2014年5月26日掲載

2014年4月号(通巻301号)

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InfoComモバイル通信T&S

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巻頭”論”

2020年代に向けての情報通信を展望

今年2月24日〜27日スペインのバルセロナで「Mobile World Congress2014」が開催され、世界中からモバイル通信関係者が集まる大イベントとなりました。今年の特徴としては、モバイル端末の新製品の発表や新しいデバイスの登場といった例年の展示の華々しさではなく、逆に地味な印象ですが通信業界の事業基盤に大きな影響を与える動向の指摘がいろいろな講演や発表の場で見られました。こうした論議の中から、2020年代に向けて情報通信を展望する際の参考となるポイントをキーワード的に整理し、それを踏まえて情報通信基盤整備への課題を提起してみたいと思います。テーマ設定が大き過ぎるので論理が散漫になりそうで少し不安ですが、お読み下されば幸いです。

先ず、成熟化しつつあるモバイル通信業界と進展著しいIT産業を展望すると以下の5点に整理できると考えています。

  1. インフラ分野では、通信事業の「コネクト化」の取り組みが進み、4G/5Gネットワークと光ファイバー網の統合運用とWi-Fiの有機的な利活用が図られる。さらなる高速化とスモールセル化および多様なインフラ構築主体の登場と連携が起こる。
  2. 技術サイドでは、通信網のソフトウェア化、マッシュアップ化が進み、SDNやNFVが導入されてネットワーク効率が向上し、設備コストが大幅に低下する。
  3. IT産業ではクラウドとビッグデータ処理・解析手法がますます大規模化・多様化して、一国に閉 じた通信インフラを超越した存在となる。
  4. サービス面では、ユーザー向けサービスはほとんどがスマートフォン連携となり、センサーの多様化・小型化・省電力化・低価格化などが進んでIoT(M2M)が個人や家族生活、社会活動に不可欠のサービスとなる。
  5. 上記を受けて、ICT/通信事業者の収益構造は変化せざるを得ず、インフラ事業者であれOTTプレイヤーであれ、エンドユーザーからの収入だけに依存することなく、エンドユーザーへの具体的なサービスを生み出す中間的なパートナー/連携事業者からの収入を追求する構造に変化する(コネクト化)。例えば、現状の広告モデルだけでなく、卸売やレベニューシェアなどが一般化して収益構造が複雑化して不安定となる。パートナーから選ばれるICT事業者の時代が到来する。

以上のような展望の背景は今年のバルセロナでさまざまな関係者からキーワードとして発信されていましたし、既に実際の開発計画や事業活動として実行されているものも多いと感じました。今年2014年は将来時点で振り返ってみた時、通信事業者の事業モデルの変わり目だったということになるのではないでしょうか。

