4月下旬、FCC(Federal Communications Commission:連邦通信委員会)は、「電力線利用の広帯域通信サービスの調査」を開始した。電力線を利用してインターネットや広帯域サービスを伝送すれば、とくに家庭では既設の電気配線を活用し、新規の接続機器等の購入なしで容易にインターネットや広帯域サービスの利用が可能となる。次世代の新しいテクノロジーを積極的に開発して行こうとのFCCの前向きなうごきだ。
FCCは、規則制定、通信事業者の監督、合併の審査、電波の割当、衛星の認可等、広範な責務をこなしてきたが、とくに1996年電気通信法制定以降はユニバーサル・サービス、高度通信の普及などの将来的な大きな課題を積極的に採り上げて通信産業の育成にも目を配り、米国の通信政策の舵取りまで行なう姿勢を強めている。今回はFCCについて、最近の主な活動と課題を見てみよう。
■FCCの職責と仕組み
もともと1934年通信法に基づき設立された独立行政委員会(Independent United States Government Agency)のひとつであり、大統領ではなく議会に対して責任を負う。責務は、無線、テレビ、有線、衛星、CATVを用いた通信であって州をまたがるもの、および国際通信を規制するとされている。メディアの認可、監督までおこなっている。わが国の郵便事業を除いたかっての郵政省とほぼ同じといえよう。
大統領が上院の同意を得て任命する任期5年の5名の委員(Commissioner)で構成されるが、同一政党に属する委員は3名までに限定されている。現在は共和党3名、民主党2名。うち1名が大統領により委員長として指名される。現在のPowell委員長は国務長官の子息。
組織としては、最近大幅に機能的に整理統合、改定され、現在は6局と10部室(法務部等)からなる。局は次のとおり。
- 消費者および政府関係局(利用者からの苦情処理、他の省庁との調整)
- 施行推進局(法令実施強制、違反摘発、罰金付加)
- 国際局(国際通信の制度/料金//事業免許)
- メディア局(放送免許)
- 無線通信局(周波数割当/管理、携帯電話)
- 有線通信競争局(固定通信管理と競争増進)
■万民参加/きわめて透明な規則等の制定過程
FCCの規則制定を初めて読んだ人は、まず、わが国とはまったく違った構成に驚くことだろう。肝心の規則(Order)そのものは、長文の最後の部分にごく短く書かれているだけだ。
その前には、延々とDiscussionと称する部分が続いている。
FCCは1934年通信法の具体化のために多数の規則を制定しているが、その制定過程は最初から最後まできわめてオープンで、ガラスばりである。以下まず通常の規則制定のプロセスを具体的に見てみよう。
まず、FCCは「-----に関する規則を制定する手続に入る」旨を公示し(Notice of Propose Rulemaking)、その中でFCCの考えている大筋を述べ、問題の所在を具体的に列挙したうえで、ひろくコメントを募る。事業者のみならず、消費者団体、人権団体、また個人からも多くのコメントが提出される。提出されたコメントの提出者とその要旨をさらに公示し、再度コメント(Reply Comment)に対するコメントも求める。
FCCはこれらのコメントを詳細に吟味し、妥当なものは採り入れていく。当初提示したFCCの規則の大綱も必要があれば柔軟に変更する。最終的に規則を制定する際には、規則本文の中でBackgroundとしてこれまでの経緯や問題点、規則を制定する背景を説明し、次にDiscussion部分で、コメントの主なものについて「A社からのこれこれのコメントは、こうした理由で採り入れる」「B社からのこれこれのコメントは、こうした理由で採り入れられない」と、いちいちFCCが説明する。したがってどの規則もこうしたDiscussion部分がきわめて長文になる。また、コメントを提出した者すべてを付属資料として添付する。このようにコメントの募集が単なる形式に堕することなく、きわめて重く尊重される。規則はFCCが作るのではなく、このように関係者全員が意見を述べ合う過程で煮詰められていくのである。
■規則制定以外でも広範な活動
FCCは規則制定(Rulemaking)以外でも弾力的にさまざまな活動を精力的に行っている。
(1) 新しいテクノロジーやビジネスへの目配り
