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海外情報
2001年6月掲載

ブリティッシュ・テレコム、携帯電話事業を分離へ

 英国の代表的電話会社(旧国営)であるブリティッシュ・テレコム(BT)は、経営不振の責任をとってバランス前会長が退任するのを機に、懸案となっていた全面的な事業の再構築に踏み出した。BTの最大の課題は一時300億ポンドにまで増加した債務の削減であり、今年末までに100億ポンドの削減が投資家および株主に対する公約になっていた。債務削減計画の一環として、海外の投資資産の売却だけでなく、成長分野である携帯電話事業の分離にまで追い込まれた。しかし、格付け会社はBTの長期債務の格付けを2段階引き下げるなど、市場の反応は芳しくない。英国放送協会(BBC)のブランド前会長を新会長に迎え(4月26日)、BTには多難な再出発となった。

■裏目に出た急激な海外投資の拡大

 BTは民営化企業の優等生と見られていたが、ここ数年来の積極的な海外進出と競争の激化によって財務内容が悪化していた。それに、昨年の第3世代携帯電話の免許取得費用が加わり、負債は300億ポンド(注1)に達していた。銀行や機関投資家などからは、2001年末までに大幅な債務の減少を実現しなければ、増資、起債および借り入れなどによる新たな資金調達に応ずるのは困難とする圧力がかけられていた。BTも市場の厳しい現実を認め、年末までに100億ポンドの債務削減と事業の全面的な再構築を公約していた。

(注1)BTの2001年3月通期の連結収入は204億ポンド、2001年3月末の負債は279億ポンド(1ポンドは179円、5月15日現在) BTはすでに、日本テレコム・J−フォン・グループの株式(37億ポンド、ボーダフォンへ譲渡)、スペイン第2の携帯電話会社エアテルの株式(11億ポンド、ボーダフォンへ譲渡)、マレーシアの携帯電話事業マキシス・コミュニケーションズの株式(3.5億ポンド、地元合弁先に譲渡)の合計51.5億ポンドの資産売却を決定している。

■債務削減計画の目玉は携帯電話事業の分離

 2001年3月期の決算発表を5月17日に控えて、BTは11日に新たな債務削減計画を発表した。第1に、BTワイヤレス(BTの英国、ドイツ、オランダおよびアイルランドにおける携帯電話事業)を資本分離し、その株式を現株主に無償で割当てる。第2に、株主割当増資(注2)を実施し59億ポンドを調達する。第3に、昨年度通期と今年度上半期の配当を中止(注3)する(無配での節約額は14億ポンド)、というものである。

(注2)BTの株主は、10株に3株の割合で1株300ペンス(5月9日の株価に対し46%の割引率)で引き受ける権利を持つ。

(注3)BTの2001年3月期通期の決算は、税引き後17億ポンドの赤字となった。ドイツにおける携帯電話子会社フィアック・インターコムの買収にともなう営業権の償却と業績悪化による評価損の計上で30億ポンドの損失を計上したことが主な原因。

 BTが経営不振に陥った最大の理由は、積極的な海外進出(注4)と第3世代携帯電話への投資(免許取得費用を含む)を、主として社債の発行によって賄ったことである。同時に、規制緩和によって競争が激化して収益力が低下して株価が下がり、それにともない社債の格付けが下がって資金調達が困難になった。こうして、債務圧縮がBTにとって当面の最大の経営課題となったが、BTはバランス会長の退任(一部の株主と投資家はボーンフィールド社長の辞任も求めている)という形で経営責任を明らかにした上で、前記のリストラ策を推進することにした。(注4)BTの海外投資は、携帯電話とデータ通信事業に集中する方針だったが、実際には海外事業者との広範な協調に重点が置かれ、集中を欠き投資効果は低かった。  この状況はフランス・テレコムやドイツ・テレコムにおいても同様で、過大債務の圧縮と新たな資金獲得に狂奔している。この対極にあるのがボーダフォンで、携帯電話事業に経営資源を集中し、成長期待による株高を利用し、株式交換によって財務基盤を損なうことなしに、米国のエアタッチやドイツのマンネスマンを手中にし、世界中に事業を拡大した。その一方で携帯電話以外の事業の売却を強力に進め、債務の増加を抑制した(注5)

(注5)ボーダフォンの2000年度連結収入は331億ドル、利益は72億ドル、期末の負債は140億ドル。同社は29ヶ国で事業を展開し、加入数は8,900万。(Wireless Warrior, BusinessWeek/ May 21,2001)

■BTのリストラ計画に市場は厳しい評価

 BTの携帯電話事業分離をどのように評価すべきか。成長分野の携帯電話事業を分離した後のBT本体(名称はフューチャーBT)は、国内固定通信事業だけで成長できるのか、疑問の残るところだ。海外事業から撤退し資産の売却を進めて債務を圧縮しても、成長分野を分離すれば国内データ網構築のための資金調達にも支障を来たすかもしれない。しかし、投資家は過大債務の削減が先決だと主張し、このままでは必要な資金調達(成長分野の携帯電話事業の拡張資金を含む)の目処が立たない。

