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2002年8月掲載

米国通信政策の基本「競争至上主義」、崩壊か
−WorldComの破綻で過当競争に反省、見直しのうごき。
 1996年電気通信法の枠組も抜本修正か−

 WorldComの行詰りで、1996年電気通信法制定以来、米国の通信政策の基本であった「競争至上主義」の弊害に対する反省と疑念が忽然と湧き上がってきた。

 Powell FCC委員長は7月16日の記者会見で、当面は「WorldComの事業継続に最重点を置く」としながらも、次のような重大な発言を付け加えている。すなわち、「1996年電気通信法制定時に議会がビジョンとして描いていた競争の増進と競争事業者の財務面での支援という課題について、政策や規制当局に何ができるかについては、FCCは引き続き重点的に追求していく所存である。」

 この表現は慎重な言い回しであるが、さらに同委員長は、ウォールストリート・ジャーナルとのインタービューでこの発言を一段アクセレレートして、「米国政府は、これまであまりに競争の増進に血道を上げすぎてきた」ことを初めて認め、「今日の通信業界の困難な情勢を招いた一端の責任は政府にもあるのではないか」と表明したという。(CBS Market Watch:2002/7/15)

 最近米国では、航空業界やエネルギー業界での混乱や破綻から、競争増進政策のマイナス側面に改めて注目が集まり、論議を呼んでいるが、通信政策分野でも大きな分水嶺にさしかかり、潮目が大きく変わる端緒となるかもしれない。

■競争こそ最善−−1996年電気通信法以降の通信政策

 米国では伝統的に「競争」に対する信仰が根強く、競争こそがすべての基本であるとして政府の政策の根本原則であった。その反トラスト法の厳格さは群を抜いていた。

通信分野では、1996年電気通信法施行以降、「競争は、利用者の選択肢の拡充、革新的なサービスの導入、サービスの向上、料金の低落をもたらす」、すなわち、「競争イコール善」という観念を誰もが疑わず、徹底した競争促進が政策の根底となってきた。1996年電気通信法自体が在来の長距離通信分野だけでの競争に加えて、市内/地域通信でも競争を増進することを明確な目標として定め、具体的なアクションまで踏み込んだ規定を設けた。その甲斐あって、様々なテクノロジーやマーケティングを武器とした中小の競争事業者が雨後の竹の子のように群生し、一時は競争政策の勝利かと見える時期もあった。

 同法はすなわち、従来はタブーとされてきたケーブルテレビジョン事業者や電力事業者からの通信事業への乗り入れを認めるとともに、長距離通信事業を禁じられてきたベル系地域電話会社に対し、その市内網の競争事業者への開放の課題をクリアーした者に、待望の長距離通信事業への進出を認めた。つまり電話普及の飽和で売上高の伸び悩むベル系地域電話会社に対し、長距離通信進出を「馬のインセンティブの人参」としたのである。同法は14項目にわたる具体的で詳細な市内網開放のアクション課題を明示し、そのベル系地域電話会社による基準達成度合いの審査を州当局およびFCCに命じている。さらにこの審査過程では法務省独禁局の意見も聴取することが義務づけられている。

 FCCの審査も実際に厳格を極め、ベル系地域電話会社からの長距離通信(LATA間通信)進出申請の多くが市内網開放不十分として却下され、法施行後数年たっても1件も認可されない事態が続き、議会側が「FCCは厳しすぎる」と批判する有様であった。最近ようやく認可されるようになり、ようやく15州でベル系地域電話会社が自己の営業区域発信の長距離通信事業が行えるようになったが、まだおもに大都市で競争の進展している1/3の州程度にとどまっている。競争事業者が出現しにくい山岳地帯や僻地の州ではインターネットや高度通信についてもベル系地域電話会社に頼らざるをえず、データ通信/高度高速通信については無条件でベル系地域電話会社が長距離通信を行えるようにする新しい法案が提出されている。

■大型合併で国際競争力を強化

 1990年代後半には、米国で相次いで大手電気通信事業者の買収/合併が行われた。

 ベル系地域電話会社も、SBCがPactelおよびAmeritech、Bell AtlanticがNynexをそれぞれ併合し、US Westも新興長距離通信会社のQwestに買収され、さらにBell Atlanticは非ベル系地域電話会社最大手のGTEをも併合しVerizonと改称した。この結果、1984年のAT&T分割以降7社あったベル系地域電話会社は現在では4社に集約されている。

 こうした大型合併をFCCや独禁局等の当局が認めたのは、一見、競争の大原則にもとる流れとも見られるが、これは当時の「2000年代にはグローバル事業者の時代になり、そこで生き残る事業者は3ないし5程度の巨大事業者に限られ、市内/長距離/国際通信のすべてを一貫して扱う、スケール・メリットを活かした事業者である」という当時信じられていた予測に基づいたものであった。21世紀の基幹産業となり、国の発展の礎となる情報通信産業での米国の国際競争力を守り抜くためのやむを得ざる措置と位置づけられた。

