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海外情報
2002年1月掲載

近未来を見据えた情報通信戦略を
―AT&Tのケーブル・テレビ部門買収合戦のインパクトと教訓―

■群小Comcast、名門大手AT&Tを呑みこむ

 昨年末、年の瀬も押詰まった12月19日、売りに出されていた米国最大のAT&TのCATV部門(AT&T Broadband)をめぐる3社(AOL Time Warner,Cox, Comcast)による買収合戦は、Comcastが勝利をおさめ落着した。2002年末までに加入数2,200万のマンモスCATV会社AT&T Comcast社が発足する。

 40年前にわずか1,500ほどの加入者をもつミシシッピー州のささやかなCATV同族会社として発足したComcastが、全米最大の顧客をもつ名門AT&TのCATV部門を呑み込み、同社の創業者のロバーツ会長は創業当時を回顧して感涙に咽んだとされる。

■影の勝利者はMicrosoft。仇敵AOL Time Warnerとの未来戦争

 しかしこの買収合戦の真の当事者は、MicrosoftとAOL Time Warnerだったという見方が一般的である。両社は、現在のところはそれぞれ「パソコン・ソフト」と「ネット接続およびコンテンツ」の事業者として畑は違うものの、マルチメディアに向けての次世代の事業領域は融合しつつあり、いわゆるconvergenceで、互いに次の時代の覇権を争う仇敵同志と目されている。

 Comcastはさきに一旦7月にAT&Tに対し敵対買収をしかけたが、相手にされなかった。それが一転して勝利者となった舞台裏では、AT&TとComcast双方に資本持分や社債を持っていたMicrosoftが、Comcastに資金援助するなど肩入れした事実がある。Microsoftとしては、すでに全米第二位のCATV事業者となっている仇敵AOL Time Warnerが、AT&TのCATV部門を併合し、巨大化することを絶対に容認できなかったわけである。

 AOL Time Warnerは、最近、AOLが豊富なコンテンツや雑誌メディア、娯楽ソフトをもつ老舗Time Warnerを傘下に収め発足したばかりで、着々と将来のマルチメディア時代へ向けての布石をうちつつある。Microsoftにとっては、AT&TのCATVまでが敵の手中に落ちれば、単に米国最大のCATV会社が誕生するばかりでなく、AOL Time Warner の多角化路線はさらに加速し、それどころかMicrosoftが展開を狙うビデオ・オン・デマンド等の情報・娯楽サービスはAOLの支配するCATV網へのアクセス拒絶にあうか、または法外な接続料の支払いを強要されかねない。Microsoftにとっては、なんとしても避けねばならない事態だったわけである。

 Microsoftは、もっていたAT&T Broadbandの転換社債を新会社AT&T Comcast社の株式に転換することも、今回の合併正式発表に含まれている。合併新会社に議決権も行使していく姿勢が明確にされたといえよう。

 米国のCATV業界では、新会社が二位のAOL Time Warnerの加入数1,230万を大きく引き離し、加入数2,300万とダントツとなるため、今回の買収合戦に敗れた二社をはじめ各社が早期に合併等の規模拡大に向けた再編に乗り出さざるをえないとの見方が多い。電気通信事業者の合併は、このところ財務の悪化や株価低落で一時休憩を余儀なくされているものの、通信、放送、娯楽の融合一体化が進むにつれ、乗り遅れを防ぐため安閑としていられるものではなく、マルチメディア時代に向けた布石はかかすことはできない事情にある。今回のケーブルでの合併が通信事業者の再編再開の引き金にもなるとの見方もなされている。当面は合併ほど大規模なものではなく、よりゆるやかな提携の形が増えるのではないかとする意見もある。

米国では、このようにすでに近未来のマルチメディア時代に備えた各企業の合従連衡や陣取り合戦がどんどん進展しているのである。

■米国政府も企業の統合を支援

 企業レベルでのこうした戦略に追い風となっているのが、米国政府の政策転換である。これまでクリントン民主党政権時代でも、ベル系市内電話会社の大型合併がいくつも承認されてきたが、企業寄りのブッシュ共和党政権となり、独禁法審査等で合併、再編をより一層自由に認めようとする流れにある。

FCCでも、Powell新委員長(共和党)のもとで、事業集中を制限するために設けられていた携帯電話事業者が保有できる周波数の合計の上限制限を緩和する措置が最近とられた。

その背景にあるのは、やはり規模の経済への信仰であり、グローバル競争での生き残りのためには規模が不可欠とする政策担当者の見方である。米国は1996年電気通信法制定過程でも、近未来の中核をなす産業は情報通信産業をおいてなく、GNP国民経済の成長や雇用の確保のためには強い米国の情報通信企業が不可欠との認識のもと、官民一体となった戦略展開に配意してきた。1997年のWTO体制づくりでも、米国は金融サービスと並んで通信サービスを最重点として取り上げ、強い米国通信事業者の海外市場進出環境整備の一環として明確な目的意識をもって推進してきた。

■欧州でも情報通信新立法で一体化

 昨年暮れ12月には、欧州でも大きな動きがあった。欧州議会が新しい情報通信規制の枠組みを作る法律(指令)パッケージの制定に合意した。

 ユーロがいよいよ統一貨幣として各国通貨に代わり今年1月から流通しはじめたが、情報通信の分野でもこれまで15の加盟国バラバラだった規制を統一し、各国の規制当局の権限を大幅に欧州委員会(EC)に委譲する。携帯電話の周波数割当も各国からECに移管される。また、従来、電話とCATVは別の規制に服してきたが、今後は類似サービスは同一の規制に服すように抜本的に改める内容である。これらの改革は、これまで加盟各国の規制当局の反対で先送りされてきたものであるが、EUとしての一体化を深めるだけでなく、マルチメディア時代にふさわしい規制環境を指向するものである。

■日本にも望まれる近未来への取組み

 ひるがえってわが国の現状を見るに、依然、NTTの経営形態問題や競争体制のための分離分割問題に論議がいっている。米国や欧州では近未来を見据えた戦略展望に裏打ちされた施策が官民双方のレベルで取り組まれ、具体化されようとしているのに比して、あまりにも細部にとらわれた後ろ向きの論議ばかりとうつる。

 すでにOSやソフトではMicrosoftに席捲され、ネット・アクセスではもAOLが伸びており、周回遅れの様相のわが国だが、次世代マルチメディア時代への取り組みでも大きく水をあけられている事態を深刻に受け止め、早急に危機意識をもって官民あげて対応を強化しなければ、経済の回復、雇用の確保などの根本課題の解決ができなくなってしまうのではないだろうか。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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