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2002年11月掲載

米国での地域電話会社の長距離通信事業への進出
−その理想と現実・市内競争至上主義への反省−

 わが国でも最近、NTT東西両社の県間通信への進出を認めるべきかどうかが論議されるようになってきたが、この問題は米国では既に1996年電気通信法制定の過程でも大きな論議の的となり、現在でもなお議会を巻き込んでいろいろな動きがある。さらに注意すべきは、同法制定時と通信業界の環境が著しく変わり、当時は理想とされた政策が必ずしも公益に適うとは言えなくなりつつある事情である。米国でのこの問題への取り組みとその足跡、さらにはその問題点と教訓を検証してみよう。

■1996年電気通信法の枠組とその狙い

「ベル系地域電話会社の市内網の競争事業者への開放」と引換えに長距離通信進出

 1984年のAT&T分割で誕生した7社のベル系地域電話会社(持株会社。その傘下で複数の運営子会社が実際の市内/近距離市外サービスの提供にあたる。)は、親会社だったAT&Tが長距離通信事業者専業となったため、LATA(Local Access and Transport Area:全米を約500の地域に区分。大体、日本の県程度に相当するといってよい。)をまたがる長距離通信の取扱いを禁じられ、その事業エリアをLATA内の近距離市外サービスと市内サービスに限定されてきた。

 しかし、1996年電気通信法は、この禁止の原則は引継いだ(ただし、自社の営業区域以外では長距離通信の競争促進のため自由とした。)ものの、市内市場をライバル事業者に十分に開放したと認定されたベル系地域電話会社は、自己の営業区域から発信する長距離通信事業についてもその進出を認められることとなった。

 1996年電気通信法の狙いは、長距離通信事業への進出を「餌」としてその見返りにベル系地域電話会社にその市内網をライバル参入事業者に開放させることにあった。当時、ベル系地域電話会社は電話普及の飽和状態に直面して、売上高が伸び悩み、新たな収益源を求めていた。長距離通信市場は新しいフロンティアとして見えたのである。一方、通信政策を担当する議会やFCCは、AT&T/MCI/スプリントの大手3社をはじめ数々の群小リテイラーなどがひしめき、激烈な料金値下げで顧客の奪い合いが展開されて過当競争状態にある長距離通信市場にくらべ、ほとんど競争のない市内市場にも競争を持ち込み、市内料金の引き下げの思惑を強く抱いていた。

簡便な市内事業への参入手段も

 1996年電気通信法は、端的な言い方をすれば、「市内での競争増進法」とさえいえるものであった。そのため同法は、(1)「自己の設備に依拠する市内事業者」の登場を待っていては時間がかかるとして、そのほかにも簡易な市内事業への参入方法として、(2)「リセール事業者」と(3)「アンバンドリング利用事業者」の制度を設けて、新規市内市場参入者を援護することとした。

 (2)「リセール事業者」は、ベル系地域電話会社から市内サービスをまるごと卸売で買い取り、自己の名前で再販売する事業者で、製造業でいえばOEMのようなものである。
(2)「アンバンドリング利用事業者」の「アンバンドリング」とは、市内サービスを「加入者回線」「ダクト」「市内交換機能」「料金請求機能」「バックアップ・コンピュータ・サービス(Operation Support System」等の諸要素に細分(アンバンドリング)し、新規参入者が必要とする機能要素だけを既存地域事業者から安値で購入し、自己が行う機能と組合わせて市内市場に参入できるようにした。ベル系地域電話会社には、すべての通信事業者の基本的義務とされる「相互接続」義務と同様に、??の要請には必ず応じなければならない義務を課した。また、ベル系地域電話会社が過大の事業者間料金を??の事業者に課すことのないよう、「増分コスト方式」というまったく新しい算定方式で料金標準を定める手当てまで講じている。

ベル系地域電話会社の市内網開放認定の基準まで法定

 さらに1996年電気通信法はベル系地域電話会社が十分にその市内網をライバル参入者に開放したかどうかのチェックの物差(チェックリスト)しとして、14項目まで具体的に列挙している。(1996年電気通信法により改正された新1934年通信法第271条)

長距離通信認可には州/FCC/独禁局の三重チェック

 長距離通信事業に進出を希望するベル系地域電話会社はまず各州の公益事業委員会に申請し、そこが14項目等の達成状況を審査する。州当局がOKとなればその意見書を添えて今度はFCCに認可申請となる。FCCは州の審査結果を踏まえ、さらに司法省独禁局の意見を徴し、ライバル事業者の進出状況等を斟酌して、妥当となって初めてFCCの認可が下りる。

認可は州単位

 ベル系地域電話会社の長距離通信が禁止されているのは、「自己の地域通信の営業区域から発信するLATA間通信」のみである。営業区域外、例えば兄弟ベル系地域電話会社の営業区域では自由に長距離通信事業を開始できる。自己の営業区域では市内と長距離通信/国際通信を一貫して提供できれば、顧客囲い込みできわめて強い立場となりうるからであり、他社の営業区域では長距離通信市場でさらに競争が促進されるのは好ましいからである。いずれにしても長距離通信進出認可は州当局の審査がまず行われるため、FCCの認可も州単位となる。なお、FCCは申請が提出されてから90日以内に審査を完了しなければならないこととされている。

