ホーム > 研究員の眼 2012 >
研究の眼
2012年10月12日掲載

Sprint買収を目指すソフトバンクの戦略と今後

このエントリーをはてなブックマークに追加

ソフトバンクは12日、米携帯3位のSprint Nextelへの出資を検討との報道について「協議していることは事実」とコメントするも、現時点で決定した事実はないとしています。以下はこの買収報道から見えてきた、弊社グローバル研究グループによる見解をまとめたものです。

(1) Sprintは、前向きに検討したいはず

Sprintは一時の不振から脱しつつある。加入者数やARPUの回復基調が見られ、アナリストの評価も良くなってきている。ただし、決算レベルではまだ赤字と黒字を行き来する状況が続いている(2012年上期は8.84億ドルの赤字)。
 一方で、上位2強との差は、容易には埋まらない状況だ。加入者シェア、直近の純増、ARPUなどの経営数値面だけでなく、ネットワーク品質の評判やブランド力でも、Sprintは2強にはなかなか勝てないのが現状である。その意味では、かつてのソフトバンクと似た境遇、といえるかもしれない。
 こうしたなか、T-Mobile USAはメトロPCSとの合併に動いている。これが成功すれば、Sprint自身が買収で強くなる相手としては、合併後のT-Mobileのみとなる。というのも、2強がさらに強くなるような買収は競争当局からNO(AT&TとT-Mobileの件)とされたからである。  その意味では、負け組だったVodafone Japanを買収して立て直した孫社長の手腕をSprintでも、という期待感をSprint側が抱くことは理解できるし、規制当局などもそのように考える可能性はありそうだ。

(2) ソフトバンクグループの海外戦略を、一層広げる効果

ソフトバンクグループの海外戦略の中で考えてみると、ソフトバンクは中国、インドを中心としたアジアを2008年からずっと押してきた。「アジアナンバー1戦略」というのを言い続けている。その内訳は、アリババ、Renren(中国)、Inmobi、Bharti(インド)と上位レイヤー。しかし、最近の世界的なスマホの普及で、通信事業の方が儲かると思ったのではないか、と考えることも可能だ。
 なお、国際関係を見ても中国、インドといった、国内制度が曖昧、将来性は期待できるも事業環境が未成熟など、すぐに大きなお金になりにくい国々よりも、先進的かつ規模が大きい米国市場でスマホを中心としたデータ通信料金による安定的収入を狙ったのでは、という見方もできよう。アリババですら、売上は安定的とは言いづらい
 孫社長としては、「アジアナンバー1戦略」から「世界ナンバー1戦略」へ、とスケールアップしたメッセージを出せるようになるかもしれない。

(3) 買収審査は、外資規制面、競争環境面で行われるだろう

国家安全保障面および競争環境整備面での検討は、行われるだろう。過去の通信業界関連での買収審査では、ドイツテレコムがVoiceStreamを買収(現T-Mobile USA)した際に行われたが、買収は認められた。また、NTTドコモによるAT&T出資時には、ハート・スコット・ロディノ反トラスト改正法でも審査対象となった。その他、米大手への外資出資でいえば、Verizon Wirelessには英Vodafone資本が45%入っている。最近ではAT&TによるT-Mobile買収が規制当局から認められず、ということがあった。これは、競争当局(司法省)がNGを出した。
  今回のケースは、買収でSprintが上位2強に対抗できる競争勢力になりえると評価されれば、むしろ歓迎される可能性もありそうだ。

(補足)世界の通信事業者における買収、合併、出資のトレンドでいうと、この10年来、新興市場への出資はあるものの、先進市場では外資が撤収する動きも見られる。海外出資の雄であるVodafoneも、ここ数年は出資先を厳選し、一部撤収する動きにある。その状況下だけに、今回のソフトバンクの動きは海外から見ても目立つように映るのではないだろうか。

