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2002年6月掲載

先進的な米国のユニバーサル・サービス
−高度通信普及促進の国策の一翼を担う−

  わが国でもインターネット時代を反映して全国の小中学校にパソコンを導入し、若い児童のころから自然にITに慣れさせようとのプロジェクトが発足することとなり、あらたにユニバーサル・サービス基金を設けることとなった。しかし米国ではすでに1996年電気通信法が、全米の学校、教室、図書館のすべてに早急に高度通信設備を設置することを政府に義務づけていたのである。

 それまでユニバーサル・サービス制度は、僻地や低所得地域で採算のとれない場合に市内電話事業者に赤字補填をおこなう、いわば消極的なメカニズムであったが、同法は学校、図書館、さらには医療機関に高度通信を可能とするよう、この制度を活用することにしたのである。すなわち、学校、図書館については、これらがインターネット等の高度通信を早急に利用できるよう、事業者に20-90%料金を割引させ、その割引分をユニバーサル・サービス基金から事業者に補填することとした。

 この学校、図書館プログラムは、最高で年額22.5億ドル(約2,500億円)まで補助するということであるから、相当巨額な助成である。

 今回は米国の先進的なユニバーサル・サービス制度とその最近の動きについて見てみよう。

■1996年電気通信法以前のユニバーサル・サービス

 米国でのユニバーサル・サービス制度の歴史は古く、すでに1934年通信法が「すべての米国市民が低廉な料金で効率的な通信手段を得られるようにする」と規定し、連邦や州政府がその具体化に努力して、高コストおよび低所得地域について、割引額相当の金額を長距離通信事業者から地域通信事業者に直接支払う形で、ユニバーサル・サービス制度が運用されてきた。

 当初は、AT&Tが長距離通信をほぼ独占し、地域通信も大都会を中心に全米電話加入総数の約8割をAT&T子会社のベル系電話運営会社がサービス提供していたため、両者を一体化したベル・システム内部の資金の付替えでユニバーサル・サービスが行われてきた。しかし1984年のベル・システムの解体(AT&T分割)で、あらたに「ユニバーサル・サービス基金」が設置された。第三者機関を設け、長距離通信事業者から所要の補填を基金に振り込ませ、そこから補填を要する地域通信事業者へという資金の流れが外から明確に見えるようにしたわけである。

 このほか、FCCの勧告に従い大半の州で、

  1. Link Up(インディアン居留地など電話が普及していない地域で一定の要件をみたした場合に、電話架設費用を最高30ドルまで50%を限度として助成する制度)
  2. Lifeline(一定の要件をみたした場合に、低所得者に毎月の電話料金を5.25ドルから7.85ドルまで割り引く制度)

といった施策も行われてきた。

■1996年電気通信法による大幅な拡充

 1996年電気通信法は、これまでの1934年通信法のユニバーサル・サービスの精神を明文で引継ぐとともに、冒頭述べたように、その対象範囲を大幅に拡充した。

 新しい制度ではその助成のターゲット別に次の4種類に区分されている。すなわち、

  1. 高コスト地域----利用者がまばらな僻地等でサービス提供コストが全国平均よりも割高となる地域
  2. 低所得地域----利用者は密集しているがいずれも低所得世帯等のため、事業者の料金収入が低い地域
  3. 学校/図書館-----設備の設置費用の補助と利用料金の割引
  4. 地方の医療機関----- 大都会のようには医療機関が整備されていない地方の医療機関が通信手段によって都会病院の医師による質の高い診断を受け易くし(遠隔診断)、医療の地域間ギャップをなくすプロジェクト

■補填必要額を全電気通信事業者が売上高に応じて拠出

 さらに1996年電気通信法により大きく改正され、1997年から実施された新しいユニバーサル・サービス制度では、前記4種類の補填に必要な額をあらかじめ見積もり、所要額をすべての電気通信事業者、すなわち、長距離通信事業者のみならず市内事業者、携帯電話事業者等からも、それぞれの州際売上高に対し一定の比率を乗ずる形で、四半期ごとに基金に納入する義務を課した。この比率はcontribution factorと名付けられ、補填所要額の見積もりと推定された州際売上高から算定されている。

 このように定型的、ルーティン的な作業が反復されるので、FCCはユニバーサル・サービス制度の運営をUniversal Service Administrative Company(USAC)に委託した。