■これまでのFCCの認可状況

 ただ、ベル系地域電話会社がその市内市場を競争事業者に十分に解放したかどうかに関する州当局やFCCの審査はこれまで相当に厳しく、FCCはこれまで5件の申請を「市内開放不充分」として却下してきた。「FCCの審査が厳しすぎ、折角1996年電気通信法が認めたベル系地域電話会社の長距離通信への進出が一向に進まない」との批判が高まったこともある。

 もっともこの1-2年、FCCの認可も次第に進み、10月末にもFCCはVerizonにその営業区域のVirginia州から発信する長距離通信事業を認可した。今回の認可により23州で認可が下りたこととなる。現在FCCが審査中の懸案は12州ある。申請後にFCCと折衝し、見込みなしとして撤回したものが16州ある。
(これまでの州別の審査状況は、以下の資料参照。)

ベル系地域電話会社の長距離通信進出申請のFCCによる認可状況

申請事業者 状況 申請月日 処理月日
CO, ID, IA, MT, NE, ND, UT, WA, & WY QWEST 審査中 09/30/02 期限12/27/02
California SBC 審査中 09/20/02 期限12/19/02
FL, TN BellSouth 審査中 09/20/02 期限12/19/02
Virginia Verizon 認可済み 08/01/02 10/30/02
MT, UT, WA, & WY QWEST 撤回 07/12/02 09/10/02
NH, DE Verizon 認可済み 06/27/02 09/25/02
AL, KY, MS, NC, SC BellSouth 認可済み 06/20/02 09/18/02
CO, ID, IA, NE, & ND QWEST 撤回 06/13/02 09/10/02
New Jersey Verizon 認可済み 03/26/02 06/24/02
Maine Verizon 認可済み 3/21/02 6/19/02
Georgia/Louisiana BellSouth 認可済み 2/14/02 5/15/02
Vermont Verizon 認可済み 1/17/02 4/17/02
New Jersey Verizon 撤回 12/20/01 3/20/02
Rhode Island Verizon 認可済み 11/26/01 2/24/02
Georgia/Louisiana Bellsouth 撤回 10/02/01 12/20/01
Arkansas/Missouri SBC 認可済み 08/20/01 11/16/01
Pennsylvania Verizon 認可済み 6/21/01 9/19/01
Connecticut Verizon 認可済み 4/23/01 7/20/01
Missouri SBC 撤回 4/4/01 6/7/01
Massachusetts Verizon 認可済み 1/16/01 4/16/01
Kansas/Oklahoma SBC 認可済み 10/26/00 1/22/01
Massachusetts Verizon 撤回 9/22/00 12/18/00
Texas SBC 認可済み 4/5/00 6/30/00
Texas SBC 撤回 1/10/00 4/05/00
New York Verizon 認可済み 9/29/99 12/22/99
Louisiana BellSouth 却下 7/9/98 10/13/98
Louisiana BellSouth 却下 11/6/97 2/4/98
South Carolina BellSouth 却下 9/30/97 12/24/97
Michigan Ameritech 却下 5/21/97 8/19/97
Oklahoma SBC 却下 4/11/97 6/26/97
Michigan Ameritech 撤回 1/02/97 2/11/97

■変わる環境/枠組見直しの動き

 1996年電気通信法施行から6年も経過して、まだ23州と半分以下の州でしか認可が下りず、FCCのかたくなな態度と厳しすぎる審査に批判も出ている上に、ベル系地域電話会社の長距離通信事業の自由化については、議会で有力議員が、音声以外のデータ通信等については即時全面解禁を内容とする法案を上程している。これは、ベル系地域電話会社側のロビー活動もさることながら、とくに都市部以外や僻地では、競争参入もほとんど見込みがなく、インターネット通信や広帯域通信等の迅速な普及のためにはベル系地域電話会社の力を借りざるをえない事情もあるからである。ちなみに、インターネット通信はLATA間通信に区分されている。

 また、一方、通信市場の状況もここ数年激しく変わりつつあることも、1996年電気通信法の枠組の見直しの必要性を増してきている。

 長距離通信業界では、AT&T、MCI、スプリント等の長距離通信事業者は、料金値下げ競争で体力を消耗し財務も悪化して最近は休戦状態にあり、長距離通信料金はむしろ値上げに向かっている。ビジネス向けの長距離通信事業に絞込み、利用度数の低い消費者むけの長距離通信事業をお荷物と考える傾向すら出てきた。さらにWorldCom(MCIを買収)やQwestのみならず、伝統的な大手長距離通信事業者のAT&Tやスプリントも財務基盤が著しく弱体化し、経営行詰りが懸念され始めている。比較的財務基盤の安定したベル系地域電話会社が長距離通信市場に本格的に参入してくれば、市内サービスと組合わせたサービス提供で有利な立場となり競争力があるので、長距離通信事業者は一層の苦境にたつ。当面、長距離通信事業者の破綻を防止するためにも、政策の見直しが論議され始めている。

 FCCのPowell委員長は、「これまでFCCは競争の促進だけに邁進してきたが、最近の通信事業者の困難にかんがみても、こうした従来方針を見直す必要があるかもしれない」という発言にまで踏み込んでいる。競争至上主義から破綻防止に軸足を移す発言として注目していく必要があろう。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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