの提携により、同社のスマートウォッチ「GALAXY Gear」でBMW初の電気自動車「i3」を操作するサービスを発表した。

▲BMWのi3とGALAXY Gearとの連携をデモ展示するサムスンブース

また、米スマートウォッチメーカーのPebbleも高級感あふれる新製品「Pebble Steal」をメルセデスベンツの車載システムに対応させたことを発表した。スマートフォン向けアプリ「Digital DriveStyle」との連動により、燃料残量や施錠状態の確認、駐車した場所の管理が可能となる。

▲メルセデスベンツブースではPebbleで車両状況を確認

しかし、最も劇的な動きを見せたのがパナソニックだ。パナソニックは昨年のCESで自動車関連事業の強化を発表していた。今年のCESでは企業向けソリューションの提供に注力することを強調、ブース展示もその戦略を如実に表すものとなっていた。その中でフロントガラスに情報表示するヘッドアップディスプレイや自動運転技術、EVベンチャーのテスラモーターズに提供中のリチウムイオン電池など、クルマ関連技術を数多く展示していた。パナソニックは、2018年には自動車関連事業の売上を現在の約2倍にまで引き上げることを目指している。これまで家電関連事業で培った技術を自動車関連事業に適用させることにより、韓国や中国企業に押され苦戦する消費者向け製品から、新たな市場として注目される自動車産業を中心とした企業向けビジネスにシフトしたことは、消費者向け製品を紹介する展示会の主旨に反するとはいえ、仕方のない流れなのかもしれない。

▲パナソニックブースではリチウムイオン電池を展示)

チップメーカーも「クルマ」に

チップメーカーも、クルマを重要ターゲット市場として捉えているとうに見受けられた。前述のNVIDIAとアウディの取組のほかに、モバイル向けチップセットでNo.1のシェアを持つクアルコムも、車載システム向けプロセッサー市場への参入を果たした。「Snapdragon Automotive Solution」として、車載向けアプリケーション・プロセッサー「Snapdragon 602A」とLTEモデムIC「Gobi 9X15」、Wi−Fiチップ「QCA6574」とBluetooth LE 4.0対応モジュールを発表し、これらの無線通信を実現する「Snapdragon Automotive Development Platform」の実現を進めている。更に、2014年9月より開催される電動フォーミュラカーのレース「Formula E」への技術協力を発表しており、実際にラスベガスでレーシングカーを走行させるデモイベントを大々的に行った。クアルコムのCEOであるPaul E. Jacobs氏は「スマートフォンの次は車がモバイルになる」とコメントし、自動車産業への本格参入を強烈にアピールした。

▲クアルコムブースではクルマを2台も展示するなど、
クルマ市場参入の本気度をアピール

モバイルデバイス化するクルマ

以上に紹介した各社の取組からもわかるように、自動車メーカーはスマートフォンや家電の技術を取り込むことにより、製品の生産サイクルの短縮化を図り、車載関連製品の早期市場投入を試みているといえる。そしてその動きを一挙に加速化するのがGoogleとAppleだ。

これまで自動車関連メーカー各社が独自に進めていた車載システム関連技術の標準化を目指す取組として、本誌2014年1月号で紹介したGoogleによるAndroidプラットフォーム搭載促進を目指すアライアンス「Open Automotive Alliance (OAA)」の立ち上げや、2013年6月にAppleが発表した「iOS in the Car」、Linux Foundationが立ち上げた車載システムの共同開発を目指すワーキンググループ「Automotive Grade Linux(AGL)」などがあげられる。GoogleとAppleの車市場参入により、モバイルの技術を基盤とした車載システムの開発サイクルが急激に速まると考えられる。

表

更に、これまで独自技術に頼ってきた車載関連システムに既存のモバイル技術を応用することで、クルマの情報化が急激に加速されるだけでなく、ライフサイクルの長いクルマであってもOSアップデートにより常に最新機能やサービスを利用することができるようになる。また、既にGoogleやAppleが抱えている開発者により、これまでとは全く異なる新たな機能や利用シーンがクルマに追加される。クルマはあらゆるモノや情報をつなぐ新たな「モバイルデバイス」となりうるのだ。

家電やスマートフォンが飽和状態にある中で、新たな市場として各社がこぞって参入するクルマ市場。クルマのモバイルデバイス化に伴い、単なるクルマ内の情報化だけでなく、クルマそのものが発信する情報を活用することにより、事故の激減や交通渋滞の緩和などに寄与することが期待できる。2014年のCESはそのことを具現化し、クルマの大いなる発展を予感させるイベントだったといえる。しかし、ひとたび日本市場に目を向ければ、少子高齢化や若者の車離れなど必ずしも順風満帆とはいかない。更に日本では、移動手段としてのクルマが必然である米国とは異なり、代替となる様々な交通手段が発達している。都市部への人口集中が加速するなかでレンタカーやカーシェアリング等、維持費をかけずにクルマを利用できるサービスも増えてきている。 そのような中、新たな技術を活用し「クルマの必然性」を創出する製品やサービスの登場に期待したい。

吉岡佐和子

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