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研究の眼
2014年10月24日掲載

2014年 ノーベル経済学賞 ジャン・ティロール教授 通信政策の発展へも多大な功績

(株)情報通信総合研究所
マーケティング・ソリューション研究グループ
副主任研究員 山崎将太

スウェーデン王立科学アカデミーとスウェーデン中央銀行は2014年10月13日、2014年度ノーベル経済学賞(正確には、アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞)を仏トウルーズ第1大学のジャン・ティロール教授(※1)に授与すると発表した。

ティロール教授の研究領域は、ゲーム理論、産業組織論、規制の経済学、組織の経済学、マクロ経済学、ファイナンス、行動経済学など極めて多岐にわたるが、同氏はそれぞれの分野で第一級の研究を行ってきた。また、ゲーム理論や産業組織論、規制の経済学などの専門著書も数多く執筆しており、そのいずれもが世界各国の大学院生や研究者にとってのバイブルとなっている。とりわけ、1988年に公刊された産業組織論のテキストであるThe Theory of Industrial Organization(MIT Press)は、出版されてからほぼ30年が経過しているが、今日に至るまでこの分野の記念碑的な作品のままであり続け、その輝きは少しも失われてはいない。その意味で、同氏のノーベル経済学賞の受賞は極めて順当な結果だといえるが、今回の受賞は、「市場支配力と規制」に関する貢献に対してである(※2)。

受賞対象領域におけるティロール教授(及び同氏との共同研究者)の代表的な研究を大まかに類型化すれば、次の2つの研究系譜に分類される。その第1は、寡占的な競争環境下での企業の垂直的統合は経済のパフォーマンスにどのような帰結をもたらすのかというものである。ティロール教授は、寡占競争に直面している企業の垂直統合が、当該市場での市場支配力を増大させたり、ライバル企業が市場から締め出される(market foreclosure)のはどのような条件が成立する場合か(垂直統合は市場支配力を高める手段となり得るかどうか)についての研究を行い、競争政策上、企業の垂直統合がプラスの効果を発揮する可能性があることを理論的に裏付けている(※3)。

第2は、規制主体(規制当局)と被規制主体(企業)との間に(原価や生産コストに関する)「情報の非対称性」が存在する場合(例えば、製品・サービスの生産コストに関する情報を企業は保有しているが、規制当局は企業のコストに関する十分な情報を有しないといったように、情報が経済主体の間で偏在している状況)、規制当局はいかなる公的規制を企業に課すのが望ましいかという制度設計に関する研究である。このような問題に対し、ティロール教授は、規制主体(規制当局)と被規制主体(企業)との間に情報の非対称性が存在する場合には、被規制主体(企業)側に一定の「レント」(利潤)を獲得させておくことが望ましい可能性があることを理論的に明らかにしている(※4)。

このようにティロール教授は、企業戦略の相互依存性や情報の非対称性が存在するものでの企業の戦略的行動やその帰結、及び規制制度の最適設計に関して理論的な貢献を果たした。さらに、同氏は、自身の研究を応用しつつ、通信政策の制度設計に関する研究も行っており、今回のノーベル経済学賞は情報通信産業における制度設計の問題とも密接に関係している。

情報通信産業における規制・政策においても、企業の垂直統合と市場支配力との関係、設備の不可欠性と接続料金設定といった公的規制の問題が議論の遡上に乗るが、同氏は故・ラフォン教授と共同でテレコム産業の規制制度の設計をテーマとした著作(Competition in Telecommunications、MIT Press、2000年)を出版している。

同書では、全てのサービスに対して一律にコスト・ベースの料金設定をすることが常に望ましいわけではないこと、つまり設備の卸売料金(接続料金)や小売料金を設定する際、コスト・ベースに応じて一律な料金設定がなされると、市場競争が歪められ経済厚生が減退してしまう可能性があること、プライス・キャップ規制に対して過度な期待を抱くべきではなく、料金設定の柔軟性から得られる便益を無視すべきではないことを指摘している。直観的には、コスト・ベースの接続料金設定や無差別な小売料金設定が経済厚生上望ましいようにみえるが、ティロール教授はそのような主張が常に正しいとは限らないことを理論的に精緻な形で明らかにしたという点において、通信政策に対する新たな視点を提供している。

このように、ティロール教授は、通信政策に関する分野でも極めて重要な貢献をしており、各国の通信政策にも多大な影響を与えきた。情報通信産業の競争環境や、サービス・技術は、これまで以上に、急速かつダイナミックに変化しているが、同氏の研究は、今後の通信政策の制度設計を行っていく際にも常に参照すべきものであり続けることに疑いの余地はない。

我が国においても今回のノーベル経済学賞を契機に、これまで以上に学術、実務、政策当局とのインタフェースが強化され、ダイナミックな環境変化に相応しい通信政策が遂行されることを願う次第である。

※1 ティロール教授のHPは、http://idei.fr/vitae.php?i=3

※2 ノーベル経済学賞のプレスリリースは、http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/economic-sciences/laureates/2014/press.html)。専門的な解説については、http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/economic-sciences/laureates/2014/advanced-economicsciences2014.pdfを参照されたい。

※3 より詳細な議論については、Tirole, J. (1988).The Theory of Industrial Organization Cambridge, MA: MIT Press.、Rey, P. and Tirole, J. (2007). A primer on Foreclosure. In Armstrong, M. and Porter, R. (eds.), Handbook of Industrial Organization, Vol V.Elsevier.等を参照されたい。

※4 より詳細な議論については、Laffont, J-J. and Tirole, J. (1993).The Theory of Incentives in Procurement and Regulation, MA: MIT Press.を参照されたい。

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