冒頭に述べた「電力線利用の広帯域通信サービスの調査」は、Notice of Inquiryと称されるもので、規則制定以前の第一段階とも言うべきものである。この新テクノロジーは Broadband over Power Line (BPL)とよばれ、技術的にもこれから固まっていくいわば次世代のテクノロジーであるが、FCCは、「消費者が既設の電力コンセント等にBPL機器をプラグインするだけで、新規に接続のための機器類を購入する必要もなく、家庭のどの部屋からでも広帯域サービスにアクセスする自由をもたらす。BPLは広帯域サービスのためのメlast-mileモ問題で新たな解決策を提供するばかりでなく、DSLやケーブル・モデム・サービスに対する新たな競争の選択肢ともなりうる。」としている。実現すればそのインパクトはきわめて大きい。こうした近未来のテクノロジーの立ち上げのため、どのような規制で対処していくか、その前段として、産業界での技術開発の現状調査を狙っており、実験の成果等の情報をも求めているのである
(2) 高度/高速通信の普及促進
1996年電気通信法が「インターネット等の高度通信の全国での早急な普及」の責務をFCCに課していることもあり、FCCは毎年、「高度通信の普及状況とその障壁の調査報告書」を公表している。普及の障碍を洗い出し、その除去、軽減に努力している。
(3) ユニバーサル・サービス制度で学校図書館にインターネット等の普及に努力
FCCは早くから学校や図書館にインターネットを広く導入・設置し、人々に新しい通信や高度通信に触れてもらうよすがとする方針を打ち出した。学校や図書館にインターネット等の新通信を設置する費用やその後の通信料金等の割引助成を目指し、本来は僻地等の高いコスト地域、低所得地域などでの助成制度であるユニバーサル・サービス制度を拡張した。1997年以降今日までに98億ドル(1兆2千億円)もの助成を実施した。この巨額の費用をまかなうため通信事業者に課されるユニバーサル・サービス基金への拠出金が膨大となり、議会からもユニバーサル・サービス制度本来の趣旨を逸脱するものだとの批判も一部出されたが、FCCは敢然と譲らなかった。
(4) 通信産業不況対策
2000年に入って、それまで好況に沸き活発だった設備投資や合併ブームが一転し、通信産業は底なしの大不況に突入した。2002年2月にはGlobal Crossing、6月にはWorldComと、それまで積極経営のモデルとして大学の経営学部でもケーススタディで賞賛されてきた急成長の新長距離通信事業者が相次いで破産法の更生手続を申請した。とくにWorldComは買収したMCIが米国第二位の大手事業者だったことで多数の消費者顧客を抱えていたほか、国防省のネットワークも受注していたため、そのサービス中断は由々しき事態と認識された。
FCCの委員長以下主要スタッフは、すばやく翌日にニューヨークに飛び、大手通信事業者首脳と会談した上、金融機関トップにも面会し、協力支援を求めた。
これを契機として委員長は、従来の料金規制、競争推進だけではなく、通信事業者の倒産防止という新しい使命の認識とそのための措置への取り組みの必要性も強調し始めた。
■FCCの行動基準は「公益」と「競争増進」
(1) 公益
1934年通信法は、FCCが「公益に適うかどうか」を基準として規制を行こなうことを求めている。事業者認可、料金規制、合併審査等FCCの行動のすべては、「公益に適うかどうか」が物差しとされている。通信事業者の合併の審査では、司法省独禁局も独禁法の視点から是非の審査を行うが、FCCはあくまで「この合併が公益に適うかどうか」という観点から審査しているという。
(2) 競争至上主義
FCCのもう一つの行動基準は、「競争」に対する執念とまでいえる執着であろう。通信産業のすべての分野で、とにかく競争を導入し競争を育成すれば、利用者の選択肢が拡大し、料金は低廉化し、公益に適うという判かり易い信念である。
当初の「長距離通信」分野での競争から、最近は「市内通信」分野でも競争育成に力を入れている。1990年代末のベル系地域電話会社同士の合併の認可の際にも、その条件として「ライバルとなる他のベル系地域電話会社の市内通信市場に---年以内に(いくつの)市場で進出すること」を義務づけ、達成できなければ高額の罰金を課すこととしている。
さらに、「長距離通信事業者」と「市内通信事業者」の相互乗入れ競争にも力をいれている。ベル系地域電話会社の長距離通信進出も既に41州とワシントンDCで認可し、大手のベル系地域電話会社が、ただでさえ伝統的に競争の激しかった長距離国際通信市場にどんどん進出しつつある。