(4) 通信方式の互換性は、LTEで。iPhoneはローミング利用に対応可能

ソフトバンクグループはW-CDMAとFDD-LTEを自社で、TD-LTE(AXGP)をWCPからの卸で提供している。SprintはCDMAが軸で、LTEは2012年に始めたばかりである。加えて、旧NextelのiDEN網を運用しているが、ここは主にMVNO向けで、いま設備運用を終了させる動きの只中にある。 Sprintは、FDD-LTEは、2013年末の全国カバーを目指す計画だが、Band25(1.9GHz)で展開しており帯域面ではソフトバンクとの親和性はない。今後LTEに転用する予定のBand26(850MHz)が、Band5と共通帯域である。
 ただし、両社ともiPhoneを扱っており、iPhone5では、両社のLTE網をローミング利用することが可能だ。(3Gローミングは、SprintのiPhone4S、iPhone5であれば可能。SBMは、iPhone4Sなら可能。)
  なお、ソフトバンクが提供する米国でのパケット使い放題サービスにおいて、提携している通信事業者はAT&TとT-Mobileであるが、買収後はこの対象事業者にSprintが加わるものと考えられる。

(5) TD-LTEの米国での広がりには追い風

Sprintは、いわゆる4G展開については、FDD-LTEとTD-LTEを併用する計画を明らかにしている。TD-LTEは、提携するWiMAX事業者Clearwireが2.6GHz帯でTD-LTEに移行する、というプランを活用する計画だ。これは、WCPが提供するAXGP方式と、方式でも帯域でも互換性があり、ソフトバンク端末のSprint網でのローミング利用(その逆も)が可能だ。
  なお、Sprintは1600MHz帯の衛星免許を活用したモバイル通信事業プランを描いていたLightSquaredと、設備の共同運用で提携し、ここでもFDD-LTE導入の可能性があったが、LightSquared社の事業が頓挫したため、2012年3月に提携解消となっている。

(6) 端末の共同調達の効果は、ある程度見込めそう

大手通信事業者が共同調達した過去の海外事例は、あまり多くはない。完成品レベルでの端末調達コストは、端末メーカーとの交渉次第になるが、効果が出るかどうかを左右するのは、おそらくiPhoneではないかと思われる。なお、現状のiPhone5では、両社で採用モデルが違う(ソフトバンクは「GSM A1429」、Sprintは「CDMA A1429」)。
 また、SprintはiPhone導入(2012年から販売開始)にあたり、4年間で155億ドルをコミットしたと言われており、このハードルの高さが業界内ではかねてから指摘されている。一方、TD-LTE端末という観点では、大量調達しやすくなるため、コストダウン効果が見込めそうだ。

(7) 基地局の共同調達の効果は、ある程度見込めそう

基地局の大量調達による納入コストの低減は、ある程度見込めるのではないかと考える。ただし、設備構築には、基地局納入後のチューニングなど、アナログな作業にも多くの費用がかかり、これは共同調達によるコスト低減はあまり期待できない。(ノウハウの共有は期待できる)

(8)日米でのFMC的な事業展開は期待薄

Sprintは、経営難から2006年に固定通信事業をスピンオフ済であり、国内で動きがある固定通信と移動通信をまたぐようなサービス提供への期待は、現時点では難しそうだ。

(9) ソフトバンクは、現地に在住・長期滞在の日本人の顧客取り込みで優位に

現在、アメリカには約40万弱の在留邦人がいる(外務省平成23年10月)。彼らに対して、NTTドコモやKDDIは現地子会社を通じて、顧客取り込みの動きを見せている。ソフトバンクもこの買収により、Sprint経由で同様のサービス提供ができるようになる。SprintはVirgin、Boostといったプリペイド中心のブランドも持っており、販売網も全米にあるため、在留邦人等の囲い込みでは、ドコモUSA等より遥かに優位だ。

(10) Sprintの先取的な企業カルチャーに、ソフトバンクとの親和性を期待

Sprintは元来、新しいサービスや技術をいち早く取り入れるカルチャーのある通信事業者だった。ハッセ現CEOは、企業再建のために請われてきた経営者で、一昨年までは事業見直し(新しい取り組みの撤収など)に注力してきた。だが、ここへきて事業の回復基調が見えてきており、先取的な取り組みに回帰する可能性はあると思われる。

このエントリーをはてなブックマークに追加
▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。 InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、編集室または弊社広報へご連絡ください。 広報担当(03-3663-7500 代表)