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2002年7月掲載

台風で弱ったところに大地震
−米国通信業界、大崩壊の危機:
 WorldComショックのあとにくるもの−

 「私はWorldCom事件の進展とそれが消費者およびこの業界の他の事業者にもたらすインパクトに深い懸念を抱いている。FCCは事態の進展状況をつぶさにモニターしており、電気通信ネットワークの安定と消費者サービスの品質の双方を護るため、できることはなんでもやっている。
 私は明後日ニューヨークに飛び、電話業界の首脳、アナリスト、格付会社たちと会い、生の情報を手に入れる。そしてこうした意見交換を通じ、『FCCは、この事業分野の回復を助け、われわれの経済に不可欠なこの重要分野に対する公衆の信任の強化のためにはFCCはできることなら何でもする』ということを金融市場に確約したい。」

 これは6月26日に出されたPowell FCC委員長の声明である。

 ブッシュ大統領もさっそく、利益不当かさ上げが明らかとなったWorldComについて徹底的解明の命令を出し、下院は「証券取引委員会(SEC)が何も措置していない」と叱責し、SECもさっそく調査に乗り出すとともに、詐欺の告発が行われた。WorldComは株価が1ドルを割り(米国では5ドルを割った株はjunkといって紙くず扱い)、倒産の危機が避けられそうにない。

 同社は、南部ミシシッピー州の零細長距離通信事業者として発足して以来、60件を超す買収で飛躍的に成長し、ついに1998年にはAT&Tに次ぐ第二位の名門大手長距離事業者MCIを買収し、「小が大を呑みこんだ」と騒がれた。インターネット時代を先どりして、グローバルなバックボーン・ネットワークを果敢に形成し、経営学の格好のモデルとしてももてはやされた。資産総額も先頃破綻で騒がれたEnronのほぼ2倍で10兆円を超え、負債も3兆円台の大航空母艦であり、沈没すれば多くの巻き添えを途連れにして大きな渦巻きを伴おう。

 1990年代後半の熱病に取り付かれたような買収・合併ブームで株価も右肩上がりできた米国の通信事業者は、2000年はじめ頃より下り坂にさしかかった。その後、景気の後退もあって、坂道を転げ落ちるかのように業績と財務が悪化、資金調達が難しくなり、破産が相次いだ。新興の中小参入事業者にとどまらず既存大手事業者も大変な経営困難に喘ぎ、今回のWorldComの粉飾決算露呈で、業界全体がメルトダウン(原子炉の溶融)するのでは----とさえいわれるほどの崖っぷちの危機を迎えてしまった。

 比較的無傷なのは一部の携帯電話事業者ぐらいで、これまで安全地帯と見られてきたベル系地域電話会社等の市内電話会社でもこのところ大幅な人員削減が相次いでいる。

 このテレコム台風は既に通信機器製造業界をも巻き込んで大災害をもたらしているが、WorldComが破綻すれば、文字通りdevastatingな(根こそぎなぎ倒す)被害が避けられまい。ひとり同社の顧客や通信業界のみにとどまらず、金融業界にも飛び火し、銀行融資や社債の保有のリンクで世界経済全体にも計り知れないインパクトを及ぼす大地震となるおそれがある。

