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2008年5月掲載

米国での料金規制の推移
−「報酬率方式」から「プライスキャップ方式」へ−

■AT&Tが料金設定データの収集義務の免除を申請

 米国最大、いや世界最大の電気通信企業のAT&Tは、最近合併したBell Southをも含めて、データ収集に大変な手間がかかる旧態依然とした「報酬率方式」時代の「FCCコスト配賦規則」のAT&Tへの適用をFCCが差し控える(forbear)よう申請していたが、FCCは審査期限ギリギリの4月28日にこれを承認した。

■「報酬率方式」から「プライスキャップ方式」へ

 かっては、電話料金の規制は、各国ともに押し並べていわゆる「報酬率方式」と言われる方法で行われてきていた。「報酬率方式」は、過去の実績コストに一定の報酬を付加して認可するため、膨大な会計デーを集め、コストをサービスごとに配賦する大変な作業を必要とする。また、その前提として、すべての事業者が同一の統一会計システム基準に服することを必要とする。そのため、FCCはまず、業界や州の規制当局とともに、統一会計システム基準(Uniform System of Accounts (USOA))を採択した。その後、費用と収入をサービスごとに配賦し、コストを算定する規則を定めた。これにより、事業者と規制当局の双方ともに、コスト等の結果の確認ができるようにしたのである。

 しかし、この「報酬率方式」には手間のほかにもさまざまな欠点があって、FCCは1991年以降、新しい規制方式である「プライスキャップ方式」の導入をはじめた。

 最近では、ベル系電話会社はもとより、その他の電気通信事業者も大手は「プライスキャップ方式」に移行しており、AT&Tは「FCCコスト配賦規則」の適用を廃止するようFCCに申請していたのである。

 1996年電気通信法により大改正された1934年通信法には、その第10条に「法令の適用の差し控え」(forbearance)という新条項が設けられた。これは、競争の進展ならびにテクノロジーや時代の進化に伴い不合理となった法令の適用除外を事業者がFCCに申請できることとなった。法令そのものの廃止を待たず、ケースバイケースで規制の適用除外が認められるようになったわけである。しかも、FCCが申請の審査を不当に引き延ばすことで規制の温存を図れないように、審査期限を1年間(FCCは90日間はこれを延伸できる)に限定し、FCCが期限内に措置しない場合は、差し控え申請は承認されたものとみなすと定めている。

 米国では、「州内のサービス」の料金の規制は州の規制当局(公益事業委員会等)、そして州をまたがる「州際サービスの規制」はFCCと、管轄が峻別されている。今回のFCCの決定の機会に、米国での料金規制の推移をFCC中心に見てみよう。

■「報酬率方式」の規制の仕組み

 まず「報酬率方式」からスタートしたい。

 今回のFCCの決定(4月28日の命令)は、「報酬率方式」の沿革について次のように説明している。

  • かっては、(1996年電気通信法施行時点での) 既存のローカル電話会社は独占であり、連邦レヘルおよび州レベルの双方のレベルともに報酬率方式の料金規制(rate-of-return rate regulation)に服していた。報酬率方式の料金規制のもとでは、事業者がそのコストを回収し、また、その規制下の投資に対する特定の報酬を得られる水準を目標として設定されてきた。しかしながら、同一のローカル網設備が州際と州内の双方のサービスに用いられ、また、規制されたサービスと規制されないサービスの双方にも利用されているため、FCCは、報酬率方式の規制を標準化するために、以下に述べるような規則を設定してきた。具体的には、ネットワークを建設しそれを維持するための共通費用ならびに当該ネットワークを用いて提供される一連の諸サービスによってもたらされる収入を割当て配分するため、コストのタイプ、サービスのタイプ(規制さサービスか非規制サービスか)、管轄権(州内か州際か)、それにサービスのカテゴリー別に、規則を制定してきた。

  • 報酬率方式規制のため、会社の投資、費用、コストそして収入を記録する(Record)ために、FCCは統一会計システム基準(Uniform System of Accounts (USOA))を採択した。これにより、事業者と規制当局の双方ともに、結果の確認ができるようにしたのである。
    ・USOAは、第一に、会計のチャートを標準化し、事業者が個々の取引をどのように会計帳簿に記載するかを示した。第二にUSOAは、事業者の系列企業との取引のためのルールを設定した。第三には、減価償却の取り扱い方を具体化した。最後にUSOAは、サービス提供に用いられているすべての電気通信設備に関する資料を維持することを事業者に義務づけた。
    ・さらにFCCは、事業者が投資、費用、租税、事業収入およびその他の収入を、規制管轄区分ごとに、会計目的のために分計できるよう、管轄別の分計規則(jurisdictional separations rules)を採択した。