ちょうどその時に、我が国では総務省の情報通信審議会が「2020年代に向けた情報通信政策の在り方―世界最高レベルの情報通信基盤のさらなる普及・発展に向けて―」の諮問を受けて、“2020―ICT基盤政策特別部会”を設置して検討が始まりました。既に新聞やインターネット上などでは、NTTグループの固定サービスと携帯サービスに課された規制を緩和してセット販売・営業を認めるのかとか、最近何かと話題のMVNO事業を一層進めるための方策などが取り上げられており、さらには   現在のモバイル通信料金が諸外国と比べて高過ぎるのではないか、家計支出に占める通信費の負担が増している、との指摘まで見られるようになっています。ICTに関する機器代金やサービスレベル全般を取り上げでの論評なら理解できますが、計数の取り方などを踏まえた比較でないと本来の意味は薄いと思いますし、通信費の家計負担が重くなっているのは事実としても、そもそも家計収入が減っている中での現象であり、デフレ経済全般がもたらした事象とも言えるものです。見方を変えると、ICT産業が価格の引き下げだけに頼らず、サービス水準の向上によってこの間のデフレに挑戦してきた、いわば失われた20年を乗り越える尖兵だったとも評価できるものでしょう。私はこの場でモバイル通信料金の水準は低いとか適正であるとか言うつもりはまったくありません。むしろ、現実に日常に起こっているMNPによる通信会社乗り換え勧誘の行き過ぎ=過剰なまでの顰蹙を買うレベルにまで達している“キャッシュバック”には呆れています。本来あるべき市場競争がゆがめられてしまっています。この問題を政策当局がすぐにでも改善するような呼び掛けや指導、さらには取り得る政策手段を総動員するなど早急な解決を望んでいます。回線乗り換えを意図的に頻繁に繰り返す者にだけ大きな利得が得られる仕組みは一日も早く改善すべきものです。その昔の店頭でのゼロ円端末の配布のようなことは、人々の健全な価値観に悪い影響を与えかねません。要するに、既にマスコミ各紙で取り上げられていることは、現状の矛盾の解決策であって、本来2020年代の情報通信基盤に関するものとは違っています。折角、数多くの有識者が参加して議論する場が出来たのですから、真の意味で2020年代の展望を示して国家の戦略に繋がる方向が導き出されることを期待しています。2011年の前回の議論、“光の道”の再現はもう結構です。光ファイバー回線でいえば、整備水準は目標の域に高まりましたが、このままでは普及は飽和のレベルに近づきつつあるように見えます。単純な料金水準だけではない、普及と利用を促す具体的な仕組みが求められています。整備水準の向上は計画経済的に整然と進められて来ましたが、普及促進や利活用の推進は計画できるものではないだけに本当に難しい課題となっています。これこそが“光の道”論争から得られた貴重な教訓でしょう。

2020年代を展望するにあたって、以下3点の基本認識・課題を提起して、今月の巻頭“論”を終えたいと思います。第1は、ICT投資が経済全体に与える乗数効果の認識を高める必要があることです。ICT投資の乗数効果は、当社情総研(ICR)の算定によると(2014年3月4日発表「2013〜2016年度経済見通し」)、3年後には2.3に達して一般投資の乗数1.2の約2倍となっています。つまり、ICT産業全体は市場規模が82.7兆円(2011年)と大きく、名目国内生産額に占める割合も9.0%に達して自動車産業を越えるレベルにあり、その上投資の乗数効果が高いので経済効果が大きいと分っているのに経済政策上注目を集めることはそれ程多くはありません。それは(1)ICT投資がすべての産業に渉って実施されているので注目度が分散されてしまうこと、(2)政府の所管官庁も多岐に分散していて中核的な役割を果す担当部局が明らかでないので、分野をまたがる優先度の調整が難しいこと、(3)個人情報や著作権の保護と利活用など変化が速く、かつ利害対立の厳しい分野に大きく依拠していること、などが挙げられます。しかしながら、効果が大きいことが分っていますので、ICT投資の促進を図るべく、財政・税制上の措置や学問分野としての「ICT経済」の研究自立、また政策当局の横通しや体系化の促進が求められるところです。第2は、通信インフラの成熟化とサービスプラットフォームの重層化・多様化が進展して新しいビジネスが大きく伸びると想定されるのは当然ですが、その際の付加価値の源泉が利便性向上から情報の量と解析に変化していくことです。この時、個人情報や各種の情報取得と利活用の基準作りやコンセンサス作りが課題となりますし、

通信会社に義務付けられてきた通信の秘密の保護のあり方も新しい課題となります。内外を統一したOTTプレイヤーを取り込んだ通信規制(緩和)の水準を探らなければなりません。

最後に、日本の将来を情報通信基盤から展望すると、グローバル化、特にアジア太平洋地域の中でのハブ構築が急務です。単に地理的な存立を争うだけでなく、サービス基盤の整備、防災や社会的安定、制度への信頼、さらにハブ間での協力・協調を促進するなど国際的な情報通信基盤の地理的・経済的・技術的なハブ機能を日本が果たすことがアジア太平洋地域の政治的/経済的連携に貢献する道筋であると考えます。2020年代の情報通信基盤を日本国内だけで展望してはいけない時代となっています。

株式会社情報通信総合研究所
相談役 平田 正之

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