 わが国でも一般紙の読売新聞でさえが夕刊でトップの大きい記事で扱った。まさにその扱い方が正当なほどマグニチュードの大きいニュースなのである。

■この三余年のテレコム業界の主要な足跡

 まず、いわゆるテレコム・バブルから一転して潮目が変わり、不況の元凶といわれるようになったこの業界の三年あまりの主な出来事を、欧州も含めて、振り返ってみよう。

 1999年はそれまでのテレコム・バブルの最後の年であった。熱病のように流行した大型合併や買収の余熱がまだ続いていた。すなわち、

1999.4 AT&T/BT、日本テレコムに出資
1999.6 クゥェスト・コミュニケーションズ社、USウエストの買収を提案
AT&T/BTの国際合弁事業(Concert)、米国司法省の認可
ベル・アトランティック/ボーダーフォンの合弁・提携
1999.9 MCIワールドコム/スプリントの合併プレス・レリーズ
FCC、SBC/アメリテックの合併を承認
1999.11 ベルアトランティック/GTE、合併後の首脳陣を決定
しかし2000年に入ると欧州とともに米国でも明らかに引き潮の兆候が現れてきた。
2000.1 BTの利益25%減、株価20%値下がり
2000.2 BT、業績復活を目指し、大幅な組織改革
2000.3 独テレコム(DT)、クゥェストとUSウエストに買収提案
英国の第三世代移動電話免許のオークション開始
イリジウム、ついに破産、衛星は順次大気圏突入で処分  
英国の次世代移動通信免許のオークション、過熱、170億トポンド(270億ドル)を超す
米国の通信事業者の増資、縮減を余儀なくされる.投資計画にブレーキ。
BT、大規模な分社組織改革で株価回復を目指す
米国の新興通信事業者の株価、大幅低落でM&A活況化か
2000.5 英国の次世代移動通信免許のオークション終了。次の独に注目。
AT&Tの株価急落。同社の将来への悲観論高まる
DT、欧州全域の次世代携帯免許取得には最低でも230億ドルが必要
2000.6 ベルアトランティック とGTEの合併、FCCが条件付で承認。合併を完了
AT&Tとワールドコム 、消費者むけの長距離通信事業から撤退を検討
ワールドコムとスプリント、合併を正式に断念
独での次世代移動通信免許のオークション、予想外の高値で波紋
Qwest、買収したUSウエストを中心に12,800人ものレイオフを発表
2000.10 AT&Tの業績回復措置、いぜん迷走。AT&T、四分割を正式発表
2000.11 MCIワールドコム、事業部門を再編成。消費者むけ長距離通信事業と ビジネスむけ部門を分離。2種類の部門収益連動株式(トラッキング・ストック)を発行へ
衛星携帯電話事業者Globalstar、苦境
DSL事業者は需要伸び悩みに悩む。
BT、大規模な再編成計画を発表
米国の長距離通信大手3社、料金値下げ競争で休戦へ
BT、日本テレコムの持分の一部を売却。Vodafone、日本テレコムの15%を取得
独テレコム(DT)、仏での次世代携帯電話免許を断念

2001年に入ると、米国も欧州も通信不況一色である。米国ではそれまであまり影響をうけなかったベヘル系地域電話会社までが要員削減に追い込まれ、事業者の設備投資のドラスティックな削減で、通信機器事業者も大幅なリストラを余儀なくされ始めた。

2001.2 AT&T、広帯域ケーブル事業のリストラで数百人の減員へ
AT&T、第4四半期に大幅赤字を計上
2001.4 BTのバランス会長、辞任
DT、第一四半期3.6億ドルの赤字
コンサートの赤字急増
AT&Tの第一四半期決算、3.66億ドルの赤字
2001.5 BT、リストラ計画を発表。携帯電話部門を分離へ。初の赤字、無配転落。格付ダウン。
2001.6 DTとBT、英独で次世代携帯電話のインフラ整備で協同。設備投資節減の苦肉の策
360networksも社債の利払い停止
KPNも財務面で苦境に
FT、スプリントの持分を売却
Nortel、第2四半期に192億ドルもの巨額欠損を計上
2001.8 BT、第2四半期は一時収入を除き1.7億ドルの大幅赤字
BT、AT&Tとの合弁国際事業のコンサートを早期精算か
Qwest 、第2四半期に33億ドルもの記録的赤字を計上
Williams Communicationsも第2四半期赤字
Globalstar、赤字計上、人員半減、負債元利払停止
Covadも破産手続へ移行
2001.9 Qwest、収益悪化、さらに6%の人員削減へ
2001.10. AT&TとBT、国際JVのコンサートに幕
AT&T、中核となる長距離通信事業、依然縮小続く
電気通信事業者の人員削減相次ぐ。AT&Tの格付引下げ
SBCも業績低迷、人員削減へ。 ベル・サウスも3,000人削減へ
Sprintは第3四半期赤字大幅増、6,000人をレイオフ。
オランダのKPN、さらに4,800人の削減へ
Nortelも第3四半期に35億ドルの巨額赤字
Ericssonも第3四半期に4億ドルの記録的赤字。会長辞任
2001.11 広帯域分野で新興通信事業者と対照的に既存大手事業者の健闘目立つ
Verizonの第3四半期利益、46%減
Qwest、世界ネットワークの建設工事を中止
BTのBonfield社長、1月末で退任へ
Williams Communicationsも第3四半期の損失拡大
Alcatel、さらに1万人の削減
2001.12 Comcast、AT&TのCATV部門(AT&T Broadband)の買収に成功。
Qwest、業績予測を下方修正、7,000人を削減へ
Global Crossing、破産の懸念
破産手続中の新興事業者Winstar、IDTが買収へ
Level 3、アジアのネットワークを処分
BT、小売部門中心に13,000人(19%)の人員削減へ
イングランド銀行、通信事業者への貸出の危険性を警告

