最近のテレコム不況は実に深刻で、毎日のように新興通信事業者の行詰り、大手既存事業者の業績悪化、リストラのニュースばかりである。会社再生手続を申請したグローバル・クロッシングのような新興事業者ばかりか、ベル系地域電話会社だったUS Westを買収合併したQwestのような大手事業者さえ資金繰り難からデフォールトの懸念がささやかれる有様である。事業者が財務建直しのため経費削減や要員削減、事業の絞込み、設備投資の大幅圧縮等に走り、その連鎖で機器メーカーの受注額も大幅に減っている。ルーセント・テクノロジーズ、ノーテル、コーニング3社の受注が4割も減ったと報じられている。
こうした事態引き起こした背景や原因については、いろいろ言われている。すなわち、
- 1990年代後半の買収・合併ブームで生じた過大負債
- 欧州では次世代携帯電話免許が採算度外視の高値になったこと
- インターネット/広帯域・ブームを先取りした過大な設備投資等々。
とりわけ新興事業者が国内/国際市場で野心的なビジネス・プランで光フアィバ網を張り巡らし、現在ではその僅か5%程度しか現用されておらず、大半はいわゆるDark Fiberのまま、文字通り光を見ずに遊んでいる有様という。
今回は、この問題を掘り下げ、それが近未来にどうなっていくのか、様々なシナリオを検討してみよう。
■テレコム不況の嵐、最高潮。悲報相次ぐ。
米国の景気はなんとか上向いたというが、テレコム業界では今がまさに台風の中心が通過中という有様である。まず、最近のニュースを拾ってみよう。
- グローバル・クロッシング第4四半期と通年ともに「巨額の損失」の決算の見通し
(ロサンゼルス・タイムズ・2002/2/27)
- 「グローバル・クロッシングの死の灰」テレコム業界に降り注ぐ(AP・2002/3/15)
不振に悩む業界に不審を抱いていた投資家、銀行が完全に逃避。グローバル・クロッシングの更正法適用申請(2002.1.28.)当日、WorldCom MCIの株価は1/3値下がり、それ以降WorldComの株価は40%、Qwestの株価も30%、スプリントの株価は20%落ち込み。
- WorldComやQwestにもSECによる「スワップ」等の取引慣行と会計手続調査(ニューヨーク・タイムズ、ロイター等・2002/3/14)
- 苦境、テレコム産業全体に波及(ウォールストリート・ジャーナル・2002/3/13)
つい最近までは一部の新興事業者の問題と考えられていた通信業界の苦境は「完全な嵐」に成長し、大手事業者も巻き込み、業界全体の問題に。過大債務、過剰設備、熾烈で過酷な競争等、問題の根は深い。
- 合併・買収で多用した株式の定額買取条項が欧州の事業者に大きな負担(ニューヨーク・タイムズ・2002/3/14)
欧州事業者が過去の株価右肩上がり時代に企業買収/合併の支払手段として多用した株式の「定額での買取保証条項」の履行期限が今後1-2年の間に到来するが、最近の株価大幅値下がりで事業者には巨額の隠れ債務が発生するおそれ
- Verizon、海外投資資産の値下がりで25億ドルもの臨時損失計上へ
(ワシントン・ポスト・2002/4/10)
- WorldCom MCI、収入の伸び悩みで米国内で3,700名(6%)カット
(ニューヨーク・タイムズ・2002/4/3)
- WorldCom MCIの長距離収入の落ち込みで格付け引下げヘ
(ロイター・2002/4/12)
- Qwestの昨年の利益金、利払いにも不足、デフォールトの懸念
(デンバーポスト・2002/4/2)
- ルーセント・テクノロジーズ、さらに5,000名をカットへ
(ロイター・2002/4/11)
- ノーテル、赤字へ転落、格付けも「ジャンク債」に引き下げ
(ニューヨーク・タイムズ/ロイター・2002/4/10)
通信業界は果たしてメルトダウンしてしまうのか、それとも持ち直して回復の足取りを辿れるのか、回復するとすればいつごろか、といった点については、様々な意見が錯綜している。例えば、
- 「悲観の必要なし。通信業界は必ず成長、とくに携帯電話は。」
スプリントEsrey CEO(デンバー・ポスト・2002/3/19)
「テレコム業界がメルトダウンするなどといわれているが、これは過剰な見方で、電気通信が経済で果たす重要な役割からしても、必ず反発する。」
