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「NTT株に学ぶドイツテレコムの株式上場」 | |
(96.11) | |
1.はじめに ドイツにおいては電気通信の規制緩和はイギリス、わが国等に比べそのスタートはかなり遅れたが、1998年1月から実施予定のEUの完全自由化を目指し、急ピッチで国内体制の整備が進められている。ドイツにおける電気通信は他の多くの欧州諸国と同様に長年にわたり国営独占とされ、Deutsche Bundespost (ドイツ郵電省)がその任にあたってきた。1989年7月に至ってようやく電気通信、郵便及び貯金が分離され、 電気通信部門は独立の事業体(日本の公社に相当)Deutsche Telekom (以下ドイツテレコムと呼ぶ) となった。この時点では、端末機器、データ通信、衛星通信、移動体等の市場には新規参入が認められたが、電話等の基本的な通信サービスはドイツテレコムの独占とされた。 1994年7月に電気通信の民営化が可能となるよう憲法が改正された。これを受けて1995年1月1日に、イギリス、日本に遅れること10年にして、ドイツテレコムは株式会社化された。同社の発行済み株式は額面が5マルク(約370円、1マルク=74円、以下同様)、株式総数は20億株、従って資本金は100億マルク(約7400億円)となっている。 一方、新電気通信法が7月5日に成立したことにより、1998年1月1日からの電気通信市場の自由化の枠組が確定した。これにより、電気通信市場の全分野に競争が導入されることとなった。これを契機に郵電省は廃止され、独立の規制機関(責任者の任命等は経済大臣が行うが、実質的には独立して機能する)が設置されることなっている。 また、株式会社されたドイツテレコムの株式の放出が11月18日に予定され、ドイツ及び、ニューヨークの他、東京証券取引所にも上場されることになっている。ここでは、NTT株放出の失敗例?に学んで個人投資家を引き付けるための種々の工夫がこらされているのでその概要を紹介することとしたい。 |
2.ドイツテレコム株放出の枠組 |
(1)経営状況 ドイツテレコムは1995年1月1日に資本金100億マルクの株式会社に改組されたが、発足時には、その株式は100%政府が保有した。この点はNTTと同様である。但し、日本の場合NTTの民営化(正確に言えば、株式会社化)と同時に、競争導入がなされたのに対し、ドイツテレコムの場合には本格的な競争導入が1998年1月からとなっている。3年間の準備期間があり、この間に競争に備え企業体質の強化を図るという面からのメリットは大きいと考えられる。また、NTTの場合には競争の促進という「政策的配慮」もあって、1985年の発足時に1:40であった市内通話料金と長距離通話料金のリバランシングは見送られた。その後、1995年3月の基本料金の改定はあったものの、通話料金自体のリバランシングは未だ実現していない。これに対して、ドイツテレコムの場合には、本年1月の市内通話料金の引き上げと長距離通話料金の引き下げによって、市内と市外の料金較差は1:4に迄縮小している。 この影響もあって、株式会社化初年度のドイツテレコムの経営は極めて好調である(表1)。
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(2)株放出の枠組み ドイツテレコムの株式については2000年迄はその3分の2は政府が保有することとされている。これは政府が3分の1以上を保有し、 当面は2分の1の株式を売却することとしたNTTの場合と政府保有の割合こそ異なるものの、政府が一定の割合を保持し続けるという意味では同様の枠組みであると言えよう。(その意味では両者とも厳密な意味での民営化と言えるかどうかは議論のあるところであり、本稿では「株式会社化」という用語を使用している。) しかしながら、株式の放出方法は大きく異なる。NTTの場合には政府が保有していた株式が売却され、その売却代金は全て国庫に入ったのに対して、ドイツテレコムの今回の株式売却は新株発行の形で行われることである。即ち、時価発行増資という形であり、売却代金は全てドイツテレコムに入り、1995年12月末現在の負債総額が1103億マルク(8兆1600億円)にものぼる脆弱な財務体質の改善に寄与することとなる。 発行予定株式数、発行予定価格等は未だ公表されていないが、1株30マルク(約2200円)で約5億株を発行し、調達額は、約150億マルク(約1兆1千億円)にのぼると予想されている。(ちなみにNTT株の売却収入は第1回が2.3兆円、第2回が5.0兆円、第3回が2.9兆円で、合計10.2兆円にのぼる。)いずれにしても、まず、ドイツテレコムの経営基盤の強化に寄与する形で株式を放出して株主を確保しようとしており、政府財政の再建のみを優先し、NTTの財務体質の改善をなおざりにしたわが国のやり方と大きく異なることは注目に値することである。また、この方法は何もドイツに特有な方法ではなく、マレーシア、ニュージーランド、ハンガリー等各国においても同様に増資の形での株式の放出が行われていることを忘れてはならない。 |
(3)個人株主に対する優遇措置 NTT株式の場合、放出直後こそ、おりからのバブル経済の波に乗って、大きく値上がりし、投資家の人気を集めたものの、結局は実力以上の株価は長続きせず、第3次の株式売却後は売却価格を大きく下回る結果となった。政府放出株を直接購入した株主全てが損失を被っているということは尋常なことではない。このため、その後の株式売却が実質的に不可能となり、株式会社化後11年を経過した現在に至るも依然として政府が約3分の2を保有し、NTTの民営化が未完成のままとなっていることは周知のことである。 ドイツにおいては、伝統的に株式よりもリスクの小さい債券を好む国民性の中で個人株主を確保する必要があることから、NTT株の失敗の経験から学んだのであろうが、様々な個人投資家優遇措置が講じられようとしている。その例を挙げれば以下の通りである。
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(4)ドイツテレコムの経営形態の明確化 わが国においては、NTTの株式会社化に当り、5年後に経営形態等の在り方を見直すこととされたが、この経営形態問題に結論が出される以前に株式の売却、上場がなされ、株主保護の観点から大きな問題を残した。これに対して、ドイツにおいては、政府が国際競争力の確保の観点からドイツテレコムの分割は行わないことを明言しており、この点でも投資家の保護が図られていると言えよう。又、わが国においては、日本電信電話株式会社法(以下「会社法」という)上の規程からNTTの海外進出が事実上制約され、結果として、NTTの成長力を限定し、株主から見た企業としての魅力を落としているが、ドイツにおいてはこうした制約はなく、ドイツテレコムも積極的な海外進出を図っていることも大きな違いである。 |
(5)外国証券取引所への早期の上場 NTTの場合には、外国人の株式保有が禁止されていたことから、ニューヨーク等海外の証券市場での上場が、1990年の会社法の改正によって外国人による株式保有が認められるまで待たねばならなかった。これに対してドイツテレコムの株式は売却と同時に、東京、ニューヨーク等での上場が予定されており、それだけ幅広い株主を獲得できる条件が早くから整っていると言えよう。 |
3.おわりに 以上見てきたことから明らかなのは、ドイツにおいては個人株主を確保するために種々の優遇措置が講じられており、また、ドイツテレコムの企業としての魅力を増すための措置も種々講じられていることである。政府財政の再建のみを優先させ、また、電気通信に関する種々の規制によってNTTの企業としての魅力を削いできたわが国とは対照的であると言わねばならない。しかしながら、過去を振り返って嘆くだけでは問題は解決しない。今後に向けて、NTTの企業としての魅力を増すことが最大の株主優遇措置であろう。そのためには分割論議に早く終止符を打つと同時に、規制緩和を進めることによって、競争環境下でNTTが自由な事業展開を図れるようにして行くことが不可欠であろう。 |
(経営研究部長 福家 秀紀)
(入稿:1996.11) |
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