■米国長距離通信事業者の惨状

 もっとも深刻なのが米国の長距離電話事業者である。 消費者向けの長距離電話事業は市場が縮減しつつあり、これまでの激烈な料金競争で採算が悪化し、いずれの事業者もお荷物扱い。この事業分野が全体の業績の足を引っ張り、携帯電話部門などの成長分野の設備投資資金の確保も難しく、やむなく企業分割や業績反映株式(トラッキング・ストック)といった苦肉の策をとるところが相次いだ。最大手AT&Tは4分割、第二位のMCI Worldcomも企業向け(Worldcom)と消費者向け(MCI)に事実上二分割した。 米国の長距離通信事業者はさらに、ベル系地域電話会社の長距離通信事業への参入でその市場を蚕食されつつある。

(資料)ベル系地域電話会社の長距離通信進出申請のFCCによる認可状況

申請事業者 状況 申請月日 決着月日
AL, KY, MS, NC, SC BellSouth 審査中 06/20/02 09/18/02までに
CO, ID, IA, NE, & ND QWEST 審査中 06/13/02 09/11/02までに
New Jersey Verizon 認可済み 03/26/02 06/24/02
Maine Verizon 認可済み 3/21/02 6/19/02
Georgia/Louisiana BellSouth 認可済み 2/14/02 5/15/02
Vermont Verizon 認可済み 1/17/02 4/17/02
New Jersey Verizon 撤回 12/20/01 3/20/02
Rhode Island Verizon 認可済み 11/26/01 2/24/02
Georgia/Louisiana Bellsouth 撤回 10/02/01 12/20/01
Arkansas/Missouri SBC 認可済み 08/20/01 11/16/01
Pennsylvania Verizon 認可済み 6/21/01 9/19/01
Connecticut Verizon 認可済み 4/23/01 7/20/01
Missouri SBC 撤回 4/4/01 6/7/01
Massachusetts Verizon 認可済み 1/16/01 4/16/01
Kansas/Oklahoma SBC 認可済み 10/26/00 1/22/01
Massachusetts Verizon 撤回 9/22/11 12/18/00
Texas SBC 認可済み 4/5/00 6/30/00
Texas SBC 撤回 1/10/00 4/05/00
New York Verizon 認可済み 9/29/99 12/22/99
Louisiana BellSouth 却下 7/9/98 10/13/98
Louisiana BellSouth 却下 11/6/97 2/4/98
South Carolina BellSouth 却下 9/30/97 12/24/97
Michigan Ameritech 却下 5/21/97 8/19/97
Oklahoma SBC 却下 4/11/97 6/26/97
Michigan Ameritech Withdrawn 1/02/97 2/11/97

■地域電話会社も苦境 リストラ

 通信不況の嵐のなかで唯一善戦していたベル系地域電話会社等の地域電話会社もさすがにリストラを迫られ始めている。

 米国では、アクセスチャージ制度とユニバーサル・サービス制度が早くから整備され、地域電話会社の財務基盤が整っている。またADSLなどの新サービスにもいち早く積極的に乗り出したためもあって、地域電話会社は最近まで通信不況の波風から身を守れてきた。