- 「電気通信業界の回復時期はまだ予測不能」
ルーセント・テクノロジーズのRusso CEO(ロイター・2002/3/1)
「もうこれ以上悪くはならず、データやインターネット関連で必ず回復すると確信はしているが、まだ、いつと言える段階ではない。」
■過剰設備の重圧
このように、明るい見通しを期待したい大手事業者や大手メーカーのトップですらが、最近のあまりの惨状に自信を失い、明確な展望を持てずにいる。
こうした背景の一つには、次のような過剰設備という事情がある。1990年代後半のテレコムITブームにのって、野心的な新興事業者が多数参入し、インターネットや広帯域、データ通信の先行き需要をあてこんで、過大な光ケーブル網をはりめぐらし、顧客も15年、25年という長期割引料金で設備キャパシティを予約するといった取引慣行が流行した。
すなわち、「I.R.U.(Indefeasible rights of Use)のスワップ」といわれる取引であり、インターネット・ブームの頃、Qwest, グローバル・クロッシング等、大洋や大陸間のネットワークを利用する事業者の間で将来のデータ・トラヒックへの大きな需要を見越し、ひろく売買が行われた。通常15-25年間の期間であるが、設備容量を財務諸表上のキャッシュ・フローへの影響なしで買取るものである。キャッシュの受取りはないが、販売額は売上高の増として計上できる。また、事業者間で、お互いのサービスが不能な地域、分野をお互いの光フアィバ・ネットワークを相互に利用してギャップを埋める権利も含まれている。
こうした需要はこれまでのところは予測どおりには現れず、こうしたスワップの市場は、事業者が実需以上に過大にネットワーク容量を作りすぎた事実が明白となったため、昨年から急速に縮小し始めた。こうした過大な設備容量がグローバル・クロッシングやその他の事業者の行詰りの大きな背景となった。折から破綻したEnronが短期の通信事業の契約を盛んに取引していたため、米国政府(SEC、FCC)が調査に乗出したことも追討ちとなり、こうした市場の縮小を早めた。これらの契約が売上高を過大に見せる偽装取引かどうかにSECは関心を持っているようである。[「米国政府、グローバル・クロッシングの取引慣行調査へ。業界全体に波及か。」(ニューヨーク・タイムズおよびワシントン・ポスト:2002/2/12)]
■過剰設備問題の今後のシナリオ
このように過剰容量がテレコム不況の大きな原因になっていることは確かだが、この先どのように展開/推移していくのだろうか。
米国の全国日刊紙USA Today (2002/3/21)は、「テレコム大不況の後にくるもの」と題して、以下のようなユニークで示唆に富む展望を載せている。
- 今起っている事態は次のとおり。
- ネットワーク建設と眠っている過剰な光フアィバを使い始める作業は、いま、完全にストップ
- 新興事業者の資金獲得困難化でイノベーションもストップ
- 大手、既存事業者が行詰った振興事業者の資産を「火事場超安値」で買い叩き
多くの新興事業者が行詰り、大手既存事業者だけが残り、競争のプレッシャーも減り、テクノロジー・イノベーションも逼塞するのが問題だ。
- これまでに支出された巨額な光フアィバの敷設費用も、今後、それに機器をつなぎ稼動させる費用にくらべれば1/10程度で、今遊んでいる光フアィバに実際に光を通し稼動させるのにはさらに巨額の資金が必要となる。これは現在の事業者の財務状況や需要減退から、当面期待できない。
- 大手既存事業者にとっては、新興事業者が枯れ死ぬのは、競争のプレッシャーの減少につながり、望ましいことである。大手既存事業者は、行詰った新興事業者の設備を買わず、だまって彼らが死んでいくのを見守るか、ただ同然の安値で買収する戦略に出よう。
- 一方、根強い企業の高度通信需要と消費者への広帯域通信の普及(映画ダウンロード等)で、容量不足はすぐ顕在化するとする見方もある。もう本年後半にもそうした事態が出てくると見るアナリストさえいる。一転して容量不足が顕在化すれば、当然、料金は値上げとなろう。
- たしかに一時的にはテクノロジー・イノベーションも停滞しようが、いずれ、さらなる新世代テクノロジーを武器とした新進事業者が出現してこよう。
果たしてこのシナリオどおりになるのか、もう少し事態の推移を見てみなければならないのではないだろうか。