 残された手段は株主引き受けによる増資以外にない。2001年3月通期の決算が赤字に転落し無配となる中で増資を株主に引き受けて貰うには、引き受け条件を極力魅力的なものにする必要があった。それが、割引率46%での増資であり、成長が期待できる携帯電話事業の分離(BTヤイヤレス、2001年末が目途)とその株式の株主への直接割り当てであり、選択の余地がほとんどない中での意思決定だった。携帯電話部門については、子会社として株式を上場しその一部を売却して資金を調達する方法も検討されたが、市況悪化によって早急な実現は見込めず、成長が期待できるものの設備投資に多額の資金調達が必要な携帯電話部門を分離独立させ、自力で資金を調達する方が良いと判断したと思われる。(しかし、第3世代携帯電話の採算を疑問視するアナリストも少なくない。)

 市場はこのBTの決定をどう評価したか。発表当日にBTの株式は7%下落した。また、格付け機関のS&Pは、BTの長期債格付けをシングルAからシングルAマイナスに引き下げた。ムーディーズ・インベスター・サービシーズはA−2の格付けをBaa1に2段階引き下げた(注6)。ムーディーズの格付け引き下げの根拠は、BTがその株主に携帯電話事業をスピンオフすることを決定したことにあるとしている。企業がその最も重要な成長の牽引車を切り離すのであれば、残りの事業のキャッシュフローに関連する債務については相対的に弱いレベルの評価になる、というのがその理由である。市場はBTのリストラ策を評価しなかった。しかもBTの格付けの引き下げが、欧州の他の通信事業者に波及する可能性もある、とする見方が広がっている。

(注6)ムーディーズの格付けの引き下げによって、BTは特約によって年3000万ポンドの利払いを追加する必要がある。(Wall Street Journal, Moody's Downgrade Could Add Millions to BT's DeBT Interest, http://interactive.wsj.com, May 11, 2001)

■今後も続くBTの試練

 BTの資産売却はさらに続きそうだ。当面問題になりそうなのは、AT&Tとの企業向け国際通信事業の合弁会社「コンサート」(2000年1月発足)である。設備(特に長距離光ファイバー網の容量)過剰の中での競争の激化によって料金の低下に苦しみ、大幅な赤字(BTワイヤレス、2001年1〜3月期の赤字は2.5億ドル)が見込まれている。「コンサート」のBTの持ち株(50%)とBTの企業向け通信事業(多分イグナイト部門の欧州大陸事業)をAT&Tに売却するか、「コンサート」とBTの「イグナイト」、「AT&Tビジネス」(同社の企業向け通信事業)を統合する新会社(評価額約50億ポンド)を設立するか、その折衝を行っていることをBTも認めている(注7)

(注7)Wall Street Journal, British Telecom, AT&T Consider Forming Global Telecom Company, http://interactive.wsj.com, May 14, 2001

 この他には、電話帳事業の「イエール」(注8)、ITサービス事業の「シンテグラ」、フランスの携帯電話事業「セジュテル」の持ち株(20.8%)、イタリアにおける携帯電話事業の「ブルー」の持ち株(20%)および固定通信事業の「アルバコム」の持ち株(23%)、アジアおける携帯電話事業の持ち株などの売却が取り沙汰されている。
 BTの過大債務の圧縮にともなうリストラは、経営戦略の全面的見直しでもある。ドイツ、オランダ、アイルランドにおける携帯電話事業(モバイル・インターネットのジニーを含む)を除き、海外事業のほとんどから撤退し、英国内の通信事業に集中することになった。しかも最終的には携帯電話事業を切り離す。結局「フューチャーBT」は国内固定通信事業者(英国発着の国際通信事業を含む)として再出発し、債務と投資の圧縮、利子負担の軽減などによって収益力の回復を狙うことになるが、見通しは厳しいのではないか。現在448億ドルまで下がった株価総額(2001年5月21日現在)は、携帯電話事業の分離でさらに下がり、いずれM&Aの対象に擬せられるのではないかという見方も根強い。(注8)5月26日に、BTは「イエール」を21.4億ポンドで売却すると発表した。売却先は米国と英国のベンチャー・キャピタル2社が折半で出資するコンソーシアム。BTは当初30億ポンドでの売却を望んでいたが、公正取引庁(OFT)が、2002年以降の広告料金の引き上げ率は、インフレ率マイナス6%(現在は2%)以上とすることを発表したため、売却額を引き下げざるを得なくなった。

相談役 本間 雅雄
編集室宛>nl@icr.co.jp
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