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2001年4月掲載

イリジウムの教訓

 衛星利用の携帯電話システムのイリジウムは破産手続中だが、軍用の需要に支えられ、からくも営業を継続できることとなった。かってハーバード・ビジネス・スクールでも経営者の代表的なアグレッシブな決断と称えられながら、営業開始直後に破産に追い込まれたイリジウムの失敗の背景を探ってみたい。

■バーンダウンをからくも免れる

 66個の衛星で世界中どこでも携帯電話が使えるとして50億ドルもの設備開発投資で1997年に華々しく登場したイリジウムは、僅か6万程度の顧客しか集められず、1999年8月に破産手続に移行し、その衛星も順次大気圏に突入させ焼却処分に付される寸前にまでいったが、2万加入を契約していた米国防省が地球上の僻地通信の手段としてこのほど2年間7,200万ドルの契約を更新したのを軸に、このほど新会社Iridium Satelliteが僅か2,500万ドルで資産を買い取り、とりあえずは事業を継続することとなった。

 新会社は、6万の顧客があれば採算がとれるとして、ターゲットを海底油田採掘現場や遠洋航海貨物船等の僻地に絞り、かつ、電話だけではなくデータ通信やメッセージング・サービスにも分野をひろげるとともに、通話料金も従来の一分あたり5ないし7ドルを1.5ドルに値下げし、ハンドセットも小型化で高性能・安価なものに変えていく方針である。

■構想の発端は幹部夫人の着想

 イリジウムのアイディアは、1980年代終わり頃、モトローラ社の幹部が夫人とカリブ海のリゾートに保養に行ったときにさかのぼる。ようやくセルラー電話が普及し始め、旅行にも携帯電話を持参した夫人がエリア外で使用不能を嘆き、「地球上どこでも使える電話はできないものか」と嘆いたのを幹部が持ちかえり、モトローラ幹部会議でエピソードとして話した。それを南極・北極を含め地球全体をくまなく77個の低軌道衛星システムで実現する素案が役員会で審議されたが、「あまりに野心的過ぎる」という反対意見を強引に押し切り当時のトップであったガルヴィン会長(現在のガルヴィン会長の父)が「モトローラとしてやらないなら自分個人でやる」とまで述べて採択した。「イリジウム」というプロジェクト名はイリジウムの原子番号77に因んでつけられたものであり、のちに詳細設計の段階で衛星の個数が66個に削減されたが、変えられなかった。

■モトローラのすべての資源を集中して実現

 イリジウムの野心的な構想に刺激されて、同様に衛星を利用する携帯電話システムの構想がインマルサットのICO、さらにグローバルスターからも登場した。イリジウムは衛星相互間の通信機能ももたせた複雑なシステムであり、低軌道のため衛星の寿命も5ないし6と短く、最初からその膨大な設備投資で採算がとれるのかという疑問も提起されたが、モトローラは「一分あたり3ドル程度の通信料金なら採算点である100万加入者程度の獲得ができる」として全社あげて技術開発、製造のコストダウン、早期サービス開始、グローバルベースでの顧客獲得に取組んだ。関係者はいわば不眠不休で1997年にサービス開始にこぎつけた。

 野心的なビジネスプラン、経営者としての決断、その実現のための卓越した企業努力が、ハーバード・ビジネス・スクールで経営の模範例として高く称えられたのもこの頃であった。

 モトローラは子会社としてイリジウム社を設立し、さらに営業は世界各国にモトローラを中心株主とする現地法人を設立して、グローバルに活躍するビジネスマン等をターゲットに積極的な需要喚起につとめ、日本ではDDIも最大の出資者となった。

■惨めな需要と破産

 しかしサービス開始直後から顧客の獲得が思うに任せず、わずか2−3万にとどまり、イリジウム社も最初は「需要が伸びないのは現地法人や代理店の問題である」とし営業体制の刷新などの手を打ったが、事態はほとんど改善されなかった。最高では加入者数が63,000であったが、そのうち10,000程度はいわゆる「2000年問題」への保険という一時的なものだったとされる。

 そのうちに需要不振の原因はもっと根深いところにあるとの指摘がなされるようになった。すなわち、

  1. セルラー携帯電話の普及が予想以上の速さで進み、カバー・エリアも拡大し、かつ、料金が大幅に値下がりしたこと
  2. セルラーのハンドセットは急速に小型化され、かつ、安価になっていったのに対して、イリジウムのハンドセットは低軌道とはいえ衛星との通信のためどうしても大型にならざるをえず「煉瓦サイズ」と揶揄され、かつ、3,500ドルと高価であったこと
  3. イリジウムの通話料金が急激に値下がりの続いたセルラーに比して法外に高いこと
  4. 衛星との通信のため電波が弱く、ビル内等では十分な機能を発揮できなかったこと 等がそれである。

 結局、設備投資資金等巨額の銀行借入れの返済に行き詰まり、1999年8月には破産手続に移行せざるをえなかった。セルラーの巨人マッコー氏等も一時買い取りを検討したがうまくいかず、66個の衛星も順次大気圏に突入させ焼失させるという悲劇的な結末を迎えることとなっていた。

■他の衛星携帯電話システムも苦境

 ICOはもっと高度の高い位置に少数の衛星を打ち上げ、設備投資をすくなくする構想であったが、イリジウムの挫折から銀行・投資家筋も慎重になり、設備投資資金の調達が頓挫し、やはり破産手続に追い込まれた。

 グローバルスターはイリジウムよりやや遅れて一年前に米国でサービスを開始した。料金やハンドセットの価格もイリジウムより安く設定したものの、やはりセルラーという強力なライバルに押されて苦戦しており、今年初めから負債の償還がストップしている。

■各社の見とおしと教訓

 新イリジウムIridium Satelliteは、「旧イリジウムに比して、当社は大幅に低コストであり、あと4万程度の新規顧客を獲得できれば十分に採算に乗る」としている。たしかに50億ドルの資産をわずか2,500万ドルで取得したアドバンテージがあり、ハンドセットの小型化と改良、通話料金の大幅値下げなどもあるが、セルラーとの競争のほか、グローバルスターとの競争もあり、先行きは楽観を許さないとされている。

 イリジウムがうまく行かなかったのは、アイディアからサービス開始までに10年あまりもかかり、その間にライバルのセルラーが大発展を遂げたのが最大の原因であろう。パソコンは3カ月で旧モデルとなってしまうといわれるほど技術革新のスピードが速いが、携帯電話の世界でも10年はあまりに長すぎたといえよう。いかに革新的で立派なアイディアといえどもタイムリーに実用化されねばこの世界では、ニューヨーク・タイムズがイリジウム・プロジェクトを形容したように"fiasco" (大失敗、大ヘマ)のラベルを貼られることとなるのだろうか。

 折も折、親会社のモトローラ社も、広帯域部門以外のすべての部門が大幅な売上減に見舞われ、この1-3月の四半期には15年ぶりといわれる営業赤字を計上し、大幅な人員削減計画を発表した。もちろんIT産業全体がおしなべて減収減益決算を発表しているこの頃ではあるが、イリジウムの挫折もそれなりにモトローラの足を引っ張っているのも事実であろう。

寄稿 特別顧問 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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