「有線電話」と「携帯電話」、さらには、「電話」と「CATV」の競争にも努めている。先に触れた「電力線利用の広帯域通信サービス」でも、「BPLは広帯域サービスのためのメlast-mileモ問題で新たな解決策を提供するばかりでなく、DSLやケーブル・モデム・サービス(CATVを利用したインターネット接続サービス)に対する新たな競争の選択肢ともなりうる」としていることにも現れている。
■政策策定は議会、FCCは番犬
FCCは一般の行政機関とは異なり、大統領ではなく、議会に対して責任を負う。その意味で「独立行政委員会」といわれる。議会は「通信政策を策定するのは自分たち議会であり、FCCはその政策/方針に従って実施/施行/監視を行う番犬(watchdog)だ」と認識している。
議会では下院・上院ともに商務委員会が通信関係を所管しており、その下部組織として電気通信小委員会がある。これに属する議員は永年通信問題を取り扱ってきたエキスパートばかりで、自身の調査スタッフともども自力で政策の立案、法案の作成をこなす。1996年電気通信法制定時にも、上下両点でそれぞれ多数の議員立法が出され、それが集約されて法律となった。
議員の中には「FCCは予算を使いすぎる」「合併等でFCCが審査するのは司法省の屋上屋で、独禁局だけで十分だ」「議会が志向する競争増進や高度通信の全国普及についても、1996年電気通信法施行後数年たってもなかなか進展せず、FCCの努力が足りない」などの辛口の批判を述べる者も結構多い。
とはいっても議会は細部まで目が届くというわけにもいかず、実質的にはFCCの裁量で通信政策が策定、補完されていることは否めない。
■新産業では規制を差し控え
FCCは、インターネットはできるかぎり規制を差し控え、自由なのびのびとした成長を尊重するという大方針を一貫して採ってきている。生まれたばかりの若い技術や事業分野では、規制により人為的にその発展をゆがめることを恐れてのことである。FCCはインターネット以前でも、コンピュータ等の情報サービスは規制の重い通信サービスとは対照的に、規制をできるだけ避ける姿勢を貫いてきた。もっとも、そうした結果、IP電話は規制されず、サービス面では大差のない通常の固定電話は重い規制が課されたままという矛盾も露呈しつつある。
■二年ごとに全規制/規則の必要性を徹底洗い直し
1996年電気通信法による改正で、新たに設けられた1934年通信法第11条は、「FCCは二年ごとの偶数年次に、あらゆる規制を見直し、時代に合うように改定し、必要がなくなったものは廃止しなければならない。」と定めており、これに従ってFCCは二年ごとにあらゆる規制/規則等の洗い直しという大変な仕事をしている。
1996年電気通信法制定の過程で、主として共和党議員から、「1996年電気通信法は徹底した競争を目指しており、市場で競争が進展すれば規制は必要がなくなるのだから、FCCは不要、解体すべきだ」という極端な論議もなされた。
「二年ごとの全規制の洗い直し」はその妥協の形で設けられたものである。そのためFCCも厳正にこうした自主点検を行い、不要/不適な規制の削減に努めざるをえない事情にある。
■米国の国益偏重
FCCは議会に属することもあり、米国の国益の増進にはきわめて熱心である。数年前に国際通信料金の事業者間での配分をめぐる紛議があり、この時もFCCは国際的なITUの枠組を無視して、米国事業者の肩をもつ国際料金分収規則を一方的に制定する事件があった。
国際通信料金の事業者間での分収清算は、両国の事業者間での合意によるというのが一般的な慣行であるが、競争が進展し国際通信事業者が多数存在する米国では、途上国からの通信の米国側での終端事業者が競争して安い取り分を提示する。一方、米国発信の途上国着信の通話では、途上国の国際事業者が国営事業者一者だけのケースが多く、こうした競争値下げの余地がない。その結果、米国事業者が受取る終端部分料金は少なく、米国事業者が相手国に支払う額は多く、この部分では米国は大幅持ち出し決済となっており、議会でも採り上げられた。
FCCは、相手国をその経済発展段階に応じて三段階に区分し、それぞれについて米国事業者が支払う最高限度額(通話1件あたりの清算料金)を従来よりは大幅に低廉な水準に定め、それを超えた相手国への支払を禁ずる規則を一方的に制定した。
これに対して、当時のKDDほか各国の国際事業者が米国の裁判所に対し、「FCCはかかる規則を制定する権限はない」という提訴を行った。FCCの論拠は「米国の事業者だけを対象にした規則であり、不法ではない」ということで、結局これが強行された。
このようにFCCは米国の国益、米国事業者の権益の増進についてはきわめて敏感で、WTOの通信サービス交渉でも同様、愛国的な姿勢を強く打ち出した。米国での軽い規制を模範とし、そのシステムを海外諸国にも輸出することを機会あるごとに表明している。