■学校/図書館関係のユニバーサル・サービスのメカニズム

 ここで1996年電気通信法によりあらたにユニバーサル・サービスに加えられた学校/図書館のユニバーサル・サービスの仕組みを見てみよう。

 学校とは小学校と中学校に限られるが、インターネット等の毎月のサービス料金をサービス事業者から20-90%割引を受けられる。割引率は申請した各学校の必要度に応じ、FCCが定めた基準で個別に決定されるが、僻地ほど高い割引率が適用される。この場合、学校がユニバーサル・サービス基金から補助金を受取るのではなく、サービス事業者が割引相当額の補填をうける形をとっている。

 冒頭述べたように、学校/図書館関係の補填総額の上限は、年間22.5億ドル(約2,500億円)と巨額とされたこともあり、当初は論議を呼んだ。すなわち、当時の政権が民主党であったため、インターネット等のIT普及に熱心であったゴア副大統領が、個人的なビジョン達成のため、FCCに圧力をかけたのではないかとする批判が共和党側から出た。また、1996年電気通信法の規定では「インターネット等の高度通信の料金の割引」となっているのを、FCCがパソコン購入や学校のLAN屋内配線まで補填対象に拡大したとの批判も浴びた。さらに、一時この実務をFCCから委託された機関のトップの報酬が大統領並みの高給で、職員も多すぎる、民主党関係者の利益誘導だとの批判もなされた。

■長距離通信事業者がユニバーサル・サービス基金への拠出負担を利用者に転嫁

 このように学校関係、さらには地方医療機関への助成もあらたにユニバーサル・サービスの対象となったため、基金への拠出額も巨大化したこともあり、とくに長距離通信事業者はその負担に耐えかねて、ここ1-2年、顧客への料金請求書に「ユニバーサル・サービス拠出負担分」などの新規項目を新設し転嫁する事態が相次ぎ、苦情も多くなっている。

 FCCは、このように「事業者がユニバーサル・サービスの負担を顧客に転嫁すること自体は禁じていないが、転嫁を義務づけてもいない」とし、さらに「最近、長距離通信事業者が支払っているアクセス・チャージを大幅に軽減したこともあり、ユニバーサル・サービスの負担のかなりの部分はオフセットできるはずであるから、事業者がそれを100%顧客に転嫁することは不当だ」としている。一部の長距離通信事業者は基金の課すcontribution factor(州際通信売上高に乗ずる比率)よりも高率の転嫁を行っている者もあり、FCCは顧客に対する注意喚起で「長距離通信市場は事業者が多く、競争が激しい市場であり、このような転嫁をしていない良心的な事業者にスイッチすること」を勧奨している。

■FCCはユニバーサル・サービス制度の再検討に着手

 今年に入り、FCCはユニバーサル・サービス制度の再検討手続を開始し、問題点や改善策をコメントとして提出するよう求めている。

 FCCは、とりわけつぎのような点についてひろく意見を求めている。

  1. eメール等に侵食され長距離通信の売上高が最近減少に転じていることもあり、現在のように基金への拠出を「売上高」にリンクさせたままでよいのか、それとも、(マイラインのように)登録された加入者数等に変えたほうがよいか。
  2. 市場は次のように急速に変化しており、それを織り込むべきではないか。
    1. これまで補填を受ける立場にあった大手地域事業者であるベル系地域電話会社が既に13州で長距離通信事業への進出を認可された
    2. 携帯電話など無線事業者の売上高が急増している
    3. 長距離通信と地域通信、電話サービスとインターネット・サービス、などの各種サービスを組み合わせ一体化して提供する事業者が出現しつつある

 1996年電気通信法がユニバーサル・サービスという古い器に、学校等での高度サービス普及という新しい酒を盛り、意欲的に国策の一翼を担わせたのは、おおいに注目に値しよう。しかしそのため助成額が急増し、その負担の顧客への転嫁という形で、料金値上げという副作用が出てきつつある。

 わが国でもユニバーサル・サービス基金の設置などが検討され始めてきたわけであるが、この問題の先進国である米国での進展を他山の石として、メリット多く、しかも副作用の少ない最適なユニバーサル・サービス制度の実現を図っていくべきであろう。また、FCCはかねてから「ユニバーサル・サービス制度とアクセス・チャージ制度は、車の両輪であり、密接に関連している」との認識を事あるごとに明らかにしており、このことも肝に銘じておくべきであろう。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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