  • 最高裁の1930年の「資産、収入および費用の州内および州際の区分は、政府の各分野での規制の適切さの確認のために不可欠である」とする決定に従い、それ以降は、ローカル交換事業者(LECs)がこうした分計を行ってきている。

  • 1947年には、「全国公益事業委員連盟とFCCの共同分計マニュアル」(NARUC-FCC Separations Manual)を策定した。これは、1941年から開始された業界、州規制当局の委員たちに代表される州、FCCの三者での共同作業の産物である。その後、さらに数年間の州当局との分計ガイドラインの運用の経験を織り込んで、FCCは1969年に、法的な拘束力を持った分計手続を制定した。これが現在FCC規則第36部(Part 36)となっている。

  • さらに「AT&T分割」の直前の1983年に、FCCはFCC規則第69部(Part 69)を採択したが、これは既存LECsがどのようにアクセスチャージを算定するかを示している。この規則は、1934年通信法第201条の定めるように、アクセスチャージが公正に決定されるよう担保するものである。これらの規則は、長距離通信事業者がLECsに対し長距離通信呼の発信および終端に関して支払うアクセスチャージ、並びに、エンドユーザーが直接支払うアクセスチャージの料金体系を定めるものである。

  • 「AT&T分割」以降、FCCは、分割後のAT&Tとベル系電話会社(BOCs)が「規制を受けない」(メnonregulatedモ)「高度または情報サービス」(メenhancedモ or メinformationモ services)を提供することを許可したので、新たに問題となってきた「コスト・シフティング」(cost shifting)[コストの付け替え]に対処することとなった。電気通信テクノロジーの進歩により新たなテクノロジーが普遍化するにつれ、市場力のある事業者が競争に直面していないサービスの料金を値上げして、研究開発を補助する可能性が出てきて、FCCは懸念し始めた。このためFCCは、規則第64部(Part 64)を採択して、事業者が規制下の州際サービスの顧客に対して非規制事業のコストとリスクを不当に課すようなことがないように配意した。

  • これらすべてのFCC規則は、既存LECsのコストおよび収入を、規制および非規制の活動について、記録し、また、配賦するための4段階の手順を設定した。まず第一に、事業者は投資や費用をも含めてそのコストをFCC規則第32部に記載されているUSOAに準拠して記録する。第二には、事業者は、規制および非規制の諸活動により発生したコストと収入を、FCC規則第64部に基づいて直接割り当て(assign)し、または直接割り当てができない場合には配賦(allocate)する。第三には、FCC規則第36部に従い、コストと収入を州際および州内に区分する。最後に、規則第69部のアクセスチャージ規則が、事業者に対し、規制対象の州際コストを「局間コスト」と「アクセス・コスト」とに区分し、後者を様々なアクセス要素に割り振ることを求めている。

■プライスキャップ方式の登場

 一方、「プライスキャップ方式」は、もともとは英国のBirmingham大学経済学部のLittlechild教授が30年ほど前に提唱したのが最初である。

 この方式では、いくつかのサービスをまとめた「バスケット」ごとに、「消費者物価上昇率」から一定の「生産性向上等の企業努力目標」を率として差し引く形で算出された率を料金値上げの上限(キャップ)として定める。つまり、

[(R1 ― R2) −E] = Y
R1 : 前期の消費者物価指数
R2 : 前々期の消費者物価指数
E : 生産性や事業の効率向上目標
Y : プライスキャップ

として算定するので、物価が横ばいや値下がりした場合には、Yはマイナス数値となりやすく、事業者はこのバスケット総体の料金の値下げを強制されることとなる。

 当時は、NTTの民営化直前の時代であったが、NTTが同教授を日本での講演に招くこととなった。筆者はたまたまLondonに勤務していたので、同大学まで出向き、講演の依頼をした経緯がある。この規制方式は、料金の上限だけを定めるだけのあまりにも単純な規制となるが、同教授は以下のようなたくさんのメリットがあると主張した。すなわち、

