ホーム > 研究員の眼 2012 >
研究の眼
2012年4月27日掲載

「オーディオブック」の新たな展開

グローバル研究グループ 酒井順一朗
[tweet]

昨今電子書籍の動向が話題になっている。そこで、本稿では同じ電子書籍でも、目ではなく、「耳」で読む「オーディオブック」の新たな動向に着目していきたい。

そもそもオーディオブックとは、書籍を読むのではなく、聞くことを目的に音声化された作品のことを指す。このオーディオブックは小説などの物語を音として楽しめるだけでなく、そのコンテンツが「音」であるという特性を活かして、物理的な本を読むことが困難な場所やランニング中などでも利用すること可能となっている。

実は私自身も数年前からオーディオブックを愛用している。オーディオブックを使い始めるまでは、読みたいと思って本を購入するものの、なかなか読了できない、いわゆる積読の常習者であった。それがオーディオブックに出会ってからは、イヤホンを耳に入れてスイッチ・オンするだけで、いつでもどこでも読むことができ、定期的に本が読了できるようになった。これまでは忙しくて本を読む時間など中々とれないと思い込んでいたが、オーディオブックを使い始めて、一日の中で耳は使える時間というのは結構あるのだなということを実感している。

オーディオブックは、もともとアメリカでCDやカセットテープに録音されたものが自家用車のカーオーディオで移動時に利用されることで、早期から大きな市場が確立された。一方日本では、1980年代から一部の書店やCDショップのほか、通販会社によるパッケージ販売も行われたが、市場規模はなかなか拡大しなかった。その理由としては、ライフスタイルの違いが先ずあげられる。アメリカに比べ電車等で移動することが圧倒的に多い日本では、オーディオブックの主流媒体であったCDやカセットテープを持ち運ぶという需要が見込めなかったことがある。さらに、移動中にオーディオブックを楽しむためにはウォークマン等の携帯音楽プレーヤーを持ち歩く必要がある。ところが当時はそれら携帯音楽プレーヤーそのものについても、重さや電池の持ち等、課題が多かった。また、価格が、文庫が300円以下の時代に3,000円を超えていたこと、も理由としてあげられている。

しかし、昨今では日本でもオーディオブックが少しずつ普及しはじめている。「電子書籍ビジネス調査報告書2010」によると、2009年調査の段階で日本のオーディオブック(ダウンロード)の市場規模は約10億円とアメリカの1/26程度でしかないものの、市場が右肩上がりで伸びてきていることは間違いないとしている。その背景には、(1)iPodをはじめとしたMP3プレーヤーが普及し、持ち運びが便利なった点、(2)おおむね書籍と同等の価格でオーディオブックが提供されるようになった点などが想定される。

また特にここ数年はその伸びが顕著で、日本最大のオーディオブック事業者である「Febe」(フィービー)において、2009年度は1万人だった会員数が、2011年度には7万人を超え、月間で1万冊以上を売り上げるようになった。このような更なる市場の拡大の背景には、以下の理由が考えられる。

第一にオーディオブックを利用できる端末が増加したことがあげられる。これまでは、オーディオブックを聞くためにはCDやカセットテープ、またはMP3プレーヤーといった、コンテンツを再生する専用のプレーヤーを携帯する必要があった。ところが近年ではスマートフォンや、タブレットを含めた多機能な端末が急速に普及した。そこで、音楽・書籍などのコンテンツをダウンロードし楽しむことが日常化した。それらの端末を利用して、新たにオーディオブックをダウンロード・再生するユーザーが増えていると想定される。実際にFeBeのユーザーは、iPodのような音楽再生端末だけでなく、それ以外の端末による利用者が徐々に増えはじめる傾向にある。

IDC Japanによると、2011年のスマートフォン出荷台数は、前年の約3.6倍に相当する2010万台となり、2012年には3000万台になる見込みだそうだ。また、ICT総研によると、タブレットを含めた電子書籍閲覧端末の出荷台数は2010年度には90万台であったものが2011年度には倍増の195万台にまで増加。その後も順調に増加し、2015年度には2010年度比8倍超の745万台まで拡大するものとしている。このような端末の更なる普及がオーディオブックにとって更なる追い風になるものと考えられる。

第二に出版社や書籍の作者がオーディオブックでの提供に積極的に取り組むようになってきたことがあげられる。最近の例では『もし高校野球の女子マネージャがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』、『超訳 ニーチェの言葉』、や石田衣良の「池袋ウエストゲートパーク」シリーズなど、ベストセラーのオーディオブック化も進んでいる。このような動きの背景には、オーディオブックの実売数が電子書籍と比較しても一定の売上が見込めるようになったことがある。前述のFebeでは、オーディオブックの販売部数が新刊で年間500〜1000部程度、人気作になると2000部を超えることも珍しくない。大手のAppStoreでも、電子書籍販売数の多くが1000部に満たないことと比較しても一定の存在感があると考えられる。

以上のことから、オーディオブック市場が拡大基調にあることは間違いない。しかしながら、今後のさらなる普及には、いくつかのクリアすべき課題が存在する。一つは出版社のオーディオブック化の手続きの簡便化であり、もう一つはオーディオブックの認知度の更なる向上である。

現在、出版社はオーディオブックを提供する際に、筆者とその都度オーディオブック化の契約を交わしている。この手続きの煩雑さがハードルとなり、なかなか前に進まないという事例がいくつもでている。これを解消するには出版社が筆者との出版契約時に電子書籍化とともに、オーディオブック化も盛り込むなど手続きを簡素化し、少しでも優良なコンテンツを世の中に流通させやすくする仕組みが必要であると考えられる。

オーディオブックの認知度向上に関しては新たな試みを紹介したい。例えば、株式会社オトバンクが提供するiPhone用オーディオブック読上げアプリ「朗読少女」は、2010年7月に販売を開始してから現在までで70万ダウンロードを超えている。これは『羅生門』『銀河鉄道の夜』といった名著を「乙葉しおり」といった女の子キャラクターが朗読してくれるというものであるが、ここでは単に作品を読み聞かせるだけでなく、iPhoneのタッチパネルを通じて「乙葉しおり」に触れることで、彼女から話しかけてもらえるといった仕掛けもあり、今まで読書にあまり興味がなかった層がオーディオブックを利用するきっかけとなっている。
さらに近年の電子書籍の普及に伴い、電子書籍に朗読音声を付けるなどの電子書籍とオーディオブックのコラボレーション企画も増え始めている。

読書には目で読むだけではなく、「耳で読む」というスタイルもあるという認識が1日でも早く日本にも根づき、日本でオーディオブックがさらに発展していくことを一ファンとしても期待したい。

<出典>

▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。