 また、合併の認可に際しては、「ライバルとなる他のベル系地域電話会社(姉妹会社)の営業区域に3-5年以内に進出し、そこで20-30市場で市内サービスを立ち上げること」という厳しい条件が付され、違反した場合には高額な罰金が課されることとなっており、「市内市場での競争の推進」の原則はいささかも揺らいではいなかった。

■航空、エネルギー業界での失敗の教訓

 米国の航空業界では、早くからOpen Sky Policyと称して規制緩和し、競争を奨励してきた。路線認可や航空運賃は大幅に自由化され、その結果、確かに競争は進展し、運賃も大幅に値下がりした。しかし、過当競争から多くの航空会社が赤字に悩み、PanAmやTWAなどの伝統的な大手事業者の経営が行詰った。現在でも黒字はSouthWest 1社のみで、American Airlinesや United Airlines, Deltaなどの大手は巨額の慢性赤字が続いている。

 競争でたしかに運賃はさがったものの、各社の財務体質の大幅な悪化で、機体整備費の節減、サービスの切捨て等の深刻な問題が浮かび上がってきている。

 エネルギー業界でも、最近のカリフォルニア州での電力不足やEnron事件など、安易な競争導入の弊害が露呈している。

■「とにかくWorldComのサービスの維持を」から出た瓢箪の駒

 冒頭のFCC委員長の声明でもWorldComのサービスをとりあえず維持することを最重点としている。しかに、2,000万にも達するWorldComの顧客のサービスが中断すれば、収集のつかない事態となる。ましてこのなかには大口顧客の国防総省のネットワークも含まれており、サービスの中断は国防面からも由々しき事態を招く。

 同委員長がWorldComの救い手としてベル系地域電話会社を示唆しているが、これはこれまでのFCCや1996年電気通信法のパラダイム、すなわち、ベル系地域電話会社が長距離通信事業に進出したがっているのを劫だねにして、まずその市内網をライバル参入事業者に十分に解放させるというスキームでは、考えられもしなかったことである。現に、既にベル系地域電話会社の一つUS Westを買収した新興長距離通信事業者Qwestは、現在でも旧US Westの営業区域では長距離通信事業を認められておらず、目下、FCCが申請を審査中なのである。

 行詰ったWorldComを引き受ける「白馬の騎士と」としては、欧州勢も考えられるが、かって対米進出に熱意を示した英国のBTおよび独のDTは、ともに欧州での超高額な次世代携帯電話免許料支払いで財務が極端に悪化し、資産の切り売りで負債削減に必死である。米国の事業者にしても、新興事業者の大半は既に行詰り、多くは破産法適用の惨状である。長距離通信大手のAT&Tとスプリントも、財務の悪化でWorldComを引き受ける余力はない。考えられるのは比較的堅実な運営を行っているベル系地域電話会社3社(Verizon、SBC、Bell South )ぐらいしかない。委員長がベル系地域電話会社によるWorldCom救済を示唆しているのはこうした現状からである。

 しかし、このシナリオでは、ベル系地域電話会社に長距離通信を自由に認めねば成り立たない。すなわち、これまでの市内網開放後はじめてベル系地域電話会社に長距離通信進出を認めるメカニズムを改めるよりないのである。

■米国政府、通信不況の真因である過当競争の弊害に気づく

 こうした局面のなかで、FCC委員長が率直に「今日の通信業界の苦境を招いた一因として政府がとってきた競争一辺倒の政策がある」と認めた意義は大きい。

 同委員長はさらに、「破産や行詰まりの処理がわれわれのより普通の責任になりつつある。確かに一昔前の「規制下での独占の時代」には破産などの仕事はごく限られたものであった。昨今の破産処理での規制当局の果たすべき役割について、州当局とFCCは相当な対話協議を行っている。今後こうした問題が不幸なことながらますます増えてくるにつれて、この問題の処理が規制当局にとって重要性を増してこよう。」としている。

 委員長が述べている次の言葉が、FCCや政府の政策の今後の大幅な軌道修正を示唆しているのではあるまいか。
「FCCは、WorldComのような事業者の重要性とその今後の成り行きが、米国政府の政策、米国経済、米国の競争増進目標にとってどのように影響するのかについて、各省庁と大変な時間をさいて協議している。」

■業界の大再編成、不可避

 政府やFCCが競争推進の旗を振り続けるにしても、1996年電気通信法の制定以降群生した新興事業者の大半が、既に破産等で市場から退場してしまった事実は覆うべくもない。競争の担い手が足りないのである。

 そしてWorldComがベル系地域電話会社の誰かにより合併救済されれば、残る大手長距離通信事業者のAT&Tと

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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