 ベル系地域電話会社のひとつであるUS Westを買収した新興長距離通信事業者のQwestは、いち早く旧US West部門の大幅要員削減に乗り出したが、その他のベル系地域電話会社は健全な財務にささえられて、成長は地味であるが、安定経営を誇ってきた。困窮したAT&Tが恥も外聞もかなぐり捨てて、元は子会社のBell Southに合併を依頼したなどという報道まで流れた。

 それが2001年8月ごろから、

  • SBCも業績低迷、人員削減へ。Bell Southも3,000人削減へ
  • Verizonの第3四半期利益、46%減

などのうごきが顕在化している。

■FCCの競争政策も破綻

 FCCは1996年電気通信法の理念を受けて、一貫して「競争の促進」に注力してきた。
市内電話、長距離通信、携帯電話、CATV、等すべての市場で「競争のためならなんでもやる」という方針である。

 とりわけ「市内電話市場での競争促進」には重点的に取り組んできた。売上高横ばいのベル系地域電話会社の新分野長距離通信への進出願望を利用して、認可の前提条件として「既存地域事業者の市内市場のライバル参入者への開放」をかたくなに迫ってきた。長距離通信進出認可に際しては「他地域を営業区域とする姉妹ベル系地域電話会社の市場に何年以内に進出し、何万の顧客を確保すること」というような具体的なノルマまで課してきた。このため、FCC委員のなかにも「そこまでやるのはFCCの権限を越える」との批判まで出たことがある。

 また、加入者無線リンク等の新テクノロジーを用いる新興市内事業者はもちろん、携帯電話事業者、衛星事業者やCATV事業者など他業種からの市内電話市場参入にも助勢し、固定電話代替にも力を入れてきた。

 しかし通信不況の荒波で、新興市内事業者のほとんどは破綻し、FCCの競争政策は足許から崩れつつある。

■欧州事業者も国内に閉じこもる

 欧州事業者のなかでも英国のBTは早くからグローバルな事業展開に意欲的で、とりわけ米国進出を目指し、MCIの買収にとりかかった。結局、最後の段階でWorldcomに先を越されたが、その後もAT&Tとの国際JV(Concert)や日本テレコムへの資本参加など、活発な活動を行ってきた。

 しかし、そのための借入金が巨額に上り、さらに2000年の次世代携帯電話免許オークションで法外な価格に競りあがった免許の手当てがキッカケで、せっかく取得した日本テレコムの持分も英国でのライバルであるVodafoneに譲るなど、とにかくなりふりかまわず負債の償還だけに専念し、国内だけに事業を絞り込んでいる。また、同じく意欲的に国際展開をはかった独のDTも、米国第三位長距離通信事業者のSprintの買収等を画策したものの、欧州各国での次世代携帯電話免許獲得に伴う借入金で急速に財務が悪化し、傘下のCATVの売却等負債削減に追われている。

 欧州の二大事業者ともに本土防衛に専念せざるをえず、米国のWorldcomの救済や買収に乗り出す余力はまったくない現状である。Worldcomにとっては「白馬の騎士来ず」といった情勢であろう。

■米国通信業界の大再編成へ

 Global Crossingに続きWorldcomまでが破綻すれば、米国の通信業界はまったく混沌としよう。光ファイバーの過剰設備問題もあり、テレコム台風の大きな被害から米国が立ち直るには今後相当な時間がかかるとする見方が一般的である。破綻した新興事業者等の資産がFire Sale(火事場での投売り)で破格値で処分されつつあるが、買い手が見つからない有様である。

 かっては米国に橋頭堡を築くことに必死だった欧州等の海外勢も国内事業に閉じこもり、このチャンスにも動けない。

 この場面で乗り出すのは、比較的元気で財務のしっかりしているベル系地域電話会社程度であろう。ベル系地域電話会社はこれまで長距離通信サービスは原則禁止であっただけに、破綻した長距離通信事業者を安値で買収するメリットは大きいが、すでにFCCから表門で全米50州の約1/3にあたる15州で長距離通信進出の免許を取得している。これがいまさら重複ロスもある大手長距離通信事業者の買収に乗り出すブレーキになる側面もあろう。

 Worldcomをめぐる動きの今後の進展が注目される。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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