■問題点と将来課題
このように種々の活動をおこなっているFCCであるが、いろいろな課題や問題点を抱えている。
(1) 内紛
ひとつは内紛である。本年2月に行った「市内通信での競争規則の改定」の採決をめぐり、5名の委員の間の意見の対立が前例のないほど鋭くなり、同じ共和党派3名の委員の一人であるMartin委員が強引に多数意見を作ったことで、委員長が多数意見からはずれ少数意見で新規則を批判するという異例の事態となった。「多数決には従うのが民主主義だから---」という委員長の苦渋の声明のなかに委員長の悔しさがにじんでいる。今後の委員会運営での不安が心配される。
(2) 「競争至上主義」からの政策転換の兆し
この規則はまた、次に述べるFCCの「競争至上主義からの政策転換」を暗示する意味でも重要であろう。
この規則でとくに論議の的となったのは、従来からの徹底した「競争推進」政策の功罪である。1996年電気通信法は、とりわけ市内通信分野での競争の推進について具体的な手順まで盛り込んだ。新規事業者が加入者回線を敷設したり、市内交換設備を建設して参入するのでは時間もかかる上に資金面でも難しいとして、既存地域事業者の設備の利用に依存する簡易、安易な代替手法をとり上げた。
すなわち、(1)リセールと(2)既存地域事業者の市内サービスの細分要素の競争事業者への安価な提供である。(1)は、いわゆるOEM(相手方銘柄)製品同様、既存地域事業者の市内サービスそのものを全体としてそっくり競争事業者に卸売料金で提供し、競争事業者があたかも自己の市内サービスであるかのようなかたちで利用者に提供するもので、(2)は、加入者回線だけとか、交換機能だけとか、競争事業者が持たない要素だけをつまみ食いで安く既存地域事業者からゆずりうけ、自己の提供できる要素と組合わせて市内サービスを利用者に販売する方法である。競争事業者によるこの二種類の提供要請には既存地域事業者は必ず応じねばならないとする義務が課された。
FCCはこの二つの参入方法について競争推進の立場から新規事業者にきわめて有利な具体的な規則を制定したが、反対する既存地域事業者が「FCCの規則は違法である」「ライバルに安価な料金で市内ネットワークを利用させる義務がきつすぎて、これでは新規制設備投資とりわけ高度通信へ投資意欲がそがれる」として裁判所に持ち出し、裁判所は最高裁も含め二度にわたり、FCCの規則制定のやり直しを命じた。
折から前述の通信不況が吹きすさび、FCCも事業者の破産防止、安定経営という視点も考慮していかねばならなくなり、また、高度通信のための光フアイバ等への投資促進の必要もあって、議会をも巻き込んで大きな議論となった。
結果としてはFCCは、「銅線については二つの参入促進制度をそのままとするが、光フアイバ等の高度通信設備については既存地域事業者に貸与の義務を免除する」という規則制定を行った。
このように、不況/破産対策もあって、FCCも従来からの「競争至上主義」からの軌道修正を余儀なくされたわけで、国際競争力維持の観点からも参入事業者優先/既存地域事業者いじめの方針が今後修正されていく前兆とも見られよう。
(3) 電気通信とインターネット、情報サービスとの整合性の課題
FCCは早くからコンピュータ関係は「情報サービス」として「通信サービス」と峻別し、規制をできるだけ差し控える(forbear)方針を貫いてきた。
1934年通信法の制定当時には、もちろんコンピュータもなく、CATVもインターネットもなかった。新しいテクノロジーやサービスの出現に応じて、1934年通信法もFCCもその都度、次々に対応してきた(CATV関係規定の大幅追加等)が、テクノロジーやサービス、さらには事業者自体までが融合/一体化の傾向にあり、通信サービスと情報サービスの境界もあいまいとなってきた。先にも触れたIP電話も良い例で、インターネット関係のサービスだとしてFCCは規制を差し控えているものの、電話事業者側からは「われわれが重い規制に服しているのにISPの提供するIP電話は、サービス面で差がないにもかかわらず、規制フリーだというのでは、公正を欠く」との苦情が絶えない。
極言すれば、FCCはこれまでこうした問題を当面糊塗して、抜本的な解決を先延ばししてきたとも言えよう。
テクノロジーの進展の早い産業分野であるだけに、解決は難しいが、インターネットも十分に市民権を確立した今日、こうした問題の抜本的な解決がFCCの課題として浮かび上がってきている。