  1. コスト配賦のために膨大な会計データを収集整理する必要がないので、事業者の負担が大幅に軽減される
  2. 「報酬率方式」では、コスト削減努力をすれば、それが実績となり、翌年その分だけ料金を値下げしなければならないという「自分の首を自分で絞める」形になるので、コスト削減が進まないのに反して、「プライスキャップ方式」では、努力したコスト削減分を利益とできるので、事業者のコスト削減のインセンティブが働く
  3. 新しいテクノロジーを用いた新規設備導入で事業効率をアップするインセンティブも働く
  4. 個々のサービスごとの料金規制ではなく、いくつものサービスをバスケットとして包括し、その全体に上限を設定するだけであり、事業者は、たとえば、市外料金を値下げした分だけ赤字の市内料金をねあげするなど、弾力的に料金体系の変更やサービスごとの料金の調整を行えるようになる
  5. 規制努力目標等を差し引くので、事業者の合理化を促し、長期的には料金水準の引き下げにつながり、消費者の利益となる
  6. 規制当局側も、チェックのための負荷が大幅に軽減される。

■米国でのプライスキャップ規制導入の経緯

 米国での「プライスキャップ方式」の導入について、今回のFCCの命令は、以下のように説明している。

  • 1991年に、「報酬率方式規制」は事業者のコスト削減と効率増進の意欲を殺いでいるとの懸念に応えて、FCCは、「プライスキャップ規制」(price cap regulation)を導入した。この新しい規制方式は、インセンティブに準拠した規制であり、事業者が課すことのできる料金と事業者が州際アクセス・サービスからあげられる収入とに規制の焦点を絞る方式である。プライスキャップ規制は、FCCが、規制された市場でありながら高度に競争が進展した非規制の市場と同様な成果をあげるよう事業者を促進するための一方策である。消費者も事業者のコスト削減で利益を受けることとなる。プライスキャップ規制は、規制下のコストと料金との間の直接のリンクを断ち切るものである。それは、料金の上限を妥当な水準に設定する一方で、事業者が、コストを削減し、新しい設備や施設への効率的な投資をし、そして、革新的なサービス品目を開発、展開したいとするインセンティブを管理することで事業運営の効率をアップすることを助長するようにデザインされているのである。

  • FCC規則第61部に従い、プライスキャップ指数、もしくは料金上限(ceilings)は、州際料金を公正で妥当(just and reasonable)な水準に確保する一方で、プライスキャップ規制に服する事業者に対して一定の料金設定面でのフレキシビリティを与えるようにデザインされているのである。

  • プライスキャップ規制の採用以降、AT&Tをも含む多くの事業者が「報酬率規制」から「プライスキャップ規制」へと移行し、FCCも諸情勢の変化に適応すべく、プライスキャップ規制を時に応じて改定してきた。AT&Tも、全地域においてではないものの、その州際および州内料金の双方がプライスキャップ規制に服している。しかしながら、プライスキャップ規制は、真の競争状態の到来によりプライスキャップ規制が不要となるまでの間の過渡期的な規制であると認識されてきた。

■適用除外に反対も

 FCCは、「FCCが今後AT&Tから会計データを求める必要が絶無とは言いえず、FCCは今回の規制差し控えは、とりわけ、FCCが規制のために会計データを求めた場合にAT&Tから提供されることを条件とした。」としているが、今回のAT&Tに対する「報酬率方式」時代の「FCCコスト配賦規則」のAT&Tへの適用の差し控え申請」をFCCが承認するに際しては、多くの反対意見があった。

 FCCの決定は5名の委員の多数決で行われる。今回の承認に賛成したのは、共和党系の3名で、民主党系の2名の委員は反対した。とりわけ、Copps委員は、次のような趣旨の反対の声明を出している。

  • FCCの会計規則や分計規則に基づくデータは、料金規制以外の案件にも用いられている重要なものであり、規制に不可欠である。FCCは、反競争的な差別や不当なコスト・シフティングの防止のためにも、実際、このコスト配賦規則に依存している。
  • 審査過程でのコメントでは、消費者団体、州の規制当局、議員、ルーラルの電話会社、携帯電話会社、競争的LECsそしてエンドユーザーのすべてが、コスト配賦規則の適用廃止に反対している。

  • FCCは未だに、「事業者間の相互補償」および「ユニバーサル・サービス基金の抜本的な改革」という二つの大きな課題を抱えたままである。コスト配賦規則の廃止は、かかる改革のための能力をも阻害する。

  • 今回のような影響の大きい規則改訂に際しては、慎重を期し、業界全体を見渡した規則制定で対処すべきである。今年中に法の定める審査期限のくる懸案となっている「規制差し控え」申請は目下5件あるが、期限に追われて小さな視点でつまみ食いで定めるべきではない。今回の措置に続いて、いずれ同様な申請が続発し、FCCの審査リソースでは対応できない事態となろう。
寄稿 木村 寛治
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